市川春子の同名マンガを原作とした、京極尚彦監督による『宝石の国』のアニメーションは、全11話が2017年10月から12月にかけて放映された。人型の宝石たちが生きる、原作の独特の世界観の落とし込みもさることながら、3DCGアニメーションの美麗さや、ダイナミックな動きの表現が注目された。構造が変わりつつあるとはいえ、未だアニメーション=手描きという図式が主流の国産アニメーションにおいて、新たなスタンダードを示した作品と言えるだろう。

『宝石の国』のアニメーションでは、制作会社独自のツールによってパースを変化させるなど、従来の国産3DCGアニメーションから一歩進化した技術を取り入れている

『宝石の国』のアニメーションは、3DCGでつくられた絵を手描きアニメーションへ寄せた「セルルック」と呼ばれる絵づくりの系譜に連なる。セルルックとは、3Dモデルのポリゴンに対して、はっきりとした陰影や着色によって平面性を持たせる技術「セルシェーディング」を使うことで、平面的なアニメ・マンガのキャラクターを3DCGで表現する手法だ。近年ではポリゴン・ピクチュアズ制作による『山賊の娘ローニャ』(2014)『シドニアの騎士』(2014)、サンジゲン制作による『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』(2013)『ブブキ・ブランキ』(2016)などが代表作と言えるだろう。これらのアニメーションは、3DCGの自由なモデリングを前提としながらも、手描きアニメーションの記号的なルールを取り入れつつ、オリジナルな表現を模索してきたと言える。『宝石の国』はこの模索におけるひとつの結論として語るべき作品に仕上がっていた。

制作会社オレンジの挑戦

日本製の手描きアニメーションでは1990年代後半より、3DCGモデリングが部分的に取り入れられてきた。ロボットや車などの大型機械、携帯電話や食器といった工業製品、爆発や光線などのエフェクト、建造物などの背景美術がそれに当てはまる。『宝石の国』を制作した有限会社オレンジは、これら手描きアニメーション作品の3DCG部分を長く担当してきた制作会社である。神山健治監督『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のテレビシリーズ(2002〜2005)や、さとうけいいち監督『TIGER&BUNNY』(2011)、庵野秀明監督『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)などに携わり、手描きアニメーションの表現をよりアップデートするために、なくてはならない技術集団としての評価を高めてきた。『宝石の国』はそのオレンジが初めて元請けとして手がけた作品である。本作の制作に備えて、代表の井野元英二は制作、美術、撮影、作画などの部署を新設し、手描きアニメーションのノウハウとは異なる3DCGの知識や技術を持つスタッフを抱えたスタジオとして規模の拡大を図った。

オレンジが志向する制作の方向性は、伝統的な手描きアニメや従来のセルルック3DCGアニメとは異なる、2Dと3Dが調和し融合する新たな表現と言える。登場人物である宝石たちの顔や身体は、従来の国産3DCGアニメーションで使用されるセルルックのCGが使用されているが、頭部には実際の宝石のような光の透過や反射がシミュレートされたフォトリアル系のCGを使用したりと、従来では異なる位相にあった表現方法を調和させた斬新な絵づくりがなされている。(註1

また、『宝石の国』の映像は、演出の意図をはっきりとした形でカットに落とし込み動かすことで、求心力のあるものに仕上がっている。これはオレンジの技術とコンセプトの賜物と言っていい。CGのモデリングは常に正確なパースがついてしまうので、従来のアニメーションが迫力やスピードを表現するために手描きで行ってきた、手前にあるものを強調してパースをつけたり、下からアオリを入れる時に歪みのレンズ効果を入れたりといった表現が難しい。オレンジは独自開発ツールである「Camera-O-Matic」を採用することにより、この問題に挑んでいる。このツールは、カメラの角度によって3Dモデルを自動的にモーフィングで歪ませてパースを違和感なく付け、カメラワークや構図による演出表現をモデリングで実現させられるのだ。(註2)3DCGはあらゆるカメラワークを自由につくれるが故に、構図やレンズへの意識が疎かになりカットの意図が揺らぎがちだが、『宝石の国』は演出の意図がはっきりとした形でカットに落とし込まれ、求心力のある映像を仕上げている。キャラクターが走るシーンでも、上下左右に激しく動くカメラに合わせ、キャラクターのパースも変化することで、これまでの3DCGでは見られなかった動的な演出による迫力が生まれている。

左がもとの画像で、右がCamera-O-Maticによりパースを変化させたもの。作中の各所でこのような調整を行うことにより、これまでの3DCGアニメーションでは難しかった表現を可能にした

「Camera-O-Matic」による自動修正に加えて、手描き作画を長年担当してきたアニメーターによる作画修正も実験的に行なわれている。(註3)アニメやマンガのキャラクターは、眉毛や目、口の線の位置ひとつで表情の印象が変わってくる。目を伏せた時の睫毛の形や、さまざまな角度から映した時の口の形の歪みなどに、手描きのノウハウを生かしながら細かい修正を加えることで、より繊細な感情の変化を表す表情づくりが可能となった。絵づくりに先立ち声優の音声を録音したこともあり、声に合わせて変化する豊かな表情が、キャラクターを生き生きとさせている。

手描きを引き継いだ新たなスタンダードの誕生

『宝石の国』を最初に見たときに、多くの視聴者は以前からあるセルルックの3DCGアニメーションとの連続性を感じながらも、慣れ親しんだ手描きアニメーション的な動きや演出を汲み取っただろう。それは、本作でオレンジが目指した、手描きと3Dの役割分担としての単なる組み合わせではない、本当の意味での融合の成果だ。
その集大成とも言えるのが本作の10話だ。本作のプロデューサーの和氣澄賢(わききよたか)は、従来の手描きアニメーションでは労力による制限によって短くせざるをえない1カットの尺の上限を延長できることが3DCGの強みだと語っている。1尺に長短の豊かなバリエーションを持たせることで、音楽や効果など演出の表現に豊かさが加わり、これまでのアニメーションでは実現できなかった映像をつくり出せるという。10話のBパートはその効力が遺憾なく発揮されており、走ったり飛んだりしながら戦闘する登場人物の周囲をカメラが自在に動き回り、そこに手描きアニメーションで養われた記号表現が加わるその映像は、和氣が自負する通り、これまでにない斬新なものだったことに疑いがない。(註4

10話Bパートより。よく動くキャラクターと大胆なカメラワークにより、戦闘シーンの臨場感を存分に表している

このように本作は、これまで多くのアニメーターによって蓄積されてきた手描きアニメーションの演出や技術の財産を引き継ぎながら、3DCGでしか到達しえない新たなアニメーションの表現領域を提示したと言えるだろう。


(脚注)

*1 『月刊MdN』(エムディエヌコーポレーション)Vol.283「注目作の映像表現『宝石の国』の撮影を知る!」監督 京極尚彦 インタビューより

*2 『CG WORLD』(ボーンデジタル)Vol.231 p.54「宝石の国」より

*3 『CG WORLD』(ボーンデジタル)Vol.231 p.59「宝石の国」より

*4 JDN「フルCGアニメーションの限界に挑戦!TVアニメ『宝石の国』スタッフが語る、かつてない意欲作ができ上がるまで(2)」より https://www.japandesign.ne.jp/interview/land-of-the-lustrous-2/


(作品情報)

『宝石の国』
テレビアニメーション
2017年10月〜12月
原作:市川春子「宝石の国」(講談社『アフタヌーン』連載)
監督:京極尚彦
声の出演:黒沢ともよ、小松未可子、茅野愛衣、ほか
http://land-of-the-lustrous.com
© 2017 市川春子・講談社/「宝石の国」製作委員会