『Bio Sculpture』は、青木竜太氏が代表を務める、都市の在り方を探求するリサーチチームMETACITYと、デジタル・ファブリケーションの可能性を模索し続ける田中浩也氏の研究室とが協働し、自然に向けたテクノロジーの在り方を提示するアートプロジェクトだ。田中氏の研究室が開発した30m×30m級の世界最大の造形範囲を誇る3Dプリンターを用いて、生命の苗床である土を素材に造形した立体物『Bio Sculpture』を都市にインストールし、環境変化を長期的に観測することで、プロジェクトの可能性を探求している。
選考委員を務めた指吸保子氏が、協働して作品を制作することになったきっかけについて尋ねると、田中氏が青木氏企画のカンファレンスに登壇するなど、以前から繋がりがあったとのことだった。研究室とMETACITYとしての関わりが始まったのは2019年初頭で、「僕は社会彫刻家を名乗っていますが、田中さんの活動も、ある意味で社会彫刻的です。何か一緒にやりたいですねとディスカッションを重ねて。夏に3Dプリンターを使った研究発表会があって、そこからコンセプトが定まっていきました」と青木氏。田中氏は「本作に使用している3Dプリンターは、3〜4年前から開発していた、研究の最終形に近いものです。意味のある素材で、環境の一部になるようなものをつくりたいという思いから、生態系をプリントするというアイデアが出て、機運が高まりました。社会にちゃんとメッセージをもって発信したいという思いがあり、青木さんにお声かけして、コラボレーションが実現しました」と振り返った。
審査委員を務めた岩崎秀雄氏は本作について、非常に学際的なプロジェクトであるとし、人の暮らしへの寄与を目的として技術を探求してきた田中氏が、同技術を生態系という異なる方向に向けたその展開や、作品内にミクロにマクロに存在する多様な要素とそれをセンシングし観察する科学的技術と理学的視線、それらの多様な要素を独自性の高い作品として束ね上げたことにメディア芸術のバックグラウンドを感じさせることなど、本作の魅力を語った。また、「SDGsと絡めて語ることももちろんできますが、そうしなくても、プロジェクト自体がよく練られた興味深いものです。人新世という言葉に表されるものを、自らの手で反芻して考えているかのような。また、マルチスピーシーズを考えるうえでもテクノロジーの位置付けは非常に重要なのですが、その点にもアプローチしている」と、今日的なさまざまなキーワードで語ることのできる説得力あるプロジェクトとして評価した。
なお、本作が受賞した「ソーシャル・インパクト賞」は、過去には社会に影響を与えた作品や直接的に人と関係を持った(多くの人が利用したアプリケーションなど)作品に対して贈られることが多かったが、本作もまた異なる観点で本賞にふさわしく、決定の際には満場一致で決まったという。受賞を受け、社会彫刻家・青木氏は、「社会的行為というのは目には見えづらいもの。活動の概念を理解いただき、またアート作品として歴史ある芸術祭で評価していただけたのはとてもありがたい。同様に技術やメディアを用いて活動している作家への後押しにもなれば」とコメント。次いで、「ソーシャル」はその活動のキーワードのひとつとしてありつつも、このコロナ禍で見えないものに対する感度が上がり、捉え方が変わったという田中氏。「人間同士の交わりを超えて、より拡張された意味でのソーシャルを意識するようになった今、この賞を受賞することはとても嬉しい」と話した。
幼少期にも触れる原初的な素材でありながら、本作においては成熟したファブリケーション技術が行き着く先にもなった「土」。腐敗物や微生物も含むこの有機的な素材について田中氏は「最もプリミティブで、最も未来を感じる素材。人工物をつくるためのマテリアルの歴史において、土は最も根源的でありながら、まだまだわからないことも多くポテンシャルを持った素材です。扱っていると、そのなかに見えない何かが存在している感覚は常にあります」と話す。本作は土を素材に、壁面をまず積層成形し、そのなかにまた異なる自然素材(赤玉土、もみ殻など)を投入している。成形の過程では一層ごとに乾燥させる必要があり、乾燥時間は実施環境の天候や湿度、気温に左右されるが、どの程度かかるかは動かしてみないとわからない。それが土ならではのハードルだという。
また、独特の層状の構造を両氏は「ひだ構造」と呼び、それは3Dプリンターならではの形状で、3Dプリンターを使えば世の中にあるものの表面積を増やすことができると話す。ひだ構造や内部に投入された赤玉土などの素材、表面を覆う苔などはすべて、そこに森のような保水性と生態系が生じることを期待してのことで、適した形状や苔の種類などはコンピュータを用いたシミュレーションで導き出されている。特に苔はCO2の吸収能力が高く、実際に日中は作品周囲のCO2が減り、浄化された空気が吸えるという。
すでに国内で2度実施している本プロジェクト。トークではその実施の様子なども紹介された。各プロジェクトで展示した本作の一部は、展示会場付近に継続設置され、その遷移も見守られ続けており、受賞作品展にて展示されたのはその一部をさらに切り取ったものだという。「継続しているといろいろ見えてくるものがあり、意図を持ってコントロールしたくなるのですが、このプロジェクトは人間の理想を追い求めるものではないので、そういった意識からはできるだけ離れていたい。意図が生まれそうになったら適度に攪拌して、見たことがない方、わからない方に進めていくことが大事だと思っています」と田中氏。国外での展開について尋ねられた青木氏は、「プロジェクトのきっかけのひとつとして、オーストラリアの森林火災がありました。極度乾燥地域において一定期間保湿状態を保てるような構造が人工的に生み出せたら、そういった問題にもアプローチできる。ただ、現実的な実施にはかなりハードルがあります。今後もさまざまな人とコラボレーションしながら可能性を探って行きたい」と、それぞれの今後への展望を語った。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:青木竜太(コンセプトデザイナー/社会彫刻家/アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』)
田中浩也(慶應義塾大学教授/アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』)
岩崎秀雄(早稲田大学理工学術院教授/アート部門審査委員)
指吸保子(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員/アート部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2023年2月3日にリンクを確認済み
]]>冒頭、横井周子氏による『女の園の星』の紹介から始まり、マンガ部門審査委員の島本和彦氏による贈賞理由全文が朗読された。本文中の「女子校の日常などわからない読者にも「リアル」「ああこうなんだ」「いいな女子校」と信じさせられる切り取り方。キャラクターの一つひとつの所作に「この人は生きている」と感じさせてくれる細部まで行き届いた描写力」や、「登場するすべてのキャラクターを「推し」たくなる独特に魅力的な描き方」といった表現の的確さに横井、神成明音両氏が深く共感、和山やま氏からも感謝の弁が述べられた。神成氏が「創設3年目の賞で、『闇金ウシジマくん』『ゴールデンカムイ』に続いての受賞であると知って、和山先生ともども改めて光栄に感じたと同時に、それほどまでに社会に影響を与える作品に成長したんだと、担当編集として嬉しく思いました」と補足した。
和山氏は、第23回文化庁メディア芸術祭において『夢中さ、きみに。』でマンガ部門新人賞を受賞。同人誌で発表していた短編をまとめ単行本化したもので、和山氏にとって初の商業出版だった。これを読んだ神成氏がTwitterのダイレクトメールから和山氏に熱烈な感想を送ったことが、本作連載開始のきっかけとなったという。
本作第1話の主題となる、学級日誌の備考欄で続けられる絵しりとりのエピソードは、独特の空気とギャグがすでに高い完成度で展開し、読者に強烈なインパクトを残す。「連載は初めてということでしたが、最初の打ち合わせ時からほぼ作品世界を確立されている方だったので、編集として主導的な提言などもなく、楽しく描いていただけるものであれば何でもいいという方向で進めました」と神成氏が振り返った。
和山氏は絵しりとりについては自身の学生時代の実体験がもとであると語る一方で、学生時代は男女共学校で学び、女子校通学の経験はなく、打ち合わせ時の雑談中に神成氏が話した出身校(女子校)のエピソードから舞台を女子校と決め、イメージを膨らませていったという。
すべて想像で描かれたにもかかわらず、女子校出身の自身でも激しく頷く「あるある」にあふれていると横井氏が述べ、和山氏からは「単純に女の子を描くのが楽しいですし、私も一応女なので、会話やノリなど女子特有のあいだでしか生まれない空気感は理解しやすく膨らませやすいため、リラックスして描けて楽しい部分です」という所感が示された。
次に本作の特色のひとつである笑いのセンスに横井氏が触れ、その発想の手法について質問が向けられた。和山氏は「私は、キャラクターというか、人間のおもしろいところをフォーカスして描いているんですが」と切り出し、自身の制作の手法や着想の原点とする作家に、まず映画監督の矢口史靖氏と周防正行氏の名を挙げた。「彼らの作品の、日本人が見た日本人のおかしさみたいなもの、それを馬鹿にするわけでもなくフラットな目線で描くところ、いい奴も嫌な奴もみんな、そういうところあるよねと共感できる感じで演出されているところが私は大好きで。人間のちょっとずれてるところやおもしろい部分を描くという点で、大きな影響を受けていると思います」と述べた。続いて、表情の描き方や間の取り方、ギャグの手法などで影響を受けたマンガ家として、野中英次氏、古谷実氏、小林まこと氏の名が挙げられた。
このコメントを受けて横井氏は「以前拝読したインタビューで、ネームのつくり方について、まず会話やプロットを全部文章でつくってから絵に起こすとおっしゃっていて意外に思ったんですが、映画からの影響という今のお話を聞いて腑に落ちました」と語った。
映画の影響からのつながりで、話題は、本作の作画における人物の動きの表現へと移った。和山氏自身はキャラクターを描く際のこだわりについて「今まで見てきた人たちの記憶を参考にしています。作画をするときには、話のなかのキャラクターの動きを自分で実際に動いてみてそれを写真に撮り、自然な流れになるよう確認しながら描いています」と回答。そこに神成氏が「その見せ方はやはり映画から学ばれた面もあるのかもしれないと改めて思いました。作品のどこを見ても人の動きが自然ですよね」と補足。横井氏も「そこが島本先生も絶賛されたポイントでもあるリアルを読者に感じさせる秘訣なんでしょうね」と応えた。
次いで、「描いていて楽しいもの」を問われた和山氏は、「天井のブツブツだったり、講義室の防音仕様の壁の点々だったり、プリントの文字だったり、描いていて無心になれるものですね。トイレの壁のタイルなんかも、誰も見ていないだろうけど、描くと描かないのでは画面の締まり方が違うので、そういう場所を描くのも楽しいです」と語り、回答を聞きながら単行本で各ページを確認した横井氏から驚きの声が上がった。さらに神成氏から、和山氏の作画の手順が「仕上げはデジタルですが、線画まではアナログなので、トイレのタイルは自分で線を引いてらっしゃいます。場面が変わるごとに縮尺も変えて、すべて手描きです。駅舎の天井の桁なども1本1本描いています」と描き込みの実態が明かされた。
次に話題は和山氏と編集者の神成氏とのあいだで行われる、制作工程の詳細へ。前項で述べたように、ネーム出しの過程に編集者として介入することは基本的にないという神成氏。「例えば和山先生に『次回もそろそろお願いします』と連絡すると、『次は小林先生がタペストリーをつくる回にしようと思います』とだけ返ってきて、内心『え? どういうこと?』と思いつつ『わかりました』とお伝えしてネームをお待ちします(笑)。結局、言葉だけ聞いてもどんな話かは予想もつかないし、あんなにおもしろくなることもわからないわけじゃないですか。そしてできてきたネームを読むと、その時点で内容がほぼ完成しているんですね。和山先生は登場人物のセリフも非常に大事につくられるので、ネームの時点でもう100%おもしろいんですが、そこからさらに推敲を重ねて、原稿が仕上がったときには完成度が150%になっている。人間のおもしろさの出し方に最後まで妥協がなくて、ふさわしい表現についてずっと考え続けている人だな、といつも感心しています」と述べた。
2022年8月には本作のアニメ化が発表され、製作が進行中だ。アニメ化に際しての感想を求められた和山氏は「私の絵が動くということが初めてなので、それ自体楽しみなのですが、それぞれのキャラクターの声や歩き方、そして学校の音、部活の音、ガヤガヤした感じなどは、たぶんマンガよりも鮮明にリアルに聞こえてくる部分だと思うので、そこが特に楽しみです」と、演出や音響への期待を語った。神成氏が「和山先生としてはあまりオリジナル要素を入れず、原作をそのまま起こしてもらいたいという希望を製作会社にお伝えして、丁寧に対応していただいています。登場人物が生きているという感じが、アニメになることでより増幅して伝わることを楽しみにしています」と続けた。
トークセッションの結びに、横井氏から、連載中の本作の今後の展開や描いてみたいことについて問われた和山氏は「これまでに描いてみたいところは、もうだいたい描ききったと思います。今後は、各キャラクターの意外とこの人って……みたいな部分を、嫌な部分も良い部分もちょっとずつ見せながら、より人間味を帯びて描いていけたらと思っています」と回答。
最後に和山氏から「毎回、ネタを考えるのが大変ではありますが、読者の方からいただく、ここがよかったという感想を糧に描いています。ですのでその読者の人の顔を想像しながら、思いついた話を、これは反応が怖いけど思い切って描いてみようかなと思いながら描くのはスリリングでもあります。人によってはネガティブになってしまう表現でも、私が描いたらどういうふうに描けるのかなということに、これからも冒険していきたいなと思っていますので、引き続き読んでくれたら嬉しいです」との言葉が述べられた。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:和山やま(マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』)
神成明音(編集者/株式会社シュークリーム)
横井周子(マンガライター/研究者/マンガ部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み
]]>まずは見里朝希氏から本作の概要や注力した点が述べられた。特に力を入れたのが、ストップモーションながら多彩なカメラワークによって臨場感あふれるシーンづくりだという。また、極力ナレーションや字幕に頼らず視聴者に委ねる画面づくりを意識し、さらにモルカーたちが巻き起こす騒動も、ただかわいらしいのみならず、社会的なメッセージを込めるようにしたそうだ。結果として『PUI PUI モルカー』は、YouTubeなどを通じて幅広い層に受け入れられることになったが、子どもだけではなく大人にも刺さるものがつくりたいという思いからではないかと話が盛り上がった。
ストップモーションでテレビシリーズをつくるという挑戦についても質問が及んだ。そもそも見里氏は、学生時代に国内外の映画祭に自身の制作した作品を応募しており、東京藝術大学大学院アニメーション専攻の修了制作であるフェルト人形のアニメーション『マイリトルゴート』が、第22回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員会推薦作品となるなど、注目を集めた作家である。このモルカーについても見里氏が大学院生のときに、自身が飼っていたモルモットから感じる癒やしと、自動車のテーマを組み合わせて考案したキャラクターだった。
このような流れのなかで、『PUI PUI モルカー』も最初は一人でつくっていたが、やはり限界を感じ、制作できる人材を集めたそうだ。そのなかの一人が今回トークセッションに参加した小野ハナ氏だ。小野氏は見里氏の大学院の先輩で、手描きアニメーションからストップモーションアニメーションまでを幅広く手掛け、エンターテインメントとアートの融合をうまくできる作家ということで見里氏が声をかけたという。
制作の手順は、まず人形や美術のセットを一挙につくり上げ、同時に見里氏や小野氏らが絵コンテを仕上げていくというものだった。美術と絵コンテが完成すると、各アニメーターが話数ごとにアニメーションの撮影を実施。1秒24コマの撮影を積み重ねることで完成した力作だ。
全編にわたって多くの労力が払われた本作だが、とくに苦労したのはどこなのか。見里氏は第8話「モルミッション」のヘリコプターの墜落シーンを例に挙げる。このカットは、懐中電灯や綿を使い爆発を表現した。また、自身で気に入っているのが第2話「銀行強盗をつかまえろ!」のカーチェイス・シーンだという。カメラを動かして迫力を出す映像作品が好きだったという見里氏は、ストップモーションでそれに挑戦した。
また、モルカーたちの声にもこだわりがあった。モルモットの声は人間には絶対に表現できないという考え方から、実在のモルモットの鳴き声を収録したものを使用したという。
社会現象といえるほど広い視聴者を獲得した本作だが、視聴者の反応について制作者としてはどのように考えているのだろうか。テレビ放送に加えてYouTubeでの配信も行われ、人気を獲得したことで、見里氏は「予想外にも家族による多くのファンアートが生まれた。見た人の創作意欲を掻き立ててくれる作品になってくれたことが嬉しい」と語る。また、小野氏も「マイナーなイメージがあったストップモーションでも、作品がおもしろければ多くの人々に届き、作品として成功することができる」と話した。
最後に、見里氏がスーパーバイザー、監督を小野氏が務めることになった『PUI PUI モルカー』の新シリーズの紹介となった。本イベントは新シリーズの放映前だったため、ドライビングスクールを舞台とした学園ものであること、モルカーと人間の関係に新たな視点を与えるものであることなどが予告として語られた。また、見里氏もアニメーション制作会社WIT STUDIOとともに新たなストップモーションスタジオを立ち上げ、新作『Candy Caries』の制作に挑んでいることについても触れられた。
子ども向けのストップモーションアニメながらも幅広い人気を獲得し、まさに「ソーシャル・インパクト賞」にふさわしい作品となった『PUI PUI モルカー』。同作がいかにつくられ、どういった創意工夫がなされてきたのかが監督自らの口から語られる機会となった。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞『PUI PUI モルカー』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
※2022年9月16日(金)~10月7日(金)のみの期間限定公開
登壇者:見里朝希(アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞『PUI PUI モルカー』)
小野ハナ(短編アニメーション作家/画家/UchuPeople合同会社/アニメーション部門選考委員)
大山慶(プロデューサー/株式会社カーフ代表取締役/アニメーション部門審査委員)
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2023年1月6日にリンクを確認済み
]]>日本初の大型街頭映像装置として1980年代から人々の注目を集め、東京・新宿駅東口のシンボルともなっていた新宿アルタビルの大型ビジョン。2021年、その大型ビジョンと同じ高さに新たに据えられた縦8.16m×横18.96mの4K相当のサイネージ「クロス新宿ビジョン」に、巨大な猫が住み着いているらしい。「3D巨大猫」と呼ばれ、新宿東口広場に集った人々が見上げることになったのが、エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した大型ビジョンコンテンツ『新宿東口の猫』だ。その開発を担当した山本信一、青山寛和、大野哲二の三氏に対して、同部門の審査委員を務めた小西利行、えぐちりか両氏から、さまざまな質問が投げかけられた。
まず挙がったのが、なぜ猫だったのか?という問い。山本氏は従前より新宿区主催の「新宿クリエイターズ・フェスタ」に参加し、新宿各所の街頭ビジョンを使ったメディアアート作品を発表していたが、それらがあまり人々に注目されていない状況にジレンマを抱えていた。そもそも猫が大好きだという山本氏は、「こういう街頭ビジョンに突然猫が映り込んできたら、みんな見上げるだろうな」と、2014年頃から漠然と考えていたのだという。また、2019年にパリのラ・ヴィレットで開催された「MANGA⇔TOKYO」展に関わった際、八百万の神々やアニミズムにも通じる、日本人が根源的に持っているキャラクターに対する不思議な愛情について気づかされたと語る。これらの想いがクロス新宿ビジョンの映像コンペに参加する際に検討していた案のひとつ、「Street Cat―つねにゴロゴロしながらストリートを眺めている」に結びついた。アメリカの3Dアニメーションのようなキャラクター造形の強いものではなく、本当にありふれた「素の猫」がそこでゴロゴロしているだけ……という猫好きだからこその感覚を大切にし、それを貫いた。当初はクールでリアルな3D映像が続くなかのアイスブレイクのつもりで考えたアイデアだったが、いつの間にかプランの柱となっていったと述べる。
「SNSでの猫の人気を見て、その話題喚起力や映えに便乗した発想から生まれたものだと、キャラクター感を強めすぎたり、リアリティを追及しすぎたりしていたかもしれない。しかし、『新宿東口の猫』は、本物の猫好きならではの感覚と発想に基づいているからこそ、あの絶妙な存在感・実在感のバランスが成立しているんだとわかったのはひとつの発見でした」と評したのはえぐち氏。「猫という題材はあまりにポピュラーかつキャッチーなので、安易に猫のかわいさに逃げてないか? などと指摘されそうな怖さはなかったか?」との小西氏の質問にも、「ありません。好きなものを何の迷いもなく乗っけただけ……」と飄々と語る山本氏の徹底した猫好きっぷりが清々しい。
「こうした錯視3Dを利用した映像コンテンツの制作は海外で先行しているが、ほとんどが硬派にリアリティを追及して驚きを喚起するもの。その流れに乗るだけではマイナーチェンジの域を出ない。僕らクリエイターとしては、そこに陥ることに対してもっとも慎重になるべきであり、猫くらい大胆なシフトチェンジが必要だった。僕自身、錯視3Dのサプライズ的な使い方があまり好きではありません。飛び出た! という驚きがある時点でひとつ気持ちが終わってしまうのではないかと。期待から裏切りへと移行する起承転結的な展開ではない方向を模索するほうが新しいものができると考えていました。なので、錯視3Dというのは私にとっては目的というより制作条件のひとつでしかなく、ビジョンの中に猫が住んでいるような感覚をつくり上げることを一番重視していました。今回の贈賞理由では、そこを汲んでいただいたので嬉しかったですね」と山本氏は話す。
その猫が住んでいるような感覚をつくり出すため、CG制作を担当した青山氏にはとんでもないタスクが来たという。「最後の1時間は猫を出し続けたい……というオーダーがありまして。通常、1時間の連続したフルCG制作にはかなりの時間や制作費がかかりますし、単純なループで処理したりすれば、たちまちつまらないものと思われてしまいます。その解決策として、さまざまな動きや表情の素材をつくって並べ替える方法を考案して、終盤は徐々に眠くなっていって、最後には寝落ちして終わる、というストーリーが描けるかたちにしました」と映像の構成にたどりつくまでの過程を振り返った。
自身も2匹の猫を飼っているという大野氏は効果音やBGM音楽などの音響制作を担当。クロス新宿ビジョンの位置から新宿東口広場に対して、どの周波数帯域の音が最も届きやすいのか、周囲のビルの位置関係がどのように音の反響に影響するのかなどを事前に何度もリサーチして制作に臨んだという。「実際に飼っていると、猫がニャーとだけ鳴くのではないことがよくわかります。猫を飼っている人以外は知らない、意外な猫の声をあえてチョイスして、リアリティを補強していたりもします。ウチの猫たちの声をサンプリングしたほか、なかには山本さんをスタジオに呼んで鳴いてもらった声を加工したものも含まれています(笑)」と鳴き声へのこだわりを伝えた。
そもそも『新宿東口の猫』は、特定の広告を目的としたものではなく、クロス新宿ビジョンへの広告出稿を誘引するための呼び水、いわば広告本編ではない「幕間」映像であり、同時に錯視3D表現の機能や可能性を散りばめたカタログの役割を果たせればそれで十分なものだった。しかし、そのエンターテインメント性の高さと話題性、SNSでの伝播力から、この場所での3DCG広告がいかに効くかを十二分に証明してみせたのではないかとえぐち氏は『新宿東口の猫』を高く評価する。「広告本編ではないので掲出期限などもありません。あの猫は永遠にあそこに住んでいることになります。広告とかCGを超えて、建築の一部、ランドマークになったと言えるのかもしれません」と山本氏も満足げに話していた。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:山本信一(クリエイティブディレクター/メディアアーティスト/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
青山寛和(オムニバス・ジャパンCG Supervisor/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
大野哲二(音楽家/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
えぐちりか(アートディレクター/アーティスト/エンターテインメント部門審査委員)
小西利行(POOL INC. FOUNDER/クリエイティブ・ディレクター/コピーライター/エンターテインメント部門審査委員)主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み
]]>「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」の会場においては、毎年の例に倣い、アニメーション作品の原画や設定資料をはじめとする資料展示が行われた。こうした中間制作物は制作者たちの演出意図や筆跡などを知ることができるいっぽうで、より深い理解のためには専門知識を持つ解説が求められる。
本ワークショップは昨年に引き続き、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏と、アニメ評論家で第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員も担当した藤津亮太氏の2人の解説により、受賞作品展で展示されている中間制作物の見方を学ぶものとなった。ワークショップはまずこの2人とともに、展示空間をまわりながら中間制作物を確認することから始まった。
2人はアニメーション部門の展示空間に行く前にエンターテインメント部門の展示を訪れた。同部門の大賞を受賞したテレビ番組『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』は、マンガ家の仕事場にカメラが入り、その手元に密着することでマンガの技術を伝えるドキュメンタリー番組だ。今回はマンガ家/アニメーターの安彦良和を取り上げた回が受賞した。氷川、藤津両氏は、鉛筆に近い柔らかい書き味の削用筆によって人物を描いていく安彦の独特の技法に触れながら、安彦の作画における空間づくりについて言及した。人物を描く際もあたりをとらず、眉から描き始めるという安彦。ネームを描かず俯瞰の構図も顔から描き始めるなど、その驚異的な空間把握能力について氷川、藤津両氏は本ドキュメンタリーを通して感じてほしいと語った。
アニメーション部門の大賞を受賞したイランのMahboobeh KALAEEによる『The Fourth Wall』は、「台所」を舞台とした実験的な短編アニメーションだ。平面素材と立体素材を併存させ、手持ちのカメラを動かしながら臨場感あふれる撮影によってアニメーションをつくるその独特の技法が高い評価を得た。藤津氏は、本作の最大の特徴は実物大スケールのセットとミニチュアのセットの双方を使って制作された点だと語った。終盤、台所のミニチュアが壊れると本物の台所が現れ、家族が集う生活の場としてのリアリティが印象づけられるなど、作品の表現と技法が極めて高いレベルで結びついているという。会場では重層的な映像をつくるために使われた素材が展示されており、映像とともにその類まれな技法を知る体感することができた。
優秀賞を受賞した『漁港の肉子ちゃん』は、第23回メディア芸術祭で大賞を受賞した『海獣の子供』の渡辺歩が監督として手掛けた劇場アニメーション作品だ。氷川氏は、本作の特徴を、主人公の「肉子ちゃん」がデフォルメされたキャラクターデザインであるのに対し、ほかのキャラクターはリアリティを感じさせるデザインとなっているギャップだと語った。母・肉子と娘・キクコの関係性を主題に置く本作だが、双方のキャラクターデザインの差がその対比に寄与していることがわかるという。中間制作物としてはキャラクターの設定ラフや絵コンテが展示されており、特に渡辺による絵コンテは、絵コンテの段階においての詳細な描き込みを発見できるものだった。また、『海獣の子供』に引き続き美術を務めた木村真二の画集も展示されていたが、こちらもリアルではあるが、ポイントで彩度の高い色を使うことで画面を地味に見せない本作の特徴を知るには良い資料だと藤津氏は語った。
優秀賞を受賞した『Sonny Boy』は夏目真悟によるテレビアニメーション作品。会場では監督を務めた夏目による修正原画やマンガ家・江口寿史によるキャラクター原案、背景美術の設定画といった中間制作物などが展示されていた。藤津氏は筆のタッチが残る、かつてのセルアニメーションのような背景美術とキャラクターとの溶け合いに特に注目したという。氷川氏も、アニメーションが絵の連続であることを感じさせることが本作の魅力であると語り、原画に書き込まれた修正指示から夏目の演出意図が汲み取れることを説明した。また、藤津氏はこうした意欲的なテレビアニメーション作品を顕彰できるのが、文化庁メディア芸術祭の魅力であるとも述べた。
優秀賞を受賞した山村浩二『幾多の北』について、2人は会場に展示された作品のイメージソースとなった絵に着目。これらの絵は文芸誌「文學界」の表紙として山村が毎号描き起こしていたもので、そのイメージを着想源に本作がつくられた。これらの表紙絵は、延々と水漏れをしないように袋を保守し続ける人々の姿などが描かれており、本作が東日本大震災にともなう福島第一原発事故に関するさまざまな思いが取り込まれていることも想起させるという。
新人賞を受賞した矢野ほなみの『骨嚙み』は、瀬戸内地方に伝わる火葬後の骨を噛む「骨噛み」という風習を描いた作品。本作はペンによる点描を重ねることでつくられた作品で、完成までに2年半の年月をかけたという。中間制作物として実際に使われた点描による原画が展示されていたが、藤津氏は手描きアニメーションの魅力のひとつとして、こうした労苦の積み重ねがダイレクトに見る側に伝わり、感動を呼び起こす点を挙げた。
一行は会場を後にしてカンファレンスルームに移動。ここでは氷川と藤津両氏のトークセッションが行われた。
藤津氏はまず、近年ストップモーション・アニメの話題作が多いことを指摘。第21回のアニメーション部門で審査委員会推薦作品に選ばれた堀貴秀の『JUNK HEAD』、第23回の同部門優秀賞を受賞した八代健志の『ごん』、そして今回アニメーション部門のソーシャル・インパクト賞を受賞した見里朝希の『PUI PUI モルカー』などがその典型例だ。
氷川氏は、近年では『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016年)が話題となったアメリカのアニメーション制作会社「ライカ」を例に出した。「3DCGでキャラクターをつくったあと、それを3Dプリンターで出力し、ストップモーションの素材にする同社の手法が与えた影響は大きいのではないか」と語る。仮想空間において3DCGを動かしアニメーションを制作できるにもかかわらず、それをあえて実体にすることで、光の多重反射や質感といった予測不能な情報が画面に宿り、心理的に深く作用すると氷川氏は分析した。
こうした予測できない要素が求められる傾向は、「手描きのアニメーションでも見られる」と藤津氏は言う。アニメーションの美術がAdobe社のソフトウェアであるPhotoshopを使って制作できるようになった背景には、ブラシツールの性能向上によってより手描きに近いタッチが可能となったことが大きいそうだ。氷川氏は、「このように人間の手技には予期せぬ描線が生まれることがあり、そこに人間は何かを見出してしまうのではないか」と語った。
藤津氏は、こうした手仕事が見直される傾向について、3DCGの性質と関係していることを指摘。3DCGのアニメーションは最初にプランをいかに設計するかがポイントであり、一度設計したものを後の工程で無理やり変更するとそれは事故になってしまうという。いっぽうで、手描きアニメーションの良いところは絵に描くことで要素が成立することが多々あり、ゆえに現場の即興によって良いものが生まれることがあるそうだ。したがって、これからのアニメーションは3DCG的な設計と、手描きの即興をいかに組み合わせていくのかがポイントになるとも言えるだろう。
また、藤津氏はこうした最近のアニメーションにおける、質感を見直すというフェーズについて語った。例えば背景美術を手掛けるBambooは80年代のイラストレーションに寄せた背景を制作しており、また審査委員会推薦作品に選出された『サイダーのように言葉が湧き上がる』の監督・イシグロキョウヘイは昭和初期に隆盛した浮世絵版画を発展させた技術「新版画」からの影響を口にしているという。撮影処理による美しさとはまた異なる、手描きの質感がつくり出す美しさへの挑戦は、今後のアニメーションにおけるひとつの水準になりそうだ。
手描きの質感について、氷川氏は自身が副理事長を務めるアニメ特撮アーカイブ機構における仕事での経験を引き合いに出した。アーカイブされた古い時代のアニメのセル画に見られるブラシ効果などは、Photoshopでは再現できない表現だと感じることも多いという。こうした、実在のマテリアルと対面することで初めてわかる、言語化しづらい表現にも注目していきたいと語った。
アニメーションの中間制作物からは、完成した作品を下支えしている指示や、手作業だからこそ生み出せる質感がより伝わってくるものが多い。それらがいかに作品の表現に寄与しているのか、改めて確かめられたワークショップだった。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 ワークショップ
アニメーションのできるまで〜受賞作の中間制作物を通じて〜
日時:2022年9月18日(日) 15:00~16:30
会場:日本科学未来館 1階 企画展示ゾーン、7階 コンファレンスルーム天王星
(集合場所:1階受賞作品展入口受付)
講師:氷川竜介(アニメ・特撮研究家/明治大学大学院特任教授)
藤津亮太(アニメ評論家/アニメーション部門審査委員)
定員:10名
対象:アニメーションの制作プロセスに興味がある方
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2023年1月11日にリンクを確認済み
]]>縦型映像作品『20歳の花』は、演劇をフィールドに活動する根本宗子氏によるコロナ禍における演劇配信の新たな試みであり、スマートフォンなど、手元のデバイスでの視聴することを前提としたミュージカル作品だ。初めて体験する出来事に感情を揺さぶられ、時に歓喜し、時に悲しみにくれる主人公、花を描いた物語。花の真剣さや盲目さが、かえって滑稽に映り、思わず笑ってしまう場面もある。作品をつくるうえで、アンハッピーな出来事をポップに描くことによって生まれるおかしみを大事にしているという根本氏。今回のワークショップも、まず「最近起きた、イヤだったことや悲しかったこと」を参加者に尋ねるところから始まった。
参加者が挙げたのは、「出演する舞台が映像作品に切り替わって見せ場が減った」「3日前に彼氏にフラれた」「ここに来る途中で大雨に見舞われた」「好きな先生がほかの生徒と仲良くしている」と、実にさまざま。「同じ出来事でも、切り取り方でおかしくも悲しくもなる」という根本氏。さらに「その出来事のなかでも、一番自分にとってショックでドラマチックだった場面は?」と質問を重ねると、それぞれの出来事がグッと具体性を帯びて、情景が浮かんだ。
それぞれの出来事をもとに、2グループに分かれて1エピソード5分程度のエチュード(場面設定のみを共有し、セリフや動作はその場で役者が考えながら行う即興劇)を考案する。自分を主人公(註)に、ほかの参加者は登場人物の一人として、場面を想定してみる。実際の出来事を大切にしながら、切り取り方の選択肢を具体的に提示していく根本氏。選択の観点はさまざまだ。主人公がよりかわいそうに見えるのは? よりおもしろくなるのは? 演劇作品として意識するべきポイントなども交えながら、根本氏からは的確なアドバイスが次々に繰り出された。
10分程度のグループワークを経て、早速実演。まずは「出演する舞台が映像作品に切り替わって見せ場が減って悲しい」エチュードにグループの3人がトライする。撮影終了後の控え室で他の出演者とやりとりをするという場面設定で、トライの初回にはストーリー展開はまだ見えなかったものの、根本氏は「差し入れをシェアしたり一緒に自撮りしたり、その繰り返しになってしまっていた場面が、かえっておもしろかった」とコメントし、さらに出演者を増やしてトライ。控え室に一人ぽつんと座る主役の元に、満足げなほかの出演者たちが次々に声をかけ、「記念の自撮り」と「差し入れ自慢マウント」が繰り返された。最後にまた一人残った主役に、その場で根本氏が「誰かに電話をかけてみたら?」と小声でアドバイス。静かになった控え室で母親に電話をかけ短く会話をして終わるという印象的な締めも加わり、たったの数回で、見どころが伝わる魅力的なエチュードにブラッシュアップされた。初回のトライではまだぼんやりとしていた各要素に、性格や役割を設定することで輪郭がはっきりし、さらに出演者がそれを共有することによって、エチュードの方向性も定まり、伝わりやすくなったということなのだろう。
以後、各参加者を主人公にした悲しみのエチュードが次々と生み出される。初回のトライから伸ばすべきポイントをつぶさにすくい取る根本氏と、根本氏のアドバイスを即座に吸収し次のエチュードでかたちにする参加者たち。2時間半という短時間のワークショップながら、そのインプットとアウトプットの往来はとても濃密で圧倒された。
参加者全員の出来事が一通りエチュード化され、最後の「好きな先生が他の生徒と仲良くしている」エチュードが煮詰まり、自分が世界で一番かわいそうな主人公であるかのように主役が振る舞い始めた頃、根本氏から新たな提案がなされる。それは、今演じているエチュードのなかで、各々がこれまで演じた「悲しみの主人公」を思い出し、自分の悲しみを訴えてみよう、というもの。他者の物語に、各々が主役のまま乗り込んで撹乱する、そんな提案だ。一人だと思っていた花が、実はたくさんいた。作品『20歳の花』を見る目も変わりそうな、プチどんでん返しである。エチュードはヒートアップし、「自分の方がもっとかわいそう」と、「かわいそうマウント合戦」となる。
さらに、ここで役を交換してみましょう、と根本氏。「実はこれが、今日一番やりたかったこと」だという。今日のワークショップを通して、互いの悲しみを具体的なエピソードや感情で共有してきた参加者たち。実際に演じてみると、先のエチュードに出てきた細かな設定をうまく取り込んでセリフを回す参加者もいたりと、他者を演じることで、自分自身を演じるよりも客観的に、役を演出できることがわかる。
自分自身を演じることから始まり、他者に着地する。その過程で、「演技」のなかにある、「演出」「観察」といったさまざまな術を体験する、巧みな演劇稽古体験ワークショップであった。
(脚注)
本文中では、「主人公」を「物語上の中心人物」、「主役」を「現実空間で物語上の中心人物を演じる人物」と使い分けている。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 ワークショップ
演劇稽古体験ワークショップ『20歳の花』の花になろう
日時:2022年9月19日(月) 13:00〜15:30
会場:日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星
講師:根本宗子(劇作家・演出家/エンターテインメント部門新人賞『20歳の花』)
定員:10名
対象:中学生・高校生
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2023年1月6日にリンクを確認済み
]]>3つの四角い箱がベルトコンベア上で関門(ゲート)をくぐり抜けていく作品『四角が行く』を制作したメンバーのうち、石川将也氏、杉原寛氏、中路景暁氏が講師となったワークショップ。映像作家でデザイナーの石川氏は『四角が行く』では企画を担当、また機械工学をバックグラウンドとし、アートやデザイン分野に携わるエンジニアリング行う杉原氏は、箱をどのように動かすかという仕組みを考え、機構として実装。そしてエンジニアであり作家の中路氏は、『四角が行く』では関門をベルトコンベアによって動かす機構を担当した。
ワークショップでは「新しいメディアで表現を探る」をテーマに、石川氏が以前制作した『Layers of Light(光のレイヤー)』(註)の仕組みを用いた。この作品は蛍光のスクリーンに、上から小さなプロジェクターで平面のグラフィックを投影することで、立体的なアニメーションを生み出せる。2次元でつくったグラフィックが光の三原色である赤(R)、緑(G)、青(B)の3色に分かれることで、立体的に見えるのが特徴だ。
石川氏はこの立体映像装置で2020年に特許も出願中(特願2020-206990)。実験をしていて偶然、蛍光のアクリル板に映像を投影したときに色が分離するのを発見したことから、この装置を開発した。初めて見たとき「こんなもの見たことがない」と驚いたという。そもそもこの不思議な現象はどのようにして生まれているのだろうか。ワークショプに入る前に、作品の仕組みを学んでいった。ポイントは「蛍光であること」と石川氏。緑色とオレンジ色の蛍光材料を使っていることが重要だという。
蛍光材料について石川氏は、「蛍光材料自体の色よりも短い波長の光に反応して発光し、それよりも長い波長の光は透過させます。例えばRGBの集合である白い光をあてると、オレンジ色のアクリル板にはオレンジよりも波長の短い緑(G)と青(B)が反応し、赤(R)は透過するのです」と説明。光には波の性質があり、その波長の長さで人間は色を感じているが、蛍光の板を通すことで光の色が分かれるのだ。「この装置は、光が立体的に投影される点がおもしろいと思っています。制約が多いメディアですが、今日はこの仕組みを活用してさまざまな表現を探っていけたらと」とワークショップの主旨につなげた。石川氏は前職でクリエイティブグループのユーフラテスに在籍していたが、その際に手掛けた「サイアロン蛍光体」という物質の説明動画も再生。サイアロン蛍光体とは、物質・材料研究機構(NIMS)が開発した蛍光を出す物質のことだ。
未来の科学者たちへ #05 「サイアロン蛍光体」(A message to future scientists: SiAlON phosphors)
3つのテーブルにそれぞれひとつずつ立体映像装置を起き、自由に創作していく。ひとつはパソコンをつなぎ映像を自由に投影しながら、アクリル板を動かして実験するコーナー。真ん中の装置にはアニメーションのアプリが搭載されたiPadがつながれ、ペンで自由に描いた造形をアニメーションにして投影することができる。そしてもうひとつのコーナーには、色画用紙やセロファン、ペンなどが用意され、アナログでつくった造形物をカメラで投影し、光の立体を実験していく。グループ分けなどはなく、参加者は3つのテーブルを自由に行き来し、思い思いに創作や実験をした。
「赤い魚が泳ぐ水面に、葉っぱが流れるアニメーションをつくりたい」と、色紙で表現した女性。魚を赤い色紙で、落ち葉を黄色、青色、緑色で切り抜き、カメラで投影した。すると、魚は最下層に赤色の光で、葉はその上の層に緑色や黄色の光で投影された。一部、赤色で葉が投影されていたため「青色で葉っぱをつくったほうがよいのよね」とつくり直すことに。一方、なかには銀紙や金紙を投影する参加者も。銀や金は光を反射し、その反射した色がカメラを通して不思議な光の彫刻ができあがった。「銀や金の紙を投影したのは、おそらく今日が初めてのこと。大発見だと思います」と杉原氏。どのような色にするとはっきりと層が分かれるか、もっと濃淡をつけたほうがよいか、青色をはっきりと出したいなど、さまざまな試行錯誤が続いていった。iPadで手描きアニメーションを投影できる中央のテーブルでは、青、緑、赤と1色ずつレイヤーをつくり、ペンで好きなかたちや線を描いた。
60分ほど自由な創作や実験をし、ワークショップは終了した。石川氏は、最初この仕組みを発見したときに、特許取得のこともありオープンにしていくことに慎重になっていたそう。しかし今ではいろいろな人にこの仕組みを利用してもらいたいという。
最後に、撮影用の色温度を測る分光色彩照度計を例に、光のおもしろさを紹介した。「この照度計で太陽光をはかると、さまざまな色の波長がバランスよく入っているのがわかります。だから太陽光は物質を美しくみせられるんですよね。一方、プロジェクターの光をはかると単調な色しか入っていません。この光のもとで写真を撮ると、人の顔色は悪くなり、料理も美味しく写りません。こうして光の性質で物の色が変わっていくのがおもしろいんです」と石川氏。原初的な光の仕組みを利用したシンプルな装置から多様な表現が生まれ、身近な「光」への関心も高まった。
(脚注)
『Layers of Light(光のレイヤー)』は、文化庁による令和2年度メディア芸術クリエイター育成支援事業の採択企画である。また、第25回文化庁メディア芸術祭のアート部門で審査委員会推薦作品に選出された。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 アート部門 ワークショップ
アート作品の仕組みを理解して、表現の可能性を考えてみよう
日時:2022年9月23日(金・祝) 14:00~15:30
会場:日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星
講師:石川将也(映像作家/グラフィックデザイナー/視覚表現研究者/アート部門優秀賞『四角が行く』)
杉原寛(エンジニア/アート部門優秀賞『四角が行く』)
中路景暁(アーティスト/エンジニア/アート部門優秀賞『四角が行く』)
定員:15名
対象:中学生以上
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み
]]>持田あき氏による『ゴールデンラズベリー』は、「フィール・ヤング」(祥伝社)にて2020年より連載されている。転職24回目の芸能事務所マネージャー・北方啓介が、下町で会社員をしていた吉川塁をスカウト。学歴、能力ともにハイスペックながら仕事が続かない啓介と、男にモテるが恋愛が続かない塁。どこか世間と噛み合わない2人が成功を目指し奔走する姿を描く作品だ。本トークセッションでは、本作の魅力をはじめ、制作の裏話から女性マンガの未来についてまで、さまざまな議論が展開された。
持田氏は受賞の一報を聞いたときの感想を問われ、「まずはただただ驚きました。もちろん光栄で嬉しく思うと同時に、担当編集の松永朋子さんにも贈られた賞だなとも思いました。それまで作品のターゲット層がもう少し下の少女たちだった私を「フィール・ヤング」に招いていただき、初めてのフィールドで何ができるかわからないときから励ましや助言をいただき、それこそ啓介が塁を口説くように熱心に口説いていただきました(笑)。そういう意味でも大変嬉しさを感じています」と答え、受賞の喜びとともに、松永氏へ感謝の思いを語った。
ここで豊田夢太郎氏から、今年度のマンガ部門審査委員を務めたおざわゆき氏に、作品選考当時の状況や議論について質問が向けられ、おざわ氏は「本作はクオリティとして文句なしで、もちろん私だけではなくほかの審査委員たちからも非常に高評価を受けていました。最終的に大賞作品の絞り込みに慎重な議論を重ねるなか、私が本作の切り口の新鮮さに触れ、女性マンガのジャンルがこの注目作によって表舞台に立つのは意義の大きいことであるというお話をし、作品としての評価も高かったことから、最終的に満場一致で選ばせていただきました」と答えた。自身も選考委員の一人だった豊田氏からも、選考時の回想と、皆の最終的な納得の結果であったことが補足された。
ここからは本作の魅力について、多角的な掘り下げが行われた。まず作画の面から、豊田氏はおざわ氏が執筆した本作贈賞理由から「ヒロイン吉川塁の、達観したようなそれでいて真摯な瞳は読む者の心を射抜く。」を抜粋し、とりわけ、緻密でいながらキレのあるペンタッチで表現される瞳の力強さに触れた。
持田氏は、「私が一緒に仕事をしているアシスタントなど、周囲には年下の女性が多いんですが、年齢も経験もまだまだこれからなはずの彼女たちのなかに、何だかこの子怖いな、と思う眼差しの人がいます。一見静かにマンガを描いているようでいて、外に出さない情熱を紙に殴り描くような……。そういう人を見るとワクワクしますし、何なら心のなかでちょっと惚れているんですね(笑)。年齢、性別に関わらず真剣な目というのは怖いし、怖いと同時に、その魅力に敬服して飲み込まれそうになる。塁のようなキャラクターを描くときは、そういう人に出会ったときの気持ちを思い出して、見る人が惹きつけられる表情にしたいと思って描いています」と語った。続けておざわ氏が「私自身の作品では、キャラクターの描き方はある程度説明的というか、読者の皆さんが追いやすいような仕草を心がけて描いていますが、持田さんはもう完璧に見せる絵柄で、決め絵が素晴らしい。また先ほど豊田さんも言われたように、本作は、塁の目力の描写から、おのずと彼女自身の人としての力強さが伝わり、読む側が引き込まれ、魅了される。絵の力をまざまざと見せつけられる作品です」と所感を述べた。
話題は、本作のもうひとつの魅力である設定へと移行。啓介を主人公および語り手とし、そのモノローグによって物語が進行する一方で、ヒロインの塁は徹底的に啓介から見た姿として描かれ、塁自身の心象は語られない。それゆえに前項で取り上げられた塁の力強い瞳、そして大胆な行動やセリフを、読者は啓介の目線で受け止め、より主人公の心情にコミットして塁への思い入れを強めるという構造が、豊田氏から解説された。そのうえで「女性マンガで男性を語り手とする設定は勇気のいる選択だったのではないか」という問いに、松永氏が答える。「舞台を芸能界にするということ以前に、持田先生から『男の人が主人公というのはだめですか』と、まずそこを相談されたことが印象深いです。私自身想像がつかなかったこともあり、勝算もありませんでした。ただ、女性マンガにおいて男性視点で描くということは珍しく、おもしろそうだと思い、あとはもう先生のポテンシャルに賭けようという気持ちで進めることになりました」と構想当時を振り返った。
着想の段階で、すでに啓介視点で描くことを考えていたのかという問いに対し、持田氏は「そうだったと思います。塁については、容易にわかり切ることができないミステリアスな魅力があって、いつしか彼女が考えていることを追いかけたくなるようなキャラクターにしたかった。だったら主人公は女性よりも男性にしたほうが、読者が一緒に塁を追いかけていく気持ちに持っていけると思いました」と語った。
従来の女性マンガと性別が逆転した設定という話題から、豊田氏が再びおざわ氏の贈賞理由より「従来のジェンダーの役割を超えたところでの恋愛の新しい形を提示してくれる」の一文を抜き出し、本作をジェンダーの観点から捉え直したとき、どういう見方ができ、何が見出せるのかをおざわ氏に訊ねた。おざわ氏は「塁というキャラクターは、これまで女性に求められてきた役割、恋愛において女性のあるべきとされてきた立ち位置といったものを、やすやすと乗り越えた新しいタイプの女性像として描かれています。性別以前に、輪郭のくっきりした一個の人間として存在している。だからこそ、女性が読んで爽快な気持ちになれる。そういう意味で『従来のジェンダーの役割を超えた』という表現をさせていただきました。また、啓介と塁の関係は、恋愛の感情はありながら、マネージャーと女優という仕事の相棒である点も非常に特異。今後も新しいバディ像として進んでいってほしいです」と述べた。
続けて持田氏も「確かに啓介が塁に惹かれる理由は、彼自身が仕事に熱中していて、自分の立ち位置を忘れているという点も大きいです。新人女優を教えるマネージャーだからとか、男だからといったことを全部忘れて、君はすごいよと尊敬の念をぶつけて、いい相棒として塁とやっていこうとしている。そこで2人が切磋琢磨して睨み合っている姿が色気として感じられるといいなと思って描いています」と述べ、本作が恋愛マンガの枠にとどまらない、人間の個としての存在を描く作品でもある点が改めて示された。
続けて松永氏が「これまでの多くの女性マンガの主人公は女性や少女で、読者は彼女に共感や感情移入をしながら読んできました。かっこいい男性キャラが出てきてもその内面は語られず、主人公の女性が、彼は何を考えているのかわからないと心を悩ませる。ところが本作は主人公が男性で、視点はその男性のものであり、ヒロインのモノローグが一切ない。そして回を重ねるごとにSNSに上がってきた読者の感想は、『塁かっこいい、男前』『啓介応援したくなる、頑張れ』というものが圧倒的でした。あらゆる面で従来の女性マンガにおける男女の逆転現象が起こった、今までの私の凝り固まっていた女性マンガのジェンダー観を打ち破ってくれる作品にもなりました」と述べた。
高校1年生だった2000年に「りぼん」(集英社)でプロデビューし、今年マンガ家生活23年を迎える持田氏。その間には創作の方向性に悩むこともあったという。「「りぼん」のメインターゲットは小学生から中学生の女児、少女で、よい意味で恋愛に対する純粋で絶対的なテーゼがある雑誌でした。でも私自身は学生時代から奥手で、恋バナも得意ではなく、恋愛の話を上手に描けないことにコンプレックスを感じていました」と話す持田氏の転機は20代半ば、病に倒れた父を、母とともに介護していたときに訪れた。
「晩年の父は薬の影響で、自分はもちろん母のことも誰だかわからなくなっていたんですが、ある日ちょっと一息ついたときに、父が母に『きれいな人ですね。僕と結婚してくれませんか』と急に言って、母が非常に喜んだんですね。それに私はショックを受けて。このときの父の言葉が『親切な人ですね』とか『優しくしてくれてありがとう』だったら、そこまで母は喜ばなかったし、私も胸を打たれなかった。女性が自分の好きな人から『きれいですね』『好きです』と言われることのパワーを全然わかってなかった、こんなわかっていない気持ちで少女マンガを描いていたんだと。そこからは、もう失敗してもいいから、照れないで思いっきり少女マンガを描こうと思うようになりました。愛されるって幸せだということや、好きな人に向かって行く気持ちを隠さないで描こうと。そこから自分でも作風が変わったのを覚えています」と、当時の出来事を詳細に振り返った。
トークセッションも終盤となり、本作が女性マンガの新たな地平を拓いた作品であることが再確認されたのち、今後予想される女性マンガの形について各登壇者から見解が述べられた。
おざわ氏は「今の女性マンガはメインとしては人間ドラマや会話劇、恋愛のありようといったものが多く、名作もたくさんあって、いいジャンルだと思いますが、今後はそこを出発点として、さらに広がりがある展開をしていってもいいのではないかと思いますし、そういうものを読んでみたいです」と述べた。
松永氏は「今の女性マンガの主人公の年齢は20代、30代ぐらいがマジョリティーですが、幼い頃からマンガに慣れ親しんだ世代はもう50代、60代に差しかかっている。日々読者の年齢層が上のほうに拡大されていることを肌で感じています。そのなかで、若い主人公に過去の自分を重ねるのも素敵ですが、例えばおざわ先生の『傘寿まり子』(2016〜2021年)のように、自分より年上の主人公を見て、私にもまだこれから楽しいことが待っている、年を取るのが楽しみだなとポジティブな未来を思い描けるような作品が増えていくといいなと思います」と語った。
最後に持田氏が「私は少女マンガ・女性マンガについて、少女が読めば特別な女性になれるし、自立した大人の女性が読めばただの女の子に戻れる、そういう魔法の力があると信じています。年齢に関係なく、いつまでもそういう作品を描いていきたいですし、必要とされる女性像は今後も変わっていくであろうなかで、いつの時代も等身大の魅力的なキャラクターを紹介していけたらなと思っています」と結んだ。
爽快で疾走感あふれるストーリー展開、心を揺さぶる数々のセリフで読者を魅了し続けている本作。持田氏によれば、ラストシーンの「絵」はすでに決まっており、そこへ向かう道筋を見据えて描き続けられているという。主人公の2人がそこをどのように進んでいくのか、今後も目が離せない。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
マンガ部門大賞『ゴールデンラズベリー』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:持田あき(マンガ家/マンガ部門大賞『ゴールデンラズベリー』)
松永朋子(編集者/株式会社シュークリーム)
おざわゆき(マンガ家/マンガ部門審査委員)
豊田夢太郎(漫画編集者/マンガ部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年11月9日にリンクを確認済み
]]>トークセッションは前半を山村浩二氏、後半をMahboobeh KALAEE氏から話を聞くかたちで進行した。
『幾多の北』について、審査委員を務めた藤津亮太氏は次のように評している。「無意識の領域が、語り手の内面ではなく、「断片」を通じて世界のあり方を示した場所になっている。描かれる「断片」も最初は「風刺」とも思えるほど具体的だが次第に抽象度を増していく。そして一番深いところで世界は「語り手」とも結びついていることが語られる。寂寥感や不穏な空気を感じさせる画面だが、同時にユーモラスでどこか懐かしい雰囲気も漂う。主題のスケールの大きさと、このような表現の厚みは長編だからこそ到達できたものだ」。
まず、山村氏は受賞の感想を藤津氏から尋ねられ、「作品を初めて見た人の半分くらいはポカンとしてしまうかと心配していたし、どれくらい伝わる作品なのか不安があったが、こうして賞をもらえたことは嬉しかった」と語った。
『幾多の北』はもともと文芸誌の「文學界」の表紙として2012年から14年にかけて描かれたイラストから始まった作品だ。構想段階の物語の断片を毎号の表紙絵と、絵についての短い言葉を添え、提示するというかたちで進んでいったこの企画は、そのテキストを再構成することでシナリオができあがっていったという。当時は短編作品として構想していたそうだが、章ごとに組み立てたところで短編では収まらないことがわかり、長編へと計画を変更したそうだ。シンプルに見える短編においても多層的な意味を込めることを意識し続けてきたので、本作もそれを引き継いでいると山村氏は述べた。
藤津氏は「主人公格ともいえる2人の登場人物が途中の出番がなくなり、異なった位相に物語が移行したように思えたが、再び戻ってきたあとにまた新たなイメージが展開するという構成が印象的だった」とコメント。山村氏はフランスの映画監督、ジャック・タチの『プレイタイム』(1967年)を例に挙げながら、つながりのないエピソードに散りばめられたさまざまな登場人物を観客が能動的に関連づけていく「映画の民主化」的な手法を探りたかったと話す。結果的にオムニバスのように各エピソードが閉じたものは選択されず、一体として構成しようとした意図が際立つ作品となった。
藤津氏の質問は作中で多く見られる「宙吊り」の描写に及んだ。山村氏はこの「宙吊り」について次のように語った。「「文學界」の表紙連載は2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を念頭に置いていた。災害によって人々の生活が切断され、宙吊りになるということを実感を持って捉えていたので、その不安感や閉塞感を作品で描きたいという思いが固まってきた」。「北」というキーワードも震災を想起させる地理的な意味を込めているが、同時に世界中の人々の精神のなかにある「北」を複数形で表すことで普遍性を持たせたという。
いっぽうで、これまでの山村監督作品と同様に作中にはユーモアも込められている。人間たちがしていることの滑稽さや、それに対する冷めた視線などがそこにつながっているのではないかと山村氏は語った。
また藤津氏は山村作品の「言葉」について「容易に尻尾をつかませない温度感で書かれている」と指摘した。山村氏はこれについて小説家、フランツ・カフカの影響から、一瞬考えて立ち止まってしまうような言葉に惹かれるという。「今回の作品も言葉から発想した部分もあり、また絵を描き進めていくなかで言葉にヒントを求めたところもある」と回答。藤津氏はつながりを探りたくなる言葉からは、見る側に能動性を求める山村氏の思想を感じると語り、対して山村氏もロジックではなく感覚や感情と紐づく言葉をフックに、見る人それぞれにとって意味がある映像になればと述べた。
作品の構成について藤津氏が尋ねると、山村氏は次のように答えた。「物語の締め方は連載中に決まっていたので迷いが少なかったが、始まりについては未だに正解だったかはわからない」。そして本作を見た人々に向けて「おそらく一度では理解してもらえない作品ではあるので、ぜひもう一度見てもらえると嬉しい」と話した。
現在、長編を2本構想しているのと、短編2本を制作中、さらにVR作品も手掛けているという山村氏。『幾多の北』も「何かしらのかたちで今後広く公開できればと思うので楽しみにしてほしい」と締めくくった。
後半はMahboobeh KALAEE氏に話を聞くパートとなった。審査委員の権藤俊司氏は受賞作『The Fourth Wall』を次のように評している。「立体素材と平面素材が融合した、視覚の刺激に満ちあふれた作品である。壁面を2Dアニメーションが展開する場として活用する手法自体は必ずしも珍しくないが、手持ちカメラで撮影したと思しき流動的なカメラワークとの連動は見事の一語。全体を貫くライブ感、とりわけ回転のモチーフ(カメラ自体の回転と洗濯機の水槽の回転)による運動性は印象深く、見る者を眩暈のような映像体験に巻き込んでいく力がある」。
まず藤津氏は、受賞作のタイトルである「The Fourth Wall」についてKALAEE氏に尋ねた。同氏は同タイトルに決めた経緯について、作中の少年を取り囲む四方の壁が少年の探し求めている自身の夢が投影される対象であるという本作の内容と、本作で採用された特異な技法とを踏まえたものであると明かした。また、実際の制作にあたっては、実験的な手法と物語の構成の両立に苦心しながら、「つくっていく過程で新しい発見をしてそれを取り入れていった。カメラでコマ撮りをしながら、おもしろそうなことをやってみて、採用するカットを決めていった」そうだ。
KALAEE氏は限られた予算と機材で、自身の体も含めて持っているものすべてを動員したという。作品の舞台が台所になった理由も、スタジオを持っていないなかで舞台にできる場所として目をつけたという。洗濯機と母親の役割の類似性などを加味しながら、物語に取り入れる要素を選択していったそうだ。
主人公の少年についてKALAEE氏は次のように語る。「さまざまな技術を実験的に試すなかで、そういった実験が子どもならではの視点に結びつくと感じた。台所に子どもたちを呼んで彼らと話したり、彼らならではの視点についてブレインストーミングをしたりした。母親と父親のあいだに位置する少年の目から見た正面の壁に少年の心情が投影されている。作中の存在はすべて男の子の夢のなか、すべてが彼のイマジネーションだ。垣根がなく、規則もなく、好きなものが好きなようにつながる、そういった夢の世界を表現した」。
セットが割れて実在の台所が出てくる本作の衝撃的なラストシーン。KALAEE氏はこのラストの狙いを次のように説明した。「もともとラストシーンは決まっておらず、いくつかの候補があった。7割方をつくり終えたとき、最終的に現実の台所を見せるべきだと思うようになった。現実の台所とは自分が制作にあたって何度も試行錯誤を重ねた場所だ。本作にはイマジネーションの世界と、壁が飛んでいった自由な世界があるが、そこに加えてラストシーンで第3の世界として、自分が実験を続けてきた現実の台所も見せるべきだと確信するようになった」。
KALAEE氏が次回作として準備している長編についても話が及び、同作についてKALAEE氏は次のように語った。「1作目を完成させてさまざまな経験を得ることができたので、それを活かして90分ほどの長編をつくりたいと思っている。予算も時間も大変なものになるとは思うが、挑戦していきたい。将来のアイデアを書き出し、それを見ることが自分に活力を与えてくれる。現時点ではまだ制作に取りかかっていないが、とても楽しみだ」。
最後にKALAEE氏は観客に向けて次のようなメッセージを送った。「私自身はアイデアを自分自身の生活や経験、身の回りの出来事に求めている。もしみなさんが映画をつくろうと思ったのなら、まずは自分の生活に目を向けてみてはいかがだろうか。さまざまな芸術を生み出す土台は、みなさんのなかにある」。
日本を代表するアニメーション作家である山村氏と、衝撃的なデビュー作をもって新星として現れたKALAEE氏。2人の作品についての語りを通して、アニメーションの持つ豊かさを感じられるトークセッションとなった。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』/優秀賞『幾多の北』トークセッション
日時:2022年9月17日(土) 15:00~16:00
※13:30~14:45に2作品の上映会を開催
会場:池袋HUMAXシネマズ
登壇者:Mahboobeh KALAEE(アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』)
山村浩二(アニメーション部門優秀賞『幾多の北』)
藤津亮太(アニメ評論家/アニメーション部門審査委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※トークセッションの模様は、後日上記公式サイト内(https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/)でも配信された
※URLは2022年11月15日にリンクを確認済み
]]>漫画家は仕事場で、どのように漫画を描いているのか。そして作品とはどのように生まれていくものなのか。漫画家の人数だけ存在する、制作過程と作画の技巧を世の中に伝えるドキュメンタリー番組「浦沢直樹の漫勉」(以下「漫勉」)。現在は最新シーズンとして「浦沢直樹の漫勉neo」(以下「漫勉neo」)というタイトルが冠されている。これまで取り上げられてきた漫画家は、全シーズンを通してのべ32人(2022年10月現在)。今回大賞を受賞したのはこのうち「漫勉neo」のなかの1本で、アニメーターとしても一時代を築いた安彦良和氏を取り上げた回(2021年6月9日放送)である。
本作をメディア芸術祭エンターテインメント部門に応募したのは上田勝巳氏で、独断での応募だったという。「本作品はカテゴリーとしてはドキュメンタリー番組であり、事実その通りなのですが、浦沢氏とゲストの漫画家との解説や分析が入ることによって、上質のエンターテインメントたりえていると思いました。万が一選に漏れたときのことを考え、ダメもとでこっそり応募させていただきました」と、受賞の喜びとともに応募の経緯を語った。
企画の発端は、親交のあった倉本美津留氏と浦沢直樹氏とが2008年頃にかわした会話だったという。浦沢氏が語る。「テレビ番組が漫画特集を組むとき、漫画を紹介する役割としてよく呼ばれて、そのたびに喜んで出演していたんですね。でも、プロデューサーもディレクターも演者も、そして視聴者も、漫画に関しては基本的に、興味、知識、すべてのゲージがほぼ0の状態の人たちであって、そこで1時間頑張って話しても、伝わられることは0から1にもならない。これをずっと続けても不毛だなと感じていたときに倉本さんと話す機会があってプロとプロが5ぐらいから話し始めて、10ぐらいまでに行ける漫画の番組をつくれないかと相談したのが始まりでした」。
伝わらない思いとは具体的には何だったのか。浦沢氏が続ける。「子どものときから、漫画を描いているといろいろな人がすごいと褒めてくれる。でも、それを聞いて嬉しいよりも釈然としない思いが当時からあった。このわかってもらえない感じは何なのかと考えていくうちに気づいた事実が、読む人はできあがったものしか見ていないということでした。漫画家は白い紙に漫画ができあがっていく過程こそが漫画の一番おもしろいところだと知っている。でも描かない人はそれを知らない。そこをいくら機会あるごとに言葉だけで伝えても伝わらないのは当然だった。じゃあ、その白い紙から漫画が生まれる瞬間をなんとか見せられないだろうかと思ったわけです。そこが伝われば、次にその人が漫画を読むときに、それを踏まえた読み方をしてもらえる可能性が上がるし、漫画の見方も変わるんじゃないかなとも」。
倉本氏はこのときの浦沢氏との話から、即座に番組実現への企図を描いたという。「まだ具体的な撮影方法も何もわからない段階でしたけれど、浦沢さんのその話を聞いているだけで、ぞわっと、こう、鳥肌が立った。これはもう絶対に僕自身が見たいものであるし、今までどこもやっていないことでもあるし、何より当事者の浦沢さんが伝えたいのに伝えられていないと思っていることがよくないと思った。番組をつくる側として、今まで誰も見たことのないものをつくって見せたい思いが人一倍強い人間なので、浦沢さんの思いを番組にすることは、絶対俺しかできないと思ったんです」。企画書を携えテレビ局各局を回るなか、唯一OKを出してくれたNHKで、企画は実現へと動き出した。
話題はここから、「漫勉」独自の撮影と構成が生まれた経緯へ。「漫勉」の特徴である、漫画制作過程の克明な記録は、漫画家の仕事場に複数設置された、リモート操作可能なビデオカメラによって成立している。上、左、右、手元など必要かつ最小限の台数を、制作に影響のない位置に配置すると、撮影スタッフは別室に控え、制作が終わるまで静かに経過を見守る。この発案も浦沢氏で、自ら実験台となり、制作を細かく追いながらその邪魔をしない取材システムを構築すると同時に、「制作中の作家の背後に立たないこと」など細かく決めごとをつくったという。そこに浦沢氏が「撮られてるなと思わせてしまっては、やはり生の制作現場に近づいた撮影はできない。「漫勉」の撮影でまず大事にしてほしかったのは、いかに作家の周りに誰もいなくするかでした。制作中の漫画家って『鶴の恩返し』の鶴の機織りみたいに、ほかの誰の気配も感じずに集中する必要があるんです。一方で撮影側には、『穴の中に棲んでいるプレーリードッグの生態を撮るドキュメンタリーのつもりでお願いしたい。カメラの気配を徹底的に消して、漫画家にリラックスした状態になってもらってこそ、いつもの仕事をしている状況が撮れる。そこまで目指したい』と言って話を進めました」と背景を補足した。
そうして撮影した制作過程の映像から選りすぐった箇所を、浦沢氏と漫画家がスタジオで見ながら思い思いに話し合うのが、「漫勉」シリーズの基本的な番組構成である。この構成の方針についても、番組制作側との辛抱強い擦り合わせの時間を要したという。
漫画家を取材対象としたドキュメンタリーは同番組以前にもつくられている。しかしその多くは創作に苦悩する姿など「制作サイドが見せたい漫画家像」であり、執筆風景の撮り方も踏み込みの浅いものが一般的だった。NHKも当初はその従来型の方向で進めようとしていたというが、浦沢氏のイメージは違っていた。倉本氏が振り返る。「当時はNHK制作陣もですが僕自身も、今までのこの手の番組をつくってきたときの蓄積しかなかった。スタジオがメインで、話している作家さんの顔は大きく映して、みたいなね。でも、浦沢さんはそういうことではないという。じゃあ浦沢さんを会議に呼んでもう本人に語らせたほうがいいなということになりました」。
会議に出席した浦沢氏は、NHKの会議室のホワイトボードに、一般的なテレビモニターの縦横比をふまえたうえで、その画面の分割からの詳細なプレゼンテーションを行った。「メインの画面は手元と制作中の絵にフォーカスして、なるべくノーカットで映しっぱなし。そして漫画家の顔はアップの必要はなく、対談しているところは小さなワイプでいい。そして会話中、あまり一般的でない漫画の専門用語が出てきたときには脚注を画面下に出す。その間メインの画面では作画が進められていく映像が途切れず流れている、そういう番組にしたいと。このスタイルにすることで、『0から始めて1』ではなく、『5から始めてうまくいけば10まで伝えられる』が実現できると思いました」と浦沢氏が振り返る。のちに、制作過程撮影後の映像編集の取捨選択にも、氏は大きく関わることとなった。
撮影システムの構築と同時に、パイロット版(「シーズン0」)の企画を進行。この未踏の番組で初の出演者となることに手を挙げてくれたのが、山下和美氏とかわぐちかいじ氏の2人だった。これが2014年に放送され、翌2015年にレギュラー放送(「シーズン1」)が開始。以後4シーズンを重ね、そして現在の「漫勉neo」に連なって現在に至る。
出演依頼は浦沢氏が主となり行っているが、承諾率は高くはないという。「やはり覚悟がいることですから、やりましょうと言ってくださるのは勇気ある方で、無理にとは言えません。でもこれからもなるべく機会をみながら、多くの方に登場していただけたらと思っています」と語る。そこに倉本氏が「どの作家さんもそれぞれに素晴らしい回ですが、特にご高齢の先生に登場いただき、作画の詳細を見せていただけたのは本当によかったなと思っています」と続け、記録に残せたことの意義を噛み締めた。
今回の大賞受賞作である安彦良和氏の回は、安彦氏が70歳を過ぎて「最後の連載」と意気込む『乾と巽─ザバイカル戦記─』(講談社の月刊誌「アフタヌーン」にて2019年より連載中)の作画作業を追ったもの。作画方法は漫画家により百人百様だが、安彦氏の場合、ネーム(話の筋やコマ割りなどの下描き)は用意せず、いきなり原稿に筆で描き始める。白い紙の上で重ねられる筆の線がやがて生き生きと動く人物となり、ホワイトはまったく使わず墨ベタの塗り残しによって雪の舞う夜の光景ができていくさまは、これまで安彦氏の作品や功績を知っている人にとっても初見の超絶技巧であり、多くの驚愕と感動をもたらした。
漫画家当事者の目線で、一人の漫画家の「白い紙に漫画の線が生まれてくる瞬間」そのものに興味の照準を絞り、つぶさに追いかけ、その技巧の独自性やすごさを正確に分析してみせる番組を。浦沢氏の思いとそれに共鳴した倉本氏、上田氏の手腕が具体化した「漫勉」シリーズは、「漫画誕生」の瞬間を視聴者が同時体験できる、映像記録の手法として画期的なものとなった。
現在、安彦氏の回はNHKオンデマンドで世界配信されており、国外からの反響も大きいと上田氏が述べ、浦沢氏も、特に安彦氏回のような紙とペン(安彦氏は筆)は、デジタル作画の環境が整えにくい国でも入手がたやすいことに触れ、「自分が幼い頃そうやって描き始めたように、たった2つのシンプルな道具で無限の世界がつくり出せることのすごさが世界に届いてほしい」と同意した。
ファシリテーターの伊藤遊氏からも、漫画という文化の継承性について「漫画というアートは、誰かの創作を見ることで、自分もできるかもと思った人たちが、こう描いたらこういうふうに見えるんだという表現手法を、いい意味で盗むことで、受け継がれ、発展してきた。「漫勉」はこの漫画文化の継承の部分がより解像度を上げて、テレビを通して日本中、世界中でなされたものだといえるし、そういう点でも漫画文化と非常に親和性の高い番組だと思いました」と見解が述べられた。
また倉本氏はSNSを中心に番組放送中と放送後の反響を追いながら、気づいたことがあったという。「漫画家志望者やプロの漫画家、そのファンなど、漫画が好きな人はもちろん大勢が見ている。同時に、普段は漫画との接点が少ない人が、テレビをつけたらたまたま放映していた「漫勉」を見て感動したというつぶやきも非常に多いんです。興味がなくても、あの番組に少しでも触れたら、ずっと心に引っかかっていくだろうし、その人自身も自分の仕事を頑張ろうとすら思うかもしれない。それだけの熱量をもった番組だという自負があります。ですから結果的にNHKという、日本全国で見ることができる、さらには世界配信も可能なテレビ局から送り出せたことは、よかったなと思います」と感慨を新たにした。
さまざまなエピソードが語られたトークセッションも終盤となり、登壇の3名から締めの言葉が語られた。上田氏は今後の展望として「まずは、大変ですが、地道にいろいろな先生を撮らせていただくこと。あとはもうちょっと発展させたスペシャル番組とか、そういうものも提案できればよいなと思っています。そして、まだ時代劇とか和服が得意な作家さんがあまり紹介されていないので、今後はそういう方にもお願いするなど、見る人がより楽しめるように、ジャンルを広げて展開していけたらいいなと思っています」と展望を語った。
倉本氏は「世界中で見ていただける環境が整えられたので、どんどん視聴者が増えてほしいし、海外でも「漫勉」ファンが増えて、日本の漫画の情報発信や影響のひとつの基点になっていったらいいなと思います。基本的にはこれからも現在のペースで、制作現場のすごさを浦沢さんが引き出していくスタイルを少しでも多く続けたいです。そのためには、参加してもいいよっていう作家さんが今後も出てくださることを祈りながらですが……」と述べた。
最後に浦沢氏は、この番組をつくり続けている根本的な動機について「かっこいい言い方になってしまいますけど、恩返しなんです」と切り出した。「貧乏な家の子だった自分が、手塚治虫先生の『ジャングル大帝』(1950~1954年)と『鉄腕アトム』(1952~1968年)を見てすぐに紙に鉛筆で漫画を描き出して、そこから今、こうして漫画で生活できていることを考えると、漫画に対する恩返しをしなきゃいけないと。そして「漫勉」で僕は自作の歌をエンディングテーマにして披露させてもいただいてるんですが、「漫勉neo」の「漫画描きのバラード」の歌詞の最後のフレーズに書いた『どこかで描いてるもう一人の僕へ/くじけないように』という気持ちです。どこかに悩んでいる孤独なもう一人の僕がいたら、この番組で何か力を得てほしいなと、そういう気持ちでずっとやっております」と結ぶと、会場からは大きな拍手が起こった。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
エンターテインメント部門大賞『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』トークセッション
日時:2022年9月17日(土) 13:00~14:30
会場:日本科学未来館 7階 未来館ホール
登壇者:上田勝巳(プロデューサー/エンターテインメント部門大賞『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』)
倉本美津留(企画/エンターテインメント部門大賞『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』)
浦沢直樹(漫画家)
伊藤遊(京都精華大学准教授/マンガ部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※トークセッションの模様は、後日上記公式サイト内(https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/)でも配信された
※URLは2022年11月9日にリンクを確認済み
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