高校生・宮本大が世界一のジャズプレイヤーを目指す『BLUE GIANT』が昨年完結した。ライブやコンサートといった、演奏者が目の前で音楽を奏でる音楽興行が好調な中、即興で生演奏を聴かせるジャズをテーマにした『BLUE GIANT』が描き出したものとは?

『BLUE GIANT』第1巻表紙

音楽の聴き方が変わった

昨今、CDなどの音楽ソフトの売上は下降気味のようだが、その代わりにライブやコンサートといった興行売上が好調だ。一般社団法人日本レコード協会の統計(註1)によると、音楽ソフトの売上がこの10年間(2007~2016年)で40%減(註2)となっているのに対し、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(註3)の統計によると、興行売上はこの10年間で4.3倍(註4)にもなっている。これら二つの年間売上の金額を比べていくと、2014年を境に「ライブ>CD」という構図になっている(註5)。つまり、いま、音楽の接し方は自宅などで何度もお気に入りの演奏を楽しめる音楽ソフトより、演奏者が一度きりの生演奏を聴かせるライブへとシフトしているのである。

この現象と、近年、即興性を重視するヒップホップやジャズといった音楽ジャンルが活況を呈していることは、けっして無関係なことではないだろう(註6)。

ではなぜ、いまライブに人が集まっているのか? この答えは、「ライブ>CD」現象とほぼ時期を同じくして「ビッグコミック」で連載し始めた音楽マンガ『BLUE GIANT』(石塚真一)を読めば、分かるかもしれない。

『BLUE GIANT』が提示した新しい「演奏」描写

本作の主人公は、仙台育ちの「宮本大」(みやもと・だい)。大が、中学卒業記念として初めて行ったジャズのライブで「ジャズにうたれちゃって」テナーサックスを独学で始めるのが、この物語のイントロダクションである。高校卒業後、大は「世界一のジャズプレイヤー」になるべく上京し、そこで同じ十代のプレイヤーと出会いトリオを結成し、互いにぶつかり合いながらも、ひとつずつ大きなステージへと上がっていく。

本作で圧巻なのは、兎にも角にも躍動感ある演奏シーンだろう。本作は第20回文化庁メディア芸術祭においてマンガ部門の大賞を受けているが、これは「音が出ないというマンガの性質を逆手にとった即興演奏の描写」などが評価されてのことだった。当たり前だが、たんなるインクの染みであるところのマンガでは、実際の音を表すことができない。それゆえ、これまでの音楽マンガでは演奏を表現するために、観客が盛り上がる様子を描写したり、五線譜を描き込んでメロディを想像させたり、うんちく情報でその音楽性を補うような演出方法を採ってきた。

しかし本作の演出シーンは、そのどれとも異なっており、主人公がさまざまな表情でサックスを吹く姿を中心にして描く。そこから伝わってくるのは、金菅に吹き込まれる息づかいと、それが管を震わし、ベル(音が出てくる部分)から発せられるビリビリとした「空気振動」だ。これが読者へ音圧を直感的に伝えるような表現になっており、まさに目の前で緊張感のある演奏が繰り広げられているような迫力を与えている。つまり、本作の演奏シーンは、ハーモニーやメロディを表そうとするのではなく、キャラクターの呼吸というシンプルな身体性で演奏を表現したことが音楽マンガとして新鮮で、まさにこの演奏者の身体性こそが現在の音楽で重要視される「ライブ感」と通じるのである。

音楽を身体で感じることを取り戻す

そして、この「ライブ感」は本作のストーリーにおいても鍵になっている。本作は「青春ジャズ成長譚」と紹介されることがあるが、若い主人公と同じぐらい大事に描かれているのが周りの「大人」たちであり、彼らが主人公の発する「空気振動」に影響され、それまで忘れていた「身体で感じること」を思い出し、また音楽に熱中していく姿がなんとも感動的なのだ。年老いた女性音楽教師と大が高校の文化祭でセッションする回(第3巻19話20話)をぜひ読んで欲しい。この女性教師は人一倍音楽を愛し生徒にその素晴らしさを伝えてきたつもりだったが、「あんな先生いたっけ?」と言われてしまう地味な存在。彼女も文化祭で演奏するバンドを眺めながら「私の前をとおり過ぎていった子達に、私は何かしてあげられたのかしら……」とこれまでの教師人生を思い返す。そんないわば黄昏どきの女性教師が大とステージにあがりセッションをしていくなかで、大の力強いサックスに影響を受け、手を交差してピアノをがんがん叩く迫力のプレイを繰り広げる。この演奏を終えると、彼女は音楽教師として精気を取り戻しているのである。

本作『BLUE GIANT』は大が海外へと旅立つところでひとまず終わり、『BLUE GIANT SUPREME』へと続く。今度は海の向こうで大はどんな人を共鳴させるのか。いま、まさに「ライブ」で楽しみたい作品である。

女性音楽教師と大のセッション(『BLUE GIANT』第3巻19話p.74-75)
舞台は世界へ。『BLUE GIANT SUPREME』より単身ドイツに渡った大の演奏場面(『BLUE GIANT SUPREME』第2集16話p.123)

(脚注)

*1
http://www.riaj.or.jp/g/data/annual/ms_m.html〈アクセス2017年11月20日〉
*2
2007年の音楽ソフトの売上げが約3900億円で、2016年は約2450億円となっている。
*3
http://www.acpc.or.jp/marketing/transition/〈アクセス2017年11月20日〉
*4
2007年の売上げが約719億円で、2016年は約3100億円となっている。
*5
2014年の音楽ソフトの売上が約2540億円、興行の売上げが約2750億円。
*6
話題となったトピックを挙げると、ヒップホップでは「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日)でラッパー二人が相対し口喧嘩をするようにライミングの上手さを競い合う「フリースタイル」が注目を集め、番組は深夜枠だったにもかかわらず高い視聴率を得ていた。そして、ジャズでは、音楽ジャーナリスト・柳樂光隆監修のムック『Jazz The New Chapter』(シンコーミュージック)で新しいジャズの聴き方が示され、好評のためにシリーズ化され、そこで紹介される海外の若手プレイヤーたちが現在次々と来日している。

『Jazz The New Chapter』表紙

(作品情報)
『BLUE GIANT』
作者:石塚真一
連載開始年:2013年
連載媒体:ビッグコミック
出版社:小学館
巻数:全10巻
http://bluegiant.jp/first/story/

© 石塚真一/小学館