プロ、アマチュアを問わず、あらゆるジャンルのマンガ描きが自費出版した作品を展示即売する「コミティア」。2014年に30周年を迎えたが、現在にいたる長い期間に参加した多くの作家たちの発表作から、選りすぐりの作品を集めて3冊のクロニクルとしてまとめた書籍が「コミティア30thクロニクル」だ。本書を紐解きながらコミティアが果たす役割を考える

国内の同人誌など自費出版作品の即売会といえば、3日間で50万人以上を動員するコミックマーケットが有名であるが、コミティアはコミックマーケットで主流となっている二次創作作品の頒布を認めておらず、オリジナル作品だけに限定されているのが特徴だ。プロ、アマチュアを問わず商業雑誌では扱われない作家のこだわりや嗜好が強く押し出された作品が多く発表される。現在、商業マンガで活躍している作家もコミティアでの出展を経験している例は多く、会場には「出張マンガ編集部」と称するブースが設けられ、各出版社の編集者がマンガ原稿の持ち込みをその場で受け付けるなど、新人マンガ家の登龍門としても機能している。現在は年4回の開催イベントとして定着しただけでなく、北海道から九州までの各都市圏ではコミティアのコンセプトに賛同する団体による地方コミティアも開催されている。実行委員会の代表である中村公彦も、創作にこだわりながら日本のマンガ界に貢献し、底上げしてきたことが評価されて、2013年の第17回文化庁メディア芸術祭で功労賞を受賞した。以上のようにコミティアが日本のマンガ文化を同人の側面から下支えをしてきたイベントであることに疑いはないだろう。

今、活躍する作家たちの道程を見る

全3巻で構成される『コミティア30thクロニクル』は、コミティアの30年の歴史の中で登場した作品を、発表時期もジャンルも無関係に収録する形で2014年にまとめられた。それまでのコミティアが積み重ねてきた膨大な作品を選ぶにあたり、二つの指針が見て取れる。一つは商業誌ではなかなか実現し得ない先鋭的、独創的な作風の作品。もう一つは著名マンガ家がキャリアの初期に描いた作品である。発売から3年を経た2017年現在、当時にも増して収録作家たちは活躍しており、改めて評価をする上でも参照する価値があるといえる。

象徴的な作品をいくつか抜粋してみよう。第1巻に収録の「メイドさんは魔女」は、ゲームブランド「TYPE-MOON」の代表である武内崇が2001年2月のCOMITIA55で発行した作品。「TYPE-MOON」制作の『Fate/stay night』(2004年)から始まる「Fate」シリーズは、現在までにマンガ、アニメ、映画、小説と様々なメディアに散開され、近年ではスマートフォンゲームアプリ『Fate/Grand Order』(2015年、配信:Aniplex Inc.)や映画『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』(2017年〜 制作:ufotable)などが高い人気を誇り、シリーズを通じて武内はプロデュースとキャラクターデザインに関わり続けている。本書に収録の「メイドさんは魔女」は、「Fate」シリーズにも共通する主従の信頼関係や、日常の中に垣間見える壮大なバックグラウンド、そして今も大きく変わることなく求心力を保ち続けているその絵柄も含め、長期に渡って人気を保つ武内のクリエイションの原点を知る上でも貴重な資料となっている。

第2巻に収録されている「賞金稼ぎの街」は、アニメーターの今石洋之が志宇舞という名義で1995年11月のCOMITIA35に発表した作品だ。アニメ制作会社ガイナックスに入社後、『新世紀エヴァンゲリオン』『彼氏彼女の事情』『フリクリ』などに携わり、『天元突破グレンラガン』では監督を務め多くの賞を受賞した。現在はアニメ制作会社トリガーに所属し、『キルラキル』の監督や『リトルウィッチアカデミア』の絵コンテなど、日本を代表するアニメーターの一人と言える。「賞金稼ぎの街」は、今石がアニメーターになる前の大学生時代に描いた作品だ。サイバーパンク風の世界を舞台とする、男女の賞金稼ぎを主人公とした短編だが、ひとコマの中に人物をダイナミックにレイアウトする手法や、スピード感のあるエフェクト表現など、アニメーターとして花開く才能の片鱗が垣間見られる。

第3巻にはこうの史代の「のの」を収録。こうのは『夕凪の街 桜の国』(2004)で第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞。『この世界の片隅に』(2007-2009)は、2016年に片渕須直監督でアニメ映画化され、アヌシー国際アニメーション映画祭の審査員賞を受賞した。「のの」は1998年2月のCOMITIA43で発行した「ののの二」に収録されていたものだ。OLの主人公と大学生との恋愛を描きながらも、お互いの心模様を軽妙なテンポと共に、人物たちを自由に見回すような構図と、心情を映すような情景描写で表現しており、こうのの変わらぬ作風を知る事ができる。

全3巻の中には他にも、現在『CITY』を連載中のあらゐけいいちによる、話芸の妙がよく分かる「開けっ!」や、余命を残りのコマ数で表現する同人誌らしい表現が斬新な大宮宮美がおーみや名義で発表した「余命100コマ」、2017年に第37回日本SF大賞を受賞した白井弓子の「TOUCH 第1話」、『ワンパンマン』『モブサイコ100』などで少年マンガらしい表現を追求し続けるONEの強度あるプロットが見られる「最終兵器」、『さらい屋 五葉』や『ACCA13区監察課』のオノ・ナツメによる、レストランで語る父と息子の会話を細やかな演出によって巧みに描き出した「COKE after Coke」が収録されている。

これからもマンガ文化を支える場所として

本作に収録された作品にはどれも、作家によるイラストつきのコメントが添えられている。コメントでは、参加した当時の即売会の雰囲気を懐かしんだり、若い頃の自作を振り返ったりと、今では多くの人が知るところになった作家たちも、創作に向かい合う自分の原点としてコミティアを高く評していることがわかる。このクロニクルは、多くの作家たちの初期作品を知るだけでなく、非常に豊かな重層を築いてきた日本のマンガ文化を象徴している。そして、それを形作ってきた作家一人ひとりの原初的な創作への衝動がこの3冊には刻まれている。紹介した作家達と同じように、次のコミティアでも新たな才能が、私たちがまだ見ぬ作品を持って参加するだろう。


(作品情報)
『コミティア30thクロニクル』
発行:コミティア実行委員会
発刊年:2014年
出版社:双葉社
巻数:全3巻
https://www.comitia.co.jp/30th/30th-chronicle-1.html