日本マンガ学会の九州マンガ交流部会第52回例会が2018年1月26日(金)に筑紫女学園大学で開催された。九州マンガ交流部会は、2006年に日本マンガ学会の部会として設立され、以来九州地区におけるマンガ研究を活性化させることを目的とし、例会やシンポジウム等の開催を積極的におこなっている。今回は、ロン・スチュワート氏(広島県立大学)、米村典子氏(九州大学)、坂口将史氏(九州大学大学院博士後期課程)の3名による報告がおこなわれた。

九州マンガ交流部会会場

カートゥーンの機能と魅力

ロン・スチュワート氏は「ホワイ・カートゥーン? 一コマ政治漫画研究の魅力」というタイトルの下、ストーリー・マンガが主流の日本においてマンガ読者になじみのない「カートゥーン」を紹介した。「カートゥーン」とは、政治漫画、風刺画、カリカチュアなど多様な意味がある用語であるが、英語圏では主に「Political cartoon」、「Editorial cartoon」などの用例で、主に政治・社会的な題材を扱う一コママンガを指す。新聞マンガとして欧米では一般的であるが、日本のそれとは題材の取り上げ方や読者の注目度がかなり異なる。その具体例として、近年のトランプ大統領の問題発言を取り挙げたアメリカやオーストラリアのカートゥーンと、日本の福島第一原子力発電所事故以後のそれを比較しながら複数提示した。スチュワート氏は、カートゥーンには「議題設定機能(Agenda setting function)」があるとし、複雑な政治的・社会的問題を簡略化し、誇張や比喩などの表現方法をもって表すことによって、読者に問題について考えさせる機能があるのではいかと結論付けた。

ロン・スチュワート氏

少女マンガと洋裁文化

続いて、米村典子氏は「デザイナーになりたい!──少女雑誌と『洋裁文化』」という報告をおこなった。1950年代の少女マンガ誌において登場した「スタイル画」と呼ばれる、物語とは無関係に挿入され、少女の全身像とファッションを見せる絵に着目し、マンガ表現史だけでなく、当時のデザイン文化との関連性を探る。1950年代後半、少女マンガ誌に高橋真琴によるいわゆる「三段ぶちぬきスタイル画」と呼ばれる表現様式が導入されたころ、日本では洋裁を習い自分で洋服を作る大衆による「洋裁文化」が形成されていた。そして当時の『少女クラブ』などの少女マンガ誌においても、読者投稿欄などでマンガのキャラクターに自分のデザインした服を着せた絵を投稿するといった様子がみられる。米村氏は、その投稿欄におけるイラストの様式は、同じく「スタイル画」と呼ばれるデザイナーが服をデザインする際に用いるイラストと似通っていることを複数の具体例によって示しながら、当時の少女マンガの読者が洋裁文化という特殊な文化的状況の下でいかに「デザイン」というものを捉えていたかを考察する。 米村氏の報告は、少女マンガにおける特定の表現を、マンガ文化のなかからだけでなく、デザイン文化や洋裁文化といった同時期の文化的事象を視野に入れることを通して考察することで可能となったものであり、マンガについての研究にも領域横断的視点が求められることを体現しているといえる。

ヒーローとしてのセーラームーン

最後の報告は、坂口将史氏による「ヒーローマンガとしての『美少女戦士セーラームーン』」であった。武内直子「美少女戦士セーラームーン」シリーズは、1992年に『なかよし』で連載が開始されて以降、テレビアニメ版や劇場版等メディアミックス展開がなされてきた。そして90年代以降の少女向けの「ガールヒーロー」として、主にジェンダー論の観点から、戦う女性主人公の表象を、少女の主体性という問題と関連付けた分析がなされてきた(註1)。しかし坂口氏は少年マンガにおけるヒーローものと、「セーラームーン」などの戦う少女の物語が、果たしてジェンダーの違いのみに回収できるのかという問題意識のもと、「セーラームーン」を「ヒーローマンガ」という枠組みから捉え直すことを試みる。「ヒーローマンガ」とは、作中にスーパーヒーローが登場し、世界の危機を救うという物語をもつマンガを指し、マンガ史においては様々な「ヒーローマンガ」が描かれてきた。その系譜を「正義」と「悪」、そして「変身」というキーワードによって俯瞰するとともに、「セーラームーン」におけるその具体的な内実を考察する。「セーラームーン」初期では「正義」とは国や地球規模の平和よりも日常生活と家族、友人といった身近な世界を守ることと同義であり、「悪」は日常生活を脅かすものや不健全に成長する悪い少女の表象として表れるが、後続の「セーラースターズ編」においては、より大規模な宇宙の危機や戦闘状態が続くことに起因するこれまで掲げてきた「正義」への疑問や相対化が生まれていると指摘する。会場からの質疑では、ヒーローマンガという広い枠組みのなかでどのようにジャンルや読者対象などによる細分化を考慮に入れるかという点と、マンガだけでなく同時代のテレビドラマ等のポピュラーカルチャーとの関連性も視野に入れることが重要ではないかという意見が挙げられた。

マンガ交流が盛んな九州地区

今回おこなわれた例会のように、九州マンガ交流部会では、毎回充実した研究発表はもちろんであるが、発表後に会場に集まった参加者を含めたディスカッションが活発におこなわれている。この例会に先だって2017年12月23日(土・祝)に北九州市漫画ミュージアムで行われた第51回例会でも、北九州市立大学文学部の学生3名による研究報告がなされ、会場の人々とのディスカッションが盛り上がりをみせた。このような場は、規模の大きい学会の大会や、シンポジウムなどよりも発表者と参加者の距離が近く、より時間をかけて議論できるという利点がある。さらに若手研究者にとっては、さまざまなアドバイスを得ながら経験を積めるよい機会となる。例会を定期的に開催していくためには、それに参加する来場者が一定数確保出来ることや、主催者の労力が不可欠であるが、その積み重ねもあり、一年に複数回のペースを維持しながら開催されている九州マンガ交流部会は、現在日本マンガ学会の部会の中でも最も活発に活動している部会の一つといえるだろう。北九州市漫画ミュージアムや合志マンガミュージアムなどのマンガ関連施設の設立の背景には、九州マンガ交流部会のような地道なマンガを媒介とした人々のネットワークがあるということを感じさせ、これからも九州地区のマンガを通した交流が盛り上がりをみせていくことを期待させる機会であった。



註1:中川裕美「少女マンガの「戦う少女」にみるジェンダー規範――『リボンの騎士』から『美少女戦士セーラームーン』まで」(2011)など。


(information)
日本マンガ学会九州マンガ交流部会 第52回例会
日時:2018年1月26日(金)15:00-18:00
会場:筑紫女学園大学
参加費:無料
http://www.jsscc.net/study-group/kyusyu/52