2月の東京には年々、メディアアート関連のイベントが増加している。そこに今年新たに加わったのが、2018年2月9日~18日に開催された「MeCA | Media Culture in Asia: A Transnational Platform」(以下MeCA)だ。国際交流基金アジアセンターが2016年から取り組む「メディアアート交流事業」。事業を通じて培われた国内外の機関とのネットワークを生かし構成された質の高い展覧会をレポートする。

Kawita Vatanajyankur《SERIES: TOOLS/WORK》。ラフォーレミュージアム原宿の店舗が並ぶエリアから見える位置にあり、通りかかった若い女性たちがカラフルな映像に見入る姿が見られた

現代社会に抱く不安や疑念をテーマにしたアジアの作家たち

MeCAはアジアからメディアカルチャーを総合的に発信するプラットフォームとして、さまざまなプログラムを設けている。今回はその中の展覧会「self-reflexivity: Thinking Media and Digital Articulations」に着目したい。会場となったのは表参道ヒルズ スペース オー(以下、スペース オー)と、ラフォーレミュージアム原宿の2カ所。徒歩10分程度で移動できる距離にあり、どちらも商業施設の一画に設けられている。展覧会参加作家は2会場合わせて8組。
スペース オーでまず目に入るのは、シンガポールのBani Haykalによる《眠らない者のネクロポリス》。優劣が予め決まっているかのようなチェスの盤とゲーム進行に、現代社会における不安と不均等が見え隠れする。タイのKawita Vatanajyankurによる《SERIES: TOOLS/WORK》は、そのポップな色彩とは裏腹に、女性と労働の関係を表現したショッキングな映像作品だ。登場する女性(作家自身)の口に生卵が投げ込まれるなど、身体に食べ物が衝突し続ける。2017年に国際交流基金アジアセンター主催のもと開催された、東南アジアの現代美術作家に焦点を当てた展覧会「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(国立新美術館・森美術館〈同時開催〉)において、社会性の強いテーマを扱う作品が多く見受けられた。メディアアートという異なる枠組みにある両者の作品からも、同様の特徴が見て取れる。

Bani Haykal《眠らない者のネクロポリス》。チェスのセットは左側が小さく、右側が大きくできている

音と融合し、自然界や宇宙を表現したインスタレーション

廊下を抜けた先には、デジタル化された日本庭園のような設えが。水を張ったキューブを中心としたそのインスタレーションは、坂本龍一+高谷史郎による《water state 1(水の様態1)》だ。アジアの地域の天候データをもとに生成された音、それに呼応するように落ちる水滴が、水面にさまざまな文様を描く。また別室に展示されていたフランスのGuillaume Marmin and Pillippe Gordianiの《TIMÉE》は、暗闇で体験する音と光のショーだ。宇宙空間をワープするかのような感覚に陥るこの作品は、プラトンの語った音楽観「天球の音楽」に着想を得ている。

左:坂本龍一+高谷史郎《water state 1(水の様態1)》右:Guillaume Marmin and Pillippe Gordiani《TIMÉE》

情報化社会に対する静かな問いかけと、映像表現への内省的な試み

ラフォーレミュージアム原宿に移る。壁面を少しずつ動く機械は、フィリピンのTed Ermitañoによる作品《Spinning Jimmy v. 2.0》だ。装着されたモニターには、フレームに突進を繰り返す作家自身の姿が映し出されている。映像内で枠にぶつかるその度に装置はスライドし、少しずつ移動を繰り返す。その向かいには、オランダの出版社Studio The Future -Klara van Duijkeren/Vincent Schipperによる《Film Fiat Lux》。断続的に稼働するプリンターは、別室で上映された映像のセリフを出力している。文字化されることで全てが均一化していく様は、インターネット普及以降、抽象化されていく人々の個別性や圧縮される時間、空間を提示している。

左:Ted Ermitaño《Spinning Jimmy v. 2.0》右:Studio The Future -Klara van Duijkeren/Vincent Schipper《Film Fiat Lux》

日本のcouchによる絵画のような映像作品《TRACING SITES》は、実写なのかアニメーションなのか、一見判別がつかない。撮影し、編集を加えた映像を特殊なスクリーンに投影しさらに再撮影し、と幾重にも撮影と編集を重ねたという映像は、映像でありながら、あたかも質感や厚みを伴うかのような存在感を放つ。
そして平川紀道の《datum》は巨大スクリーンに投影された作品。嵐のような音とともに、映像データそのものに嵐が巻き起こったかのように、その組織を崩したり、再構築したりを繰り返す。通常とは違った切り口で映し出された映像は、普段表層しか見ていないものの内側を、細胞単位で見るかのような感覚を鑑賞者に与える。

couch《TRACING SITES》右:平川紀道《datum》

メディアアートの枠組み、展覧会という場

本展はメディアアートという枠組みで提示されているが、鑑賞後の余韻としては、単にアートの展覧会を観た、という感覚が残るだろう。それは各作品が目新しい技術ありきではなく、基盤となる自然や宇宙、社会問題といった普遍的なテーマの上に構築されているからにほかならない。加えて、couchや平川紀道による、映像表現それ自体を別の角度から捉え直そうとする試みは、表現活動において脈々と繰り返されてきた、使い慣れた技法や手段を改めて捉え直し邁進していくような内省的な態度と重なる。そういった意味で、このような作品の出現もまた芸術分野において普遍的な現象であり、また映像メディアの技術的な成熟と、芸術表現におけるさらなる深まりを示していると言える。
展示された作品はそれぞれに、山口情報芸術センター[YCAM]やフィリピンのWSKフェスティバルなど、国内外においてすでにその立ち位置を確立した機関、イベントからの推薦を受けて選出されており、MeCAの中で展覧会は、質の高い「完成系」を見る場として位置付けられていた。しかし前述の通り、MeCAにおいて展覧会は多様なプログラムのうちのひとつでしかない。昨今注目されているバイオアートを扱う公募型キャンププログラムや、テクノロジーを活用した教育普及をテーマとしたトークセッション、ワークショップなども実施され、それらはより実験的で躍動感を持った交流の場として機能した。以前は派生的な企画として捉えられたそういった場が重要視されていくなか、展覧会は何を提示していくべきなのだろうか。MeCAが示す方向性に今後も注目したい。


(information)
MeCA | Media Culture in Asia: A Transnational Platform
展覧会「self-reflexivity: Thinking Media and Digital Articulations」
会期:2018年2月9日(金)〜2月18日(日)
休館日:会期中無休
料金:一日券 1000円 / 全日券 1800円 / 中学生以下 無料
会場:表参道ヒルズスペース オー、ラフォーレミュージアム原宿
参加作家:坂本龍一+高谷史郎、Guillaume Marmin and Philippe Gordiani、Bani Haykal、Kawita Vatanajyankur、Tad Ermitaño、平川紀道、Studio The Future – Klara van Duijkeren / Vincent Schipper、couch
https://meca.excite.co.jp