フィンランドの作家トーベ・ヤンソン(1914-2001)により書かれた小説作品であるムーミン・シリーズ。北欧の民間伝承に出てくる妖精・トロールをアレンジしたムーミントロールたちは、その愛らしい姿から発表以来世界中で愛されてきた。日本でも、1960年代から数回テレビアニメ化されるなど、多くの人の知るところとなっている。しかし、ムーミンのアニメーションにはもうひとつ、パペット・アニメーションのものが存在する。今回は2017年の映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』を扱いながら、ムーミンのパペット・アニメーション作品にフォーカスする。

公開時のチラシ

2017年に公開された映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』は、パペット(ぬいぐるみ)をコマ撮りするストップモーション・アニメーションによってつくられている。本作は1978年から1982年にかけてポーランドで制作され、ヨーロッパを中心にテレビ放映されたパペット・アニメーション版『ムーミン』を再編集したものとなっている。この、ポーランドで制作されたパペット版は、原作者のトーベ・ヤンソンが監修を務めていることもあり、原作の持つ雰囲気を余すことなくアニメーションの世界に落とし込むことに成功しており、原作のファンからの評価も高い。本作以前にも『劇場版ムーミン パペット・アニメーション 〜ムーミン谷の夏まつり〜』(2008年)、『劇場版 ムーミン谷の彗星 パペット・アニメーション』(2010年)の2作品が、過去のパペット・アニメーション版の『ムーミン』の再編集によって公開されている。以前公開された2作品がドタバタと起伏のある物語に仕上がっているのに対し、本作は、原作小説の6作目にあたる「ムーミン谷の冬」をベースに編集され、冬を生きるムーミン谷の仲間たちの話が中心となる。

パペットが描くムーミンの世界

『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』では、白夜と深い森に包まれた冬のムーミン谷の静かに過ぎていく時間が、ムーミンの思索とともに描かれる。ムーミンは、皆が寝静まってしまう冬の世界でひとり起きたまま、畏怖すべき山の狼たちや、荘厳なオーロラの存在を知ることになる。フィンランドの冬をよく知る、トーベ・ヤンソンだからこそ表現できる世界がそこにはある。
パペット版の『ムーミン』を制作したポーランドのスタジオ「セマフォル」は、1983年にアカデミー賞の最優秀短編アニメーションを受賞したズビグニュー・リプチンスキー監督『タンゴ』(1980)に代表されるように、数々のアニメーション史に残る作品を、現在に至るまで生み出し続けているスタジオだ。パペット版『ムーミン』の監督であるルツィヤン・デンビンスキもまた、1988年に亡くなるまでこの「セマフォル」で多くのアニメーションを手がけており、例えばポーランドの国民的な熊のキャラクターであるMiś Uszatekのテレビシリーズアニメーション(註1)も彼の作品である。
『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』でも、デンビンスキの手による魅力的なストップモーションにより、ムーミンたちを包み込む冬の世界が表現されている。いくつもの平面を重ねて奥行きを出した背景美術により作られた風景、感情の起伏を強調しないパペットたちによって観るものの想像をふくらませる表情、そしてどこかたどたどしさのあるストップモーションならではの動き。本作はパペット・アニメーションだからこそ表現できたトーベ・ヤンソンの世界を感じられる作品といえるだろう。

これからのストップモーションのために

かつて、パペットのコマ撮りアニメーションは、ぬいぐるみのような質感のキャラクターを動かせるという点において、選択する意味が明らかにあった。しかしながら、ジョン・ラセター監督『トイ・ストーリー』(1995)以降、3DCGによって柔らかい毛の質感や、違和感なく立体をつくることなどが可能になった。世界のアニメーションの現場は3DCGにその趨勢が移っていき、膨大な手間と時間が必要となるストップモーションは、特に商業作品において数を減らしてきた。

しかし、40年近く前にベースがつくられながらも、デジタルリマスターによる鮮やかな発色と確かな画質で今の時代に公開された本作は、ストップモーションというプリミティブなアニメーションの可能性を改めて問う。今、その数は決して多くないものの、ストップモーションが再び注目されつつある。ストップモーション・アニメーションの大家といえるアメリカのスタジオ「ライカ」が手掛けたトラヴィス・ナイト監督『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が2017年の第89回アカデミー賞2部門にノミネートされた。またベルリン国際映画祭の銀熊賞を『グランド・ブダペスト・ホテル』で受賞するなど、実写映画で高い評価を受けてきたウェス・アンダーソンが監督を務め、2018年5月に日本公開される『犬ヶ島』もストップモーション・アニメーションの作品だ。国内では当真一茂と小野ハナによるスタジオ「UchuPeople」が青木純監督のTVアニメーション『ポプテピピック』でフェルトのパペットによるストップモーション・アニメーションを使用し、髪先の重量まで計算された精緻な動きが話題を呼んでいる。

このように、3DCG全盛のなかでストップモーション・アニメーションは改めて評価されている。パペット・アニメーションの『ムーミン』が、現在の基準でリマスターと編集が行なわれ、広く全国の劇場で公開されたことは、視聴者の育成、あるいはつくり手の育成として、大変意義深いことと言える。パペット版『ムーミン』を後世に伝えていくためにも、引き続きこのような形で再編集・再上映行われ、ストップモーションの魅力を伝える試みが続いていくことが望まれる。


(脚注)

*1 『おやすみ、クマちゃん』として再編集され、2007年には日本でも劇場公開された。


(作品情報)
『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』
監督:ヤコブ・ブロンスキ、イーラ・カーぺラン/エグゼクティブ・プロデューサー:トム・カーぺラン
声の出演:宮沢りえ、森川智之、朴璐美/ナレーション:神田沙也加
※日本語吹き替え版のみの上映
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