「食とメディア芸術」と題して、マンガ、アニメ、ゲーム、そしてメディアアートと、食の新しい関係を考える特集企画。その導入として、各記事への動線を引きつつ、各分野と食のつながりを知るための10冊をレビューする。

「トマトソースはミケランジェロより偉大だ」
とは、長田弘(おさだひろし)の詩「卵のトマトソース煮のつくりかた」(註1)の一節だが、キッチンから生まれるものが芸術でないと、誰に言えるだろう。ひらめきや美的感覚を駆使して生まれる料理は、それ自体がエンターテインメントであり感動を呼ぶ。いや、トマトソースや味噌汁のような素朴な家庭料理にだって深い知恵が潜み、語り尽くせぬ魅力がある。マンガやアニメはこぞってこのモチーフを採り入れ、「グルメもの」は一大ジャンルを形成して久しい。
また近年の特徴としては、アートの食への接近が挙げられるだろう。社会や経済、歴史の問題も取り込みながら、料理人からアーティストへと、食を発信する主体は移っているようにも見える。本稿は、それらの諸相をブックレビューを通して俯瞰するものだ。「食とメディア芸術」という大きなテーマを切り分ける、3つの文脈を用意した。

設定を深く知る

『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』表紙

最初に紹介するのは、『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』(遠藤雅司〈音食紀行〉、柏書房、2017年。以下「歴メシ」)。歴史的な文献をもとに世界中のさまざまな時代の料理を再現したレシピと、当時の食文化やエピソード、料理の再現過程を解説した一冊だ。
取り扱う時代と料理は、紀元前3000年前の古代メソポタミアまでさかのぼり、古代ギリシャ(紀元前800〜紀元400年頃)、古代ローマ(紀元前600〜紀元400年頃)、中世イングランド(15世紀)、ルネサンス期イタリア(16世紀)と時代を辿りながら、プロイセン王国&ドイツ帝国(19世紀後半)までの約5000年間をタイムトラベルするかのような趣向だ。このコンセプトがあるゲームのファンの心を捉え、本の重版がかかったという(註2)。
そのゲームとは『Fate/Grand Order』(以下「FGO」)。ノベルゲーム『Fate/stay night』から派生したFateシリーズのスマートフォン用ゲームで、プレイヤーは「サーヴァント」と呼ばれる歴史上の英霊を使役する「マスター」となり、人類史を守るためタイムスリップ(レイシフト)を重ねる。そのレイシフトの先の時代、また「サーヴァント」のモデルとなる歴史上の人物が、偶然にも「歴メシ」の内容とリンクしたことから、「FGO」ファンのあいだで話題となった。
たとえば「歴メシ」の1章は「ギルガメシュの計らい」。そして「FGO」のサーヴァントにも、高慢で好戦的なキャラクターのギルガメッシュが登場する。塩やコショウもまだ流通していない紀元前3000年前、それでも調理法を工夫してシチューやガレット、パンをつくり、朝昼晩の毎食ビールが嗜まれていた暮らしぶりを読むと、ゲーム内のキャラクター、ギルガメッシュがぐっと身近に感じられるはずだ。ほかにも、カエサル、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マリー・アントワネットらが、「歴メシ」とゲームをつなぐ。「FGO」のファンにとって、本書は格好のサブテキストとなった。

『家庭で作れるロシア料理』表紙

同様に、ファンの後押しを受けて重版されたのが『家庭で作れるロシア料理』(料理:荻野恭子・エッセイ:沼野恭子、河出書房新社、2006年)で、こちらはフィギュアスケートを描いたアニメーション『ユーリ!!! on ICE』がきっかけになった。メインキャラクターのひとり、ロシアのトップスケーター、ヴィクトルの人気が高く、物語終盤のロシア大会がはじまるタイミングで、出版社の広報担当者がSNSでファンに呼びかけたところ(註3)、反響があった。本の初版発行からは10年以上経っていた。
この2冊とも、きっかけとなったメディア芸術は必ずしも食を中心的なテーマに据えた作品ではなかった(註4)。なぜRPGの副読本として世界の歴史料理が読まれるのか、なぜフィギュアスケートのアニメーションを楽しむためにロシア料理の本の需要が生まれるのかは、熱心なファン以外には理解が難しいかもしれない。では何がファンを惹きつけたのか。『家庭で作れるロシア料理』ではロシア文学者・沼野恭子のエッセイで、ロシア文学や歴史への理解を深められる。「歴メシ」も時代背景を丁寧に説明する。ここでの読者の興味は、ファンのために企画されるコラボレーションメニューのイベント性とは異なり(註5)、キャラクターの生きる世界を知りたいとの探求心に基づいている。キャラクターが食べたであろう料理の知識を得ることは、いわば「設定資料」を読み込む楽しみに近い。
また、本をもとに再現した料理を実際に食することで、キャラクターとの一体感が生まれる面もある。衣裳を着るコスプレがキャラクターとの同一化を楽しむ行為だとして、再現料理を食することはその延長線の「食を介したコスプレ」と言えないだろうか。

『画家の食卓』表紙

ファインアートに分野を移し、同じように「設定」への興味を著者自身が抱きながら執筆されただろうと想像させるのが、『画家の食卓』(林綾野、講談社、2013年)だ。古今東西の画家(ルーシー・リーのみ陶芸家)たちが描き、口にした料理をエッセイとともにまとめる。取り上げられるのは、クレー、フェルメール、セガンティーニ、メムリンクといった画家たちだ。
著者の林は絵画作品に描かれる料理を再現するだけではない。描かれていない料理までもつくる。たとえばアルプスの風景を描いたセガンティーニの作品には、食事の場面などはない。しかし林は、セガンティーニの生きた1800年代、スイスの食文化や作家の資料を丹念に調べて、「全粒粉のタリアテッレ」を、画家にちなむ一品として創作する。画家の面影を追い求めて郷土まで訪ね、土地の空気を吸い、その人生に思いを馳せて想像力を膨らませる。ここにも作品の背後にある世界への愛が見られる。

作品が提案するレシピ

次に作品と密接に関係するレシピを取り上げる。最近ではレシピサイトとコラボレーションをするマンガなど、読者が作品内の料理を再現することをあらかじめ仕掛けとして内包している例も多くなっている(註6)。ここではレシピの再現性に着目しつつ、本の成り立ちに特徴のある3冊を選んだ

『ONE PIECE PIRATE RECIPES 海の一流料理人 サンジの満腹ごはん』表紙

『ONE PIECE PIRATE RECIPES 海の一流料理人 サンジの満腹ごはん』(SANJI、集英社、2012年)は、大ヒットコンテンツである『ONE PIECE』の関連書のひとつだ。
原作者である尾田栄一郎のイラスト集や、ゲームの攻略本、クイズ集まで関連書が賑わうなかで、変化球のような一冊だ。「麦わら一味」のコックであるサンジを著者に見立て、作中に登場する料理を再現する。
たしかに『ONE PIECE』のキャラクターたちは、よく食べる。いかにも冒険ファンタジーらしく、デフォルメされた料理を旺盛すぎる食欲で喰らう宴の場面が幾度も描かれる。それにしても、作品世界の一側面でしかない食にフィーチャーして一冊を成立させてしまうのは、元コンテンツの人気の高さゆえか。読者の分母が巨大であることで、このような実験的な企画にも現実味が出るのだろう(註7)。
本書の料理監修には映画『かもめ食堂』のフードスタイリストを務めた飯島奈美が参加し、豪快な肉料理からプリンまで、いずれも美味しそうだ。ただし、作中に登場する「水水肉」や「空サメ」などの食材は、牛肉や鮭などに代替され、原作料理の荒唐無稽なでたらめさと、それゆえのおもしろさは影を潜める。数々のCMや映画で「見せる料理」に腕を鳴らした飯島も、マンガ料理を写し取るレシピには苦労したのだろうか。いわゆるマンガ飯のなかでも、『ONE PIECE』は再現の難易度がもっとも高い部類になるだろう(註8)。

『きのうなに食べた?』表紙

対照的に、読者による再現が異常に容易であるのが、よしながふみのマンガ『きのうなに食べた?』(講談社、2007年)に出てくる料理だ。肉どうふ、にらともやしのごまびたし、なめこと三つ葉の味噌汁といった和食を中心とした一汁三菜の家庭料理では、冷蔵庫の残りものやスーパーの特売品が主な食材になり、調味料も簡単・手軽をモットーに、めんつゆや顆粒だしが駆使される。その様子は、我々のキッチンと地続きと言ってよいほど現実的だ。主人公は中年のゲイのカップルで、1話16ページの紙幅で料理シーンは3分の1ほどを占める。その前後には、職場や友人との交流、ふたりのささいなケンカなどの日常の小さなエピソードが切り取られる。
グルメマンガには、作中に食材や料理の手順を丁寧に紹介することで、それ自体がレシピ本としても機能するものも多い。『きのうなに食べた?』もレシピの紹介が中心になり、ドラマの展開には重きが置かれていないように一見すると思える。しかし、料理の手順を丁寧に描くほど、物語のテーマが深まる構造になっている。
ふだん料理を担当するのは、弁護士の筧史朗。仕事を定時で切り上げ、スーパーに寄って安い食材を探すのが日課となっている。筧が高収入にもかかわらず質素倹約を心がけるのは、マメで神経質なその性格ゆえばかりではない。子どもを当てにできない老後が控えているからだ。連載の初期から1話1話、ゆっくりと着実に作品内の時間は経過していて、主人公たちの風貌もいまでは加齢を感じさせる微かな変化を遂げている。2018年の現時点では「40代の等身大」を描いている本作が、このまま連載が続けば「50代の等身大」に移行するのは間違いない。
戸籍上の婚姻が認められていないゲイカップルの共同生活のあやうさは、みえないところで冷たい水が足元から迫ってくるような静かな緊張感を作品にもたらす。そもそも筧が弁護士を志したのも、自らのセクシャリティの生きにくさを自覚したからだった。主人公たちは、ともに食卓を囲む日々を積み重ねることで、脆い未来に立ち向かっているのだ。

『スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン』表紙

『スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン』(スタジオ・オラファー・エリアソン、美術出版社、2018年)は自然の景観や建築物とからめた大掛かりなインスタレーションで知られる現代アートの雄、オラファー・エリアソンのスタジオで供される食事とレシピを紹介した一冊。
エリアソンのスタジオでは、ランチタイムの1時間、約90人(!)のスタッフが集まって一緒に食事をすることが日課となっている。食事内容はオーガニック・ベジタリアンで、本書に収められているレシピの数々は、アーティストの岩間朝子(註9)とローレン・マウラーが中心になって組み立てたものだ。岩間らはレシピの考案、調理だけでなくコンポスト(堆肥)づくりから屋上菜園での野菜づくりまでも手掛け、バイオダイナミック(註10)なフルーツや野菜を扱う農家や販売店との協力関係を築きながら大所帯のスタジオキッチンを運用した。
著名人の職場や厨房を紹介して、その暮らしをのぞき見る趣向の本は多くあるが、本書はそれらとまったく異なる立ち位置にある。8つの章立ては、「身体」「種子」「微生物」「宇宙」などのキーワードが付され、ミクロからマクロまでのテーマを往還しながら日々のレシピが紹介される。
本書は約10年間のキッチンのドキュメントであり、これ自体エリアソンのメッセージを多分に含んだひとつの作品として成立している。読者が本書をひも解いて得られるのは、料理の、というよりも、創造的に生きるためのレシピだ。

食べるを考える

『グルメ漫画50年史』表紙

作品やアーティストと食との個別の関係をもとにした本を取り上げてきたが、もう少し大きな視点で食を概観する4冊をピックアップする。
『グルメ漫画50年史』(杉村啓、星海社、2017年)は、グルメマンガ(註11)の祖を1970年に特定し、以降の約50年間の重要作に着目しながらジャンルの発展史をたどる。
この半世紀のあいだに生まれたグルメマンガは700以上とされ、網羅的な言及はもちろん不可能ながら、それでも本書でタイトルを挙げられるのは約150作品にものぼる。マンガの紹介だけでなく、その当時の日本の食事情に触れながら、いわば日本の食卓の写し鏡としてのマンガ史を解読していく。
たとえばグルメマンガの起点とされる1970年は、高度経済成長時代の只中。外食産業が隆盛し、食への関心が高まるなかでグルメマンガが産声をあげた。80年代に入ると、グルメブームが起きてレストランガイド本が誕生する。それらを背景に『美味しんぼ』が1983年から、『ミスター味っ子』が1986年から連載を開始する。
興味深いのは、社会の食文化の影響を受けて生まれたグルメマンガが、ジャンル内の爆発的な広がりの末に、逆にマンガから社会へと影響を与えるケースが生まれ始めることだ。『クッキングパパ』はいまも連載のつづく長寿コンテンツだが、1985年に連載が始まった当時は、「男子厨房に入るべからず」という言葉がまかり通るくらい、男性が家庭で料理をつくることは珍しかった。主人公の荒岩一味も、最初は料理ができることを周囲に隠していた。それが作品のヒットとともに、男性が厨房に立つ風潮が浸透していくようになる。『クッキングパパ』の荒岩一味は、家事や子育てを率先して行なう父親像と、自分の生き甲斐のために外で働く女性像を30年以上も前に示していた(註12, 13)。
90年代に目を移せば、1994年から連載の始まる『孤独のグルメ』も先駆的だった。それまで侘びしいものと見られていた中年男性のひとりの外食に光を当て、後に「ひとり飯」が世間に認知される先駆けとなった。2000年代に入ると、大食い、B級グルメ、また食の安全の問題などをテーマとして取り込みながら、グルメマンガは現在、多様化の時代に入っている。
補足となるが『昭和の洋食 平成のカフェ飯—家庭料理の80年』(阿古真理、筑摩書房、2013年)も挙げておきたい。『グルメ漫画50年史』がマンガから見た世相であるなら、こちらはマンガ以外にも映画、テレビ、雑誌などのメディアと照らし合わせながら、時代ごとの家庭料理の変遷をみていく。家庭料理を追う綿密なリサーチと分析からは、戦後の女性の生き方や家族像の変化が鮮やかに浮かび上がってくる。

『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』表紙

グルメマンガのように、食が作品の中心的なテーマとなっていなくても、マンガやアニメの物語にはさまざまな料理が登場する。むしろ、まったく食べものが登場しない物語を探す方がむずかしいだろう。『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』(以下、「ゴロツキ」。福田里香、太田出版、2012年)は、食べものが登場する場面を類型化してステレオタイプにまとめている。
たとえば本書のタイトルもそのひとつ。襲われるのは、家族か友人か、いずれにせよ食卓を囲んでいることで連帯感が表現できる。そこに現れるゴロツキたち。食卓を襲う行為はビジュアルインパクトのある暴力であり、対立関係性を一発で明確にして物語を前進させる。これほど汎用性の高いシチュエーションはない、と福田は主張する。このほか「カーチェイスでは、はね飛ばされるのは、いつも果物屋」「マグカップを真顔でかかえたら、心に不安があるか、打ち明け話がはじまる」など、食べものと物語の「あるある」な理論が50例並ぶ。
福田には、偏愛する作品についてのお菓子のレシピ、エッセイ、マンガ家へのインタビューをまとめた『まんがキッチン』シリーズの著作もあるが、「ゴロツキ」は多くのマンガ作品の読み込みから編まれた理論的支柱と言えるだろう。いったん福田のフード理論を知ると、スタジオ・ジブリの諸作や羽海野チカ作品などは、理論に忠実なフードアニメ、フードマンガの教科書のように見えてくる。

『アート オブ シンプルフード』表紙

本稿の最後に、食の世界で顕著な2つの潮流を、2冊の本で辿ろう。
先に紹介した『スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン』にも寄稿しているアリス・ウォータースは、「食事を大切にして、人生を豊かに暮らす」との考えのもとオーガニック料理を提唱しているカリスマ的存在だ。
ウォータースが世界ではじめてのオーガニックレストラン「シェ・パニース」をアメリカ西海岸で開店したのは1971年。日本では2010年代になって、翻訳本やTV番組でウォータースの活動が紹介された。オーガニック料理のレシピをまとめた『アート オブ シンプルフード』(アリス・ウォータース、小学館、2012年)もその一冊だ。
本書の中で「美味しい料理をつくるのに秘訣はありません」と書かれているように、きわめてオーソドックスなレシピ集である。むしろ眼目は、いかに良質な食材を入手するかだろう。その点、都市部でもファーマーズ・マーケットが定着した現代の日本では、本書はあまりにも特徴のない本として目に映るかもしれない。しかし70年代のアメリカでは、事情はまったく異なっていた。
食の工業化が進み、農薬や遺伝子操作された食品群が大量生産されて、食文化は平板で不健康なものとなっていた(註14)。ウォータースはそのような状況に対するカウンターとして、「地産地消」や「ファーマーズ・マーケット」などのコンセプトを訴えた。「美味しい革命」と呼ばれたウォータースのメッセージは、20世紀の後半から世界中に広がった。いま我々が、生産者を特定できる無農薬野菜をありふれたものと感じること自体、彼女の「革命」の勝利の証とも言えるのだ。

『Cooking for Geeks 第2版―料理の科学と実践レシピ』表紙

オーガニック食材や地元の農作物が美味しいと感じるのは、ハロー効果にすぎない、という主張もある。『Cooking for Geeks 第2版―料理の科学と実践レシピ』(以下、「Cooking for Geeks」。オライリー・ジャパン、2016年)の著者ジェフ・ポッターもそのひとりだ。いわく、「有機食品は、同等の通常食品と比べて農薬のレベルは低いという試験結果は出ているが、栄養価が高いという試験結果は出ていない。有機食品を食べている人を検査すると、血液中の残留農薬のレベルは確かに低い。しかし、血流中の農薬がごく少量あることが、総合的な健康や寿命に影響するだろうか?」(同書、132ページ)。
「理(ことわり)を料(はか)る」と書く料理には、本来、理系的な側面が強くある。科学者やソフトウェア技術者などの、一見料理と縁遠いギークたちが、もしキッチンを実験室と捉えたら(キッチンをhackするとしたら)? 「Cooking for Geeks」はそんなアプローチを突き詰めた一冊だ。
分子の構造式や「塩の割合とパンの体積の関係」を示すグラフなどを交えながら490ページにわたって繰り広げられる、ギーク視点の料理論。多彩なレシピも収録されるが、ユニークなのは掲載されるレシピにとらわれず、素材や調理方法をアレンジして意欲的に「実験」するよう促される点だ。本書にたびたび登場する「失敗したってピザを注文すればいいじゃないか」の励ましも、世の料理本ではあまり見られないフレーズだろう。
料理と科学の接近は、20世紀の終りからの大きなトレンドであり、本書もその延長線上にある。「世界のベストレストラン」の1位を5回獲得した「エル・ブジ」(註15)のシェフ、フェラン・アドリアは、分子ガストロノミー(註16)とも呼ばれる科学的料理の代表だろう。アドリアの有名な調理法のひとつに、食材を泡にするエスプーマがある。亜鉛化窒素などのバルブを使ってソーダをつくる方法(空気の力だけで素材を泡立たせることができる)を応用した、グリーンピースやハーブの泡を使った料理は世界を驚かせた。このほかサイフォンや減圧調理器具といった道具が持ち込まれたアドリアのキッチンは、科学の実験室さながらだ。しかしインタビューや著書を読むかぎり、アドリアのアプローチが特段に科学的な発想に基づいていたというより、古典料理のレシピや素材を徹底的に洗い直し、分解した上で再構築してみせるポストモダンの発想こそが本懐だったようだ。美術が現代アートに変わったように、料理も時代に則したものに新しく生まれ変わる。科学との接近と融合は、その変革のための起爆剤だった。

以上、雑多なブックリストとなったが、マンガ、アニメ、ゲーム、メディアアートが、それぞれの表現を深化、発展させる過程で、食が欠かせない要素となってきたこと、また食それ自体がテクノロジーを介した歴史の転換点を迎えたことなどが展望できたと思う。
メディア芸術と食とは、言うまでもなくメディアとしての特性が大きく隔たる。その差異のなかでも、とくに食は一回性の芸術であり、口にすれば形が消えてしまう点は目立った特徴だろう。しかし、どのようにその料理がつくられたかは、レシピとして記録できる。
ここで取り上げた10冊(と少し)は、ほとんどすべてが広義のレシピ本と言える。本稿は「食を考えるための」レビューであるものの、料理はつくって食べる、食べさせることができるメディアだ。ぜひキッチンに立ってその特性も体験していただきたい。仮に失敗したってピザを注文すればよいのだから。


(脚注)
※1
『食卓一期一会』(角川春樹事務所、2017年)収録。

※2
「ITmediaビジネスONLINE」「レシピ本『歴メシ!』を重版に導いたのは『FGO』だった」
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1708/10/news054.html

※3
https://twitter.com/Kawade_shobo/status/869874262458286080

※4
『ユーリ!!! on ICE』では主人公たちの交流を描くための小道具として、カツ丼、ピロシキが効果的に登場する。またABパートの切り替えのアイキャッチとして、さまざまな料理の食前、食後が描かれる。物語を前進させるのはもっぱら競技シーンであり、食事シーンはほとんど登場しないが、食が重要な要素のひとつとして組み込まれている作品と言える。

※5
コラボレーションメニューの動向については、本サイト「『限定』という『共有』装置――コラボメニューのファン心理」を参照。
※記事準備中

※6
料理レシピサービス「クックパッド」とコラボレーションしているマンガ飯の動向については、本サイト「マンガ・ミーツ・レシピサイト マンガ飯ブームの真相」を参照。
http://mediag.bunka.go.jp/article/article-13032/

※7
『ONE PIECE』関連書の裾野は広く、興味深いサブコンテンツを生成する土壌となっている。最近の成果としては、絵本作家の長田真作による『ONE PIECE picture book 光と闇と ルフィとエースとサボの物語』(集英社、2018年)もユニークな一冊。映画監督・石井裕也との対談で長田は、自分の絵の中に潜む「不安な気持ち」に尾田が目を留めてオファーされたと語っている。
http://tokyoartnavi.jp/dialogue/index004.php

※8
再現されるマンガ飯の数々とともに本書の読みどころとなっているのは、巻末のおまけコンテンツとして掲載された、尾田の仕事場でのまかない飯レポートだろう。出前のピザや、焼肉弁当、カップ麺など、カロリー過多なレパートリーは、週間連載の忙しい仕事場ならではの臨場感を想像させる。

※9
岩間は2014年に、エリアソンのスタジオを去っている。2016年にはアーツ前橋で「フードスケープ 私たちは食べものでできている」を開催。現在、東京とベルリンに拠点を置いて活動する。

※10
ルドルフ・シュタイナーが提唱した、作物の生長と惑星の運行が関係するなどの思想に基づく循環型農法。

※11
本書の言うグルメマンガは、主人公が飲食にまつわる職業や趣味をもっていること、作品内で料理をつくる場面が描かれるなど、いくつかの要件があるなかで、飲食にまつわることが重要なテーマとなっていることを最も重要としている。そのため、食べた思い出を語る『極道めし』や、作中では食べずに蘊蓄を語る『めしばな刑事タチバナ』もグルメマンガに数える。

※12
『クッキングパパ』が発端をつくった人気レシピもある。単行本22巻(1991年)に登場した、「おにぎらず」が、『クックパッド』への投稿をきっかけに2014年にヒットした。

※13
脱線するが、ゲームの『クッキングママ』は『クッキングパパ』とはつながりのないオリジナル作品。ゲーム内で料理づくりをシミュレーションするこの作品も、タイトルから誤解しがちがだ、キッチンに立つのはママではなく、子ども(プレイヤー)。ママは料理を指南する役割で登場する。「クッキングママ」シリーズの開発については本サイト「お料理ゲーム「クッキングママ」シリーズが世界で愛されている理由」を参照。
http://mediag.bunka.go.jp/article/article-13039/

※14
農業が高度化して大量に食料が生産されるに伴って、多様性は低下し、消費される食物は画一化していく。同一品種の方が生産効率がよいためだ。結果として2016年の人類のカロリー消費(動物性食物を除く)の80%は12種、90%は15種の植物から得られているにすぎない。現在、野生の草原よりもトウモロコシ畑の方が総面積が広い。また世界の大豆作付面積の83%が遺伝子組み換え作物になっている。(参考、『世界からバナナがなくなるまえに―食糧危機に立ち向かう科学者たち』ロブ・ダン著、高橋洋訳、青土社、2017年)

※15
「エル・ブジ」は2011年に閉店。2014年にはさらなるイノベーションのために「エル・ブジ財団」を創設した。

※16
分子ガストロノミーを最初に提唱したのは、1992年、フランス国立農業研究所の研究者、エルヴィ・ティスだった。ティスは「調理プロセスの中に見出される現象のメカニズムを解き明かすこと」と分子ガストロノミーを定義している。(参考、『料理と科学のおいしい出会い:分子調理が食の常識を変える』石川伸一、化学同人、2014年)