萩尾望都(はぎおもと)のSF作品を一望することができる原画展「萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく」が、2018年3月17日(土)~5月20日(日)に、萩尾が生まれ育った福岡県にある北九州市漫画ミュージアムで開催された。

「萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく」展覧会場入り口

少女マンガにSFを定着させたパイオニア

1970年代に少女マンガに革命を起こした「花の24年組」と呼ばれる少女マンガ家群の代表的作家とみなされる萩尾望都。『ポーの一族』や『トーマの心臓』などの名作を生み出し今なお精力的に活動を続けている萩尾は、SFというテーマを少女マンガへ持ち込み一ジャンルとして確立した作家としても位置付けられる。
本展覧会は、『11人いる!』『百億の昼と千億の夜』『スター・レッド』『マージナル』など、萩尾のSF作品の約400点もの原画を中心に、カラーイラストレーション、ネーム原稿や雑誌資料などを含めると約600点を数える、ボリュームのある展示となっている。萩尾の個展は過去にも何度か開催され、2011年にはデビュー40周年を記念した個展「萩尾望都原画展」が福岡アジア美術館(2011年1月24日~3月13日)などでも開催されたが、SF作品に的を絞ったものは初となる。そのため、これまでの個展では観ることができなかった短編作やコラボレーション作品の挿絵原画なども展示されている。本展覧会の元になったのは、2016年に河出書房新社から発行された『萩尾望都 SFアートワークス』という画集である。本画集には原画だけでなく、カラーイラスト、ネーム原稿なども収録されており、萩尾のSF作品全50作が本展覧会と同じ構成でまとめられている。
本展覧会は巡回展であり、これまで東京・武蔵野市立吉祥寺美術館(2016年4月9日~5月29日)、新潟・新潟市マンガ・アニメ情報館(2017年7月15日〜9月3日)、兵庫・神戸ゆかりの美術館(2017年9月9日~11月5日)、静岡・佐野美術館(2017年11月11日~12月23日)で開催され、今回福岡・北九州市漫画ミュージアムで開催された後、群馬・高崎市美術館(2018年7月14日~9月9日)へ巡回する。吉祥寺美術館での展示から、新潟市マンガ・アニメ情報館へ巡回する際に多数の原画や資料が追加され、展示の厚みが増している。

宇宙空間のような展示空間でみる、幅広いSFアートワークス

展示会場に入ると、会場全体が黒で統一されており、まるで宇宙空間に原画が展示されているかのような非日常感を演出するとともに、SF作品の雰囲気と原画の美しさを引き立てている。キャプションの台紙もグレーで統一するほどのこだわりようである。本展覧会が行なわれた企画展示室はマンガ展に特化したギャラリーであるが、通路をも展示空間として利用しなければならないほど、今回たくさんの原画が展示されているという。北九州市漫画ミュージアム学芸員の石井茜氏によれば、一般的な美術館でマンガの原画展を行う場合、美術作品などに適する高い天井や広い空間などが逆に原画を展示する空間として利用することが難しい場合もあるが、北九州市漫画ミュージアムはマンガに特化したミュージアムであるため、ほどよい空間に資料を展示することが可能となり、作品鑑賞に集中することができるようになっているという。さらに原画を「作品」として鑑賞するだけでなく、物語を追って「読む」ことができるように、連続した一場面を展示し、場合によっては実物の原画ではなく複製原画も使用されている。
展示全体は、「CHAPTER Ⅰ 1970s SF初期」、「CHAPTER Ⅱ 1970s・1980s コラボレーション」、「CHAPTER Ⅲ 1980s・1990s SF中期」、「CHAPTER Ⅳ 2000s SF近作」という4章によって構成されている。
「CHAPTER Ⅰ 1970s SF初期」では、萩尾のSF作品における代表作ともいえる『11人いる!』(1975年)や、第11回星雲賞コミック部門(1980年)を受賞した『スター・レッド』(1978-1979年)を中心に、短編作を含む初期作品を取り上げる。今日では、少女マンガ家がSFを題材にすることも珍しくはなくなっているが、萩尾はこれらの作品をもって1970年代においてSFというテーマを少女マンガというジャンルに根付かせたといえるだろう。

展覧会場風景
『11人いる!』原画(撮影:石井茜)
『スター・レッド』原画(撮影:石井茜)

本展覧会において興味深いのが、マンガという枠内だけではなく多ジャンルとの接点を可視化していることである。「CHAPTER Ⅱ 1970s・1980s コラボレーション」では、萩尾が手掛けた文学作品のカバーイラストや挿絵、小説のマンガ化作品などのコラボレーションによる作品を取り扱う。SF小説家光瀬龍(みつせりゅう)のSF小説をもとにした『百億の昼と千億の夜』(1977-1978年)は『週刊少年チャンピオン』に連載され、少年マンガの読者に萩尾の名を知らしめるきっかけともなった。ここではネーム原稿も展示されている。そのほか、SF小説家野阿梓(のああずさ)の小説『兇天使』(1986年)の挿絵は、細く繊細な線とベタ処理による黒と白のコントラストが美しく、銅版画を思わせる仕上がりである。マンガの原画は一般的に、ベタ処理やホワイトの修正などで汚れている場合が多いが、萩尾の場合原画であっても鑑賞に堪えうるクオリティに仕上がっているのは驚きである。この時期、数多くの文学作品のカバーイラストや挿絵を萩尾が担当していたことが窺えるが、SF小説と萩尾のマンガ作品との読者層の重なりや世界観の連続性を感じさせる。これらのマンガという枠を超えた幅広い活動により、萩尾の人気は少女マンガ以外にも少年マンガやSF、ファンタジー文学の読者などへと浸透していく。ここでは、原画だけではなく萩尾が表紙絵を担当した文庫本や、萩尾のマンガ作品の海外翻訳版もガラスケースに入れられ展示されていた

『百億の昼と千億の夜』原画(撮影:石井茜)
『百億の昼と千億の夜』ネーム
野阿梓『兇天使』挿絵 原画
萩尾が表紙絵を担当した文庫本
海外翻訳版

豊富な原画を通してみる作風の変遷

多数の原画を見て気づかされるのは、萩尾の「線」の変遷である。例えば、『百億の昼と千億の夜』における萩尾の線は、太く力強い線を交えた強弱のある線を用いているが、後に細く繊細で均一な線に変化していく。そんな変化に気付くことができるのも、多数の原画を鑑賞することができる展覧会ならではといえる。また、カラー原画の美しさにも目を奪われる。石井氏によれば、萩尾のカラー原画は、一般的に使われるカラーインクだけではなく、水彩絵の具を混ぜて制作されているという。それによってにじみを生かした独特で幻想的な表現が可能となっている。
萩尾の作品をSFという括りによって初期から振り返ることによって、萩尾がこれまでの作品において頻繁に取り上げている「性別不決定な登場人物」というモチーフも浮かび上がる。「CHAPTER Ⅲ 1980s・1990s SF中期」では、萩尾においてSF円熟期ともいえる80年代から90年代のSFマンガ作品を、『マージナル』(1985-1987年)、『海のアリア』(1989-1991年)を中心に取り上げる。この時期、萩尾は少女マンガ誌だけでなくSF専門誌などにもその活動の場を広げていく。例えば、『銀の三角』(1980-1982年)は、マンガ雑誌ではなく、『SFマガジン』(早川書房)に連載された。ここで取り上げられる『マージナル』や『X+Y』(1984年)などの作品においては、SF的世界観を舞台としながらセクシュアリティの定まらない登場人物を描き出している。このような性別不決定な登場人物は、『11人いる!』におけるフロルなどに代表されるように、萩尾の作品において度々登場している。SFというテーマと、萩尾の描く曖昧さをもったキャラクターは、非常に相性がよい組み合わせなのかもしれない。これらの作品はモノクロ原画と扉絵や口絵として描かれたフルカラー原画を組み合わせて展示されている。
最後の「CHAPTER Ⅳ 2000s SF近作」では、『バルバラ異界』(2002- 2005年)をはじめとする2000年代以降の女性向けマンガ誌に掲載した作品を中心に構成される。中では、2011年の福島第一原子力発電所事故直後に発表されたことで注目を集めた『なのはな』(2011年)と『プルート夫人』(2011年)などの連作も展示されている。近年の作品においては、30代以上の女性を読者対象とした女性向けマンガ誌における活動が中心となっており、初期作品と比べ絵柄のタッチやコマ割りも変化していることに気付く。それにより、往年のファンを楽しませるとともに新たな読者も獲得していることが窺える。展示の最後には、作品の一部が拡大されたスクリーンや巨大なキャラクターパネルと写真を撮ることができるコーナーも設置されていた。

『マージナル』展示風景
『なのはな』原画(撮影:石井茜)
『百億の昼と千億の夜』の阿修羅王と写真を撮ることができる

ファンを魅了し続ける求心力の強さ

石井氏によれば、来場者は主に40代~50代の女性がメインで、SFがテーマということで男性の来場者も比較的多いという。県外から足を運ぶ人も多いという。会場に設置されたメッセージノートには、圧倒的な原画の量とその美しさに驚く声が書き記されており、来場者が萩尾の作品を「読む」だけでなく原画を「観る」楽しさを感じていることが窺える。2018年3月17日(土)には、関連イベントとして萩尾と松本零士との対談が行なわれた。事前の参加応募抽選では500名の定員に対し800名以上の応募があったという。通常のマンガ関連イベントの規模を超える人数が集まったこのトークイベントからも、今なお萩尾の人気が根強いことが裏付けられる(この対談は、本展覧会の入り口においてダイジェスト映像として見ることができる)。萩尾の活動の幅広さと奥深さを振り返るとともに、今後の創作活動と表現の探求へ期待を感じさせる展覧会であるといえる。


(作品情報)
萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく
会期:2018年3月17日(土)~5月20日(日)11:00~19:00
会場:北九州市漫画ミュージアム 企画展示室
入場料:一般800円、中・高生400円、小学生200円
http://www.ktqmm.jp/kikaku_info/8805

萩尾望都SF原画展 宇宙にあそび、異世界にはばたく 公式サイト
http://hagiomoto-sf.com/