本と読者の間、原著と翻訳の間にはどのくらいの距離があるのだろうか。それはあくまでも、読者個人の興味や知識の問題だと考えることもできる。例えば、読者によっては、1965年に日本語訳されたバージョンのマルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger)の『技術論』(小島威彦、アルムブルスター訳、理想社)よりは、比較的に平易な英語版の『The Question Concerning Technology and Other Essays』(Harper & Row、1977)の方が読みやすいかもしれない。

しかし、そのハイデッガーを含めて、20世紀の後半、技術文明をめぐる重要な批評文を集めたアンソロジー形式の本、『Electronic Culture: Technology and Visual Representation』(Timothy Druckrey編、Aperture、1996)のような優れた洋書を見ると、やはり邦訳がないことが非常に残念に思える。特に「写真以後」を強く意識しているこの書籍は、芸術表現論全般に有意義な知見を提示しているため、学生たちの理論的入門書になれるはずだ。

もちろん、ハンス・エンツェンスベルガー氏(H. M. Enzensberger)の『メディア論のための積木箱』(中野孝次、大久保健治訳、河出書房新社、1975)、フリードリヒ・キットラー氏(Friedrich Kittler)の『ドラキュラの遺言—ソフトウェアなど存在しない』(原克、前田良三、副島博彦、大宮勘一郎、神尾達之訳、産業図書、1998)など、単行本の中で含まれた論考を読んでいく方法はある。そしてこの書籍を通さなくても、邦訳されているポール・ヴィリリオ氏(Paul Virilio)、スラヴォイ・ジジェク氏(Slavoj Žižek)、ロイ・アスコット氏(Roy Ascott)、ピエール・レヴィ氏(Pierre Levy)、シェリー・タークル氏(Sherry Turkle), ハキム・ベイ氏(Hakim Bey)の主要著作を読むことで彼らの思想の核心を把握するには十分かもしれない。ただ、このような読書の方法では、異なる文書を編み直すことによって読者に新しい「文脈」を発見させる、アンソロジー(選集・文集)形式の魅力は味わうことができないのではないだろうか。

ここで提案できるのが、第65号を最後に休刊されたNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の機関誌『InterCommunication』(NTT出版)の読書である。ICC開館の準備事業段階から16年間にわたって、アートとサイエンス、メディア・テクノロジー、情報環境をはじめ、映画、建築、社会学、哲学など現代文化全般の最先端を紹介してきたこの雑誌には、とりわけ1997年の開館を前後とする時期に『Electronic Culture』に含まれている理論家たちの中心的活動を反映している関連エッセイが掲載されたのである。例えば、「デジタル・イメージ論」特集だった第10号(1994)には、編者のティモシー・ドラックレイ氏(Timothy Druckrey)の「死に至る表象—あるいは現代の黙示録」が、第12号「e-TEXT−電子言語のマトリクス」特集(1995)にはデヴィッド・ブレア氏(David Blair)の「Waxweb Mosaic-MOO」が、第14号「映像メディアのアルケオロジー」特集(1995)にはエルキ・フータモ氏(Erkki Huhtamo)の「テクノロジーの過去が復活する−メディアアート考古学序説」が、第22号「科学にとって美とはなにか」特集(1997)にはアーサー・I・ミラー氏(Arthur I. Miller)の「芸術と科学における美学、表現、想像性」などが取り上げられる。とりわけ、1996年行われたヘアート・ロフィンク氏(Geert Lovink)の特別講演録「空虚なメディア理論からネット批判理論へ」(第20号、1997収録)は、欧米メディア論への批判的回顧でもあり、毛利嘉孝氏が訳者付記に書いているように、それら「欧米の理論を一方的に輸入してきた日本のシーンに対する議論と実践への参加の呼びかけ」にもなっていて大変意味深い。

『InterCommunication』を通した『Electronic Culture』の読解は、「未邦訳」の壁を乗り越えるだけではなく、特定のテーマを中心に、これらの海外の学者たちの言説がいかに国内の研究と関係付けられているのか、そして当時の表現とはどのような接点をもったのかを読み取ることを可能にする読書の方法になれると期待できる。

季刊『InterCommunication』(1992−2008)のウェブページ

http://www.ntticc.or.jp/About/Publication/Icm/index_j.html