2017年3月2日(木)、東京・小石川にある共同印刷本社101ホールで、第6回「世界のマンガについてゆるーく考える会」が開催された。同会は翻訳された海外マンガの紹介が2010年ころから盛んになってきた状況を踏まえ、2012年から年1回開催されている「海外マンガフェスタ」(主催・海外マンガフェスタ事務局)と「ガイマン賞」(主催・京都国際マンガミュージアム、米沢嘉博記念図書館、北九州市漫画ミュージアム)だけでは、海外マンガ研究者・ファンの交流の場が足りないと感じた有志が発足させた情報交換会だ。

 主催者は、バンド・デシネ(ベルギー、フランスを中心としたフランス語圏のアートコミック)の翻訳家でガイマン賞実行委員でもある原正人氏で、5回目と6回目の間のみ2カ月空いたが、だいたい月1回開催されているとのことであった。

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ホール入口の案内板

 第1回の「世界のマンガについてゆるーく考える会」は、2016年8月24日に東京・四谷の貸会議室で開かれ、30人ほどが集まったという。このときは自己紹介と意見交換が主だったようで、各人が持ち寄った様々な国のマンガを閲覧し、語り合った。

 しかし会場が手狭だったため、第2回以降はこの会を共同主催するデジタルカタパルト社(共同印刷の関連会社)の尽力によって、東京・小石川にある共同印刷本社のホールで開かれることになった。さらに第2回(2016年9月8日)からは主催側が発表を行うようになり、第2回では、デジタルカタパルト社の平柳竜樹氏による「台湾漫画博覧会と日本の電子書籍市場について」の講演の後、参加者の自己紹介と持ち寄った本の紹介が行われた。

 今回の第6回は参加人数が約40名。原氏の挨拶のあと、2つの発表と4冊の本の紹介、そしてイベントの告知が行われ、終了後は机に並べられた参加者持ち寄りの本を見ながら、各自歓談という構成であった。以下、発表と本の紹介の内容について報告する。

発表1「香港の同人誌即売会の分裂騒動」(発表者・香港漫画店 (ペンネーム))

 2016年に香港の同人誌即売会「コミックワールド香港」で警察による摘発事件が起き、その際の即売会実行委員会の対応に不信感を抱いた有力同人作家たちが、2017年2月5日に行われた「コミックワールド香港43」の同日に即売会「パレットリング」を新たに発足。「コミックワールド香港43」近くの会場で対抗して開催したことが、ネットショップ『香港漫画店』を経営する香港漫画店氏から報告された。しかし危惧されたような大きな混乱もなくイベントは終了し、次回以降は開催日をずらして行うことになったという。1981年に起きたコミックマーケットの分裂騒動を思い起こさせる内容だったが、騒動の詳細はいずれ香港漫画店氏が、同人誌にして発表するとのことであった。

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分裂した香港の即売会のパンフレット

発表2「フィンランドのマンガ事情レポート」(発表者・ニエアル(Nieal) (ペンネーム)、ナカネ (ペンネーム))

 ニエアル氏は母国と日本で同人活動を行っているフィンランド人の女性で、友人のナカネ氏と共にフィンランドでどのようなマンガが売られているか、読まれているか、イベントはどのようなものが行われているかについて語った。

 フィンランドでは国民のほとんどが英語を話せるため、英訳された海外のマンガが専門店で売られていて、フィンランド語に訳された日本のマンガもスーパーなどで多く流通しているという。驚いたことに、フィンランドで一番人気のあるマンガは、1950年代から続くドナルドダックとのことであった。またフィンランドのマンガでは、新聞連載の「Fingerpori(フィンゲルポリ)」という作品が人気があるという。ほかに「KAPTEENI KUOLIO」というフィンランド作品も紹介され、これは中年男二人が女性型ロボットと戦う(虐げられる?)内容のものであった。

 同国では自国の作家によるコミックイベントが年に4つほど開催されるそうだが、同人誌即売会はあまり行われておらず、トークプログラムやコンサート(ユーチューバーが演奏を行うなど)がメインであるらしい。また同人誌ではなく、プロの作家が集まって自分の本を売るという話も出た。日本とは人口も違うため、フィンランドだけでは人が集まらないので、北欧の4カ国が集まってイベントを開くこともあるという。2017年はフィンランド独立100周年にあたるそうなので、ネットやメディアでマンガも含めて、フィンランドの話題が増えることになりそうだ。

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発表風景

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フィンランドのコミック一例

本の紹介1「エルソナシンドローム」(著者・左紳之介)

 SFコミック「エルソナシンドローム」を著者の左氏自身が紹介し、クラウドファウンディングで資金を集めて作品を作り、Webマガジンの「マンガonウェブ」に作品を連載することに成功した後、昨年5月に単行本第1巻を刊行したことを発表した。単行本はクラウドファウンディングで出資してくれた人だけに送るという方式を取っており、それ以外の一般向けには電子書籍版を主要各電子書店で販売している。さらに英語版をアマゾンのKindleダイレクト・パブリッシング(KDP)で販売しており、いずれも出版社を介していない。連載も順調に進んでいるようだ。

 この紹介で左氏は、イタリアで日本のマンガの描き方を教えている作家・講師の伊原達矢氏と共に発表したが、伊原氏もまたクラウドファウンディングで「トキ」という作品を制作している。そして、このようなやり方を用いれば、出版社が本を出してくれなくとも世界に向かって作品を販売することができると両氏は力説し、さらに左氏は、インターネットによって世界のマンガが混じりあっていくのではないかという、興味深い予想も述べた。

本の紹介2「アルトゥリ・モンディ(ALTRI MONDI)」(著者・アンドレア・ロモリ)

 1986-1987年に日本で制作・放映されたTVアニメ「宇宙船サジタリウス」の原作となったイタリアのマンガ「アルトゥリ・モンディ」を、ネットオークションで原作全4冊を入手したすけきよ(ペンネーム)氏が紹介した。ただしアニメのほうはキャラクターの造形や設定の一部を原作から借りた以外は、ほとんどが日本のオリジナルだったという。

本の紹介3「クレパンさん」(著者・ロドルフ・テプフェール)

 19世紀のスイスの画家であり作家であったロドルフ・テプフェールによるマンガ「クレパンさん」(1837年執筆・出版)の日本語翻訳版を、原正人氏が紹介した。これは出版社が出したものではなく、仙台の「ナラティブ・メディア研究会」が印刷・出版したものだ。テプフェールの研究家で東北大学大学院情報科学研究科准教授の森田直子氏が翻訳し、2017年1月から送料のみで希望者に配布したという。内容は、教育熱心な主人公・クレパンが11人の子供のために家庭教師を雇うのだが、どれも変人ばかりで苦労する、というもの。この話が横長のイラストと説明の文章の連続で構成されており、イラストは時折2つから3つほどのコマに分割されているのだが、実はこのコマ割りこそが、「マンガの誕生」であり、ここ数年の研究で、テプフェールはマンガを初めて「発明」した作家として評価されているという。

 マンガの誕生については「19世紀フランスの風刺新聞『シャリバリ』がマンガの始まり」と言う説が1990年代初頭に出版された本などで広まっているため、この発表は(筆者も含めて)大いに驚愕すべきものであった。「シャリバリ」の創刊が1832年12月であるから、テプフェールがコマ割りして描いた単行本「ジャボ氏物語」(1831年執筆、33年出版)とほぼ同じ時期であるとはいえ、やはりコマ割りの有無は決定的である。今後はこの本が多くの人たちの手に渡り、漫画研究の進歩の一助となることを願わずにはいられない。

ナラティブ・メディア研究会:
http://www.media.is.tohoku.ac.jp/~morita/naoko/nm.html

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「クレパンさん」表紙

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コマ割りがなされている

本の紹介4「パンドラ」(フランスの雑誌)

 最後に、2016年にフランスの大手出版社カステルマンが創刊したバンド・デシネ雑誌「パンドラ」の紹介が行われた。紹介者の相澤亮(あいざわ まこと)氏は自身の作品「雪の女」をフランスの出版社に直接持ち込み、2017年3月にフランス語版を出版することに成功した(日本では2015年12月に出版)マンガ家で、この時の体験をWebコミック(Vコミ)に「ベデデパリ!新人漫画家パリに行く」と言うタイトルで連載している。

 「パンドラ」は最近、バンド・デシネ雑誌の勢いが弱くなった中で、勢いを取り戻そうと創刊された雑誌であるとのこと。掲載作には素晴らしい作品が多いのだが、紹介した号の巻頭作品は大友克洋が2012 年に「芸術新潮」で発表した「DJ TECK のMORNING ATTACK」の再録で、日本もフランスも大友先生に頼りすぎじゃないかと冗談交じりに話していた。

 発表と本の紹介の後は5月6日・7日に川崎市産業振興会館で行われるアメコミ作家等によるライブドローイングイベント「BRAVE&BOLD #2」や、3月11日に原氏らが東京・日仏会館で行うトークイベント「フランスのバンド・デシネと図書館」など、海外マンガ関係の情報が告知された。そして最後に再び原氏から挨拶があり、4月は共同印刷本社のホールが使えないので、7回目開催は5月以降となることが伝えられて締めくくられた。

 多様化の一途をたどる日本のマンガだが、この「世界のマンガについてゆるーく考える会」で世界各地から集められたマンガを目の当たりにすると、「まだまだマンガの表現は変化し、多様化し続けるに違いない」と強く感じた。だとしたら日本のマンガ文化が「進化の果てに袋小路に入ってしまったのではないか?」と感じた時には、海外マンガを手にとってみることで、そこからの出口が見つかるかもしれない。

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参加者が持ち寄って並べられたマンガ(一部)