令和3年度メディア芸術アーカイブ推進支援事業 採択事業事例紹介「日本特撮アーカイブ」地域でアーカイブを育む―須賀川市・ATAC・森ビルの取り組み
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須賀川市はなぜ「特撮」アーカイブセンターを作れたのか
2013年に、須賀川市で尾上監督、庵野秀明監督と樋口真嗣監督においでいただいて「特撮塾@ふくしま」というトークセッションが開催され、特撮で使われた数々のコンテンツ、映像に使われたものが廃棄されていってしまっているという状況も、そこで初めてお聞きしました。 その当時、「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」という企画展が各地で開催されていまして、熊本で最後の展示が終わって、展示されたものを収蔵する場所を探しているという情報を得ました。これは是非須賀川で引き受けさせていただきたい、このチャンスを逃すことはできないと思いました。
須賀川市で是非収蔵させていただきたいと思い、尾上監督などに須賀川市の機能集約で空きとなった公共施設を見ていただきました。その際、尾上監督から「我々がやっているのは客寄せじゃないんだよね。これを文化として捉えていただかないと困りますよ」というお話をいただきまして、市長に報告いたしました。結果、翌年に組織改革を行い文化振興課という課を新たに作りました。尾上監督や庵野監督にも熱意が伝わったのか、認めていただいて今の関係性ができているのかなと思います。
特撮アーカイブセンターを作らせていただき、数多くの資料を収蔵し、色々なイベントあるいはワークショップを展開し、特撮を文化として守り育て、多くの方々に見ていただきたいと思います。
特撮アーカイブの必要性
山川:尾上克郎監督には、ATACとしてこの事業にどういう風に取り組まれているのかお話をお願いします。
尾上:ATACの発足は2009年に、僕、庵野監督、樋口真嗣監督あと2人ぐらいと飲んでいたときに「アニメのセルとか全部捨てられてるんだよね」「ミニチュアもみんな無くなってんだよ」なんていう話題になって、これは何とかしないとまずいよね、と話したのがきっかけでした。
庵野監督もこれがきっかけになり、その後にジブリの鈴木プロデューサーに相談したところ、とにかく何がどれくらいあるか調べることからだから、と助言をいただいて、「特撮博物館」を開催したら、思いの外反響が良かったそれが切欠で、文化庁から委託を受け、特撮を定義するというところから特撮の調査は始まりました。
定義をしながら、僕らはATACの立ち上げの準備をずっとやっていました。アニメの色んなセルや原画など散逸していたものも少しずつ集め始めた。「特撮博物館」の巡回展で集めた特撮の遺物も、展示が終われば帰る場所がないものがたくさんあったんです。 同時に特撮もアーカイブセンターみたいなものが必要だということを、メディアを通じて言ったりしているうちに、国内の何か所かから「うちでやりませんか」みたいなお話も来てたんです。
でもどの地域にも収めるための根拠が無いんですよね。そうした頃に森ビルさんから須賀川市さんとお話する機会をいただきました。須賀川市と言えば、僕らの神様の円谷英二さんの出身地ですから、特撮をアーカイブする根拠があるわけです。 そこから、お互いの意見をすり合わせながら誤解をときながら関係を築いていって現在に至るっていうことです。
山川:一年ずつ積み上げてきたものが今こうして花開いて、「須賀川特撮アーカイブセンター」としてオープンして、開館した後の市内外の方々の反応はいかがでしたでしょうか。
安藤:2020年11月3日にオープンしまして、コロナ禍ではありましたが1年間で3万人を超える皆さんにお越しをいただいきました。象徴的なのが須賀川市外からお越しいただいた方が7割に達したことでして、大変心強く思っております。そうした方々が地元に戻られて「アーカイブセンターというところがあってこんなことがあったよ」というお話をしていただくのが特撮を支えるファンを生み出す大きな要因になると思っております。
反面、中途半端なことはできないなという思いもございます。展示してあるコンテンツは尾上監督はじめ、樋口監督あるいは原口智生さん、三池敏夫さんなど、様々な特撮関係者の皆さんに監修をしていただいております。ここでしか見られないもの、できないことをやっていただいているので、我々地元としてはできるだけ詳しく皆さんにも特撮をわかっていただきたいという思いで取り組んでいます。
山川:特撮に関わるクリエーターの方々は、須賀川特撮アーカイブセンターはどのようにご覧になっているのでしょうか。
尾上:我々作り手の側でアーカイブの重要性に気付いている人はまだ多くないなという感じはします。心では思っていてもそれをほとんど実行に移してはいない。そこら辺の意識を高めていくっていうのはこれからの課題だなとも思っています。権利の問題とかもありますので、大手製作会社の皆さんの理解を深めていかないといけないというのも大きな課題だと思います。
あと、市民の皆さんにいかに誇りに思ってもらえるか、愛していただけるかもこれからの課題かと思います。観光目的ではないなら何をやっているのか、市民の皆様にはっきりと伝えなきゃいけない。安藤副市長や皆さんとお話した中でアーカイブと観光のどこで線引きをするかが、アーカイブセンターを形にするにあたって一番時間のかかったところだとは思います。
山川:実際に市民や自治体の方々はアーカイブセンターにどういう反応をされましたか。
今後は、須賀川市の子供であればみんなが特撮であったり、あるいはウルトラマンであったり、他の土地の子供よりも多くの知識が得られる、あるいは色んな体験ができるなど、この土地ならではのインセンティブみたいなものを発信していければと思います。センター長自らが各小学校へ出張に行くなど、特撮を少しでも多くの子どもたちに理解してもらおうと努力しています。
山川:アーカイブセンターのほか、周辺にも特撮が広がっているという地域は他には無いかと思うのですが、尾上監督からはどのようにご覧になられていますか。
尾上:僕らからしたら夢の国ですよね。町中に怪獣がいるし、市長も副市長も「特撮」って言ったらすぐ話が通じるなんてところは日本中、世界中を探しても他に無いと思うんです。この環境が本当に大切だと思います。アーカイブセンターの皆さんも、手探りでも一生懸命やっていただけるっていうのは素晴らしいことです。
山川:ありがとうございます。ここまでどれもこれもいいお話に聞こえるのですが、逆にここを説得するのは大変だったというお話を少しでもいいので教えていただけますでしょうか。
安藤:実はまだ説得しきれてはいません。特撮の話をするとどうしても遊びの部分と捉えられてしまうこともあります。我々としては須賀川市の皆さんには文化として捉えていただきながら、長くこの特撮というものを愛していただきたいなと思います。
山川:尾上監督が特撮アーカイブを提唱・推進していく中でのご苦労というのは何がおありでしょうか。
尾上:まずは特撮の遺物はゴミとして捨てられるものという意識を変えていくことです。これまで消耗品でしかなかったものを、「これって実はすごい職人が作ったものなんだ」、「よく見たらものすごい工芸品なんだ」っていう根拠をとにかく示していかないと。「やっぱり捨てちゃまずいね」ってなかなかみんな思ってくれないですよね。
現在のデザインを作るのは過去のものの積み重ねだということは、実を伴って見せないと若い人達に分かってもらえないというのもありますから。そういう啓発活動は地道にやっていかなきゃいけない。 また、僕らがとにかく撮り続けないと(特撮という文化が)無くなってしまうものですから、それを続ける方が大変ですよね。みんなに忘れ去られたら、もう無くなってしまうものですから。
山川:今後、施設を続けていくにあたって、どういう期待をお持ちになられているか、お言葉をいただけますでしょうか。
安藤:施設をまずご覧いただいて、活用できる施設にしていきたいという思いがございます。工作室等もございますので、ワークショップなども行いながらできるだけ興味を喚起していくことも必要だと思っています。少し離れた場所には特撮の撮影ができる環境も用意をしておりますので、映像を作ったり、地元の子どもにも体験をしてもらったり、須賀川市発の次世代のクリエーターを育成することを目指していきたいと思います。
山川:ありがとうございます。尾上監督、今後期待するところはいかがでしょうか。
尾上:次の世代ですよね。まだ特撮やアニメを浴びて育った世代が生きているうちはいいんですが、僕らももう後何年この世界で生きていけるか分からない。次の世代にいかに特撮に対する理解を深めていってもらうかですよね。アーカイブしなきゃいけないんだ、特撮は凄いんだ、アニメは凄いんだっていうことを、みんなが意識として高めていくというのが最大のテーマだと思います。文化として残すべきだとなったら国立のアーカイブとかそういうところとの紐付けができていくとか。文化庁には期待していますし、今後ともご協力いただけますよう願っております。
山川:ありがとうございます。河合様、今後の期待するところいかがでしょうか。
河合:須賀川市さんと特撮の業界の関係者の皆さんの幸せな関係というのが続いていくようお手伝いをしなければというのが森ビルの立ち位置かなと思っております。また私自身が一特撮ファンでもあるので、こういった事業に長く関わることができるのは個人的にも幸せだなと感じています。
特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)の公式サイトはこちら
須賀川特撮アーカイブセンターの公式サイトはこちら
円谷英二ミュージアムの公式サイトはこちら
須賀川市民交流センターtetteの公式サイトはこちら
執筆
いわもとたかこ(一般社団法人マンガナイト)
編集
山内康裕
撮影
坂本麻人(Whole Universe)