2017年2月に69歳の若さで亡くなった谷口ジロー。バンド・デシネの翻訳者で海外コミック情報サイト「COMIC STREET」の編集長を務める原正人(はら・まさと)が、世界で愛されたマンガ家、谷口ジローの知られざる魅力を紹介します。

谷口ジローの各国語翻訳版。「描くひと谷口ジローの世界」(2017。東京会場)より

谷口ジローのマンガを読んだことがおありだろうか? 案外読んだことがない人もいるのではないかと思う。とっつきにくそう、重そう、理由は人それぞれだろう。かくいう筆者も決して古参のファンではない。初めて読んだのは、2000年代に入ってからで、たしか『遥かな町へ』(1998、小学館)だった。それからもうずいぶん経つが、最近読んだばかりの作品だって結構あるし(『神々の山嶺』〈00、集英社/原作:夢枕獏〉、最近やっと読みました……。泣きました)、まだ読んでいない作品だってある。マンガに限らず、多くのコンテンツが身の回りにあふれかえる時代である。何かきっかけや理由ができたら読めばいいのだと思う。ただ、今まで一度も谷口作品を読んだことがないのであれば、どこかでまずは一度手に取ってみてほしい。『「坊っちゃん」の時代』(1987、双葉社/関川夏央との共作)、『歩くひと』(1992、小学館)、『犬を飼う』(1992、小学館)、『父の暦』(1994、小学館)、『遥かな町へ』(1998、小学館)、『神々の山嶺』(2000、集英社)……。驚くべき作品があなたを待っている。物語に夢中になり、感情の機微に感極まり、とてつもない作業量で描かれた絵の熱量にあてられ、逆に最小限の要素で描かれた絵にハッとし、見事な構図に思わずみとれ、コマ割の妙にうなる。あなたがマンガ好きだったら、マンガをおもしろくするために込められたありとあらゆる工夫に胸がいっぱいになることだろう。

フランスに愛されたマンガ家

谷口ジローは生前、日本よりフランスのほうが有名なんだよと、はにかみながら語ったものだ。多少は自嘲もあったのかもしれない。谷口ジローが日本よりもフランスで人気だというのは、マンガ好きにはよく知られた話だろう。実際、ある時期以降の谷口のマンガは軒並みフランス語に翻訳され、作品によっては日本よりはるかに多くの売り上げを誇っているらしい。一説によれば、『遥かな町へ』は日本の10倍(!)だとか。古い作品も最近になって翻訳されているし、日本では品切れまたは絶版だが、フランス語訳は簡単に手に入るという作品もあるようだ。谷口が亡くなったときには、生前の業績を称え、その死を悼む報道が、マンガのニュースサイトどころか、『ル・モンド』、『リベラシオン』、『ル・フィガロ』、といった有力紙を含めたフランスの各種メディアで大々的になされた。
谷口ジローのフランスでの愛され方には目を見張るものがある。ただ翻訳が多いだけではない。フランス人原作者と組んだ『Mon année私の一年』(2009、Dargaud)(註1)というフランス語オリジナル作品まで出版されているのだ。これは日本のマンガではない。大判、ハードカバー、オールカラーに左開きの、いわゆるバンド・デシネ(以下BD)、フランス語圏固有のマンガである。日本語版のあるルーヴル美術館BDプロジェクトの1冊『千年の翼、百年の夢』(2015、小学館)やルイ・ヴィトンの「トラベルブック」の1冊『ヴェネツィア』(2016、双葉社)だって、元々はフランスの企画である。昨年の暮れには、『光年の森』と『いざなうもの』(ともに2017、小学館)という2冊の遺作が日本で出版されたが、ハードカバー、横長の判型、オールカラー、左開きの、絵本のような体裁をした『光年の森』は、やはりフランスの出版社の企画だし(フランスでは2017年9月、La Forêt millénaire(註2)というタイトルで一足先に出版された)、短編作品集『いざなうもの』にも、元々フランスで発表された短編「彼方より」が含まれている。
出版だけではない。2010年には、ベルギー、フランス、ドイツ、ルクセンブルク合作で、『遥かな町へ』(サム・ガルバルスキ監督)が映画化され、2011年には、フランス芸術文化勲章シュヴァリエまで授与されている。2015年にはアングレーム国際漫画フェスティバルで多くの原画を含む展覧会(註3)が行われ、その後、数年間、ヨーロッパを巡回した。
海外の出版社と契約を交わし、現地でオリジナル作品を出版した日本人作家は、何も谷口が初めてではない。谷口以後にも少なからず存在している。それでもこれだけの広がりと継続性をもって活動をした作家となると、ほとんどいないはずだ。

左:「孤独のグルメ」©パピエ、久住昌之
右:「父の暦」©パピエ

描くひと

谷口ジローがフランスで愛されていることはわかった。じゃあ、日本では愛されていないのか? もちろんそんなことはない。元々高く評価されてきた作家で、根強いファンもいる。ドラマがヒットしたから、『孤独のグルメ』(1997、扶桑社/原作:久住昌之)なら読んでいるという人もいるはずだ。さすがに全国紙の一面でというわけにはいかないまでも、各種新聞で訃報が報じられ、これまでにさまざまな雑誌で追悼記事や特集も組まれている(註4)。2017年12月には、東京の恵比寿にある日仏会館ギャラリーで、「描くひと谷口ジローの世界」という展覧会も行われた。70点余の原画を通じて、谷口の40年以上にわたる画業を一望できる、小さいながらも、見ごたえのある回顧展だった。
同展初日の挨拶の中で、谷口ジローの著作権を管理する一般財団法人パピエの代表理事米澤伸弥氏は、谷口のマンガとは戦後マンガ史の縮図に他ならないと語った。谷口は鳥取に生まれ、少年時代に手塚治虫のマンガで育ち、長じてさいとう・たかをや平田弘史の劇画に夢中になった。1960年代後半に上京し、アシスタントからキャリアをスタート。70年代には『ガロ』に憧れ、一時エロマンガの仕事もこなしつつ、劇画を描き続けた。80年代には『事件屋稼業』(1981、双葉社/原作:関川夏央)や『Live!オデッセイ』(1982、双葉社/原作:狩撫麻礼)などで劇画的な表現から脱却を遂げ、『「坊っちゃん」の時代』で新境地を切り拓き、90年代以降は『歩くひと』、『犬を飼う』、『父の暦』、『遥かな町へ』など、より日常に根差した人間ドラマの名作を次々と世に送り出した。90年代半ばに海外から発見され、2000年代以降、フランスで圧倒的な評価を獲得した。谷口の生涯には、たしかに日本の戦後マンガ史の一側面が凝縮されている。谷口とフランスとの関係を考えると、日本のマンガの未来までもが示唆されていると言ってもいいだろう。
「描くひと」とは、もちろん谷口の代表作のひとつ『歩くひと』(永遠に瑞々しい大傑作!)のもじりだが、実は同じタイトルを持つある本への目配せでもある。BD原作者にしてBD研究家ブノワ・ペータースによる谷口ジローへのロングインタビュー『L’Homme qui dessine. Entretiens avec Jirô Taniguchi描くひと―谷口ジローとの対話』(註5)である。2011年、東日本大震災後の8月に6日間を費やして、谷口ジローのすべてを聞き出したというファン垂涎の1冊。これを読めば谷口のかなりのことがわかるが、あいにくフランス語である。フランス語が読めない日本人ファンのためにも、どこか早く翻訳を出せと強く要求しておきたい。
幸い筆者はフランス語が読めるので(エヘン)、翻訳版を待つ必要はない。アシスタント時代のことや編集者とのやりとり、フランスで受容されるようになった経緯など、興味深い話が山ほど出てくるが、ここはグッとこらえて、本書を通じて浮かび上がる谷口ジロー像を伝えるにとどめよう。慎ましやかながら、好奇心旺盛で、研究熱心な勉強家である彼は、マンガはあらゆるテーマを描くことができると言ってはばからない。興味があることならどんなことでもマンガにしたい。えてして、谷口は小津安二郎的な世界観を描くマンガ家というイメージを抱かれがちだが、必ずしもそうではない。生前の仕事は、実に多岐にわたっている(註6)。インタビュー当時の年齢は64歳。枯れるどころか、これから描きたいテーマやアイディアがいくつも出てくる。明治を舞台にした少年マンガ、クローズアップを一切用いないマンガ、風景だけを描いたマンガ、幽霊が登場するマンガ、『ふらり。』(2011、講談社)の系譜で、明治や大正を舞台にしたマンガ……。

「神々の山嶺」©パピエ、夢枕獏

もっと自由に

いい話を書くストーリーテラーの部分に着目していると意外に思われるかもしれないが、谷口は絵に対するこだわりがものすごく強い。そのこだわりこそが、フランスで愛される要因のひとつでもあるのだろう。ただ、インタビュー集『描くひと』には、さまざまなBD作家を知るにつけ、彼らが好きなようにさまざまな仕事をしている芸術家だとすれば、自分は職人だと谷口が述べている印象的な個所がある。谷口が職人だというのは、あの細密な描き込みやすさまじいトーンワークを知っている者には、すぐに納得のいく話だろう。超地道な作業(もちろん多くはアシスタントがするのだろうけど)をいとわず、少しずつ成果を積み重ねていく様子は、岸壁にしがみつき、手探りでルートを探す『K』(1988、リイド社/原作:遠崎史朗)や『神々の山嶺』の主人公たちもかくやである。
だが、谷口は続けてこう語る。「できることなら、自分だってもっと自由に描きたい」。具体的な名前こそあがっていないが、このとき、1970年代からの憧れであり、『異卡力―イカル』(2000、美術出版社)では共作も果たしたBDの巨匠メビウスのことが念頭にあったことは想像に難くない(註7)。2000年、メビウス来日時に行われたインタビュー(註8)の中で、メビウスは同席した谷口を、もっと自由に描けばいいと、やんわりとたきつけていた。
『描くひと』刊行後の2014年、谷口は、ルイ・ヴィトン「トラベルブック」『ヴェネツィア』、ルーヴル美術館BDプロジェクト『千年の翼、百年の夢』(日本語版は2016年)と、フランス語の出版物をたて続けに2冊発表している。とりわけ『ヴェネツィア』については、後のコメントから谷口の手ごたえのほどが感じられる。

「ルイ・ヴィトン トラベルブック」(2014)の仕事は楽しかったね。漫画と違ってすごく解放された感じがあった。絵を大きく見せられる楽しさがあった。普段の漫画もコマ割いっぱいにしないで描きたいと思った(……)註9

ここで語られている解放感が、上述の自由と呼応しているのかどうかは定かではないが、さらにその後に出版された遺作『光年の森』の伸び伸びとした絵には、ここで得た手応えが生かされているように思えてならない。40年以上にわたる活動を経て、もはや達人の域にあった谷口が、こうして常に自己を更新しながら、描くことに喜びを見出していく姿には、感動を禁じ得ない。なお、もうひとつの遺作『いざなうもの』所収の表題作では、アシスタントの役割を最小限にとどめ、極力ひとりで描くという、また別の新たな試みが行われている。薄墨を多用したこの作品は、完成していれば谷口の新境地と評されたに違いない。
谷口ジローとは、ブノワ・ペータースの本のタイトルが謳うように、“描くひと”であった。谷口は、“描く”とは“マンガを描く”ことに他ならないとインタビューの中で述べている。『いざなうもの』の巻末には、そんな彼の「望み」が記されている。

「光年の森」©︎ パピエ

たったひとりでもいい。何度も、何度でも本がボロボロになるまで読まれるマンガを描きたい。あきることなく何度も開いて絵を見てくれるマンガを描きたい。それが私のたったひとつの小さな望み註10

彼は、“描く”ことを探究し尽くし、この世を去ったが、まるで道しるべのように、マンガを面白くする工夫をふんだんに込めた数々の作品を残してくれた。もしあなたがマンガ好きで、まだ谷口ジローの作品を読んだことがなければ、どうかいつか手に取ってみてほしい。


(脚注)
*1 Jean-David Morvan & Jiro Taniguchi, Mon année, Dargaud, 2009
*2 Jiro Taniguchi, La Forêt millénaire, Rue de Sèvres, 2017
*3 2016年1月28日〜31日に開催された、第43回アングレーム国際漫画フェスティバル(Festival International de la Bande Dessinée d’Angoulême)内の回顧展、谷口ジロー展「夢みるひと」。
http://www.bdangouleme.com/558,jiro-taniguchi-l-homme-qui-reve
*4 主な特集をあげれば、「とどまらない人追悼谷口ジロー」(『SPA!』2017年4月4日号)、「追悼!谷口ジロー」(『芸術新潮』2017年7月号)※コンパクトながら谷口の全体像がわかるすばらしい特集、「追悼漫画家・谷口ジローさん」(『小説すばる』2017年9月号)※谷口愛に溢れた夢枕獏×寺田克也対談は必読!、南信長「谷口ジローの軌跡」(『ビッグコミック』2017年12月25日号)。2017年11月18日(土)には、「ふるさと鳥取で谷口ジローさんを偲ぶ会」というイベントも行われた(http://www.pref.tottori.lg.jp/270343.htm)。
*5 Benoît Peeters, L’Homme qui dessine. Entretiens avec Jirô Taniguchi, Casterman, 2012
*6 「谷口ジロー」の街(http://www.jiro-taniguchi-fan.com/)という公認ファンサイトに谷口の多様な仕事ぶりを知ることができる作品リストがある。労作。
*7 そもそもこの『描くひと』という本が、ヌマ・サドゥールがメビウスに行なったインタビュー『メビウス博士とジル氏―二人の漫画家が語る創作の秘密』(拙訳、17、小学館集英社プロダクション)を想起させることを付記しておこう。原書は同じカステルマン社から刊行されている。
*8 『コミッカーズ・インタビューズ』美術出版社、2001年
*9 『谷口ジロー画集 jiro taniguchi』小学館、2016年
*10 谷口ジロー『いざなうもの』小学館、2017年


(information)
描くひと谷口ジローの世界
会期:2018年4月14日(土)~5月13日(日)
休館日:4月23日(月)、5月7日(月)
料金:無料
会場:鳥取県立博物館
http://db.pref.tottori.jp/pressrelease.nsf/webview/AEBB96E32879A3704925822D002F69B9?OpenDocument