音を文字で表す擬音語に、様子を文字で表す擬態語。これらの「オノマトペ」は、マンガにおいて欠かせない表現のひとつとなっている。本コラムでは、ありきたりなオノマトペを超えて独自のオノマトペを編み出したマンガ家たちとその作品を取り上げる。

藤子不二雄Ⓐ『笑ゥせぇるすまん』1巻、中央公論新社、中公文庫コミック版、1999年、87ページより

マンガは絵と文字によって構成された表現物だ。コマ割りされた空間に背景やキャラクターの「絵」が描かれ、セリフやナレーションが「文字」で記される。そこにもうひとつマンガ独自の表現として加わるのが、いわゆる「オノマトペ」(擬音・擬態語)である。

もちろん小説にもオノマトペは使われる。しかし、それはセリフや地の文と同じく文字として書かれ、活字となって読まれる。一方、マンガにおけるオノマトペは、多くの場合、デザインされた描き文字だ。迫力ある擬音は迫力ある書体で、かわいい様子を示す擬態語はかわいい書体で描かれる。つまり、文字と絵のハイブリッド表現――それがマンガのオノマトペなのである。

当然、そこには作家の個性や創意工夫が表れる。絵柄やキャラクター、ジャンルやテーマ、コマ割りや作画技法、決めゼリフや一発ギャグなど、優れた作家には何かしら独自の「発明」があるものだが、オノマトペについても同様だ。

そこで本稿では、お決まりの擬音・擬態語に飽き足らず、斬新なオノマトペを編み出した作家たちについて、3回にわたって解説したい。第1回は「古典的前衛に立つ者たち」。今となっては古典の部類だが、実は前衛的な作品を生み出していた作家のなかで、オノマトペ的にも注目すべき5人をピックアップする。

藤子不二雄Ⓐ:迫力あふれるゴルフのスイング

まずは、今年(2022年)4月に亡くなった藤子不二雄Ⓐ。テーマやキャラクターはもちろん、白と黒のコントラストを生かした画面構成、太い黒枠のコマ、写真を加工した作画など、表現技法の面でも実験的な試みをさまざまに取り入れた巨匠であり、オノマトペも独特だった。『魔太郎がくる!!』(1972~1975年)の〈メラメラメラ〉、『笑ゥせぇるすまん』(1969~1971年、註1)の〈ドーン〉は有名だが、実はどちらも第1話には出てこない。前者は第2話で初登場し、以降定番となる。後者は2話目で〈ドン〉というのが登場するものの、明確に決めポーズの効果音として〈ドーン〉が使われるのは5話からだ。

魔太郎が「こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か」と恨みの炎を燃やす場面、喪黒福造が相手を術中にはめる場面を、より強く印象づけるための方法はないかと考えた結果が、これらの効果音だったのだろう(図1)。

図1 左:藤子不二雄Ⓐ『魔太郎がくる!!』1巻、中央公論新社、中公文庫コミック版、1997年、39ページ、右:同『笑ゥせぇるすまん』1巻、中央公論新社、中公文庫コミック版、1999年、87ページ

そんな藤子Ⓐ作品のなかでも擬音が際立つのが『プロゴルファー猿』(1974~1980年)である。作者自身がゴルフにハマっていたことから生まれた、当時としては前例のないゴルフマンガ。子供には馴染みのないスポーツということで難色を示す編集部を説得してスタートした。が、フタを開けてみれば、ケレン味たっぷりのキャラクター、手に汗握る試合展開で大ヒット。その迫力満点のプレーシーンを彩ったのが擬音だった。

手づくりの木製クラブを使う主人公・猿谷猿丸(通称・猿)のショット時のインパクト音は〈バキャ〉。対して、ライバルの天才少年・剣崎健は〈スパッ〉。それを見た大人たちは「カミソリのような鋭い当たりとパットでひっぱたいたような強烈なショットとまるで対照的だ!!」との感想を漏らす。キャラクターのプレースタイルによって擬音も使い分け、デザインも音のイメージに合わせているのだ(図2)。

図2 藤子不二雄Ⓐ『プロゴルファー猿』1巻、中央公論社、中公文庫コミック版、1994年、32-33ページ

ショット時のインパクト音は、ほかに〈ドキャ〉〈バキャーン〉〈ザピュッ〉〈ドピッ〉などバリエーション豊富。すごいのは猿のドライバーショットの伸びを示す擬音で、〈ギャーン ギャン ギャン〉と三段ロケットのように飛んでいく(図3)。

図3 藤子不二雄Ⓐ『プロゴルファー猿』7巻、中央公論社、中公文庫コミック版、1994年、10-11ページ

パターにおいても、ほかの選手のパット音は〈コーン〉というのが多いのだが、猿がパター職人にもらった傑作「正宗」で打つと〈チィーンンン〉という音がする。「ン」を重ねて余韻を感じさせるところがシブい。なかには〈チィィーンン〉〈イインンン〉と2コマにわたって響かせる場面もある。

水島新司:キャラクターごとに特徴的な野球の音

同じスポーツものでは、野球マンガの第一人者・水島新司の擬音にも注目したい。ネット上などに「観客の歓声を〈ワーワー〉と表現したのは水島新司が元祖」的な説があるが、それは誤り。水島が貸本劇画でデビューした1958年連載開始の貝塚ひろし『くりくり投手』に、すでに〈ワーワー〉という擬音は見られる。原作/福本和也・マンガ/ちばてつや『ちかいの魔球』(1961~1962年)でも、水島作品でおなじみの書体と似た〈ワーワー〉が使われている。ただ、それらは観客席とセットだったり、主人公の見せ場にかぶせたりして、あくまでも声援として描かれていた。ところが水島はそこから一歩進んで、画面いっぱいに〈ワーワー〉の文字をちりばめて、単なる声援にとどまらない白熱ぶりを表現した(図4)。キャラクターやフキダシに多少重なってもお構いなし。それは水島の発明と言っても差し支えないだろう。

図4 水島新司『ドカベン』11巻、秋田書店、少年チャンピオン・コミックス、1974年、110-111ページ

水島作品のなかでも『ドカベン』は特にキャラが立っているが、擬音もキャラが立っている。ゲタを履いていないときの山田の足音が〈ドスドス〉なのはいいとして、殿馬が歩くときに〈ズラ~ズラ~〉という擬音が付く(前出図4参照)。これはいったい何の音なのか。いや、もちろん殿馬の「~ずら」というしゃべり方に由来するものであることはわかるが、それを歩く擬音に使う発想がすごい。

岩鬼の動きに付けられる擬音もユニークだ。〈ジョパァ〉と球を投げ、投げた球が〈ギョロオオン〉とうなりを上げる。相手をにらみつける際に〈ギヌロ〉、ショックでひっくり返る音が〈ガギャンギャンギャン〉。そして、ここぞという場面で飛び出す〈グワァラゴワガキーン〉という打撃音は迫力満点だ。

しかし、岩鬼の代名詞とも言えるこの擬音が登場したのは意外と遅い。センバツ決勝の対土佐丸高校戦(単行本30巻、1978年)3回裏の打席で〈グワガララグワキーン〉というのが出てくるが、実はこれは口で言ったもの。本当の打撃音としては同試合5回裏の〈ぐわらぐわがき~ん〉というひらがな表記が最初である。このときは口でも「ばっかんがきゃきーん」と叫んでおり、実況アナが「けたたましい自我ギ音を発し岩鬼くん初球攻撃」とツッコミを入れている(図5)。「自我ギ音」という用語も斬新だが、こうしたキャラクター固有の擬音は「キャラクター音」とでも呼びたくなる。

図5 水島新司『ドカベン』31巻、秋田書店、少年チャンピオン・コミックス、1978年、13ページ

望月三起也:視覚的に見せる機械音

迫力ある擬音という点では、アクションマンガの雄・望月三起也を忘れてはいけない。代表作『ワイルド7』(1969~1979年)では、バイクが走る音だけでも〈ドバババババ〉〈バウウウウウン〉〈ブバワワワァ〉〈ヴワアッ〉〈ガウウウウウウ〉〈バウウオオオオ〉〈ヴババババ〉〈ゥゴオオオッ〉〈ギャアアアン〉〈バオォォォォォォォォ〉と怒濤の勢い。動きの方向に合わせて擬音にもパースをつけて描き込むことで迫力とスピード感を演出する。走るバイクの両側に〈ドドドドド〉と描き込んだシーンなど、まるでステレオサウンドだ(図6)。殴る蹴るなど格闘シーンの音も〈ビシ〉〈ビス〉〈ビサ〉〈ズシャッ〉〈ビキッ〉〈グシャッ〉〈バクッ〉〈グバッ〉〈ガキン〉と痛みが伝わってくる感じ。

図6 望月三起也『ワイルド7』24巻、少年画報社、ヒット・コミックス、1975年、39ページ

真骨頂は銃器の発射音だ。海外などで実弾射撃体験もある望月だけに、お決まりの擬音では済まさない。主人公・飛葉の22口径の拳銃発射音は〈バンㇺ〉〈ガゥゥン〉〈ガァァン〉など。オヤブンの大口径マグナムは〈ドォン〉、ショットガンは〈ボンㇺ〉〈ドバ〉、対戦車ライフルは〈ドヴァッ〉、自動小銃は〈ドパパパパパ〉のように、種類によってしっかり使い分けている。〈ギバン…ㇺ〉〈ドッバゥゥ‥ン〉なんて、どこからそんな音を思いつくのか、というものもあった。

しかも、それらの擬音の描き文字のデザインが、すこぶる凝っていてカッコいいのだ。一つひとつの擬音をここまで手の込んだデザインにした作画例は珍しい。セリフなしでアクションと擬音だけで見せるページも少なくない(図7)。これはもう文字というより絵の一部と考えたほうがいいだろう。

図7 望月三起也『ワイルド7』13巻、少年画報社、ヒット・コミックス、1973年、72-73ページ

水木しげる:どこか間の抜けた音の表現

貸本時代から長く活躍した水木しげるの擬音もユニークだ。おなじみなのはビンタするときの〈ビビビビビン〉。水木しげるといえばまずこの擬音が浮かぶ人も多いだろう。『ゲゲゲの鬼太郎』(註2)のねずみ男が鬼太郎や妖怪をビンタするシーンでよく使われていた。

しかし、ビンタといえばやはり戦記もののほうが出番が多い。『総員玉砕せよ!』(1973年)には「重労働とビンタ」と題された章があるほどで、上官たちが「なまけるんじゃねえよ」と言っては〈ビビビビビビン〉、「たるんでる」と言っては〈ビビビビビ〉〈ビビビビッ〉、「声が小さい」と言っては〈ビビビビビン〉。何かと理由をつけて(というか理由がなくても)やたら殴りまくるのだ(図8)。

図8 水木しげる『総員玉砕せよ!』講談社、講談社文庫、1995年、60-61ページ

一方、舞台となる南方の島は自然豊かで、戦闘さえなければのどかなもの。名も知らぬ鳥たちが〈ポークポークポーク〉〈クオクオクオ〉と鳴く。主人公の丸山(水木自身がモデル)がドラム缶の風呂で屁をこくと〈プリプリポア〉と音がする。こうしたトボけた擬音は、水木の得意とするところで、『ゲゲゲの鬼太郎』の「朧車」のエピソードでも、怪気象のうなり音を〈くゆーん〉〈ひゅーう〉〈グユーン〉などと表現している(図9)。

図9 水木しげる『妖怪反物 ゲゲゲの鬼太郎6』筑摩書房、ちくま文庫、1994年、28-29ページ

谷岡ヤスジ:ギャグにもなった革新的な擬音

そして、誰よりもアバンギャルドなギャグと擬音で一世を風靡したのが谷岡ヤスジである。破壊的と言ってもいいギャグは、文字どおり他の追随を許さなかった。擬音も強烈なインパクトで、なかでも鼻血を噴き出すときの〈ブー〉は、それ自体がギャグとして多くの読者の記憶に刻まれている(図10)。

図10 谷岡ヤスジ・内田勝監修『ヤスジのメッタメタ ガキ道講座 もうひとつの「少年マガジン黄金時代」』実業之日本社、2004年、128-129ページ

デザイン的にはシンプルな描き文字だが、音のセンスがハンパない。波の音ひとつとっても〈タッピン〉〈チャッパン〉〈プッチャン〉〈タッチン〉〈プッタン〉と変幻自在。小さな波が堤防にぶつかる音は、確かにそんな感じである。砂浜に打ち寄せる波は〈ンザザー〉だ。ツクツクボウシの鳴き声を〈ツクツクオーシ ツクツクオーシ(中略)ツクリンオース ツクリンオース ジー〉と表記し、それだけで2ページ埋めてしまうのもすごい(図11)。

図11 谷岡ヤスジ『谷岡ヤスジ傑作選 天才の証明』実業之日本社、1999年、378-379ページ

作中には下ネタも多々登場するが、勃起を〈オギオギ〉、射精を〈ドッブーンドッブーン〉などと表現することで、どぎついネタをドライな笑いに変換する。川で髪を洗っている女性を後ろから襲うネタは今見るとセクハラというか完全に犯罪であるが、それはそれとして髪を洗う音が〈ジャシジャシ〉というのには納得だ。

極めつきは、布一枚だけをまとってどこからともなく現れるおじさんの足音の〈ペタシペタシ〉。裸足で歩く足音としてこれ以上のものはないだろう。『谷岡ヤスジ傑作選 天才の証明』(実業之日本社、1999年)掲載の「谷岡ヤスジ キャラクター図鑑」によれば、〈もともとはスケスケの腰巻きにちなんで「スケスケおじさん」と呼ばれていたが、読者が足音から「ペタシ」と間違えて呼び、それを作者も気に入ってペタシで通すようになった〉という。オノマトペがキャラ名になった稀有な例である。

今回ご紹介した5人は皆、すでに鬼籍に入っている。しかし、彼らが残した作品とオノマトペは、今もなお前衛に立ち続けるのだ。


(脚注)
*1
『笑ゥせぇるすまん』は1968年に「ビッグコミック」に読み切り作品『黒イせぇるすまん』として掲載され、1969年から1971年にかけて「漫画サンデー」にて同タイトルで連載された。『笑ゥせぇるすまん』に改題されたのは、その後のアニメ化がきっかけ。

*2
貸本時代を経て、1965年にマンガ雑誌に『墓場の鬼太郎』として掲載されて以降、さまざまな媒体でシリーズが展開された。1968年のアニメ化を契機に『ゲゲゲの鬼太郎』に改題。