[東洋美術学校 副校長 中込大介]
2018年1月27日(土)に東京都新宿区の東洋美術学校でマンガ原画に関する研修会が行われた。これは文化庁委託事業「メディア芸術連携促進事業」連携共同事業の「マンガ原画アーカイブのタイプ別モデル開発」(受託者:京都精華大学)の一環として、マンガ原画を保存科学の観点から捉え直すために行われた。マンガに対して新たな側面から光を当てた取り組みとなっているため、概要を紹介したい。
現在マンガ原画の多くは出版社もしくは作者のもとにあり、美術館など専門的な機関に保存されているものは少ない。原画はもともと印刷用の素材(中間生成物)として見られていたこともあり、作者が持っていたとしてもほとんど利活用されることがなかった。またデジタル化が進んだ現在では原画自体がデータ化されていることも少なくない。
しかし、マンガに対する価値観の変化によって原画を展示することに意味がもたらされ、また海外で有名なマンガ家の原画は世界中のコレクターが購入に動くなど、筆跡やタッチが現れる原画を素材としてではなく、それ自体を保存活用の対象と扱う環境が生じてきた。また、マンガ家の高齢化に伴い、本人以外の誰が、どのように原画を守るか、という問題も現れてきている。
そこで必要になるのがマンガ原画の保存科学的な研究だ。例えば、自分の原画を大切にするマンガ家なら、マンガ原画が光で焼けて変色したり重みで紙が歪まないように各話ごとに封筒に入れるだろうし、さらに知識のある人であれば長く置くと酸性紙はボロボロになるため、中性紙の封筒や箱に入れて暗所に置いたりするだろう。しかし、繊細な線を描いた墨が、演出や修正に活用したホワイトが紙の劣化にどう影響するのか、また写植紙そのものの変色や文字を貼った接着剤や付箋紙がなにをもたらすのか、締め切りに追われた生活の中でそこまで考えられる人はほとんどいないだろう。
すでに絵画や古文書の世界では劣化を防ぐ「保存」と劣化した状態のものを発見当時の状態に戻そうとする「修復」の研究は進んでおり、科学的な知見に基づくデータも少なくない。一方でマンガ原画は価値観自体が異なっていたこともあり、科学的な研究が行われる機会に恵まれなかった。
今回の研修会はマンガ原画を科学的に分析することで、原画保存に関する様々な側面を明らかにできると気づけたワークショップとなった。例えば、歳月を経ることで突然崩壊する酸性紙の問題と、空気に触れることで徐々に変色、劣化が進む酸化の問題は原因も対策も異なること。使用したホワイトやスクリーントーン、ペーパーセメントはメーカーや時代ごとに劣化の仕方が大きく異なること。保存修復科教育研究スーパーバイザーの松田泰典氏からは、『「100年後にも鑑賞できるマンガ原画」を目指して保存科学からアプローチしたい』との発言があり、原画の保存環境や劣化要因の除去などの解決すべき課題が提起された。また講師の小野慎之介氏からは、「マンガ原画のように大量に残された紙資料の保存を考えるには、状態を把握し可視化するために必要となる劣化モデルを多変量解析やAIを使い構築していく必要がある。今後そのための基礎的データをどう収集していくかが課題となる。」との展望が示された。さらにその利活用については、絵画や古文書などの文脈からどのような代替品を用意できるのか等々、マンガ原画保存のこれからを考えるよい契機となった。詳細は京都精華大学の事業報告書を参照してほしい。
東洋美術学校では今後も松田泰典氏と小野慎之介氏を中心にマンガ原画の保存に取り組む。今後の研究成果が日本のマンガ界にどのような影響を与えるのか、これからも期待したい。