「アウラはここに存在する--もの自体ではなく、われわれが見て、聞いて、読んで、繰り返して、見直す、この瞬間のオリジナリティのなかに」。

ビデオアートのパイオニア、ダグラス・デイビス氏(1933−2014)は「デジタル複製時代の芸術作品」というタイトルの論文のなかで、原本と複製の区別のないデジタルテクノロジーが芸術作品の体験を根本的に変化させたと指摘した。ヴァルター・ベンヤミンの『複製技術時代の芸術作品』(1936年)が書かれてから約半世紀後のことだ。

デイビス氏の論文とほぼ同時期の2000年前後から、グッゲンハイム美術館、ダニエル・ラングロワ財団、テートギャラリー、ニューヨーク近代美術館を中心に「The Variable Media Network」「Documentation and Conservation of the Media Arts Heritage (DOCAM)」「Matters in Media Art」など、芸術表現メディアの多様化によって生じる、記録と保存の問題に取り組む国際プロジェクトが活発に行われてきた。

それらのプロジェクトの一部が終了し、一部が継続されていた2010年、ドイツ、フランス、スイスのオーバーライン地方の美術館・機関が連携して「デジタルアート保存プロジェクト」を立ち上げた。プロジェクトのディレクションを担当したZKM(Zentrum für Kunst und Medientechnologie Karlsruhe、ドイツ)の主任学芸員のベルンハルト・ゼレクセ氏によると、アナログデータのデジタル変換・保存に重点を置いた先行プロジェクトと同プロジェクトとの違いのひとつは、生まれながらデジタルである(born digital)作品を対象としている点である(ZKMはこの類の作品を500点以上収蔵)。

また、先行した「The Variable Media Network」が、次から次へと新しいメディアへ移行することで作品を保存できるように、メディアに依存しない作品の定義を積極的に提案したのに対して、明確な限界はあるものの、ハードウェアの収集と保存が、作品の歴史性のために必要であると見る立場が本プロジェクトである。ドキュメンテーションを行った上で、当初のハードウェアを最適の状態で保管し、スペアとして同一製品を多数保有すると同時に、OS、ソフトウェア、アプリケーションを継続的に「アップデート」していくこと――デジタルアート保存は、そういった極めて地道な作業の積み上げによってのみ可能であるということだ。ゼレクセ氏の表現を借りると、デジタルアートは「永遠なるワーク・イン・プログレス」なのである。

保存目的で行われるデジタルアートの「アップデート」作業には、異なる価値観が介在する。美術館の収蔵品保存方針というのは、原則的には、作品本来の状態の美学と歴史性を可能なかぎりそのまま保つことである。ところが、アーティストや技術者は改良を含んだ「アップデート」を希望する傾向がある。なぜなら、デジタルアート作品を「アップデート」する場合、最新技術を利用して、作品の技術的表現をアップグレードさせることが事実上可能であり、古い技術を新しい環境にそのまま再現するよりも、書き直した方が時間、努力、費用の面で経済的かつ効率的である場合が少なくないからだ。このように、作品の真正性(authenticity)に対する新しい価値判断と保存倫理が求められているなか、デジタルアートの保存をめぐる議論はこれからも続くのであろう。

同プロジェクトによる2回の国際シンポジウム、10作品のケース・スターディーとそれに基づく展覧会、そして教育現場の実践など、3年間の成果をまとめた膨大な分量の書籍Preservation of Digital Art: Theory and Practice The Project digital art conservationが2013年末、3カ国語で刊行された。ケース・スタディのなかで、とりわけ注目に値するのは、ZKMの代表的所蔵作品である、ジェフリー・ショー氏の《レジブル・シティ(The Legible City、注:可読都市という意味)》。ひとりの鑑賞者が展示空間の自転車をこいで、スクリーンのなかのバーチャルな都市空間を周遊する、初期のインタラクティブアート作品である。実際の都市建築情報に基づいて具現された3DCGの風景は、その都市の歴史と記憶をめぐる物語の一部である巨大なテクストからできている。自転車をこいで都市の物語を読んでいく鑑賞者の体験によって完成されるこの作品は、20世紀末の夢見たバーチャル・リアリティーへの想像力と当時市場値段10万ドルの最先端技術との結合によって生まれた、メディアアートの傑作として評価される。
 
2014年6月21日から2015年3月8日まで開催される、ICCの「オープン・スペース2014」展に、前述した「デジタルアート保存プロジェクト」を経た《レジブル・シティ》が展示される。過去2005年、同センターの「アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険」展でも紹介されたことがあるが、1989年7月の第1回名古屋国際ビエンナーレARTECの国際指名コンペティション展における世界プレミア公開からは25年が経過している。今回の展示は、「保存」された歴史的作品の体験をとおして、インタラクティブアートの再評価に重要な手がかりを提供してくれることが期待される。

6月22日14時よりICCの4階特設会場で、ジェフリー・ショー氏とベルンハルト・ゼレクセ氏によるトークとレクチャーが2部構成で行われる予定である。入場無料、当日先着順。

デジタルアート保存プロジェクト
http://www.digitalartconservation.org/

ICC Open Space 2014 関連イベント
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2014/Openspace2014/events_j.html

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