著者のバート・ビーティー氏(Bart Beaty)はカナダのグレゴリー大学英文学科教授で、これまで『フレデリック・ワーサムと大衆文化批評』(Fredric Wertham and Critique of Mass Culture,2005年)や『マイナー・ポピュラー・カルチャー:1990年代ヨーロッパにおけるマンガの変容』(Unpopular Culture: Transforming the European Comic Book in the 1990s,2007年)などを出版している。
フランスにおけるマンガ研究を英語圏へ紹介してきた人物でもあり、これまでティエリ・グルンステン氏の『マンガのシステム』(The System of Comics,2007年、原著は1999年、日本語訳は2009年)、ジャン=ポール・ガビエ氏の『マンガと男たち:アメリカン・コミック・ブックの文化史』(Of Comics and Men: A Cultural History of American Comic Books,2009年、原著は2005年)などを翻訳・紹介してきた。ティエリ・スモルドレン氏の『マンガの誕生:ウィリアム・ホガースからウインザー・マッケイまで』(Naissances de la bande dessinée: De William Hogarth à Winsor McCay,2009年)も現在翻訳中だという。
ビーティー氏の最新刊『コミックスvs.アート』(Comics Versus Art,2012年)は、マンガとアートの対比を通し、マンガの社会的・文化的承認(legitimation)を考察した書物である。トロント大学出版から2012年夏に出版された。
「なぜマンガは美術史から排除されてきたのか」「それにもかかわらず、この20年程のあいだに、なぜマンガはギャラリー、オークション・ハウス、美術館、大学といった、美術史を形成する機関に受け入れられはじめたのか」「その変化はマンガについての何を物語っているのか」「さらには、その変化がそれら機関自体について物語ることは何なのか」といった問いが設定されている。
具体的には、マンガの定義、ポップアート、偉大とされる作家、傑作(マスターピース)とされる作品、ハイブロー・コミック(マンガ雑誌「Raw」)とロウブロー・アート(アート雑誌「Juxtapoz」)、マンガ・コレクターとオークション・ハウスといったトピックが、社会的・文化的に承認されていくマンガという視点から語られていく。
マンガを形式的に定義付けることの限界が意識されはじめ、最初から自明なものとして存在したのではなく、次第に自律性を獲得して社会的・文化的に承認されていった制度としてのマンガに注目が集まっている昨今では、本書のようにピエール・ブルデュー氏の「場」概念や、アーサー・ダント氏の「アートワールド」、あるいはハワード・ベッカー氏の「アート・ワールド」といった概念を援用した研究が目立つようになってきた。
アメリカのマンガについてこのような視点から論じた書物としては、ビーティー氏が訳したジャン=ポール・ガビエ氏の『マンガと男たち:アメリカン・コミック・ブックの文化史』や、ポール・ロペス氏の『誇りを求めて:アメリカン・コミック・ブックの発展』(Demanding Respect: The Evolution of the American Comic Book,2009年)などが挙げられる。
『マンガと男たち』は、文化的承認の過程を「可視化」「識別」「承認」という3段階に分け、アメリカン・コミック・ブック全体の歴史をきわめて明快に整理してみせた。
『誇りを求めて』では、アメリカン・コミック・ブックの歴史が「前期産業時代」(1930年代から1960年代)、「後期産業時代」(1960年代から1970年代)、「英雄たちの時代」(1980年代から現代まで)に区分され、マンガ・マニアたちのファンダム運動と、ヒッピー文化を背景としたComixムーブメントの合流点である1980年代を、新たなマンガ文化が確立された時代として描きだしている。
以前に紹介したことのある、日本におけるマンガとアートの関係を取り扱った「美術フォーラム21 特集:漫画とマンガ、そして芸術」や、フランスにおけるマンガの文化的承認をテーマにしたグルンステン氏の『未確認文化物体』(Un objet culturel non identifié、2006年)などと合わせて読みたい1冊だ。
『コミックスvs.アート』トロント大学出版局