●アニメーション産業2015年の傾向と2016年の展望
2016年も早くもふた月目に突入したが、昨年の末を賑わせたのは映画『スター・ウォーズ』シリーズ10年ぶりの新作公開と、二週連続でその観客動員数を上回った『妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』の健闘だった。年間興行収入ランキングにおいても2015年は1位から10位に『妖怪ウォッチ』『バケモノの子』『名探偵コナン 業火の向日葵』と国産アニメーションが3本入り、これに『ミニオンズ』など日本以外の国のアニメーションも加えれば、ベスト10の半数がアニメーション映画。しかも日本のアニメーションは11位と12位にも、『ドラえもん のび太の宇宙英雄記』と『ドラゴンボールZ 復活の「F」』が続いている。
●ファミリー層とコアな観客層に向けたアニメーション映画の両面作戦
むろんこの傾向は今に始まったことではないが、『スター・ウォーズ』のように公開する国を問わず広く人気を集めるエンターテイメント作品として、邦画では実写に替わってアニメーションがその座に着いたことは確かだろう。
その一方で宮﨑駿の引退を受け、ジブリアニメーションの全盛時代は終わりを告げようとしているものの、毎年恒例となった『ドラえもん』『名探偵コナン』『クレヨンしんちゃん』『プリキュア』『それいけ!アンパンマン』『ポケットモンスター』のシリーズは10年、20年、30年という長いスパンを経てもなお勢いは衰えず、(波はあるものの)収益を上げ続けている。しかも限定公開から始まって興行収入28億円を超える大ヒット作となった『ラブライブ! The School Idol Movie』も昨年は話題になったが、2016年もすでに『ガールズ&パンツァー 劇場版』の快進撃が伝えられ、これらテレビシリーズの人気を受けた続編、総集編などにオリジナル作品も加えると、2015年に公開された国産アニメーション映画は60本近く。その全部がヒットしたわけではもちろんないが、それだけの作品数が展開することによってファミリー層とコアな観客層、双方のニーズにアニメーション映画が応えているというのが、アニメーションサイドからの邦画の現状の見取り図である。
さらに別の角度からアニメーション映画の2015年見てみると、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のようにOVA(オリジナルビデオアニメーション)の劇場での先行公開と併せてイベントを行う"イベント化"の傾向が顕著になったこと。これは2012年から公開された『宇宙戦艦ヤマト2199』が新旧のファンを動員した成功例を一つのモデルとして、尺一時間程度であっても映画館での鑑賞に耐えるハイクオリティなOVAを制作し、それを限定された劇場で先行公開するという、コアなファンを囲い込む方式が次第に定着しつつあることを示している。
この公開に際して、作品のスタッフや声優を招いてのトークショーの開催、さらに作品関連グッズの集中的な販売などを行うことが"イベント"と言われるゆえんであり、劇場版『プリキュア』や『プリパラ』のように作品自体がイベント性を強く持ったアニメーション映画の新たな展開、そして映画化ならぬアニメーション作品の舞台(演劇・ミュージカル)化、アニメーション音楽コンサートの盛り上がり等と合わせて、今後も多種多様なアニメーションのイベント化の流れが加速していくと見ていいだろう。
また2015年のアニメーション映画の新たな動きとして『リトルウィッチアカデミア 魔法仕掛けのパレード』のように、クラウドファンディング(インターネットを通した一般からの投資募集)方式で作られた作品が登場したことが挙げられる。これは株式会社トリガーが自主制作した短編をネット上で公開した際に、新作への投資を募ったことが功を奏したものだが、今秋公開予定の『この世界の片隅に』も監督自らが投資を募って制作にこぎつけた作品であり、同様の試みが数こそまだ少ないものの、同時多発的に行われている。デジタル環境を活かしたこれまでにない草の根方式だけに、今後既存の興行にどこまで食い込めるか、その行方を見守りたいと思う。
●大きな岐路に立つテレビアニメーション
さて、ここまで示したアニメーション映画の活況とは裏腹に、アニメーション業界全体を見渡してみれば、映画にそのような突破口を求めざるをえない大きな変化に脅かされたのが2015年であった。それはテレビのみに一極集中していた電子映像配信事業がインターネット、そして「dTV」「hulu」「Netflix」のような(既存のテレビ局以外の企業による)定額動画配信サービスの展開によって、急速にその座を奪われ始めたためである。パソコンやタブレット、スマートフォンで番組を見る時代の到来は、DVDやBD(ブルーレイ)のような映像パッケージのニーズを相対的に引き下げ、とりわけ海賊サイトからの番組違法配信によって打撃を受けてきた日本のテレビアニメーションにとっては、さらなる激動を告げるものであったろう。
動画配信サービス会社どうしの競争激化によって、その傾向が顕著になったのが2015年ということであり、特にDVDやBDのセールスによって制作費を捻出してきた深夜アニメーションの一般的なビジネスモデルは、DVDやBDのようなメディアそのものの将来性と共に岐路に立たされていると言ってもいい。この流れに対して、フジテレビジョンが『劇場版 PSYCHO-PASS』『屍者の帝国』のようなオリジナル・アニメーション映画の制作に乗り出すなど、動画配信サービスの普及を見据えて新たな企業領域に進出するテレビ局の動きも目立っている。
今後はテレビアニメーションのスポンサーの主流となっている"製作委員会(制作費を合同出資し、権利を配分するために、複数のアニメーション関連会社が集まったもの)"に動画配信サービス会社も加わるなどして、有力な映像コンテンツとしてのアニメーション作品の調達にさらに拍車がかかると共に、アニメーション制作会社もテレビやビデオディスクでの展開に留まらない、より多様な形での作品制作が求められていくことになるだろう。さらに動画配信サービスのような先端メディアは、映画『STAND BY ME ドラえもん』が100億円を超える興行収益を挙げた中国のような、海外マーケットの開拓を進めるうえでも有利に働くことが期待できる。
●デジタルが開く未来と残された課題
また肝心のアニメーションの制作そのものを支えるシステムとして、CG技術への現場への導入が進められていることは改めて指摘するまでもないが、2015年もまた、その成果を大いに実感できる年となった。人物を手描きで、メカニックをCGで描いてそれぞれの質感を表現し、さらに同じ画面の中で違和感なく同居させる技術については先述の『ガールズ&パンツァー 劇場版』でその最前線が示され、さらに人物もまた、手描きに似せた"セルルック"CG技術で表現した作品では、『劇場版 蒼き鋼のアルペジオ Cadenza』がその洗練の極みを見せてくれた。ポリゴンの時代から遠く離れて、もはやセルルックCGと手描きとを区別するのが困難なほどに、アニメーションはデジタルの世界に踏み込んでいるといっても過言ではあるまい。
しかも2014年に3DCGで作られた『STAND BY ME ドラえもん』が大ヒットを飛ばしたように、国産のCGアニメーションはコアなファンばかりでなく、すでに一般の観客層にまで浸透しつつあることも見て取れる。さらにテレビアニメーションでは2015年に、『GOD EATER』のような油彩画に近い質感を表現した意欲作まで登場している。
しかしそこから別の方向に話を広げるなら、その『GOD EATER』が何度も特別番組(作品制作のドキュメンタリー)を挟んだ後、第9話までの放映で未完に終わってしまった(今年3月に第10話以降を放映予定)のも2015年であった。『GANGSTA.』の終了と共に制作会社の株式会社マングローブが倒産し、制作中だった映画『虐殺器官』が公開延期となったこともまだ記憶に新しい。
新作だけで年間200シリーズに及ぶテレビアニメーションの放映本数はおおまかに例年どおりであったとはいえ、一方で新作映画の増加、CG技術のスキルアップなどによる制作現場の負担は確実に増しつつあるはずで、そのことからテレビシリーズにおける総集編や特番の挿入、アニメーション映画の公開延期などが常態化しつつあるというのも、今のアニメーション業界におけるもう一つの現実である。その実情に対して、とりわけ人材育成が追いついていないという課題も、いまだに残されたままとなっている。
つまりは業界としての展望はあっても、その展望に追いつく制作体制という意味では不十分なまま、なお映像エンターテインメントの先端産業という重責を担わされているのがアニメーション制作会社ということになるだろうか。JAniCA(日本アニメーター・演出協会)による「アニメーション制作者 実態調査報告書 2015」からは、その理想と現実の間で仕事に従事する人々の肉声が生々しく伝わってくる。2016年の展望はいくつも示せても、やはり現場の改善なくして真の展望は開けないのではないだろうか。
(霜月たかなか)