タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業 京都市立芸術大学芸術資源研究センターワークショップ
「メディアアートの生と転生――保存修復とアーカイブの諸問題を中心に」
•日時:平成28年2月14日(日曜日)13:30~16:45(13:00 受付開始)※終了
11:00~13:00 修復された《LOVERS》の公開(申込不要。修復作業の設置状態での鑑賞ですので、通常の作品の鑑賞とは異なります)
•会場:元・崇仁小学校(京都市下京区川端町16)
京都市立芸術大学芸術資源研究センターでは、文化庁平成27年度メディア芸術連携促進事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」として,古橋悌二《LOVERS―永遠の恋人たち―》(1994年)の修復を行なった。
アーティスト・グループ、「Dumb Type」の中心的メンバーであった古橋が94年に制作した本作は、水平回転する7台のプロジェクターによって4つの壁に映像が投影される映像インスタレーションであり、コンピューター・プログラムによる制御や、観客の動きをセンサーが感知するインタラクティビティが組み込まれ、男女のパフォーマーによる映像と音響の作用を全身で体感することができる。今回、修復が行なわれたのは、2001年のせんだいメディアテーク開館記念展に際して再現制作されたバージョンであり、両者ともアーティストでDumb Typeメンバーの高谷史郎が携わった。本ワークショップでは、修復された《LOVERS―永遠の恋人たち―》の公開とともに、メディアアートの保存修復やアーカイブ事業に取り組むアーティスト、学芸員、研究者による発表とディスカッションの場が設けられた。
修復を手がけた高谷と、芸術資源研究センター所長でアーティストの石原友明による対談では、まず高谷が、今回の修復作業の概要について説明した。メディアアート作品に用いられるテクノロジーは絶えず発展・更新されるため、あくまでも「その時のベスト」に過ぎず、絵画や彫刻といった美術作品の「完成」とは異なる考え方が要求される。従って、メディアアートの「修復」作業とは、オリジナルの状態に戻すことではなく、どの要素をキープしてどこを変更するのかが問われることになる。
今回の修復では、主としてプロジェクターを最新機器に交換するとともに、オリジナルバージョンにはあった、天井からのプロジェクションを改めて再構築するというハード面でのアップデートが行なわれた。さらに、今回の修復バージョンの将来的な劣化を想定して、「古橋がこう想像していただろう」と考えられるアイデアルの状態を想定し、デジタル化した元のアナログビデオの映像をもとに「次の修復」に備えたシミュレーターの作成が行なわれた。つまり、映像をデータとして解析・数値化することで、今回の修復に関わったスタッフがいなくても、プログラマーが読み込んで再現・検証が可能になるという。
このシミュレーターの役割について、石原は、音楽やダンスにおける「記譜」と共通するのではないかという示唆に富む指摘を行なった。シミュレーター=メディアアートの記譜として捉えることで、無形、仮設性といった特徴を持つ作品の保存や継承のあり方について、より広い視野で考えることが可能になる。
ただし、メディアアートの場合、物質的なハード面での技術的更新が不可避的に伴う。この点について、メディアアーティストの久保田晃弘は、三上晴子の《モレキュラー・インフォマティクス―視線のモルフォロジー》(2011年にYCAMで再制作されたバージョンは《Eye-Tracking Informatics----視線のモルフォロジー》)が技術的発展とともに4バージョンの展開を遂げたことを例に挙げて、メディアアート作品には、技術的進歩とともに新陳代謝的にアップデートしていく性質が内在しているという捉え方を提示した。これは裏返せば、現物保存の原則やモノとしての「オリジナル」作品概念に固執していては、メディアアートの修復や保存は困難であるということだ。また、高谷が行なったシミュレーターの作成も、作品の保存修復のための技術や情報をオープンにすることの必要性を示しており、この点においても、「門外不出の独自の技法」といった近代個人主義的な作家観は妨げとなる。
もちろん、制作時に使用されたオリジナルの機器やアナログ映像を「資料」として現物保存することも重要だが、それと作品の(再)展示とは分けて考えるべきだろう。ハード面は新しく乗り換えながらバージョンアップを図り、逆にどの要素を本質的なものとして残すべきか。ここには、作品の解釈に関わる繊細な議論も含まれる。今回の修復では、高谷がDumb Typeメンバーであり、海外での展示の際に存命中の古橋とかなり話し合ったという個人的な関係も大きく寄与している。作家の他界によって過去の重要作が公開不可能になってしまう事態を避けるためにも、これからの課題として、美術館における作品収集の姿勢の柔軟性、メディアアートの修復技術者の養成、「作品の保存修復」を大学教育で重視すること、展示状態の記録や展示に携わった人のインタビュー(オーラルヒストリー)を集めることの重要性、といった様々な指摘がディスカッションの場で提起された。
タイムベースト・メディアを用いた美術作品の収集・保存に対して美術館が二の足を踏んでいると、わずか数十年前の作品が見られなくなってしまうという事態が起こりかねない。これは、将来の観客の鑑賞機会が奪われるだけでなく、後の検証可能性がなくなることで、批評や研究にとっても大きな損失となる。歴史的空白地帯を残さないためにも、アーティスト、技術者、美術館、大学、研究者が連携して保存修復に取り組むことが求められており、本ワークショップがその端緒となることを願う。