2013年10月12日(土)、シンポジウム「マンガのアルケオロジー 視覚的な物語文化の系譜」が学習院大学で開催された。基調講演および三つの発表からなる第1部と、その登壇者たちが討議を行う第2部からなる二部構成で、休憩を含めて計四時間半に及ぶイベントだったが、研究者から一般の方まで、100名強を集める盛況となった。今日、「マンガ」という言葉はごく当たり前のものとして人口に膾炙しているが、その「アルケオロジー」、すなわち「考古学」はいかに探求されうるのか。この問いに対する最新最良の応答とも呼べる今回のシンポジウムについて、以下、簡単なレポートを行う。

マンガの起源をめぐって

イベントの幕を開けたのは、夏目房之介氏(学習院大学教授)による基調発表「マンガ史再考のために」である。夏目氏はまず、ここ十数年のマンガ研究の動向の中で、従来のマンガ史観が相対化されつつあることを指摘する。1970年代以降の日本のマンガ論で確立された史観のもとでは、手塚治虫をその起点と見なす戦後マンガ史が構築されてきた。しかし、若い世代の研究者の登場や、海外のマンガ論との交流の中で、手塚を起源とするこのような見方は再検討に付されている。それはつまり、明治期以降に「漫画」と呼ばれるようになったこのジャンルが、もともとどれほど多様で曖昧な領域であったか、に改めて目を向け直すという試みでもある。

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夏目房之介氏によるイベント開始の挨拶。大学主催の学術的なイベントながら、多様な客層が詰めかけた。

夏目氏はこうした現状を確認した上で、問題提起として、これまでの日本のマンガ批評・研究において重視されてきた「コマ」の問題を取り上げる。氏は、日本中世の絵巻や、江戸期に出版された手品の入門書、西欧の影響を受けた明治の「ポンチ」本、さらには西洋中世の宗教画まで、古今東西の文化史上に見られる「コマ的なるもの」の事例を紹介し、それらを今日我々が考えるマンガの「コマ」と比べたとき、歴史の連続性と非連続性が問われることになると指摘したのだった。


絵巻とマンガ、似ているけれど違う?

この基調発表を受け、続いて登壇した山本陽子氏(明星大学教授)の発表「日本美術史から見たマンガ」は、主に平安期の絵巻を取り上げ、氏の専門である日本美術史の観点から、マンガ表現との共通性と相違を論じた。絵巻の表現というのは、「鳥獣人物戯画」を筆頭に、これまでのマンガ論の中でも繰り返し言及されてきたものであり、それらをマンガの起源とする説も広く流布している。しかし山本氏が強調するのは、むしろ絵巻とマンガとの間の断絶である。たとえば絵巻には、物の動いた軌跡を表す線や、人や獣の口から音声が発されていることを示す線など、マンガの「動線」によく似た表現が見られる。しかし山本氏は、声を表すための線の表現の背景には、「声明(しょうみょう)」(お経の節回し)を音符のように示していた(平安当時の)慣例的な記号表現が見出せると指摘する。つまり、外見上は似ている表現であっても、その表現を生み出すにいたった文化的な背景は、それぞれに独自のものである可能性が示唆されるのである。こうして山本氏は、平安時代の絵巻に見られるマンガ的な表現は、歴史的には断絶しており、現代のマンガへ直接受け継がれたわけではない、と主張する。

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山本陽子氏の発表中の様子。会場前方の大スクリーンを使い、ふんだんに図版が紹介された。

同時に、氏の発表は、両者の差異を論じるだけでなく、ではなぜ似た表現が生まれたのか、というところまで問いを広げていく。そして、平安期の絵巻や現代のマンガ(さらに江戸末期の浮世絵など)が生まれてきた背景には、大人が「大人げないもの」に夢中になれることを許容するような、時代的・社会的な状況があったと指摘する。つまり、もともとは「字が読めない者」や「女性」、「子ども」向けのものとして軽視されていた「大人げない」ジャンルに、批評家のような存在が現れたり、互いに比較される機会が出てきたり、また専門家も素人も作品を制作することでジャンルの裾野が広がり、そうして大人も真剣に没頭できる文化的な状況が作られていったのではないか、というのである。
こうして山本氏の発表は、「似ている」というだけの理由でついマンガの起源を絵巻まで遡ろうとしてしまう一般的な傾向に批判を加えた上で、両者の関係性を新たな観点から考察していくべきことを提唱するものであった。

海外へ、あるいは戦前へ

続く佐々木果氏(マンガ研究者・編集者)の発表「欧米文化としてのマンガ」は、マンガを含む日本文化が、海外との交流の中で育まれてきたものであることを前提に、「物語文化」としてのマンガを考える上で、コマとコマを繋ぐことの問題、絵と絵を並べることの問題に特に着目し、それを西洋近代における表象文化史の観点から考察するものであった。氏はそのために、13~14世紀に活躍した宣教師であり、記号論理学の源流ともされるライモンドゥス・ルルス(1235頃-1315)という人物の思想を手がかりに、「断片化」というキーワードを打ち出す。つまり、マンガへといたる西洋文化史の背景には、世界の事物をいったん記号の断片へと分解し、それらの組み合わせによる関係性から意味を生み出す、という考え方があったことを指摘するのである。佐々木氏は、フランスの思想家・哲学者であるミシェル・フーコー(1926-1984)や、日本で視覚文化論を展開してきた第一人者である高山宏氏らの議論を参照しつつ、こうした発想を紹介し、マンガと関連する事例(ウィリアム・ホガースによる18世紀の連作版画や、マンガの祖とされるロドルフ・テプフェールの19世紀の作品など)を論じてみせた。
第1部を締めくくった野田謙介氏(マンガ研究者・翻訳者)の発表「学習院大学・川崎市市民ミュージアム共同研究について」は、本シンポジウムを主催している学習院大学が、マンガ関連の資料を多数所蔵している川崎市市民ミュージアムと提携して進めているプロジェクトの報告発表である。その意味で、他の発表とはいささか性質を異にするが、目下調査中である下川凹天(しもかわ・おうてん)というマンガ家について、その研究の意義を紹介することで、具体的なマンガ史研究のためのモデルケースを提示する発表ともなった。1892年生まれの凹天は、明治期以降の日本マンガの祖とされる北沢楽天(1876-1955)や岡本一平(1886-1948)の世代と、やはりこれまでのマンガ史で重視されてきた横山隆一(1909-2001)や近藤日出造(1908-1979)の世代との間に位置し、当時のマンガ界にあって多くの交友関係を持っている。彼を調査することで、まだまだ研究の蓄積が少ない戦前マンガの理解に、奥行きのもたらされることが期待される。


マンガ研究のこれから―――まとめと展望

休憩を挟んだ第2部では、第1部での登壇者に、日本マンガ史を専門とする宮本大人氏(明治大学准教授)が加わり、討議が行われた。まずは山本氏から、日本美術の中にはもともと「コマ」の形式があったにもかかわらず、それが物語を伝える手段として普及しなかったのは、当時の「コマ」がもっぱら「宗教」や「教訓」を分かりやすく伝えるために用いられていたために、大人の鑑賞者にとっては野暮なものだったから、粋でなかったからだとする見解が示された。続いて宮本氏からは、娯楽の必須条件として「分かりやすさ」が求められるようになったことは、大衆文化の発生と関わる問題だとの指摘があった。こうした議論を受けて佐々木氏は、いったん薄れた物語性が再び戻ってくる過程として、大きくマンガ史を捉える観点を仮説として提示した。また一方で野田氏からは、フランスにおけるテプフェール研究では、必ずしも「コマ」の問題が最重要視されているわけではないとの指摘がなされ、海外のマンガ論と突き合わせていく必要性が示唆された。

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第2部での討議の様子。左から、夏目房之介氏、野田謙介氏、佐々木果氏、宮本大人氏、山本陽子氏。

多岐にわたった論点のすべてをここで具体的に紹介することはできないが、最後にこのシンポジウムの意義と今後の展望を、筆者なりにまとめておこう。何より押さえておくべきなのは、歴史の連続性と不連続性をめぐる論点である。基調発表を行った夏目氏のレジュメには、「我々は、『マンガ』を近代のメディアであると位置づけている」と明記されているが、今回のシンポジウムの登壇者は、多くがこの認識を抱いている。山本氏の発表に顕著なように、たとえ外見上似ている表現であっても、必ずしも歴史上直接に連続しているとは限らない。マンガの起源を求めて安易に「鳥獣人物戯画」へと遡るような発想に対して、現在のマンガ研究の水準は全く異なる見解を示しているのである。
ただし、そうして歴史の不連続性だけを強調し、全くの別ものと見なしてしまうこともまた危険だろう。「コマ的なるもの」をはじめ、「マンガ的なるもの」は歴史上様々な形で存在しており、それらと今日私たちが知る「マンガ」との関係は、多様なものでありうる。そこには何らかの観点から連続性が見出されるのか。そうでなければ、それらの間の共通性と差異を生み出している要因はどこにあるのか。たとえばその一つとして「近代性」が見出されるとして、それはどこまで普遍的な概念たりうるのか。今後のマンガ研究は、これらの問題をより多角的に検討していく必要がある。いずれにせよ、マンガの「考古学」なるものが今後進められるとして、それは単に現代の感覚から「マンガ的」に見えるものを発見し羅列していくだけの作業であってはならず、そもそもマンガとは何なのか、歴史上のどこに連続性と不連続性を見出すべきなのか、その論拠となる観点は何なのか、といった問いを複合的に積み重ねていかねばならないだろう。今回のシンポジウムは、そのことを深く印象づけるイベントとして、記憶されるべきものと思う。
なお、本イベントからの連続シンポジウムとして、文化庁主催「マンガのアルケオロジー2 マンガ研究とアーカイブ」の開催が2014年1月に予定されていることを付言しておく(下記、情報あり)。

ご案内

連続シンポジウム・マンガのアルケオロジー2

「マンガ研究とアーカイブ」
【日時】2014年1月26日(日)13:00~
【場所】政策研究大学院大学(東京・六本木)
講演:清水勲  報告・討議:表智之、宮本大人、吉村和真、他(予定) ※敬称略
主催:文化庁
※詳細はこちらのWEBサイトtwitter Facebookでお知らせします。