アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰し、次代のクリエイター育成を目指す文化庁メディア芸術祭。

メディア芸術の総合フェスティバルとして、分野を横断して作品を楽しむことができる同芸術祭は、今年度の作品募集を終え、現在は12月の受賞作品発表に向けて審査が進んでいます。

2013年2月に開催される受賞作品展は、各分野の受賞作品を一度に鑑賞できる貴重な機会。それに先駆けて本サイトでは、同芸術祭に深く関わる人たちへのインタビューを手がかりに、文化庁メディア芸術祭について考えていきます。

連載第1回目は、グラフィックデザイナーとして活躍する佐藤卓さんの登場です。今回から採用された文化庁メディア芸術祭のシンボルマークのデザインを担当し、過去には審査委員を務めたこともある佐藤さんにお話を伺いました。

 

関係性のなかでアートを模索する場

佐藤さんは、文化庁メディア芸術祭アート部門の審査委員(第11〜13回)を務めた経験をお持ちです。佐藤さんにとって文化庁メディア芸術祭の意義とはなんでしょうか?

 

メディア芸術祭は、人や作品との関係性のなかでアートを模索する場だと思います。アーティストが作品をつくり、観客がそれを見るという一方通行の受け止められ方ではなく、双方向的なコミュニケーションがここにはある。つくり手と受け手の「密」な関係のなかで、アートの可能性を広げていける場が、メディア芸術祭だと思います。

 

過去の受賞作を見ると、作品を通じて、観客や体験者のコミュニケーションの場がつくり出されるようなものが多く選ばれていますね。人間を重視した作品と言えるかもしれません。

 

人というのは、計り知れない能力・感覚を持った生き物です。まだ発見されていない人の可能性を、コミュニケーションのなかから発掘していこうという意志を、メディア芸術祭の出品作から強く感じますね。

優れた作品とは、これまで触発されたことのない感覚を刺激するものだと思います。未知の感覚ですから、当然最初は「え、なんだこれ?」と思うけれど、その面白さを徐々に理解していくことで可能性の扉が開かれていく。コミュニケーションのなかからそれを見つけていくプロセスが、とても重要なのだと思います。

 


コミュニケーションのきっかけをデザインする

商業デザインの現場では、「商品のここをアピールしたい」というように目標が示される依頼が多いですね。それは、文化庁メディア芸術祭とはかなり異なる世界だと思うのですが、はじめて審査委員として参加した際、佐藤さんはどのように感じましたか?

ロッテ ミントガムシリーズ パッケージ

 

最初はやっぱり驚かされました。イラストレーションや立体物であれば、かたちがありますから作り手が目指しているものを一応は理解できます。ですが、パフォーマンスやプロジェクト形式の場合、実物を見ることができないので全体像が掴めない。ある意味で、審査委員の目の確かさが問われます。

ただ審査を重ねていくにつれて、自分の仕事とも共通する部分があることに気づいたんです。例えばロッテの「ミントガムシリーズ」のパッケージデザインです。同じペンギン模様が一列に整列していて、そのうちの一羽が突然手を挙げていたとしたら、どういう反応が現れるだろうと思ってデザインしました。それを見つけた人は、きっと友だちや親しい人に教えたくなるはず。その瞬間にコミュニケーションが生まれる。人と人とがつながっていく仕組みをデザインに入れ込んだわけです。そして、それは今も時々変化しているんですよね。

 

今もデザインを更新しているんですか?

 

一箱のなかにひとつだけ変なのが混ざっていたり、9枚入りのなかに別のグラフィックが入っていたり、っていう仕掛けをもう20年くらい続けています。それもアナウンスもせずに(笑)。

商品を売るためだけの仕掛けではなくて、コミュニケーションが発生するきっかけを忍び込ませているんです。デザインとしても機能しているのだけど、そこにデザインを越境した要素が加わることで、より多くの人にメッセージが届くんです。

 

アートの要素を、デザインの器に乗せて流していくんですね。

 

売り上げにはそれほど関係しないですが、そういう試みをしたくなるんです。僕はデザイナーですから「これがアートですよ」とは自分からは言わない。でも、時々これはデザインの領域を超えているのかな、と思うことがあります。

そのデザインとアートの境界線というのが、じつはメディア芸術の領域とも重なっているんじゃないかという気がします。ですから自分のなかでデザインの仕事とメディア芸術の世界というのは、完全に分断されているわけではない。その中間の領域があって、そこが大変面白いと思います。

 

文化庁メディア芸術祭がその受け皿にもなっているということですね。

 

そうですね。デザインとアート、それぞれの極に受け皿はあったけれど真ん中には何もなかった。メディア芸術祭はちょうど良い具合に、受け皿を置いてくれているような気がしますね。

 


見る人とコミュニケーションするシンボルマーク

今回の文化庁メディア芸術祭のために、佐藤さんは芸術祭全体のシンボルマークをデザインされました。どのような意図で制作されたのですか?

 

文化庁メディア芸術祭シンボルマーク

メディア芸術祭の事務局の方から、「芸術祭を今後どのようにアピールしていくべきか?」という相談を受けたのがきっかけです。

お話を重ねるなかで、芸術祭全体を象徴するシンボルマークが存在しないという話になったんですよ。同じデザインを使わずに、毎回変化していくというのもメディア芸術のあり方を表しているかもしれない。ただ、一般の人たちにとって、掴みどころのない、よく分からないものになってしまっている恐れもある。ですから、パッと見たときに多くの人が「ああ、あの芸術祭だね」と認識してもらえるようなマークが必要なのでは、ということになったんです。

ですが、単純にシンボルマークをつくるのではなく、メディア芸術祭の特徴である「変化」を伝えるものにしたかった。そこで提案したのが、見る人とコミュニケーションするマークというコンセプトです。メディア芸術祭のウェブサイトにアクセスすると分かるのですが、更新するごとに円と直線の位置関係が変わります。

 

たしかに、円に対して直線がタテになったりヨコになったり移動していますね。

 

これは分かりやすい「変化」の例。もう1つ、人間の生理現象である錯視も利用しています。この直線、ちょっと歪んで見えませんか? 複数の円のなかに直線が重なることで、線がぐいっと曲がって見える。それから円自体もぐるぐる回っているように見えます。

円も直線もまったく動いていないのだけど、網膜から脳に情報が伝達される過程で不思議な状況が起きているわけです。ある意味で、見る人それぞれの脳のなかでデザインが見えるとも言える。

この現象自体は昔から知られているもので、ゾートロープや幻灯機に利用されてきました。これって、メディア芸術の原点だと思うんです。過去に遡ってみると、これはメディア芸術と呼べるだろう、というものがたくさんあります。もちろん、当時それらはアートとは呼ばれていなかった。でも、そういう既存のものを取り込みながら新しい表現を探っていく場こそ、メディア芸術祭ですから。

 

デザインを通じて、メディア芸術の理念を具体化してみせるという作業はいかがでしたか?

 

とてもおもしろかったです。メディア芸術祭には、インタラクティブな要素のあるメディアアートから、動かないイラストレーションやマンガまで本当に多様な作品が応募されてきます。例えば動かない表現であったとしても、対象と人間との関係性のなかで刻一刻と変化することもありうるわけです。

その多様性を大切にしようという意味でも、このシンボルマークが表現を規定するものであってはいけない。「メディア芸術祭ってこういう感じでしょ」と思われてもいけない。抽象性の高さを目指しつつ、芸術祭のシンボルマークとして広く親しまれるギリギリのバランスを検討した結果が、この円と線を組み合わせたマークなんです。

 

アノニマスなものでありつつ、誰にとっても共有できるものを目指したんですね。

 

そういうことです。円も線も誰もが知っているかたちですし、円を細い線で重ねていくと、錯視の効果でぐるぐる回って見えるという現象を体験したことない人ってたぶんいないですよね。みんな「あるある」と思う。普遍性が大事なんです。

 


「お祭り」もメディア芸術!?

最後の質問です。佐藤さんは今後メディア芸術と芸術祭はどのように変化していくと思いますか?

 

インタビュー 佐藤卓デザイン事務所にて

物を包む手法で空間を異化する、クリスト&ジャンヌ=クロードというアーティストがいます。僕がディレクターを務める「21_21 DESIGN SIGHT」でも個展をやっていただいたのですが、彼らは世の中の制度をかいくぐるようにして作品を発表していますよね。

1995年にドイツの国会議事堂「ライヒスターク」を梱包したときには、作品実現の是非を巡って国会で議論されています。クリスト&ジャンヌ=クロードにとって自分たちの表現を成立させるためには、社会全体を巻き込み、動かしていく必要があるし、むしろそういう議論のムーブメントに望んで立ち向かっているようにも見える。これは、現在のメディア芸術にも非常に近い部分があると思います。アーティストでもあり、キュレーターでもあり、プロデューサーでもある。これからのメディア芸術に必要なのは、クリスト&ジャンヌ=クロードのような姿勢なのかもしれません。

同時に、作品を審査する側にも新しい視点が求められるでしょう。「これは100年かかるプロジェクトです。100年後にならないと結果は分かりません」なんて作品が現れたら、どう受け止めればいいんだろうって思いますよね。終わりが存在しない作品だってありうる。「永遠に継続するための仕組みを考えました。それが作品です」とか。(笑)

 

それはリアクションに困りますね。でも同時にワクワクします。

 

そうなんです!

そういう見たことも聞いたこともない提案だって、メディア芸術祭には入ってくる可能性がある。だからこそおもしろい。

例えば「お祭り」なんかも似た領域にあるものだと思うんですよ。数百年以上つづいているのは何故か。そこに目的はあるのか。地域のなかで継続しつづけることで、あるコミュニティを成り立たせるための装置が「お祭り」なのかもしれない。そう考えると、コミュニケーションを問うメディア芸術の可能性はあらゆる場所に潜んでいる。

メディア芸術祭は、普通のコンペティションの枠に収まらないような作品を受け止めて、議論し合う場であってほしいと思います。さらに、その議論に刺激を受けて「あ、こんなことがアートの領域に入ってくるのか!」と若い人たちが刺激を受けてくれれば嬉しい。そういう連鎖が、どんどん起きると面白いんじゃないでしょうか。

ですから、僕はメディア芸術祭を「可能性のプラットフォーム」と呼びたいんです。

 

聞き手・文章:島貫泰介
撮影:御厨慎一郎

 

プロフィール
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」等の商品デザイン、「ISSEY MIYAKE PLEATS PLEASE」グラフィックデザイン、「クリンスイ」グランドデザイン、「武蔵野美術大学 美術館・図書館」ロゴ、サイン及びファニチャーデザインを手掛ける。また、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」企画及びアートディレクション・「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHTディレクターを務める。著書に『デザインの解剖』シリーズ(美術出版社)、『クジラは潮を吹いていた。』(DNPアートコミュニケーションズ)。第11〜13回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員。(第13回はアート部門の審査委員主査を務める)

平成24年度[第16回]文化庁メディア芸術祭開催概要

受賞発表:2012年12月中旬

受賞作品展:2013年2月13日(水)〜2月24日(日) ※2/19(火)休館

会場:国立新美術館(東京•六本木)他

文化庁メディア芸術祭公式サイトhttp://j-mediaarts.jp

主催:文化庁メディア芸術祭実行委員会

企画・運営:CG-ARTS協会