日本を代表する個人アニメーション作家の一人として、数々の国際的な賞を受賞してきた山村浩二。彼の短編アニメーション作品9篇をオムニバス形式で劇場公開したのが『山村浩二 右目と左目でみる夢』だ。作品の性格上あまり映画館での鑑賞の機会に恵まれない短編アニメーションだが、本作は数多くの山村作品をスクリーンで堪能できる貴重な機会となった。


『右目と左目でみる夢』チラシ
©Yamamura Animation

『山村浩二 右目と左目でみる夢』としてまとめられた9篇の中でも、特筆すべき作品はアヌシー国際アニメーション映画祭の短篇部門に選出された『サティの「パラード」』(2016)だ(註1)。
本作はバレエ「パラード」の初演100年を記念して制作された。原作となった「パラード」は、作曲をエリック・サティ、台本を詩人のジャン・コクトー、美術や衣装を画家のパブロ・ピカソと、当時の先端的な芸術家が集まり作り上げたバレエ作品で、そのスキャンダラスで前衛的な表現から後進の芸術家たちに大きな影響を与えた。演目のテーマとなっているのはサーカス団の客の呼び込み(パラード)だ。ピカソのデザインによるいびつな形の服を着たアメリカ人、フランス人の2人のマネージャーと、中国の奇術師、アメリカの少女、アクロバットをする2人組、そして馬が、踊りや芸で客を呼び込むという内容になっている。

技術によって憑依させたサティ

アニメーションでは、山村が20代の頃から好きだったというウィレム・ブロイカー楽団の演奏による「パラード」と共に、100年前の初演当時の熱狂が再現される。山村らしい躍動する線で戯画化された彼ら登場人物たちが、音楽に合わせて、時に規則的に、時に観客の予想を裏切るように動き出し、観る者の視線を舞台の上に釘付けにする。画面端に緞帳が描かれていることにより、スクリーン全体を一つの舞台のように見せる演出も印象的だ。登場人物たちのそれぞれの動きがズームされるのではなく、観客は自分の目でフォーカスする場所を選ぶことになる。バレエの舞台構造を取り入れることで、観客として映像を見ながらも、さらにその映像の中で観客になるようなメタ感覚が生じるのだ。
老若男女を画面に引き込むプリミティブなアニメーションの楽しみに溢れている本作だが、同時に山村は「パラード」が持っていた、シュルレアリスム(註2)やダダイズムの先駆けとなった様々な試みを、敬意とともに引き継いで作品に取り入れている。例えば上演当時に音楽や衣装で志向されていたコラージュだ。山村は、楽曲に合わせてアニメーションを制作したのではなく、短い動きが反復するアニメーションを作ってそれらを楽曲に当てはめることで、アニメーションにおいてのコラージュを実現させた。また、時たまサティのエッセイから引用された言葉が、文字だけで映し出されるという演出もされる。「人間の最大の敵とは…人間。」と言ったような意味深で興味をそそられる言葉は、アニメーションと異なるアプローチで「パラード」の世界を構築する。サティのユーモアやニヒリズムを湛えたパーソナルを写し取りたかったという山村の目論見に沿った表現だ。
山村は自らを、憑依型の作家だと語る。原作のおもしろさにどのようにアプローチするかを考えるうちに、原作が乗り移り、キャラクターが自然と心の中から出てくるのだと。本作は、サティとその周りにいた芸術家たちのアヴァンギャルドの熱を、ペンに憑依させることで作られたのだ。


『サティの「パラード」』(2016)
Ⓒ Yamamura Animation

時代も場所も超えて集結した山村浩二の世界

他にも、山村が学生時代から愛するモチーフである怪獣が次々に登場する『怪物学抄』(2016)、東京タワーのある夜の街並みを不思議な動物たちと男がさまよう『Fig(無花果)』(2006)、俵屋宗達の絵巻の優雅さをアニメーションで解釈した『鶴下絵和歌巻』(2011)、日本の神話を魅惑的な筆絵で表現した『古事記 日向篇』(2013)、生き生きとした十二支を描いた『干支 1/3』(2016)、5匹の魚が動き回るiPadアプリ製の『five fire fish』(2013)、ノーマン・マクラーレンのアニメーション『色彩幻想』の抜粋を使い、壁へのプロジェクションマッピングのために縦長の画面で製作された『鐘声色彩幻想』(2014)、舞台演出の映像として生命誕生から哺乳類までの進化を表現した『水の夢(1原生代)』など、多様な作品がスクリーンに登場する。
愛らしいキャラクターデザインや、命を持ったように動く点や線、筆の擦れや紙の質感などを作品ごとに自在に取り入れながら、豊かで多様な読みができる作品を作り上げたことがわかる、才気溢れるオムニバスだ。


左:『怪物学抄』(2016)、右:『干支 1/3』(2016)
Ⓒ Yamamura Animation

(脚注)
*1
『右目と左目で見る夢』というタイトルも、エリック・サティの「右と左に見えるもの(眼鏡なしで)」という曲名から着想を得たという。

*2
「シュルレアリスム」という言葉自体、詩人ギヨーム・アポリネールが「パラード」を形容するために使用した造語である。


(作品情報)

山村浩二 右目と左目で見る夢
劇場アニメーション
2017年
54分
アニメーション・監督:山村浩二
製作・配給:Au Praxinoscope

『怪物学抄』 2016、6分10秒、音楽・ヘンデル
『Fig(無花果)』 2006、4分31秒、音楽・山本精一
『鶴下絵和歌巻』 2011、1分56秒、音響・笠松広司
『古事記 日向篇』 2013、12分06秒、音楽・上野耕路
『干支1/3』 2016、2分00秒、音楽・冷水ひとみ
『five fire fish』 2013、1分28秒、音楽・モーリス・ブラックバーン
『鐘声色彩幻想』 2014、3分38秒、音楽・モーリス・ブラックバーン、エルドン・ラスバーン
『水の夢(1原生代)』 2017、4分15秒、音楽・キャサリン・ヴェルヘイスト
『サティの「パラード」』 2016、14分12秒、音楽・エリック・サティ
http://www.praxinoscope.jp/DRL.html

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