『手塚治虫カラー作品選集』は、手塚治虫が1960年代までに発表した初期作品の中から、幼年誌、学年誌、少女誌に掲載されたカラー作品を最新のデジタル技術を使って復刻した全3巻のカラー作品集。カラー版『ジャングル大帝』は初めての完全復刻版となる。甦った手塚のカラー原稿で、日本マンガの魅力を再発見する。
『手塚治虫カラー作品選集』全3巻
© 手塚プロダクション
知られざる日本のカラーマンガ
日本マンガの特徴を「モノクロのペン画が主流で、カラーが基本のアメリカンコミックやバンドデシネとは違う」と説明する人がいるようだが、とんでもない話だ。1960年代までの子ども雑誌にはオールカラーや2色のマンガが多数収録されていたのだ。人気マンガ家のカラー作品が掲載されることは雑誌のセールスポイントにもなっていて、人気絶頂だった手塚治虫もたくさんのカラー作品を残している。59年春創刊の『週刊少年サンデー』では、創刊号から始まった『スリル博士』、それに続く『0マン』『キャプテンKen』『白いパイロット』『勇者ダン』でほぼ毎回のように手塚のカラーや2色のページを見ることができる。
しかし、単行本化にあたってはカラー作品の収録はコスト面から難しく、また、当時の原稿が見つからないために見送られることも多かった。講談社版手塚治虫漫画全集でもカラー作品は未収録になるか、モノクロ化しての収録となっていたのだ。70年代後半には、文民社の『手塚治虫作品集』にカラー作品がまとめて収められたが、これも絶版になって久しい。
「手塚治虫デビュー70周年記念特別出版」として全3巻で刊行された『手塚治虫カラー作品集』は、初のカラー完全復刻となる『ディズニーランド』版『ジャングル大帝』をはじめ、貴重な作品が多数収録されて、ファンにとって朗報となるだけでなく、日本のマンガ表現の豊穣さを改めて見直す上でも画期的な企画だ。
製版後を意識した色彩計画
手塚のカラー作品には原稿に直接彩色したものと、モノクロ原稿に色指定をして製版したものの2種類がある。やはり見るべきは彩色されたものだろう。
カラー原稿に手塚が使っているのは、さくらマット水彩絵の具。『Prints21』(プリンツ21)2000年秋号に掲載された元チーフアシスタント福元一義へのインタビューなどによれば、アシスタントが彩色するときには手塚がつくったカラーチャートで色の配合などの指示を出し、最後に手塚の手でハイライトやシャドウが入って完成されたという。また、手塚プロダクション資料室長の森晴路によれば、後期は24色を使ったが、60年代はベーシックな11色を組み合わせていたという。独特の淡い色調は、水彩絵具によるものだった。
本書を読んでもうひとつ気づくのは、手塚が印刷効果を念頭に置きながら配色を考えているということだ。
当時のカラー印刷は、現在のシアン、マゼンタ、イエロー、黒の四色分解ではなく、シアン、マゼンタ、イエローの三色分解が主に使われている。黒い部分は色の三原色を合わせることで表現する。色ずれして読めなくなる心配のあるセリフはシアン、柱の文字はマゼンタといった具合に単色で印刷され、人物や背景の輪郭線は三色掛け合わせが一般的だ。そのため、輪郭線は四色分解に比べるとぼんやりしたものになる。手塚は背景にはあまり輪郭線を使わず、色で形をつくることで、キャラクターの輪郭線を際立たせている。そこにはアニメの背景とキャラクターに似たイメージも感じることができる。
大阪時代に描き下ろした単行本『吸血魔団』では、スミと朱で掛け合わせた部分の出来栄えを確認するために、手塚は自ら製版所まで行き、職人の作業を確認したという。それだけ、読者に届いたときの状態を気にしていたということだろう。
最新のデジタル製版技術を駆使した本書では、シアンやマゼンタの単色で印刷された部分もいったん四色分解され、輪郭やコマ枠もきれいに補正されている。そこが残念なところではあるが、細部にまでこだわるとすれば原本に当たるしかない。当時の雑誌のカラーページの雰囲気は本書でも十分に再現されていると言っていいだろう。
(作品情報)
『手塚治虫カラー作品選集』
全3巻
国書刊行会
2016〜2017年
http://www.kokusho.co.jp/tezuka_colorportfolio/
© 手塚プロダクション