第30回東京国際映画祭のアニメーション特集は原恵一だった。2017年で監督業30周年を迎えた原の作品を振り返るだけでなく、期間中のトークイベントでは2018年に公開予定であるという新作のイメージボードも発表された。『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』といった、幼少期に多くの人が親しむ長寿作品を原点としつつ、日本を代表するアニメ監督の一人として評価されるようになったその軌跡を辿る上映企画となった。

『映画監督 原恵一の世界』ポスター

今回の特集上映では以下の9本の作品が上映された。『エスパー魔美』より54話「たんぽぽのコーヒー」と96話「俺たちTONBI」、そして映画『エスパー魔美 星空のダンシングドール』。監督の名を不動のものとした『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』と『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』。そして『河童のクゥと夏休み』『カラフル』『はじまりのみち』『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』といった作家性を強く出してきた近年の作品群である。

原恵一の原点『エスパー魔美』

今回の上映で目を引いたのは、原のキャリアの初期代表作とも言える『エスパー魔美』である。初監督作品である映画のみならず、テレビシリーズからも上映作品が自選された。『エスパー魔美』について原は、自らの創作の原点でもあり、非常に思い入れのある作品ということで、今回上映できたことを嬉しく思っているとのことだ。「中学生の普通の女の子が超能力を手に入れたことで、それまで知らなかった世の中の残酷さや理不尽さに出会ってしまい、それで葛藤するということを中心に、リアリティを持って描きたいと思った」とも当時を述懐する。(註1

上映された作品を振り返ってみたい。テレビシリーズの54話「たんぽぽのコーヒー」は、桶谷顕が脚本を手がけた、アニメオリジナルエピソードとなっている。自然派を志向し田舎で生活する父親と、その生活スタイルに馴染めない息子とのすれ違いが物語の根幹となる作品だ。行き違う父と息子の心象を、都会でのファミリーレストランのハンバーグ、自然の中で茹でたてのタラの芽など、見ているこちらの食欲をそそるような描写を通して描く演出が印象的だ。

96話「俺たちTONBI」は、原が初めて脚本を務めた作品だ。人力飛行機TONBI号を飛ばそうとする受験を控えた4人の高校生たちを中心にしたエピソード。飛行機を飛ばすために魔美は超能力を使うか葛藤するが、パイロットとマネージャーの間にある恋仲に気がついた魔美が、自分の能力を本当に使うべきところがどこなのかを見つけ出すという物語が、魔美だけでなく登場する若者たちの心の成長を伝えている。

映画『エスパー魔美 星空のダンシングドール』は、原の劇場映画監督デビュー作品だ。原作のエピソード「人形が泣いた?」にアレンジを加えた、解散の危機に瀕する人形劇団を救おうとする魔美の物語となっている。この作品も、先に紹介した2作品と同様に、魔美の能力はあくまで補助的であり、魔美を含めた登場人物の人間ドラマとして作られており、原の演出手腕によって、原作のメッセージをより豊かに伝えている。

今回は上映の機会を得られなかったが、原は『エスパー魔美』だけでなく、アニメ『ドラえもん』の演出も多く手がけている。原は藤子・F・不二雄を「最後まで子供向けの作品にこだわり続けた。子供向けの作品を作る作家はすごく責任があると思うんです。それを生涯守ろうとする姿勢に僕は感動するんです」(註2)と評しているが、それは子供向け作品だからこそ妥協のない表現に挑戦してきた原の姿勢にも繋がっていると言えるだろう。

原 恵一 近影
『エスパー魔美』 54話「たんぽぽのコーヒー」
映画『エスパー魔美 星空のダンシングドール』

自分の感動を届けるための演出

原が監督を務めた『クレヨンしんちゃん』のテレビシリーズや映画には、『夜明け告げるルーのうた』でアヌシーアニメーション国際映画祭の長編部門クリスタル賞を受賞した湯浅政明が作画監督や原画として参加している。今回上映された『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』でも、高い評価を得た湯浅の作家性溢れる殺陣のシーンを見ることができる。また、今回上映された『クレヨンしんちゃん』の劇場版2作品で演出と絵コンテとして参加していたのが『ガールズ&パンツァー』シリーズや『SHIROBAKO』などの作品で、高い評価を受けたのが水島努だ。テレビシリーズという時間や予算の制限がある中でも、常に観客に新たな驚きを与えようとする原のサービス精神は水島にも受け継がれていると言える。

2007年にフリーになって以降は、『カラフル』『はじまりのみち』『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』と精力的に劇場作品を手掛け、今回の記念上映では2018年に新たな監督映画も発表された原恵一。しかしながらインタビューによれば、自らはクリエイターという意識がなく、またオリジナリティのある監督だとも思っていないと語っている。作家、漫画家、映画監督など、多くの作り手からたくさんのものをもらい感動できた、その感動の継承者でいたいそうだ。(註3)監督として広く世界に認められるようになった近作までを改めて観ることのできた今回の上映だが、『エスパー魔美』のような初期の原作つきの作品から通底しているのは、自らの感動をどのように映像に落とし込んで多くの人に伝えるかという、演出へのこだわりであることが改めて示された。

『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』
『カラフル』
『百日紅~Miss HOKUSAI~』

(脚注)
*1
「映画監督 原 恵一の世界」オフィシャルガイド収録 「原 恵一、自作を語る」より
*2
BUZZ FEED NEWS 徳重辰典 1話オンエア前に辞めたい...原恵一が明かす「エスパー魔美」秘話
https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/worldofkeiichihara?utm_term=.lbmexWpB2N#.oxJjAWxByP
*3
「映画監督 原 恵一の世界」オフィシャルガイド収録 「原 恵一、自作を語る」より


(information)
第30回東京国際映画祭
会期:2017年10月25日(水)~11月3日(金・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホールを使用
主催:公益財団法人ユニジャパン(第30回東京国際映画祭実行委員会)

アニメーション特集「映画監督 原 恵一の世界」
上映作品:
10/26:映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦
10/27:映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲
10/28:河童のクゥと夏休み
10/29:エスパー魔美 54話「たんぽぽのコーヒー」/96話「俺たちTONBI」/映画『星空のダンシングドール』
10/30:百日紅~Miss HOKUSAI~
10/31:カラフル
11/2:はじまりのみち

©︎藤子プロ/シンエイ
©︎藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 1988
©︎臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2002
©︎2010 森絵都/「カラフル」製作委員会
©︎2014-2015杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会