『龍の歯医者』というタイトルを冠したアニメーション作品が最初に公開されたのは、さまざまなアニメーション監督によるオリジナル短編アニメ作品をインターネットで配信する企画「日本アニメ(ーター)見本市」の第1話としてであった。三島由紀夫賞受賞作家の舞城王太郎を監督・脚本に迎え、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの鶴巻和哉の下で制作、2014年に公開された7分ほどの短篇であった。その後、2017年に92分のアニメーションとして、スタジオカラー初のテレビ公開、さらに劇場公開作品へと展開していった作品だ。

スタジオカラーは『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)の監督の庵野秀明が、2006年にガイナックスを辞して立ち上げたスタジオだ。『新世紀エヴァンゲリオン』では副監督を、『フリクリ』(2000)や『トップをねらえ2!』(2004)などガイナックス作品で監督を務めてきた鶴巻和哉もまたスタジオカラーに移籍し、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの制作を続けている。『龍の歯医者』はまず、インターネットで配信の「日本アニメ(ーター)見本市」の第1話として2014年に公開された。さらに、配信版よりも後の物語として前後篇計92分の作品が2017年冬にテレビ放映され、2017年の年末にはテレビ版の音響を再構築して劇場公開された。
配信版、テレビ・劇場版ともに、巨大な龍の歯を守る職業に就く少女・野ノ子を主人公としている。脚本の舞城王太郎によると、テレビ・映画版については舞城が準備中の小説シリーズで描かれる長大な物語の冒頭部分に当たり(註1)、今後のさらなる展開も視野にいれた作品シリーズとなっている。

計算された絵が物語に深みを与える

本作の舞台となるのは龍の住む国である。その国に住み、つねに空を飛び続ける龍は、国を守ると伝えられている存在だ。その龍の歯からは、球形の小さなものから巨大な節状の足をもつものまで、さまざまな形をした虫歯菌と呼ばれる生き物が発生し、放っておくと龍をどんどん弱らせていく。この虫歯菌を駆除する職業が、タイトルにもなっている龍の歯医者だ。彼らは龍の顎の下に村をつくり、そこで寝泊まりしながら、龍とともに生きている。

監督の鶴巻が「物語のテーマは『限りある生(あるいは死)と向き合うこと』」と語っているように(註2)、龍の歯医者に従事する者たちは、命を失ったものが再び蘇る現象「黄泉帰り(よみがえり)」と深く関係していることが本作の重要なファクターになっている。

死と生の間で揺れ動くキャラクターたちはセル画時代のような柔らかな色調で彩色され、さらに舞台となる龍の上は水彩画のような淡い色使いや、余白を大きくとったレイアウトによって描かれており、これらが作品全体の雰囲気づくりに寄与している。鶴巻は、スタジオカラーの代表作である『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの緻密な描写とは異なるアプローチで本作の絵づくりを行なったといい、本作の特徴のひとつだろう(註3)。他にも鶴巻は「アニメーションはあくまで『絵』として描いているわけで『どこにピントを当てるか』、『なにを描かないか』というのは大事な所」(註4)とインタビューに答えているように、そのカットが視聴者に何を知覚させるのかが丁寧に精査されており、動きの部分でも、人物の心情や物語のダイナミズムがはっきりと伝わってくる。

アニメーションの未来を拓く若手クリエイター

庵野秀明がスタジオカラーを設立した目的のひとつに若手の育成があり、それは日本のアニメーション産業に対する人材枯渇への危機感を覚えていたためだ。『龍の歯医者』でも、若手クリエイターの活躍が多く見られたことは大変喜ばしい。

例えば、キャラクターデザインと作画監督を担当した井関修一は1985年生まれ。スタジオカラー入社当初より、若手ながらもその高い描画技術を買われており、原画として抜擢された『キルラキル』(2013)での活躍で大いに注目される。
『新世紀エヴァンゲリオン』がアニメーションを好きになるきっかけだったと語る井関は、今回の制作にあたって、監督の鶴巻により徹底的にキャラクター描写を教え込まれた(註5)。『龍の歯医者』には主人公格の若い男女以外にも、たくさんの壮年から中年のキャラクターが登場する。皺や輪郭線、骨格など、年齢と経験を重ねたことを視覚的に表現するための技術において、鶴巻から多くの学びを得たという。

また、スタジオカラーは3DCGの制作にも力をいれており、自社内でも多くのスタッフを抱える。今回、龍の歯医者たちが戦うことになる虫歯菌はすべて3DCGで作成されているが、エフェクトや撮影技術によって、CGならではの無機質さを生かしながらも、手描きのタッチに上手くなじませる処理が行なわれている(註6)。このような日本のアニメーションならではの表現手法の追求においても多くの若手のCGクリエイターが活躍している。例えば、鈴木貴志と宮城健は、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズにおける敵対勢力「使徒」を始めとしたモデル制作で頭角を現した若手CGIディレクターだ。本作において鈴木は、水柱や砲撃の煙といった、従来なら手描きで制作していたエフェクトを、3DCGによって違和感なく表現することに尽力したと語っている。また宮城も、巨大な虫歯菌である「殺戮虫」のメッシュ状の模様を表現するために、複数のポイントが持つそれぞれの勢力圏を分析する計算式・ボロノイ分割を使用し、人間には考えられない複雑な動き取り入れたと解説している。本作の挑戦的な3DCG表現は、このふたりの存在が大きかったことは間違いない。本作の後半パートは当初、キャラクターも含めてすべて3DCGで制作する計画もあったそうで、スタジオカラーの、2Dの表現を取り入れながら3DCGによる表現の幅を広げようという姿勢を物語る(註7)。鈴木と宮城は、その挑戦を担う重要な人材だと言えるだろう

主人公・野ノ子が自らの仕事を通じて成長していったように、本作そのものもまた、次世代のアニメーターたちが成長できる仕事であったことがわかる。スタジオカラーという制作会社の制作能力、育成能力の高さが感じられ、ここで活躍の場を得た次世代の若手クリエイターたちに期待したくなる作品であった。


(脚注)
*1 NHKウェブサイト 制作にあたって 舞城王太郎
*2 NHKウェブサイト 制作にあたって 鶴巻和哉
*3 NHKウェブサイト インタビュー 鶴巻和哉
*4 NHKウェブサイト インタビュー 鶴巻和哉
*5 NHKウェブサイト 動画 5分でわかる「龍の歯医者」Vol.2
*6 NHKウェブサイト 動画 5分でわかる「龍の歯医者」Vol.4
*7 『龍の歯医者 公式ビジュアルガイド』(KADOKAWA)P78-79「鈴木貴志☓宮城 健」


(作品情報)
テレビアニメーション『龍の歯医者』(前・後編)
2017年2月18、25日放映
原作・脚本:舞城王太郎
監督:鶴巻和哉
制作統括・音響監督:庵野秀明
声の出演:清水富美加、岡本信彦ほか
http://www.nhk.or.jp/anime/ryu/

©舞城王太郎,nihon animator mihonichi LLP. / NHK, NEP, Dwango, khara