日本マンガ学会第18回大会が2018年6月23日(土)と24日(日)に開催された。23日は日本マンガ学会員による研究発表が、24日はシンポジウム「デジタル時代のマンガ」がそれぞれ行われた。シンポジウムではデジタル化によるマンガの変容について、制作・流通といった各々の立場からの見解が述べられ、デジタル時代のマンガの現在を捉えるべく議論が深められた。

研究発表会場の京都精華大学岩倉キャンパス黎明館

1日目:研究発表

1日目の研究発表は京都精華大学岩倉キャンパスの黎明館にて開催された。研究発表は12の口頭発表と4つのラウンドテーブルで構成され、黎明館内の3つの教室を会場に同時並行で行われた。

口頭発表およびラウンドテーブルの内容は以下の通りである。

「口頭発表」
第1会場
・孫旻喬(名古屋大学大学院)「人造人間が服を身につける時――人造人間キャラクターの身体像から見るマンガにおける人工物の擬人化」
・森下達(東京成徳大学)「『疑似イベントSF』としての永井豪作品――『ハレンチ学園』および1970年代半ばまでの『週刊少年マガジン』連載作品の検討」
・森山高至(一般)「マンガ背景における『線のノイズ』とリアリティ――浅野いにお作品における電柱と電線を表現した背景の効果について」
・大塚萌(千葉大学大学院)「海外マンガ翻訳における宗教テーマの扱い――中村光『聖☆おにいさん』を対象とした翻訳比較」
・清岡美津夫(NPO三国志フォーラム)「日本マンガにおける秦始皇帝兵馬俑鎧甲デザインの伝播」
第2会場
・竹内俊彦(東京福祉大学)「マンガ要約能力測定テストシステムの開発」
・和田裕一(東北大学大学院)、三浦知志(尚絅大学)、窪俊一(東北大学大学院)「視線情報からみたマンガの読みの個人差――『視覚型・言語型』認知スタイル理論に基づく一考察』
・蓮沼素子(大仙市アーカイブズ)「まんがと記録』
第3会場
・内田竜嗣(東京大学大学院)「“おもしろい”学べるマンガ教材の作成――環境教育教材の作成を通して」
・山中千恵(京都産業大学)「韓国における〈学習マンガ〉環境――ある家庭における学習マンガの〈場所〉を手掛かりに」
・小林由子(北海道大学)「大学におけるマンガによる留学生と日本人学生の共修授業――多文化交流科目『文化としての日本マンガ』の実践と評価」
・池澤明子(西南学院大学)「日本事情教育における4コママンガの利用――短期留学生を対象とする実践から」

「ラウンドテーブル」
第1会場
・ロナルド・スチュワート(大東文化大学)、小野塚佳代(京都造形芸術大学)、横田吉昭(東京情報大学)「カートゥーン表象に見る戦争とナショナリズムの作用――戦時中の日本の漫画の主体者は何を描いたか」
第2会場
・中垣恒太郎(専修大学)、小林翔(京都精華大学大学院)、松田幸子(高崎健康福祉大学)、加藤浩平(東京学芸大学)、落合隆志(医療人文出版社SCICUS)「マンガと医療――グラフィック・メディスンの動向とマンガ研究の応用可能性」
・李岩楓、董凌子、李穎超、呉金萍、呂萌(いずれも京都精華大学大学院)「日中マンガ文化の比較」
第3会場
・雑賀忠宏(京都精華大学)、伊藤遊(京都精華大学)、日高利泰(京都大学大学院)「『ニューウェーブ』言説の成立とその諸相――『村上知彦コレクション』に関する調査をもとに」

上記より、本稿執筆者が参加した口頭発表3件及びラウンドテーブル2件をレポートする。

●口頭発表 「人造人間が服を身につける時──人造人間キャラクターの身体像から見るマンガにおける人工物の擬人化」
孫旻喬氏は初めて金属の身体を持つ人造人間を描いた映画『メトロポリス』と、日本初の人造人間を描いた田河水泡のマンガ『人造人間』を比較し、人造人間の身体が持つ意味と衣服の表現の違いを分析する。そして両作品に影響されて生まれた手塚治虫作品の人造人間観が、その後のマンガにおける人造人間の性的描写へと繋がることを明らかにした。

●口頭発表 「『疑似イベントSF』としての永井豪作品――『ハレンチ学園』および1970年代半ばまでの『週刊少年マガジン』連載作品の検討」
森下達氏は、永井豪がギャグマンガを描くきっかけとなった筒井康隆の『東海道戦争』における疑似イベント性に注目し、『ハレンチ学園』で描かれた「ハレンチ大戦争」が、同作への社会的な批判やそれに対する『週刊少年ジャンプ』の応答との関係の中で重層化された疑似イベントであることを明らかにした。

●口頭発表 「まんがと記録」
蓮沼素子氏は現在の日本の現代文化に関する保存事業には文化活動の記録という側面が抜けていることを指摘し、マンガ文化がいかなる活動を記録すべきかについての検討を行った。こうした文化活動としてのマンガ文化の記録は、マンガ家の創作やその他の活動の保護と将来へのマンガ文化の継承・発展に役立てるだけでなく、マンガ家自身のリスク低減と文化的立場の保護にも繋がることとなる。

●ラウンドテーブル 「マンガと医療――グラフィック・メディスンの動向とマンガ研究の応用可能性」
中垣恒太郎氏はイラストなどを患者への医学知識の伝達や医者と患者のコミュニケーションに役立てる「グラフィック・メディスン」の実例としてマンガが使用されていることを紹介し、医療マンガ研究の有効性を提唱した。それを受けて小林翔氏は、「医療マンガ」が作品ごとの分類では自明であっても、媒体としては可視化されていないジャンルであると指摘し、時代における医療マンガの描写の変遷を追った。松田幸子氏は医療マンガの発展の流れとして、ゴシック・フィクションを起点とした社会派的視点を持つ作品への流れと、少女マンガを起点とした共感と癒しを読者にもたらす作品への流れの2つが存在することを明らかにした。最後に加藤浩平氏により、発達障害の子どもを対象としたTRPGによる支援が紹介された。

●ラウンドテーブル 「カートゥーン表象に見る戦争とナショナリズムの作用――戦時中の日本の漫画の主体者は何を描いたか」
小野塚佳代氏は、第二次世界大戦下でプロパガンダに利用された雑誌『漫画』の人物表現に注目し、戦時体制が進むにつれて敵国の指導者や軍人を獣に見立てる表現が多用されるようになったことを報告した。こうした人物表現の流行のなかで活躍したのが、似顔を得意とする近藤日出造であった。表現に注目した小野塚氏に対して、庶民という観点から考察を行った横田吉昭氏は、マンガには本来権力的な秩序から離れた庶民の自由があったものの、戦時体制下では庶民に「国民 − 臣民」としての役割が求められたことでその自由が制限されたと述べた。そしてこの「不自由」な環境のなかで、臣民の嘲笑を誘う目的であればいかなる表現も可能となる敵国という題材を得た近藤が、かえって「自由」に敵国を表現できたのだと横田氏は分析する。

ラウンドテーブル「カートゥーン表象に見る戦争とナショナリズムの作用――戦時中の日本の漫画の主体者は何を描いたか」の様子。左より、司会のロナルド・スチュワート氏、小野塚佳代氏(「戦争期に風刺漫画はどのように人を描いたのか――近藤日出造と雑誌『漫画』(カートゥーンを風刺漫画とする)」発表)、横田吉昭氏(「ナショナリズムの中でカートゥーンが表象した「庶民像」と「国民像」への一考察――戦前から戦中の日本のカートゥーンのあり方を一例として」発表)

2日目:シンポジウム

シンポジウム会場の京都国際マンガミュージアム

●シンポジウム 第1部「作家の視点から」
第1部「作家の視点から」ではまず司会の岩下朋世氏(相模女子大学)から日本のデジタルマンガの現状が説明された。現在、日本の電子出版市場はその8割をマンガが占めており、特に単行本では2017年に電子版が紙媒体を初めて上回った。日本のデジタルマンガは現在、ターニングポイントを迎えているのである。
すがやみつる氏(京都精華大学)はこの話題を受け、デジタルマンガの歴史について、最初期のデジタルマンガ作者である自身の経歴を絡めた紹介を行った。マウスによる作画、FAXによる伝送の時代から現在までの発展の流れに加え、メディアのVR化、作画のMR化といった今後の動向に関する示唆もなされた。
続いて具本媛氏(関西外国語大学)により韓国のWEBTOON事情が紹介された。デジタルデバイスの普及率が高い韓国では、日本よりも早くからデジタルマンガが普及しており、マンガ全体の75%をデジタルマンガが占めているという。一方で日本のデバイス普及率は先進国の中でも低く、このことが日本でデジタルマンガの普及が遅れた原因だと具氏は推測する。
高浜寛氏(マンガ家)は、デジタル技術はあくまでも作業の効率化のための手段という、自身のマンガ制作におけるデジタルの立ち位置を紹介した。そしてフルデジタルで制作したためかえって作業効率が落ちてしまった体験から、アナログで制作してデジタルで仕上げを行うことが理想であると述べている。すがや氏もデジタル作画では「元に戻す」コマンドを多用するため線がなかなか決まらないという事例を挙げ、デジタル化が作業の非効率化を招く側面もあると指摘した。

左より、具本媛氏、高浜寛氏、すがやみつる氏、司会の岩下朋世氏

●シンポジウム 第2部「編集・流通の視点から」
第2部「編集・流通の視点から」ではまず司会の田中圭一氏(京都精華大学)が『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』制作における編集の活躍を紹介し、これからの編集はプロデューサー、監督、エージェントといった多様な役割を果たす必要があると提唱した。そしてマンガ家自身もまた、作品の反響を得るにはどうすれば良いかという編集的な視点を持つことが必要であると提唱した。
関谷武裕氏(『トーチ』編集長)は、自サイトをひとつの村とみなし、そこにアーティストを招聘して作品制作を行わせるアート・イン・レジデンスの考え方を用いた『トーチ』のブランディングを紹介した。その中での編集長の役割はいわば村の経営であり、アーティスト(マンガ家)と村人(読者)がいかに過ごしやすくできるかが肝だという。
安陽氏(Weibo Comic 副社長)は中国のデジタルコミック事情について紹介した。安氏は日本と中国のマンガ家の大きな違いとして、マンガ家とSNSの関係を挙げる。中国のマンガ家はほぼネットインフルエンサーである。トップ作家はフォロワー数が1000万を超えており、編集も作家のSNSに対して監修を行う。これに対し、日本のマンガ家は作家ではなく作品を見てほしいという意識があるため、作家個人があまり外に出てこないという。
玉川博章氏(日本大学)は、マンガのデジタル化の影響に関して物質性の観点から紙と電子で比較し、価格、出版流通、(商業的)育成のあり方といった観点から検討を行った。一方で玉川氏はコミック誌の流通システムの持つ年月の重みは大きく、デジタル化による既存の流通システムから解放されることとなったとしても、簡単には物質性の特異性はなくならないだろうとも述べた。

左より、玉川博章氏、安陽氏、関谷武裕氏、司会の田中圭一氏

シンポジウムを振り返ると、作品制作の面から見た場合、デジタル技術はアナログに取って代わるものではなく、マンガ制作にとってアナログ技術がまだまだ重要であることがわかる。一方、広告・流通の面から見ると、作家も編集もデジタル技術の発達によって従来の職能を超えて作品のPRに向き合う必要があると判明した。今回のシンポジウムでは、デジタル時代以降もアナログの強みは残るという分析が主流であったが、デジタル技術の発展がアナログの技術を淘汰するという事態はマンガ以外の分野では既に起こっており、今後どうなっていくかは予想がつかない。今後もデジタルマンガの動向を注意して見ていく必要があるだろう。


(information)
日本マンガ学会第18回大会
日時:2018年6月23日(土)、24日(日)
会場:23日 京都精華大学岩倉キャンパス、24日 京都国際マンガミュージアム
参加費:会員 1,000円(1日につき)、一般 2,000円(1日につき)、学生 1日目500円/2日目1,000円
http://www.jsscc.net/convention/18