子どもをテーマに描き続けた画家いわさきちひろ(1918-1974)。彼女の生誕100周年を記念し、現代のアーティストたちとコラボレーションした展覧会シリーズ「Life展」が、ちひろ美術館(東京・安曇野)で開催されている。その安曇野での1回目と東京での3回目の展覧会を、インタラクティブなメディアアート作品を手掛けてきたplaplax(プラプラックス)が担当した。その東京での展示の様子をレポートする。

《画机の上のあそび場》(2018)

人の気配を感じる空間で

plaplaxは今までも、「みんなのレオ・レオーニ展」(2018年〜、伊丹市立美術館ほか)や「ミッフィーはどこ?」展(2010〜2011年、箱根 彫刻の森美術館)など絵本の展覧会に参加してきた。今回も絵本作家に焦点を当てた展覧会だが、会場となったちひろ美術館・東京は、いわさきちひろ(以下、ちひろ)の自宅兼アトリエ跡に建てられた、小規模な展示室を4つ配した美術館である。一般的な美術館のような、ニュートラルな空間ではない。ほかの作家の気配が濃い、場の力が作用する展示空間で、彼らはどのようなアプローチをみせてくれるのだろうか。

ちひろ美術館・東京では、愛用のソファや復元されたアトリエ、「ちひろの庭」も公開されている

あそびながらちひろの世界を追体験

plaplaxは「あそぶ」をテーマに、ちひろの技術や表現の多様さに想を得た(註1)作品を4点制作した。plaplaxの作品と同じ空間には、モチーフとして使用したちひろの絵が展示されている。

展示室1の《絵の具の足あと》は、絵の具のにじみに着目した作品で、鑑賞者が絵筆となり、白い床を歩くことで絵の具を置いていく。絵の具が置かれるとピアノの音が鳴り、歩を進めると絵の具のにじみが足跡のようにポタポタと現れては消えてゆく。ランダムに絵の具の色が変わり、複数人で入れば、ピアノの音を散りばめながら床一面をカラフルに染め上げられる。
同じ展示室の《絵のなかの子どもたち》では、鑑賞者は絵の具を塗り残した「白抜き」のシルエットとして、壁に投影したちひろの作品のなかに入り込める。小さな子ども連れは自分の姿が画面に映り込むこと自体を楽しんでいたが、大人の鑑賞者は絵のなかの子どもたちと同じポーズをとったり手を繋いでみたりしていた。
多くの人は絵の具を使う機会は子どもの頃しかないだろうし、大きな画面で描く体験もあまりできない。鑑賞者は各々、絵の具を水に溶く感触や匂いを思い出しながら作品を体験することができる。

《絵の具の足あと》(2018)
撮影:plaplax
《絵のなかの子どもたち》(2018) 写真提供:ちひろ美術館・東京

展示室2には、机の上にグレーに塗られた絵の具や鉛筆、ハサミなどが並ぶ《画机の上のあそび場》が展示されている。パレットに触ると絵の具がにじみ、クレヨンを触るとクレヨンでお絵かきをする子どもが現れ、楽しげな音とともに机の上で動き出す。ハサミを触ると折り紙を切ったような色面が、「チョキチョキ」という効果音とともに現れた。実際に自分がその画材を使っているかのように、絵や音が出現する仕組みだ。画材だけではなく、ラジオに触れば音楽が流れ出す。いわばplaplaxの代表作《KAGE》(1997-1998)のちひろ版だ。複数のオブジェを試すと机は鮮やかに染まり、さまざまに動くモチーフと音とで机上は一気に賑やかになった。

《画机の上のあそび場》(2018)。鏡を触ると現れるのは、ちひろの自画像

ちひろのアトリエや原画の展示された展示室3を抜けた先、最後の展示室4に置かれたのは、《絵本を見るための遊具》と題された大きな構築物だ。鑑賞者は作品に登り、大小のトンネルを潜ったり覗き穴を覗いたり、ベンチに座って絵本を読むこともできる。ちいちゃんの絵本シリーズ3冊(註2)から採られたモチーフが描かれた遊具で遊ぶうちに、自然と絵本の世界に入り込める。それまでの展示と違い、この展示には特別なデジタル技術が使われているわけではない。仕掛けらしい仕掛けは、鏡を覗こうと近付くと絵本の主人公ちいちゃんが現れることくらいだ。ただそれだけでも、子どもたちは夢中になって駆け回っていた。

全ての展示を通してみると、白い画面から始まり、さまざまな画材を使って徐々にモチーフが浮かび上がり、物語が構築されていく。鑑賞者はちひろの制作・生活の場でもあった建物で、原画とともにplaplaxの作品をからだ全体で体験しながら、絵本の制作過程を追体験する。そして、その時々にインタラクティブな作品に触れることで、絵の具の匂いやクレヨンの感触といった自身が絵を描いた時の経験や思い出が呼び起こされるのである。

《絵本を見るための遊具》(2018)
遊具の中に置いてある絵本を読みながら、絵本に描かれたモチーフを探す

鑑賞者の記憶が入り込める作品の余白

plaplaxは、minim++(ミニムプラプラ)として活動を開始した近森基と久納鏡子に加え、理工・工学担当の筧康明と映像・アニメーション担当の小原藍の4人組のメディアアートユニットだ。4人のメンバーは話し合いながらお互いの思考や表現を広げていき、多くの作品を生み出してきた。その際、それぞれ得意分野以外の役割を務めることもあれば(註3)、素材や技法の点でもデジタル・アナログ関係なく採用する。また、彼らはアーティストとして美術館で作品を発表することもあれば、会社として病院・商業施設などの空間演出を手がけることもある。彼らのなかでは組織の役割もやり方も固定的ではなく、常に最適な方法でクリエーションを行っているのだ。
今回の展示に関して、近森はこう述べている。「僕らの作品はちひろさんの作品をさらに楽しむためのプラットフォームのような。少し余白を残しておき、解釈や楽しみ方を鑑賞者に委ねるようなつくり方をしています」(註4)。《絵のなかの子どもたち》や《絵本を見るための遊具》などはまさにそうで、決められた体験の仕方や正解・不正解はなく、どう楽しむかは自分たち次第である。

plaplaxの組織のあり方やクリエーション自体がフレキシブルで、その自由度の高さは作品にも反映されている。だからこそ、鑑賞者は作品に対して自分なりの姿勢でのぞみ、それぞれの感じ方で作品を体験できるのである。そして、鑑賞者が自由に感じ取れる余白があるからこそ、作品体験が自身の記憶とともに編み込まれ、体に刻まれてゆくのではないだろうか。


(脚注)
*1
「たとえば絵の具のにじみひとつをとっても、(中略)ちひろさんの絵には『意図したとおりにあらわす技術』と『偶然を楽しみ、それを取り込んでいくやわらかい感性』とがのびのびと同居しているのだと思います。(中略)僕たちはそんな彼女独特のあそび心にあふれた技法を追いかけてみることにしました。」いわさきちひろ生誕100年「Life展」のコンセプトブック『いわさきちひろ生誕100年 Life Chihiro Iwasaki 100』(2018年、公益財団法人いわさきちひろ記念事業団)、p. 62。

*2
plaplaxが好きな作品だという『ぽちのきたうみ』『となりにきたこ』『ことりのくるひ』の3冊。この3冊は自由に読めるよう、作品内の本棚に設置されていた。
ちひろ美術館「Life展レポート plaplax × 鈴野浩一(トラフ建築設計事務所)『ちひろの「あそび」を通して大人も子どももあそべる展示』」より
https://100.chihiro.jp/reports/1121

*3
近森はインタビューで「それぞれ得意分野はあるけれど、必要に応じて筧くんが絵を描いたり、小原さんが図面を引いたりもします。」と述べている。
CINRA.NET「童心に回帰したメディアアーティスト近森基(plaplax)の挑戦」より
https://www.cinra.net/interview/2013/07/12/000000.php

*4
ちひろ美術館「Life展レポート plaplax × 鈴野浩一(トラフ建築設計事務所)『ちひろの「あそび」を通して大人も子どももあそべる展示』」より
https://100.chihiro.jp/reports/1121


(information)
いわさきちひろ生誕100年「Life展」あそぶ plaplax
会期:2018年7月28日(土)〜10月28日(日)10:00〜17:00
休館日:月曜日(祝休日は開館、翌平日休館 ※GW・8/10〜20は無休)
入場料:大人800円/高校生以下無料
会場:ちひろ美術館・東京
主催:ちひろ美術館
https://100.chihiro.jp/exhibitions/life/

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