日仏友好160周年に当たる2018年、フランス語に翻訳された日本のマンガから優秀な作品を選出し、その翻訳者を顕彰する小西財団漫画翻訳賞が設立された。栄えある第1回グランプリに選ばれたのは野田サトル『ゴールデンカムイ』シリーズを翻訳したセバスチャン・リュドマン氏。9月に行われた本賞に関するシンポジウムと併せ、マンガ翻訳の意義について紹介する。

フランス語版『ゴールデンカムイ』の表紙。日本語版とイラストは同じだが、デザインが異なっている

マンガ翻訳者に目を向ける

フランス語から日本語へ、および日本語からフランス語へ翻訳出版された本を対象に、優れた作品を顕彰する日仏翻訳文学賞(註1)を1993年から発表している小西国際交流財団は、この度小西財団漫画翻訳賞を設立した。日本のマンガがフランスに本格的に紹介されるようになったのは1990年代からだが、以降その勢いは加速し続け、昨今では毎年1,500点以上の日本のマンガがフランス語に翻訳されている。しかしその躍進の影で、作品に声を与える重要な要素のひとつである翻訳にスポットが当てられることは少ない。この現状を打開し、マンガ翻訳者が行う仕事の価値を高めるため、小西国際交流財団によって、小西財団漫画翻訳賞は創設された。
第1回グランプリは1月26日、第45回アングレーム国際漫画祭にて発表された。2015年10月から2017年9月にフランス語で出版された日本のマンガに対し、15名の選考準備委員(ジャーナリスト、書店関係者、フランス語圏のマンガ業界関係者ら)が精査を行い、10作品のノミネートを決定した。グランプリを受賞したセバスチャン・リュドマン(Sébastien Ludmann)氏/野田サトル『ゴールデンカムイ』(集英社)のほかに、アナイス・コエチュリン(Anaïs Koechlin)氏/沙村広明『波よ聞いてくれ』(講談社)、ミヤコ・スロコンブ(Miyako Slocombe)氏/望月ミネタロウ『ちいさこべえ』(小学館)、サンソン・シルヴァン(Samson Sylvain)氏/上村一夫『離婚倶楽部』(まんだらけ)、ティボー・デスビエフ(Thibaud Desbief)氏/浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(小学館)、シルヴァン・ショレ(Sylvain Chollet)氏/坂本眞一『イノサン』(集英社)、フレデリック・マレ(Frédéric Malet)氏/原作:ONE/マンガ:村田雄介『ワンパンマン』(集英社)、ジェラルディンヌ・ウーダン(Géraldine Oudin)氏/田川ミ『ちちこぐさ』(マッグガーデン)、チハル・チュジョ&ナタリ・ブゴン(Chiharu Chujo & Nathalie Bougon)氏/有賀リエ『パーフェクトワールド』(講談社)、サヤカ・オカダ&マノン・デゥビエンヌ(Sayaka Okada & Manon Debienne)氏/師走ゆき『高嶺と花』(白泉社)と、青年マンガや少女マンガなどさまざまなジャンルより選出された。その後、パトリック・オノレ(翻訳家)、ステファン・ボジャン(アングレーム国際漫画祭アートディレクター)、カリン・西村=プペ(ジャーナリスト)、クロード・ルブラン(ジャーナリスト)、ステファン・フェラン(編集者)からなる選考委員会がノミネート作品を閲読し、受賞者を決定。選考委員5名中3名は日本語を読むことができ、原作と翻訳とを照合して審査した。

日本のマンガ作品に登場するアイヌ語を翻訳する難しさ

受賞作品の『ゴールデンカムイ』は、「ロシアとの戦争のために北海道に派遣された原作者の曽祖父の話に着想を得、狩りやアイヌ文化、ゴールドラッシュ、アクションといったさまざまな要素がちりばめられた(註2)」冒険譚である。
セバスチャン・リュドマン氏は、本作の翻訳を引き受けるにあたって、大変な作業になるという予感があったという。その理由として、「この作品特有の問題、つまりアイヌ語の書き換え、フランス語に相当する語がない軍事用語や植物学用語、文化的背景の置き換え(註3)」などを挙げている。何かを描写する口語的なアイヌ語はフランス語に置き換え、作中で繰り返されるおかしみを伴ったものは、うまく伝えられるよう語感に気をつけながら言葉選びを行ったという。

擬音語は書き文字を生かして翻訳されており、原作の意図を齟齬なく伝えようとしていることがわかる

幼い頃から日本のアニメになじみがあったリュドマン氏は、10年前から翻訳に携わる。惣領冬実『チェーザレ』(講談社)などの歴史マンガをはじめ、過激な内容の三家本礼『血まみれスケバンチェーンソー』(KADOKAWA)やサスペンスストーリーが展開される松浦だるま『累』(講談社)など、幅広いジャンルの作品を手がけ、その総数は45作品250巻分にも及ぶ(註4)。
授賞式でリュドマン氏はこう話す。「翻訳者の仕事は、たいていは幻想的なイメージを抱かれ、また時によっては真価を認められないのですが、この第1回目の授賞によって、翻訳の仕事に光が当たる機会になるといいと思います。」

アングレーム国際漫画祭での授賞式の様子。浦沢直樹(マンガ家)、手塚プロダクションの松谷孝征社長も出席。漫画祭ではノミネート作品のパネル展示も行われた

9月29日(土)には、東京・恵比寿の日仏会館で「マンガ、バンド・デシネ:日仏翻訳と受容-アングレーム国際漫画祭と小西財団漫画翻訳賞をめぐって-」と題したシンポジウムが開かれ、授賞式の様子が報告されたほか、翻訳家や研究者による翻訳をめぐる討論会も開かれた。リュドマン氏が言うように、翻訳者はふだん影の存在であるが、他言語の文化を紹介するのに欠かせない役割を担う。シンポジウムではフランスでの日本のマンガの紹介に比べて、日本でのフランスのマンガの紹介がまだ少なく、翻訳者も限られていることも示された。
今後、年に1回小西財団漫画翻訳賞が選出されていくなかで、マンガ翻訳者という存在が注目されていき、ひいては日仏の双方のマンガがお互いの国で愛好される機運につながることを期待したい。

シンポジウム「マンガ、バンド・デシネ:日仏翻訳と受容-アングレーム国際漫画祭と小西財団漫画翻訳賞をめぐって-」では、ティボー・デビエフ(翻訳家)、原正人(翻訳家)、夏目房之介(学習院大学)、フレデリック・トゥルモンド(トゥルモンド・プロダクション)が登壇し、小西財団漫画翻訳賞の受賞式レポートとともに、翻訳をめぐる討論会が行われた

(脚注)
*1
小西国際交流財団設立10周年記念事業として創設。フランス語から日本語へおよび日本語からフランス語へ翻訳出版された本を対象に、優れた作品を顕彰する

*2, 3
プレスリリースより引用

*4
COMICSTREET 「海外マンガの人々―セバスチャン・リュドマンさんインタビュー」より
http://comicstreet.net/interview/translator/sebastien-ludmann/


(関連リンク)
小西財団漫画翻訳賞
http://konishi-zaidan.org/manga-award/