世界各地で80以上もの霧の作品を制作・発表し「霧のアーティスト」として知られる中谷芙二子(なかやふじこ)。日本初となる大規模な個展が、水戸芸術館で開催されている。

中谷芙二子《フーガ》崩壊シリーズより 2018 霧インスタレーション #47629、水戸芸術館現代美術ギャラリー

「大きな力」への抵抗

中谷芙二子は1933年に物理学者の中谷宇吉郎の次女として生まれ、ノースウェスタン大学美術科を卒業後、絵画を制作。その後1960年代後半に芸術と技術の協働を推進する実験グループ「E.A.T.(註1)」に参加し、以来「霧の彫刻」の制作とビデオアートの分野で広く活動してきた。本展は、新作インスタレーションや過去作品、またアーカイヴなどを中心に、中谷の創作や活動の軌跡をたどる大規模な個展だ。
霧とビデオ。中谷の両側面は一見すると異なるアプローチにも見えるが、本展ではこの2つに「エコロジー」という共通項を見出だし、展覧会解説の序文では「自然環境と情報環境という二つのエコロジー」と表現している。今回はそれらの活動を経済合理主義や高度管理社会などの「個人を押し流していく大きな力」への「疑義」として「霧の抵抗」と呼んだ。
展示の前半は、主に霧の彫刻に焦点を当てていた。海外で発表した近作の記録映像や、中谷が1970年の大阪万博で初めて霧の彫刻を手がけた経緯、そして室内での霧の新作インスタレーションなどを展示。後半はE.A.T.の東京でのプロジェクト《ユートピアQ&A 1981》(1971年)や中谷のビデオ作品や翻訳の仕事、また1980年にオープンしたビデオ専門のギャラリー「ビデオギャラリーSCAN」のアーカイヴを通し、ビデオアートへの貢献と影響を紹介した。

中谷芙二子のまなざし

その半世紀にもわたる活動を紹介する詳らかな展示の端々に、自然や都市、情報という環境への中谷のまなざしが見てとれた。それは高度経済成長を遂げた60年代を経て、テクノロジーの発展と情報環境の変化が目まぐるしい70年代から現在に至るまでそれぞれの時代を受け止め、そして抵抗し、変えていこうとする態度でもある。
初めて霧の彫刻を実現した大阪万博では、雲をつくり展示館を覆うというミッションのもと、噴霧器の開発や環境条件の調査など、国内外の技術者の協力を得てプロジェクトを遂行。中谷は農業用の人工霧を開発していたアメリカのミー社に出向き、経済効率を理由に中止されていた、水を使うノズルの開発を依頼した。プロジェクト後も、ミー社はアンモニアと塩素による霧をすべて水霧に変え、工業分野でもミー社の水霧は広く使われた。経済効率を優先する「技術開発の方向性を変えた一つの例」と中谷は語っている(註2)。
一方、初のビデオ作品《水俣病を告発する会―テント村ビデオ日記》(1971−1972年、小林はくどうとの共作)では、チッソ株式会社の本社前で抗議をする人たちを撮影し、その場ですぐに再生して見せた。それにより「常に運動の一体感を保つことができた」り、「通りがかりの人の関心や能動的な態度が喚起されることもあった」りした(註3)。また生活の知恵、信条、夢の3つの質問を老人にインタビューし、記録した《老人の知恵―文化のDNA》(1973年、小林はくどう、かわなかのぶひろ、森岡侑士との共作)でも、ビデオというメディアの特性を模索。こうした初期の「霧」と「ビデオ」の作品からも、「大きな力」に対して屈することなくテクノロジーの可能性に向き合う姿がある。

《水俣病を告発する会―テント村ビデオ日記》1971-1972 ビデオより抜粋(註4

霧がもたらすもの

それにしても微小な水の粒の集まりである霧は、「抵抗」という言葉のイメージからは遠い。だが屋外広場のインスタレーションの存在が、はっきりとその言葉の持つ強さを表していた。
筆者の訪れた日は、水戸芸術館の広場で地元商店会のイベントが開催され、夕方近くまで多くの人がいた。北側のカスケード(水場)から霧が噴き出すと、子どもたちが集まり駆け回る。イベントも終わり人が少なくなると、それまでカスケードのあたりに留まっていた霧は広場全体に充満し始めた。道ゆく人の動きや大気の流れに反応しながらふわふわと広がり、やがて引いていく。そこに見えたのは風の存在だった。

広場のカスケードから現れた霧。中谷芙二子《シンコペーション》崩壊シリーズより 2018 霧の彫刻 #47629、水戸芸術館広場

「霧の彫刻の体験は、自然との交歓ばかりか、自身の深層との対話へと誘う。そこで体得されるのは、人工と自然、モノとコト、具象と抽象、凡庸と崇高などが対置を凌駕して共存し、そして究極には互いに置き換え可能な存在であることであろう」と中谷は書いている(註5)。「霧」により、普段は見えないものを表し、対置に気づかせる。それは静かで温かい「抵抗」ではないだろうか。個人を見失いがちな情報社会。当然のように進む自然破壊。些細な大気の動きに即座に反応する「霧」に、人間としてのふるまいを問われているようだった。

現れた霧はあたりに広がり、広場を覆った。中谷芙二子《シンコペーション》崩壊シリーズより 2018 霧の彫刻 #47629、水戸芸術館広場

(脚注)
*1
正式名称「Experiments in Art and Technology」。1966年のニューヨークで、元科学者で当時エンジニアとして勤務していたB・クリューバーが中心となって結成した非営利組織。そのほかのメンバーは、美術家のR・ラウシェンバーグなど、技術者と芸術家で構成された。芸術と科学技術の協働を積極的に推進することを基本的な運動理念とし、1970年代半ばまで活動。

*2
中谷芙二子「日本におけるE.A.T.の活動とE.A.T.東京について」『E.A.T.─芸術と技術の実験』(NTTインターコミュニケーション・センター〔ICC〕編、NTT出版、2003年)より

*3
「ICC ONLINE | アーカイヴ」より
http://www.ntticc.or.jp/ja/feature/2005/PossibleFutures/Works/NAKAYAFujiko_j.html

*4
本作品をはじめとしたビデオ作品のデジタル化にあたっては、文化庁 平成29年度 メディア芸術アーカイブ推進支援事業が寄与している

*5
中谷芙二子「覚書」『Fujiko NAKAYA:中谷芙二子:FOG 霧 BROUILLARD』(中谷芙二子、Anarchive、2012年)より


(information)
霧の抵抗 中谷芙二子
会期:2018年10月27日(土)〜2019年1月20日(日)
休館日:月曜、年末年始(12月27日〜2019年1月3日)
※ただし12月24日、1月14日(月・祝)は開館、12月25日、1月15日(火)休館
料金:一般900円
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー、広場
http://www.arttowermito.or.jp/