令丈ヒロ子「若おかみは小学生!」シリーズは、2003年より講談社の児童書レーベル・青い鳥文庫から刊行されている、累計300万部の売上を誇る児童文学シリーズだ。2006年にはおおうちえいこ画でマンガ化、2018年4月から9月にかけては増原光幸/谷東監督によりテレビアニメシリーズとなった。そして2018年9月、高坂希太郎監督によって映画作品化されたのが、今回取り上げる映画『若おかみは小学生!』だ。映画版の人気は児童文学の枠を超え、結果的に幅広い年齢層の支持を得ることになった。

監督の高坂希太郎は『風の谷のナウシカ』(1984)以来、『風立ちぬ』(2013)に至るまで、宮崎駿監督作品の原画や作画監督として名を連ねてきたアニメーターである。1999年の浅香守生監督『劇場版カードキャプターさくら』と併映した短編作品『CLOVER』では初の劇場版アニメーション監督を務め、黒田硫黄の自転車ロードレースを題材としたマンガの映画化『茄子アンダルシアの夏』(2003)や、その続編にあたるOVA『茄子 スーツケースの渡り鳥』(2007)で監督のキャリアを重ねた。しかしそれ以降はアニメーターとしての仕事が多く、『若おかみは小学生!』は『茄子 スーツケースの渡り鳥』以来11年ぶりとなる、高坂久々の監督作品となった。

【公式】『若おかみは小学生!』9.21(金)公開/ショート予告

巧みな構成により洗練された物語

本作の物語は、小学生の「おっこ」こと関織子が交通事故で両親を亡くすところから始まる。孤児となったおっこは、祖母・峰子が経営する旅館・春の屋に住むことになるが、本人の意とは異なる偶然により、旅館の若おかみに名乗りをあげてしまう。おっこは戸惑いながらも、峰子の幼馴染であった男の子の幽霊・ウリ坊や、ライバル旅館の娘でありおっこをライバル視する秋野真月など、さまざまな登場人物、そして個性豊かな宿泊客と交流しながら、春の屋の若おかみとしての自覚を深めていく。

本作は、2018年9月の公開以来、インターネットやSNSでの口コミを中心に、原作の読者層である児童の枠を超えて成人層からの評価が高まり、上映館の拡大や再上映の実施を行った(註1)。このように幅広い層の評価を得ることができたのは、監督である高坂の手腕あってこそだといえる。

高坂は当初、自分に縁のない女児向けの児童文学である『若おかみは小学生!』に抵抗があったという。しかし、原作を読み、そこに巧みな物語のおもしろさを感じた(註2)。長大な原作からエピソードを取捨選択して抽出し、94分という決して長くない上映時間の中に破綻なく組みこみ、さらにオリジナルのエピソードを加えている。それは、主人公おっこが、両親を失った交通事故の加害者とやりとりすることになるエピソードであり、ともすれば重々しさを生んでしまう要素でもある。しかし、高坂はあえてそこに挑戦した。結果的にこのエピソードの存在によって、おっこが自身の両親喪失のトラウマに向かい合い、若おかみという仕事を通じて壁を乗り越えるという、大人の鑑賞者の心を揺さぶる結果につながった。

シナリオライターとしては、吉田玲子が参加している。吉田は細田守監督『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000)や、水島努監督『ガールズ&パンツァー 劇場版』(2015)、湯浅政明監督『夜明け告げるルーのうた』(2017)など、高い評価を得てきたアニメーション映画の脚本を手がけてきた。本作では高坂のプロットを吉田がシナリオにまとめたことで、コンテづくりの大きな助けになったという(註3)。高坂は「細かい描写について、逐一、人に聞きながら作業を進めた」と語っており、チームの統括を重視した丁寧な仕事が、多くの人の心を揺さぶる結果につながったといえる。

手描きだからこそできること

本作の作りの丁寧さは、作画にも多く認められる。本作は温泉旅館が舞台とあって、ふすまの開け方や廊下の歩き方、お辞儀といった、女将や中居ならではの所作が多く描かれる。高坂が苦労したのは着物の袖の描写だったそうで(註4)、実際の人間の等身やバランスとは異なるアニメーションキャラクターに、着物を着せて細かな所作の演技をさせるには、相当の技量が必要であることが察せられる。「若おかみ」という仕事が、言うまでもなく重要な意味を持つ本作において、このようなシーンは妥協ができないはずだが、高度な作画技術を持つ高坂だからこそ表現できた領域が多かったことは間違いない。

また、背景美術にも着目したい。宮崎駿監督『となりのトトロ』(1988)『もののけ姫』(1997)『千と千尋の神隠し』(2001)や片渕須直監督『この世界の片隅に』(2016)を担当した男鹿和雄が担当しており、物語を推進する舞台としての温泉街を、細かいディテールが描きこまれながらもどこか児童文学らしい空想の余地を残した場として作り上げている。登場キャラクター達が実際にそこに生き、営んでいることを実感させてくれる。

本作が得た多くの支持の源泉が、その物語にあることは間違いない。しかし、物語を成立させるための作画の力も忘れてはならない。高坂がアニメーター出身の監督であることが、本作の魅力に多く寄与した事実は肝要である。


(脚注)
*1
Cinema cafe.net「今年一番泣いた」劇場版『若おかみは小学生!』溢れる感涙の声に復活上映も
http://www.cinemacafe.net/article/2018/10/16/58664.html

*2
Cinema art online劇場版『若おかみは小学生!』高坂希太郎監督インタビュー
http://cinema.u-cs.jp/interview/waka-okami-kosaka/

*3
月刊『アニメージュ』(徳間書店)2018年12月号 p. 110「この人に話を聞きたい」第201回 高坂希太郎

*4
アニメ!アニメ!「若おかみは小学生!」旅館“春の屋”のモデルは宮崎駿監督の紹介? 高坂希太郎監督が明かす制作秘話
http://animeanime.jp/article/2018/09/20/40277_2.html

(作品情報)
映画『若おかみは小学生!』
原作:令丈ヒロ子・亜沙美(絵)
監督:高坂希太郎
声の出演:小林星蘭、水樹奈々、松田颯水、ほか
アニメーション制作:DLE、マッドハウス
http://www.waka-okami.jp/movie/
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

※URLは2018年12月26日にリンクを確認済み