「第22回文化庁メディア芸術祭 受賞発表(記者発表会)」が2019年3月1日(金)に行われ、会場の東京・Ginza Sony Parkには受賞作家や受賞作品のプロデューサーらが出席した。過去最多となる世界102の国と地域から寄せられた4,384作品の応募作品のなかから、受賞作品(大賞、優秀賞、新人賞)と功労賞が発表された。

記者発表会には、エンターテインメント部門大賞を受賞した『チコちゃんに叱られる!』のチコちゃんが登場し、会場を沸かせた

各部門の大賞作品

アート部門
『Pulses/Grains/Phase/Moiré』(古舘健)は、青函連絡船の船内に300台を超えるスピーカーとLEDライトを設置した大規模なサウンドインスタレーション。古舘氏は、自身の青春時代であった2000年頃のメディアアートの空気感を、これからもオフィシャルな場で伝えていけたらと今後の展望を伝えた。
審査委員の森山朋絵氏は、圧倒的な光と音に鑑賞者が没入できる作品であり、生命感を感じさせるような試みだと評した。また、サイトスペシフィックでありながら、海外でも日本科学未来館でも体験できる作品であろうと述べた。

アート部門大賞『Pulses/Grains/Phase/Moiré』(古舘健)
Ⓒ Kouji Nishikawa
古舘氏

エンターテインメント部門
『チコちゃんに叱られる!』(『チコちゃんに叱られる!』制作チーム)は、NHKのテレビ番組。何でも知っている5歳の女の子「チコちゃん」が、素朴な疑問を投げかけてはその回答に「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と突っ込みながらも、その答えを明らかにしていく。制作チームを代表して、共同テレビジョンプロデューサーの小松純也氏は、テレビ業界ではこれまでの番組のつくりかたが通用しなくなってきたなかで、日常生活で当たり前のことを意外と知らないと思わせられる「気づき」という新しい視聴体験を提供するものだと説明。
審査委員の遠藤雅伸氏は、本作品の大賞受賞に当たっては、議論が紛糾したことを打ち明けた。しかし、応募がないと賞を授与できないというコンテストのあり方から、広く一般的な作品も応募してほしいという気持ちも込めて大賞に選出したという。また、エンターテインメントは人を楽しませようというつくり手の気持ちが一番大切であり、そこに光を当てたかったとも話した。

エンターテインメント部門大賞『チコちゃんに叱られる!』(『チコちゃんに叱られる!』制作チーム)
Ⓒ NHK (Japan Broadcasting Corporation) All rights reserved.
共同テレビジョンプロデューサーの小松氏

アニメーション部門
『La Chute』(Boris LABBÉ)は、ダンテ・アリギエーリの『神曲地獄篇』に着想を得た短編アニメーション。墨汁と水彩絵具による約3,500枚の絵をデジタル編集し、そこに弦楽奏の断片的な響きと電子音によるオリジナルの音楽が重ねられている。フランス在住のBoris LABBÉ氏からは会場に「わたしの作品を、文化庁メディア芸術祭をはじめとして、日本の皆さんと共有できてうれしい」といった内容のビデオレターが届いた。
審査委員の横田正夫氏は、人々や周りのモチーフの動きがループしながら展開していくつくりはアニメならではの特色を生かしていると評価。また、微細な部分まで配慮しながら、人類の誕生から進化などを見事に描き切っていると称した。

アニメーション部門大賞『La Chute』(Boris LABBÉ)
Ⓒ Sacrebleu Productions
LABBÉ氏より届いたビデオレター

マンガ部門
『ORIGIN』(Boichi)は、あらゆる犯罪が流れ込む大都市となった西暦2048年の東京が舞台。殺人を繰り返す人間に近い外見を持つ超高性能なAIを搭載したロボットたちと、人間社会に溶け込むプロトタイプのロボット「オリジン」の戦いを描く。Boichi氏は、本作品には「モーニング」初代編集長である栗原良幸氏の「気持ちが込められたものでなければならない」という思いが詰まっていると話した。そして、これからも栗原氏のその思いを守っていきたいと明言した。
審査委員のみなもと太郎氏は、初めに自らは栗原氏が最初に担当したマンガ家であることを告げた。作品については、最初に読んだときにスピード感、ヒューマニズムに高度なものがあると直感的に感じたという。またほとんどの審査員が、高得点をつけており、すんなり大賞に決まった選考の経緯を伝えた。

マンガ部門大賞『ORIGIN』(Boichi)
Ⓒ boichi, Kodansha 2019
Boichi氏

功労賞
アニメーション監督/アニメーション研究者の池田宏氏、評論家の呉智英氏、クリエイティブディレクターの小池一子氏、筑波大学名誉教授の三田村畯右氏の4名が選出された。

初の2部門受賞

アート部門で『discrete figures』(真鍋大度/石橋素/MIKIKO/ELEVENPLAY)が優秀賞、エンターテインメント部門で『Perfume × Technology presents “Reframe”』(Perfume+Reframe制作チーム〈代表:MIKIKO〉/真鍋大度/石橋素)が優秀賞と、同じ回に同じチームによる初の2部門受賞に輝いた、真鍋大度氏とMIKIKO氏も登壇。真鍋氏は、どちらも過去のパフォーマンスをもとにしたものであり、実際にパフォーマンスを見てもらう場は限られるため、受賞をきっかけに広げていければとコメント。MIKIKO氏は、2作品はアートとエンターテインメントをカテゴライズしないことを目標としていたので、両部門受賞は感慨深いと話した。

真鍋氏とMIKIKO氏

各部門の受賞作品の傾向と総評

アート部門の選考を務めた森山氏は、本芸術祭が22回目を迎え、芸術祭自体もアート部門も、シンギュラリティ=特異点を迎えるのではという思いがあるという。最初の10年は「メディア芸術とは何だろう」という状態だったが、マンガ・アニメ・ゲームの展示はどんどん人気が高まり、浸透してきたと説明。そんななかで今回は、「人間以外のものがつくる芸術の価値」対新人賞を受賞した『watage』((euglena))のように「デジタルテクノロジーを使っていないもの」という構図がみられたという。作品の内容自体は、優秀賞を受賞した『Lasermice』(菅野創)をはじめとして、一部が全体を兼ねるような集合知を表した作品や、移り変わっていく評価軸そのものを問うような作品が多かったと振り返った。そして、上位を占める作品は「メディア芸術祭育ち」とも言うべき国内の作家が多く、ここ20年、この領域で見せ手・つくり手・受け手の面から育成してきた成果のひとつとして前向きに受け取って良いのでは、とまとめた。
エンターテインメント部門について遠藤氏は、「ほかの3部門と比べて、かたちがはっきりしておらず難しい部門」と説明し、優秀賞を受賞した作品について言及。実際の街で楽しめる『歌舞伎町 探偵セブン』(『歌舞伎町 探偵セブン』制作チーム〈代表:加藤隆生/西澤匠/平井真貴/堀田延/岩元辰郎〉)はその新規性、ビデオソーシャルプラットフォーム『TikTok』(『TikTok』Japanチーム)は一大ムーブメントを引き起こしたメディアをつくったことを評価したという。スマートフォンをかざすと生き物の名前がわかるAI図鑑アプリ『LINNÉ LENS』(LINNÉ LENS制作チーム〈代表:杉本謙一〉)は、データの蓄積やトラッキングなど労力がかかる内容だが、それをスタンドアローンで実行させる技術力を、使用者にまったく感じさせないことに対し、「技術の無駄づかい」と称えた。
アニメーション部門の審査委員である横田氏は、短編アニメーションは人生を象徴的に描くのが得意な分野だとしてうえで、新人賞を受賞した『透明人間』(山下明彦)をその例に挙げた。長編アニメーションについては「心地よいが、個々の個性が弱い。しかし作品のレベルは高い」と実感を伝えた。また、全体の傾向としては、日常生活のなかで気づかれない個人の困難をアニメでわかりやすく示したものと、優秀賞を受賞した劇場アニメーション『若おかみは小学生!』(高坂希太郎)など、人間のポジティブな部分を描いたものに分けられたという。
マンガ部門の審査を担当したみなもと氏は、マンガは4部門のなかで最も原始的と述べたうえで、しかし音も出ず動かないからこそ、読者は作品のなかに入り込むことができることを示唆。優秀賞を受賞した『宇宙戦艦ティラミス』(原作:宮川サトシ/作画:伊藤亰)は、大賞の『ORIGIN』にひけをとらないほどの高い画力で描かれた「バカ丸出しのギャグマンガ」、『凪のお暇』(コナリミサト)は主人公に等身大で寄り添う秀作と評価した。同じく優秀賞に輝いた江戸時代のBLを描く『百と卍』(紗久楽さわ)は問題作であると説明しつつも、古代ギリシャ時代、戦国時代でも当たり前に存在していた男性同士の同性愛を無視して、歴史を語ってきたことを考え直さなければならないと話した。
最後に、運営委員の建畠晢氏が総評を述べた。日本が輸出を行ってきたアニメーション、マンガといった分野で、ヨーロッパとアジアの作家が大賞を受賞したことは、グローバル化を象徴していると指摘。メディア芸術祭には、ジャンル、地域、世代などのさまざまなボーダーレスな状況が落とし込まれているという。そして実際の世界ではさまざまなボーダーが存在しているが、真のグローバリズムのために、文化・芸術は供していくのでは、とまとめた。
なお、受賞作品の展示・上映や関連イベントを実施する受賞作品展は、2019年6月1日(土)から6月16日(日)まで、東京・お台場の日本科学未来館を中心に開催される。


(information)
第22回文化庁メディア芸術祭 受賞発表(記者発表会)
2019年3月1日(金)
会場:Ginza Sony Park

第22回文化庁メディア芸術祭受賞作品展
2019年6月1日(土)~16日(日)
会場:日本科学未来館ほか
入場料:無料
主催:第22回文化庁メディア芸術祭実行委員会
http://festival.j-mediaarts.jp

※URLは2019年3月4日にリンクを確認済み