平成30年度メディア芸術連携促進事業 研究プロジェクト 活動報告シンポジウムが、2019年2月23日(土)に国立新美術館で開催された。メディア芸術連携促進事業は、メディア芸術分野における、各分野・領域を横断した産・学・館(官)の連携・協力により新領域の創出や調査研究等を実施する事業だ。本事業の目的は、恒常的にメディア芸術分野の文化資源の運用と展開を図ることにある。本シンポジウムでは、事業で推進している2つの研究プロジェクトの活動報告とパネリストによる討論・提言が行われた。本稿では「調査研究マッピング」各分野からの発表の要約とともに、パネルディスカッションについてレポートする。

ディスカッションの様子。左から、コーディネーターの吉村氏、パネリストの石川氏、土居氏、松永氏、明貫氏

「研究マッピング」マンガ分野

報告者:大阪市立大学 石川優

左から、調査担当の西原麻里氏(愛知学泉大学)と石川氏

1. 今年度の活動内容
本プロジェクトの目的は、日本や海外のマンガ/コミックスに関する研究(以下、「マンガ研究」と総称する)の情報を収集・整理し、それを「見取り図」として示すことで、研究の社会的活用を促すことである。今年度は、マンガ研究の文献(主に図書)の情報収集と研究会の開催を中心に活動した。

2. これまで蓄積したデータから見える当該分野の特徴
そもそも、日本でのマンガ研究は批評が先行し、のちに学術研究が登場したという経緯がある。そのため、このプロジェクトでは学術研究だけでなく批評や評伝などのさまざまな「マンガをめぐる語り」をマンガ研究とみなして、文献情報を収集してきた。2015年から現在までに、日本語、英語、ドイツ語、フランス語によるマンガ研究について、約340件の文献情報を集めている。今回は、その内の日本語文献(計246件)のデータをもとに、日本でのマンガ研究の傾向について報告する。
まず、「何を論じているのか」という点については、「人」(作家、編集者)を対象とするものが40%、「マンガ」(作品論、表現論、社会学的・メディア論的研究など)を対象とするものが44%、「その他」(領域横断的研究、周辺領域的研究など)が16%であった。「人」を扱う研究については、作家に焦点を当てるものが大半を占めるが、編集者に関する言説が少しずつ増えつつある。また、一般書と学術書とを比べると、前者が「人」に着目することが多いのに対して、後者は「マンガ」を論じる傾向がある。
次に、「どこのマンガを論じているのか」という点については、「日本マンガ」を対象とする文献が全体の80%であった。そのほかには、フランス(バンド・デシネ)、アメリカ(アメリカン・コミックス)、アジア圏(中国の連環画など)のコミックスを論じるものがわずかにある。
また、翻訳については、日本語が原著のものが95%であり、外国語からの訳書は3%にとどまる(そのほかに、翻訳を一部に含む和書が2%)。このプロジェクトでは、過去4年間で100件弱の外国語の文献情報を収集しており、そのなかで日本マンガはよく論じられている。しかし、それらを日本語に訳出する取り組みは、まだ少ないのが実情である。
以上の点から、日本で出版されるマンガ研究には「日本のマンガを、日本語で論じる」文献が圧倒的に多いことがわかる。この結果は、日本におけるマンガ研究の「内向的な一面」を示すものといえるだろう。そこで、本プロジェクトでは日本と海外のマンガ研究の架橋を促進するべく、公開研究会「アジアのマンガ/コミックス研究を知る」を開催した。今年度は、アジアでグローカルに展開される研究状況を紹介し、盛況のうちに終了した。
また、日本でのマンガ研究のもうひとつの特徴は、書き手の職業的属性の多様性である。マンガ研究の語りを紡ぐのは、研究者(大学や研究機関に所属する者)だけでなく、批評家、作家、編集者など、さまざまである。特に、学校教育や医療の現場ではマンガを活用する実践/研究が行われており、その成果が文献として表れつつある。本プロジェクトが描く研究の「見取り図」は、こうした領域にも資するものとしたい。

3. 「メディア芸術」全体のマッピング構築に向けた期待や課題
ほかの分野との連携は、日本のマンガ研究が持つ「内向的」な流れを変えることにもつながると考えている。また、分野横断的な研究に対する解決の糸口が見つかるという期待もある。ただ、現実的には、段階を踏んだ連携が必要ではないか。例えば、各分野の研究の独自性と共通点を洗い出すという基礎作業を経ることで、「メディア芸術」として有機的に連携する道が見えてくるだろう。

「研究マッピング」アニメーション分野

報告者:ニューディアー 土居伸彰

左:土居氏 右:データベースサイトのトップ画面。実際のサイトを示しながら説明

1. 今年度の活動内容
日本アニメーション学会が制作した「アニメーション研究のための論文と書籍のデータベースサイト」に論文と書籍の情報をアップロードしている。掲載内容は、日本アニメーション研究の学会誌『アニメーション研究』、海外で最も権威のある国際的なアニメーションの学術誌『Animation: An Interdisciplinary Journal』に掲載された論文。また、そこから外れる文献も拾うべく、各分野の専門家に推薦文献リストを寄稿してもらい、更新している。

2. これまで蓄積したデータから見える当該分野の特徴
マンガ分野で指摘された「内向き」の傾向は、アニメーション分野にもかつて共通してみられたものであり、数年前にデータベースサイトをつくったのは、海外の文献に触れやすくすることでそれを打破するためだったことが前提として語られた。
続いて、日本の「アニメーション研究」と海外の「アニメーション・スタディーズ」についてそれぞれ説明していく。まず、日本の「アニメーション研究」は1998年に日本アニメーション学会が設立されたことで、学術的な意識を高めることとなった。(それ以前には、アニメーション制作の当事者もしくは近い立場の人が、研究的なことを行っていた。)学会設立時においては、心理学プロパーが多かったことが特徴として指摘できる。『アニメーション研究』の掲載論文を見てみると、2000年代前半までは、一次資料にあたる歴史研究、なぜアニメーションは動いて見えるのかという心理学からの研究、さらに日本文学プロパーからのテクスト分析的な研究が目立ち、海外の研究者からの寄稿、教育の方法論の追求などもあった。2000年代後半に入ってくると、そこに映画学の観点が入ってくる。また、批評・評論的なスタイルの論文も目立つようになる。2010年代前半にはアニメーション研究の方法論自体を自省する傾向が見られ、2010年代後半には、「アニメーション・スタディーズ」の領域で確立された成果の影響が見られるようになり、今までの歴史研究で語られてきた枠組みを問い直す批判的な歴史研究が見られるようになる。また、心理学的アプローチは減少し、産業面へのアプローチが増えてきた。
「アニメーション・スタディーズ」もまた、「アニメーション研究」同様に、最初は個々の研究者の個人的な活動から始まり、1987年には国際アニメーション学会(Society for Animation Studies)が設立されることで学術的に組織化されていった。2006年からは『Animation: An Interdisciplinary Journal』が発行され、「アニメーション・スタディーズ」の学術化はかなり実現された。日本との大きな違いは、CGが大きなテーマとして掲げられていることである。そこには、「アニメーション・スタディーズ」がもともと、ハリウッド映画がデジタル化によってどのように変化してきたかという研究から発展したという背景が関わっている。映画学や美学からのアプローチが目立つ一方、カートゥーンやディズニーに関する「内向き」な研究も多い。2011年以降はドキュメンタリーなどの表現論という観点で少しずつ日本と海外のつながりがでてきた。また最近は労働問題も取り上げられたりしている。アニメーション研究もアニメーションスタディーズも、個人的な研究からだんだんと進んでいって、新しい転換期を迎えつつあるといえる。

3. 「メディア芸術」全体のマッピング構築に向けた期待や課題
アニメーション研究のプロパーではないところで行われているアニメーションに関する研究をどのように拾い上げるのかという課題がある。アニメーション分野でもそのあたりをカバーできるようにしていくが、「メディア芸術」という枠組みを用いることでも、横断的な研究をマッピングできるのではないだろうか。

「研究マッピング」ゲーム分野

報告者:東京藝術大学 松永伸司

左:松永氏 右:日本と海外のゲーム研究を4つにカテゴライズして特徴を紹介

1. 今年度の活動内容
「ゲーム研究資料目録」という文献データベースの構築を目指すべく、文献を収集。日本語文献は500件前後、海外文献は700件ほどを収集し、日本語文献については分野のタグ付けを行った。また、ゲーム研究に関わる専門家の協力を得て、文献とキーワードのリストも作成。

2. これまで蓄積したデータから見える当該分野の特徴
ゲーム研究の地図づくりをしてきたなかで見えてきた特徴の1つとして、ゲーム研究の文献とそのための資料としている文献の線引きが難しいことがいえる。具体的には、評論記事や雑誌記事や、ゲーム開発者が書いたもの。それをデータベースに掲載するかどうかという問題がある。また、ゲーム研究の文献といっても、分野の偏りや内容の多様性があり、全体を統一的に把握するのが難しいということがわかってきた。
また「ゲーム研究」といえども、ゲームをつくるための研究(ゲームデザイン)とゲームを理解するための研究(狭義のゲーム研究)は別々のものとしてあり、研究を発表する場が異なり、それに参加する研究者の分野も違う。ゲームデザインは工学系が多く、ゲーム研究は社会科学、人文科学が多い傾向にある。また、ゲーム研究もゲームデザインもともに、日本国内と海外(グローバル)とで歴史と現状のあり方がかなり異なる。
以上のことから、ゲーム研究は少なくとも国内のゲームデザイン、海外のゲームデザイン、国内のゲーム研究、海外のゲーム研究の4つに分けられ、発表の場所やジャーナル、語られる領域もさまざまである。ゲームデザインではコンピューター科学、人工知能、CGといった情報工学系の研究者が携わっていて、これは国内も海外も一緒である。一方でゲーム研究においては、国内と海外とでそのあり方は異なる。海外では、ゲームスタディーズという分野が2000年代前半に成立。これはもともとメディアスタディーズと呼ばれる芸術学・文学系領域の研究からできた分野だが、いろいろな領域でなされているゲームについての研究をまとめようというモチベーションがあった。結果として、海外では、ゲームスタディーズをある種のハブとして、多様な領域のゲーム研究とゲームデザインが部分的に参照しあう関係になっている。一方で国内のゲーム研究は、2006年に日本デジタルゲーム学会が設立した頃から制度として成り立ってきたが、ゲームスタディーズのようなハブ的な分野はなく、いろいろな分野の研究者の寄り集まりである。さらに、ゲーム研究者だけではなく、ゲーム開発者やゲームライターなども参加していることから、日本のゲーム研究はまとまりがないといえる。このような状況のため、国内と海外のゲーム研究は、例えば心理学的な研究同士や経営学的な研究同士といったかたちで個々の専門領域ごとにつながっているという面はあるものの、全体としては直接的に結び付いていない。マンガやアニメーションと同様に内向きだといえる。

3. 「メディア芸術」全体のマッピング構築に向けた期待や課題
「メディア芸術」という枠のもとで総合的に研究マッピングを進めようとするなら、個々の領域ごとの研究状況の俯瞰に加えて、メディア芸術を対象とする研究全般の状況を俯瞰する視点が必要になる。そのためには、ディシプリン横断的なかたちで研究者チームをつくって、互いの研究分野のつながりやルーツの違いなどを確認しながら、現在進行形の文化的状況に合わせた理解を構築していくことが望ましいと考える。

「研究マッピング」メディアアート分野

報告者:愛知県立芸術大学/映像ワークショップ 明貫紘子

左:明貫氏 右:メディアアートはそもそも領域の定義が難しく、マッピングに向けての課題をまとめた。参考資料「“X by Y” Moritz Stefaner, Ludwig Boltzmann Institut Medien.Kunst.Forschung. Mapping the Archive: Prix Ars Electronica. 2009」はアルスエレクトロニカが自身のアーカイブ資料をもとにマッピングを行ったプロジェクト「Mapping the Archive」の成果

1. 今年度の活動内容
今年度は約700件追加して合計2000件ほどの日本語の文献を収集し、報告/レポート、教育論、歴史/美学、技術論/工学、作品論という5つの分野に分類した。学術論文だけでなく、雑誌や批評文なども含まれている。

2. これまで蓄積したデータから見える当該分野の特徴
メディアアートの領域をどこまでとするか、という大きな問題がある。世界的にみても「メディアアート」を冠した学会は、Media Art Historyのみで、歴史研究がメインになっているため、現在進行形のメディアアートを含めたその領域が確立しているとは言い難い。
近年の傾向として、メディアアートの修復・保存、アーカイブ編成に関する研究が見られるが、現状の分類項目に区分けできない。また、アーティスト自身による自己研究、メディアアートの制作支援、共同制作のためのプラットフォームの研究なども領域として定着してきている。
メディアアートは多様で、時代とともにその活動内容や定義が変化するため、マッピングにあたっては、数年ごとに区切って細かく傾向をみていく必要がある。
また、マッピングにあたっては、プロジェクトとして流動的かつ重層的な展開、産官学民の連携が期待されていることを考えると、地方の文化政策からみていくメディアアートというテーマが挙げられる。例えば2013年に札幌市はユネスコによって「メディア・アーツ都市」に認定されているが、それを契機として産官学民それぞれの立場からさまざまな活動が行われ、それを背景とした文献が発表されている。そのような面からメディアアートがカバーするべき領域が見えてくるかもしれないという仮説を立てている。
さらに、メディアアートの作品自体がひとつの研究成果だということもできる。作品の制作プロセスや作品の制作フィールドを学術的に解体してみえてくるものがあるのではないかと考えている。例えば2012年、山口情報芸術センター[YCAM]で公演された「THE END」は渋谷慶一郎と初音ミクのオペラ作品。この作品をひもとくときに、参照しなければいけない研究は、初音ミクからはボーカロイド、CGなどのテクノロジー的背景やCGMやN次創作といったメディア論など、音楽からは電子音楽や現代音楽、オペラ、音響システムなど多岐にわたる。このように、メディアアートの領域は非常に広く、その文脈形成が急務といえる。言い換えれば、芸術だけを学んでもメディアアートを理解することはできない、ということである。

3. 「メディア芸術」全体のマッピング構築に向けた期待や課題
ポスト・アカデミズムというキーワードを提案する。美術史の世界では50年たたないと研究分野にならないといわれているが、時代とともに変化し、同時代的に評価され消化される対象を扱っているメディア芸術は、従来の意味でのアカデミックになるまでの時間がない。
メディアアーティストであり、メディアアートの研究者でもある江渡浩一郎氏はすべての人々に向けた「ユーザー参加型」の学会「ニコニコ学会」を企画した。このように、美術館や大学の外を舞台として、評価が固まっていないものを評価したり、新しい価値をつくっていったりという活動をしていくとおもしろいのではないだろうか。メディア芸術という枠組みで4分野をひとくくりにした場合、このように気軽に意見交換したり、発表したりできる場があるとよいと考える。

「調査研究マッピング」パネルディスカッション

パネリスト:【マンガ分野】大阪市立大学 石川優
      【アニメーション分野】ニューディアー 土居伸彰
      【ゲーム分野】東京藝術大学 松永伸司
      【メディアアート分野】愛知県立芸術大学/映像ワークショップ 明貫紘子
コーディネーター:京都精華大学 副学長 吉村和真

各分野からの発表を受け、海外の研究を日本に取り入れることについて、パネリストよりそれぞれの知見が示された。また、吉村氏は日本アニメーション学会が1998年、日本マンガ学会が2001年に設立した際は、双方が一緒になって研究しようという機運があったが、制度化によりそれぞれの道に進んだことについて言及。今後分野をつないでいく必要性が生じてきたなかで、「メディア芸術」全体のマッピング構築に関する問いが投げかけられた。
明貫氏は、最近のメディアアーティストは世代的に「マンガアニメゲーム」を享受してきており、そのボキャブラリーが作品に昇華されているため、メディアアート作品を語るうえでは、マンガ、アニメ、ゲームに言及しなければならなくなってきていると指摘。土居氏は、それぞれの分野の研究者の専門性をどう生かすかこそが第一に考えられることであり、研究者の存在とその研究内容をしかるべき場所に届けるシステムがつくられることが大切だとした。そのためにそれぞれの分野に対しての橋渡しとなるコーディネーターがいるべきだと話した。発表において横断的な研究者チームをつくることを提示していた松永氏は、メディア芸術という枠組みのなかに、第5の「メディア芸術」というカテゴリをつくればよいのではと意見。分野に共通していることを扱うスペシャリストをつくることも提案した。そして明貫氏は、各専門の研究は続けていくべきだとしつつも、ひとつの作品を共同研究することを挙げ、例として、韓国で進んでいる自分で制作~出版までする新世代マンガを引き合いに出した。これはタブレット端末でみることが前提となっているため、メディアアートで積み重ねられてきた、ネットで閲覧する作品に関する研究にもつながってくるという。また、松永氏が言及した「異世界転生もの」というジャンルにおける表現は、メディアアートにも多く見られると付け加えた。さらに石川氏は、各分野からこぼれおちるような研究にも目を向ける必要があると指摘した。例えば、ファン研究では、メディアの固有性にこだわらずに「キャラクター」を愛好するファンについての研究がおこなわれている。こうした知見は、「メディア芸術」研究のあり方を考える上でも大切であると話した。
最後に吉村氏は、4年間マッピングづくりを行ってきて、メディア芸術研究が俯瞰できるものができあがってきたなかで、最終段階の5年目に向けての展望を問うた。
土居氏は、データベースを構築したことにより、海外の最新の研究などを簡単にみられるようになったのはこれまでの成果であり、研究者にとっての有用性があるとした。研究の成果を外部にアピールすることももちろん大事だが、今後も研究の自立性を守ることにも力が注がれ続けられなければならないと述べた。松永氏は、世代間の見え方の違いが気になるという。例えば10代、20代の人々が、アニメ、ゲーム、マンガ、メディアアートと並べたときに、それぞれをどれだけ違うものとしてみているのか、といったことだ。若い人の声も入れられたらとまとめた。明貫氏は、メディア芸術の研究を進めるうえでは、かつてはいずれも周辺分野で、サブカルチャー的な文化であったという背景を忘れずに進めていければと意見。石川氏は、4分野の研究成果をまとめた「入門編」と、「メディア芸術」を分野横断的に研究する「応用編」という2つのテキストがあるとよいのではないか、と提案した。それによって、「メディア芸術」研究の経緯と今後の発展をまとめられるだろう、と話した。


(information)
平成30年度メディア芸術連携促進事業 研究プロジェクト 活動報告シンポジウム
日程:2019年2月23日(土)
会場:国立新美術館 3F 講堂
参加費:無料
主催:文化庁

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