6月1日(土)から6月16日(日)にかけて「第22回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントやシンポジウムなど、さまざまな関連イベントが行われた。6月1日(土)には東京国際交流館で、受賞者のBoris LABBÉ氏、セバスチャン・ローデンバック氏、モデレーターとして審査委員の森野和馬氏、木船徳光氏を迎え、アワードカンファレンス[アニメーション部門]セッション1「多様な表現と接近の相違」、セッション2「継続して制作することの意味」が開かれた。本稿ではその様子をレポートする。

会場の様子。スクリーンに映された作品などとともにディスカッションが進められた
写真:中川周

一人でつくったからこそ生まれた画風

第22回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門において、Boris LABBÉ氏の短編アニメーション『La Chute』は大賞、セバスチャン・ローデンバック氏の劇場アニメーション『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』は優秀賞を受賞した。カンファレンスは、フランスの作家である2人が、作品の概要、制作の過程などを、作品の映像や制作現場の写真などを用いながら説明し、森野和馬氏、木船徳光氏がそれについて質問を投げかけるという形式で行われた。
最初に会場では、2018年の夏に日本でも公開された『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』の予告編が流された。本作品は、グリム童話の一篇を描いたもので、悪魔にそそのかされた父のせいで、手を奪われてしまった少女の物語。少女は結婚して王女になるのだが、必ずしもそれが幸せにつながるわけではなく、自分自身の道を見つけることがテーマになっている。

【予告編】『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』

ローデンバック氏によると、この物語を制作するきっかけは、2001年にプロデューサーからグリム童話をベースにした作品の企画を持ちかけられたことだったという。その後7年間にわたって制作のための準備をしたが、資金が集まらずに実現には至らなかった。しかし、主人公の女性が自分の道を切り開いていく普遍的なテーマがずっと忘れられずにいたそうだ。そんななか、アーティストであるパートナーが、フランス政府が提供するローマの文化プログラムの参加権を得て、1年間奨学金が給付されることになった。ローデンバック氏はローマに向かうパートナーに同伴し、自由な時間を活用して頓挫した企画に個人的に取り組むことにした。そこで、頼るべきプロデューサーやスタジオ、ストーリーボードやシナリオがないままに、たった一人で即興で物語を編み上げていったという。
そのような背景から、本作品の特徴ともいわれる画風が生まれた。一人きりの制作で、作業量を節約する必要があったため、動画の数は1秒12コマに減らし、また線をなるべく省いて描くクリプトキノグラフィーという手法を用いた。この手法は、動画のなかで、動く部分だけを描いてそれ以外は省略するといった具合で、ローデンバック氏は「未完の作画」と称した。このローマでの制作では、背景を含めて1日で作品の上映時間あたり15~20秒分ほど進み、1年で全体の3分の1に及ぶ40分まで進んだ。同氏はこのときの作業について、自分が役者、監督、観客のような立場でストーリーを組み立てながら、作画をしていったと話した。パリに戻ったあとは、作画の続きを進め、スタッフに手伝ってもらいながら、撮影、編集などを行い、合計3年を費やして作品は完成したという。

『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』の原画の一部。キャラクターの線はすべて描かずにできるだけ省略する
写真:中川周

シンプルな制作工程がもたらした効果

自身も映像作家である森野氏は、予算がネックになっていたことでこのようなスタイルに変わっていったことを指摘。ローデンバック氏はその過程を、実験的に進めていくうちに宝物をみつけたような感じだったと話した。また、資金を募るために、最初の20分をまず完成させて、売り込みにいったこと、フランスでは一般的に長編アニメーションの制作費は700~800万ユーロが相場であるが制作費は300万ユーロだったことなどにも触れた。さらに本作品は、アヌシー国際アニメーション映画祭などでも受賞し話題となり、一定の動員数を得られたため、制作費に対して収益性が高かったという。
一方で、アニメーション作家でもある木船氏は、登場人物が発するセリフに着目。作画をする過程で内容を考えていたのか尋ねた。すると、キャラクターに言わせる内容は固まっていたものの、どう言わせるかは決まっていないシーンもあったという答えが返ってきた。最後の編集段階でセリフがしっくりこなければ、そのシーンを描き直し、あらためて声優にアフレコしてもらうというプロセスがとられたと振り返った。
また森野氏は、抽象的な表現により、受け手の感度が高くないと作中で何が起きているかを想像できないため、観客の反応が心配ではなかったのかと質問。これに対してローデンバック氏は、来場者が10分で席をたってしまうのではと恐ろしかったと明かしたうえで、印象的だったというボルドーでの発表を挙げた。会場には何を上映するかを知らない観客が集まったが、上映が終わったあと、多くの人がよかったと声をかけてくれたという。

アニメーション作家のローデンバック氏。ビデオクリップや長編アニメーションなども含めて、これまでに10作品以上を手がけている
写真:中川周

鑑賞者の感覚を刺激するどこまでも続くループ

アニメーション部門で大賞を受賞したLABBÉ氏だが、実は2015年の第19回文化庁メディア芸術祭でも自身が制作した短編アニメーション『Rhizome』が大賞を受賞している。この作品の内容も踏まえて、『La Chute』が表現するものや制作方法などが明かされた。
LABBÉ氏にとって、プロとしての最初のプロジェクトであった『Rhizome』は、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神科医フェリックス・ガタリの共著『千のプラトー』(1980年)で複雑に展開されるRhizome(リゾーム)の概念に則っている。繰り返し、サイクル、増殖をテーマとした作品であり、創造、崩壊、再生という流れが全体のシナリオである。

Rhizome – Trailer

今回の『La Chute』はダンテ・アリギエーリの『神曲地獄篇』に着想を得た作品で、『Rhizome』と同様にモチーフのループがアニメーションのカギとなっている。鳥、植物、天の住人などが同じ動きを繰り返しながら展開していき、天上から地上、地獄までを表現。黒い画面をベースとしたアニメーションに、弦楽奏の断片的な響きと電子音によるオリジナルの音楽が添えられ、暗く妖しくも美しい世界を生み出している。
LABBÉ氏は、本作品に関してははじめからシナリオはなく、数カ月かけてさまざまな図を描きながら制作を進めていったと振り返る。そして最終的に、天上から地上、地獄の一続きの図が完成し、それぞれのモチーフにループ、リズムを与えていった。
さらにもうひとつ『Rhizome』と共通する点として、白い紙に墨で描いた絵をスキャンして色を反転させ、黒い画面に白いモチーフを展開させていることにも言及。水を吸収しにくい紙に、墨で絵を描き乾かすと現れる、ザラザラとした岩のような質感を生かしたそうだ。作中には、色がついている部分もあるが、そこは水彩絵の具で描き、反転させずにそのまま反映したという。
そのような原画が約3,500枚使われている本作品だが、LABBÉ氏は、制作期間は1年ほどだったと話す。そのうちの10カ月間を占める墨を使った作画の作業では、アニメーションを学ぶ学生の手を借りた。通常のアニメ制作とは異なるため、手伝いに来た学生をその都度指導する必要があったが、皆1カ月ほどで慣れてくれたという。

Trailer LA CHUTE dir. Boris Labbé

ループアニメーションがたどり着いたアート性

森野氏は、『Rhizome』『La Chute』で共通しているループ表現がインパクトのある作品を生んでいると評価。LABBÉ氏に、ループの狙いや効果はどういったものかを尋ねた。
これに対してLABBÉ氏はまず作業の簡略化を挙げ、次にループ表現が好きだとも話した。生きているものは循環をしており、両作品ともそのような生けるものの世界を表しているという。また、ループと音楽が一定のリズムを持って合わさることによって、催眠効果、さらにその先に何かを超えるような感覚がもたらされるとした。
続いて森野氏は、その突き詰めたループ表現に「この人には勝てないな」と感服の意を表し、『La Chute』はアニメーションなのかアートなのか、制作者としてはどのように考えているかを質問。
するとLABBÉ氏は、自身の仕事の多くは映像と造形芸術の境界線にあり、実験的な映像に興味を持っていると答えた。そのため、映画的なものも、美術館に展示されるものもつくれると発言し、分野を横断する制作スタイルが作品にそのまま表れていることを示唆。
また森野氏は、本作品は鑑賞するというより、目や耳、体で感じるニュアンスがあるところが変わっているとも指摘した。
その点はLABBÉ氏も当然意識していたようで、本作品に取り組むにあたり「感覚」を重視していたことを明かした。言葉でなくて体、臓物で感じることを念頭に置いてつくられたという。また、ゴヤの戦争の悲惨さを表した作品に代表されるような、人類の記憶を思い出させる作品を目指したことも付け加えた。

映像作家であり、アーティストでもあるLABBÉ氏。アニメーションに加え、音楽関係のプロジェクト、インスタレーションなどにも携わる
写真:中川周

日本とフランスのアニメーション事情

受賞者の2人は、来場者からの質問にも答えてくれた。そのひとつに、日本のアニメーション事情をどう捉えているか、好きなアニメーション作家はいるか、というものがあった。
ローデンバック氏は初めに、日本はアニメーション大国であり、アニメーションをほかの映画と同じように捉えている国はほかになく、他国の作品に影響を与えると話した。フランスでも多くの日本の長編アニメーションが上映されているという。そして、インスピレーションを受けた作家に高畑勲監督の名を挙げた。いつもこのあり方でいいかを考えながら仕事に取り組んでいるところが好きだそう。
LABBÉ氏も、参考にしている作家などはいないが、ローデンバック氏と同じく高畑勲監督、さらに宮崎駿監督が印象深いとの答え。また、フランスに比べて日本は大人向けのアニメーション作品が非常に多いことを指摘し、制作状況が気になるとした。
また最後には、モデレーターの両氏から質問。審査委員を務めた森野氏によると、アニメーション部門ではフランスからの良い作品がかなりあったそうだ。ほかの国とは異なる独特のセンスのよさが感じられ、そのような作品が生まれる土壌はどこにあるのか尋ねた。
これについてローデンバック氏は、フランスでの制作にあたっては2つの恩恵を受けられることを説明。ひとつは、映画やアニメーションの学校がたくさんあることで、ローデンバック氏もLABBÉ氏もそのような場所でアニメーションを学んだそうだ。もうひとつは、短編作品をつくるための優秀なシステムがあること。『スター・ウォーズ』シリーズなどの一般的な映画をみると、その鑑賞料の一部が積み建てられ、その資金により作家は援助を受けながら、制作に打ち込めるのだという。

映像作家、CGアーティストの森野氏。CMディレクターとしても活躍(左)。アニメーション作家の木船氏。IKIF+代表、東京造形大学教授という肩書きも持つ(右)
写真:中川周

ローデンバック氏は今後、子ども向けの作品を制作することが決まっているとのこと。きっちりと出資元が決まっている場合はできないような、抽象的な内容にしたいと話す。一方でLABBÉ氏は、映像インスタレーションのプロジェクトを進めているそうだ。5つの映像を用いたもので、見せ方を工夫する予定だと教えてくれた。
同じフランスでそれぞれのスタイルでアニメーションに取り組む2人。カンファレンスは、彼ら制作者による解説を交えながら2つの受賞作品を読み解くとともに、フランスのアニメーション制作現場の生の声を聞くことができる貴重な機会でもあった。


(information)
第22回文化庁メディア芸術祭 アワードカンファレンス[アニメーション部門]
・セッション1「多様な表現と接近の相違」
・セッション2「継続して制作することの意味」
※受賞作品展会期中にキーノートおよび3セッションを開催

日時:2019年6月1日(土)12:00~13:30
会場:東京国際交流館 3階 メディアホール
出演:受賞者 Boris LABBÉ、セバスチャン・ローデンバック
   モデレーター 森野和馬、木船徳光
主催:第22回文化庁メディア芸術祭実行委員会
http://festival.j-mediaarts.jp

※URLは2019年6月19日にリンクを確認済み