2018年12月に北米、日本では2019年3月に公開されたCGアニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(以降『スパイダーバース』)と、Netflixで2019年3月より配信を開始した、18本のアニメーションからなるアンソロジー『ラブ、デス&ロボット』。両作とも、最新のアニメーション技術と、斬新な演出方法が強く印象づけられ、今後のアニメーション制作の未来を占う指標になる作品であった。着目すべき表現を抜粋しつつ、そこから切り開かれる新たなアニメーションの可能性に迫りたい。

『スパイダーマン:スパイダーバース』作中カット

1995年、ピクサー・アニメーション・スタジオは世界初の3DCGアニメーションによる長編映画『トイ・ストーリー』を世に送り出す。以来、アニメーションは既存の手描きアニメーションと、3DCGアニメーションという2つの大きな潮流のもと、時に入り混じりつつその表現の幅を広げていくことになる。近年は手描きアニメーションに3DCGを織り交ぜることで硬質かつ安定した画づくりを実現したり、3DCGモデルを彩色や境界線の設定で平面的に処理するトゥーンレンダリングにより手描きアニメーションのような質感を表現したりといった、技法のクロスオーバーはもはや目新しくなくなった。今後は技法の先進性だけでなく、その技法がどのような表現を求めて選択されたのか、あるいは開発されたのかといった観点が重要になってくるだろう。

『ラブ、デス&ロボット』の表現の多様性

まずは、Netflixで配信されている、『ラブ、デス&ロボット』を取り上げたい。本作は、『ファイト・クラブ』(1999)や『ドラゴン・タトゥーの女』(2011/日本公開2012)を手がけたデヴィッド・フィンチャーと、『デッドプール』シリーズ(2016〜)のティム・ミラーが指揮をとり、作品ごとにスタッフを寄せ集めてつくった18本のアニメーションからなるアンソロジーだ。いくつかの作品を抜粋しながら、使われている表現技法を見てみたい。
「ラッキー・サーティーン」はソニー・ピクチャーズ・イメージワークスにより制作された、実写映像に限りなく近い、フォトリアルな技法によってつくられた作品。宇宙で敵対勢力と戦闘を続けるなかで、不吉と言われるナンバー13の戦闘機をあてがわれた女性兵士を主役に、機械である戦闘機とのコミュニケーションが描かれる。皮膚の質感や金属の材質までに渡る細部を表現し、俳優によるモーションキャプチャーによって、人物の表情や動きも、限りなく実際の人間に近づいている。このようなフォトリアルなアニメーションについて、常につきまとうのが、ここまでのリアリティの追求を、実写ではなくアニメーションでやる目的がどこにあるか、ということであろう。もちろん、大がかりな合成映像作成用の設備やセット、つくり込まれた衣装や小道具を用意しなくとも、宇宙空間やファンタジー世界を舞台に作品をつくることができるというメリットはある。だがそれ以上に注目したいのは、カメラの存在である。例えば「ラッキー・サーティーン」では、実写で撮影するとしたら必然的に狭いコックピットでの演技が必要とされる。しかしアニメーションは、奥行きのないコックピット内でも、カメラの広角レンズの歪みを気にすることなく、引いた構図と同様のフラットな画角による映像を可能にしたり、障害物などの物理的な制約を受けない自由な構図を展開することができる。カメラのレンズに準拠するのではなく、つくり手の演出意図をより反映した構図の実現が可能となる。

LOVE DEATH + ROBOTS: Lucky 13 Deconstructed

一方で、手描きアニメーションによる作品も配信されている。「グッド・ハンティング」は中国系アメリカ人のSF作家、ケン・リュウの同名作品を原作とした、オリヴァー・トーマス監督による手描きアニメーション作品だ。制作を手がけたのはレッドドッグ・カルチャー・ハウスという、2014年に設立された韓国の新興アニメーションスタジオである(註1)。金属と歯車による機械技術が発達した架空の香港を舞台に、女の姿に化ける妖怪と人間の技師のあいだに生まれる愛と復讐を描く。中国の説話に出てくるような妖怪が手に入れる機械の身体は、柔らかいタッチによって描かれる。手描きのなめらかで有機的な曲線の生んだ機械の動物のフォルムは、「グッド・ハンティング」の根底を流れる、伝承の存在と工業機械という相反する要素を、説得力の高い映像としてつくり上げている。
「ジーマ・ブルー」は、ロボットとして生まれた知能が、芸術の深淵を極め、やがて真理にたどり着く物語だ。『Pear Cider and Cigarettes』で2017年のアカデミー賞短編アニメーション賞にノミネートされたロバート・バレーの手による本作は、直線基調にデフォルメされたキャラクターを、手描きによる独特なフォルムをできるだけ崩さずスライドするような動きをつくることで、題材である平面のアート作品と相性の良い画面をつくり出すことに成功した。
このように『ラブ、デス&ロボット』は、制作者それぞれが、表現するテーマや目的に合わせて、多様な技法や演出を選択しつつ高めていった過程を、十二分に感じられる作品群となっている。

『スパイダーバース』の統合性

『ラブ、デス&ロボット』では多様なアニメーションの表現を見てきたが、それらをひとつの作品のなかで並列することで、作品構造を映像にまで反映することができているのが『スパイダーバース』といえる。
1962年に初めて登場してから現在に至るまで、さまざまな媒体で展開されてきた『スパイダーマン』シリーズを含め、マーベル・コミックスやDCコミックスをはじめとするアメリカのメインストリーム・コミックは「マルチバース」と呼ばれる構造を持っているものが多い。複数の宇宙が同時に存在するマルチバースの世界では、同じヒーローが同時並行的にパラレルに存在し、時代やキャラクターの行動、影響関係などが異なる世界で、それぞれの物語を繰り広げている。
『スパイダーバース』も、このマルチバースの世界観をベースに成り立っている。主人公の少年、マイルス・モラレスは、オリジナルのスパイダーマンであるピーター・パーカーが死亡した世界でスパイダーマンとなる。モラレスの活躍を支える5人のスパイダーマンも、それぞれが別の世界から、モラレスの世界へとやって来ている。つまり、本作では6つの異なる世界のキャラクターが同一の画面内で動くことになる。この構造を、設定だけでなく映像においても表現することに成功しているのが本作の大きな特徴だ。

それぞれ別の次元で活躍するスパイダーマンたち

異世界からやって来たスパイダーマンのうちの、ペニー・パーカーというキャラクターを取り上げたい。ペニー・パーカーは、学校の制服を着たアジア系の少女であり、父である科学者が残したメカ、SP//drを操り戦う。ペニー・パーカーは3DCGモデルで作成されているが、トゥーンレンダリングの処理が行われていて、日本製のアニメのような平面的な質感をもっている。『スパイダーバース』の表現の新規性を、このペニー・パーカーとコマ(フレーム)の関係から考察したい。
トーキー映画用のフィルムが1秒24コマだったことから、一般的なアニメーションは1秒あたり24コマの絵の連続によって動きが表現される。24コマすべて異なる絵を使うと、「フルアニメーション」と呼ばれるなめらかなアニメーションになるが、目指す表現や制作予算によって、「2コマ打ち」(24コマのうち12コマを異なる絵にする)や、「3コマ打ち」(24コマのうち8コマを異なる絵にする)といった選択がなされる。
3DCGのアニメーションの場合は、24コマすべての絵が異なるフルアニメーションが一般的だ。しかし本作のアニメーションは、原作コミックの絵の生々しいほどの鮮明さを表現するために、コマ数を少なくした2コマ打ちでつくられている(註2)。
そのうえでさらに、ペニー・パーカーの動作だけは3コマ打ちでつくられている。この3コマ打ちは日本製の手描きアニメ作品で広く普及し発展した手法で、メリハリのある1枚1枚の絵の強さを生かした表現が特徴だ(註3)。3コマ打ちを選択することによって、ペニー・パーカーは平面的な質感とともに、動きの面でも日本のアニメ作品の登場人物のようなアイデンティティを与えられている。
つまり本作では、3コマ打ちで動くペニー・パーカーと、2コマ打ちで動くほかのキャラクターが、同じ映像内に同居する。コマ数をキャラクターを構成する要素のひとつとして捉え、その差異を視覚化することにより、アニメーションとしてマルチバースを表現することに成功しているのだ。ほかにも、服や髪の毛はフルアニメーションによりなめらかな動きをつくり出しているなど(註4)、コマ数に着目するだけでも、この作品が明確な目的を持って先鋭的な映像をつくり上げたことがわかるだろう。

目的が技法を照らし出す

技術的な進歩もありアニメーションの表現技法は実に多様になった。そのうえで求められているのは、何を目的にその表現手法を選択するのかである。『ラブ、デス&ロボット』は個々の作家の目的を持った手つきをみることができる。さらに『スパイダーバース』では、多様な表現手法をひとつの映像内に共存させることで、作品構造自体を映像に組み込めることが示された。
アニメーションの表現技法は、物語の筋や設定に沿った目的と手を組むことで、より大きな可能性を手に入れる。そのことを強く印象づける2作品である。


(脚注)
*1
VG+ 『ラブ、デス&ロボット』「グッド・ハンティング」を手がけたアニメスタジオは?
https://virtualgorillaplus.com/anime/love-death-robots-good-hunting-anime-studio/

*2
『スパイダーマン:スパイダーバース』劇場パンフレット p.27
ジョシュ・ベヴァリッジ(キャラクターアニメーション統括)インタビューより

*3
『スパイダーマン:スパイダーバース』劇場パンフレット p.15
ジョシュ・ベヴァリッジ(キャラクターアニメーション統括)コメントより

*4
シネマプラス 『スパイダーマン:スパイダーバース』技術の秘密をプロデューサーに訊いてみた
https://cinema.ne.jp/recommend/spiderman2019030806/


(作品情報)
『スパイダーマン:スパイダーバース』
公開日:2019年3月8日(金)
上映時間:1時間56分
監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
声の出演:シャメイク・ムーア、ジェイク・ジョンソン、ヘイリー・スタインフェルド、ほか
http://www.spider-verse.jp/site/
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『スパイダーマン:スパイダーバース』ブルーレイ&DVDセット【初回生産限定】
2019年8月7日(水)ブルーレイ&DVD発売、同時レンタル開始
発売元・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

『ラブ、デス&ロボット』
配信日:2019年3月15日(金)
配信時間:1作品あたり6分〜17分
製作総指揮:デヴィッド・フィンチャー、ティム・ミラー
https://www.netflix.com/jp/title/80174608

※URLは2019年6月13日にリンクを確認済み