2019年10月12日(土)~11月10日(日)に、福岡・三菱地所アルティアムで開催されたニューヨーク在住のマンガ家、アーティストである近藤聡乃氏の初の回顧展。後編では本展に際して来日した、近藤氏本人へのインタビュー内容を紹介する。展覧会の構成から、アニメーションやマンガの制作方法、今後の活動についてもお話しいただいた。

『ニューヨークで考え中』2巻(亜紀書房、2018年)より
Courtesy of the artist and Mizuma Art Gallery

アニメーションをメインに展覧会を構成

今回の「近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前」ではマンガやアニメーション、その他の形式の作品が一度に展示される初めての機会となり、これまでなかなか見る機会がなかった初期の作品も展示されました。

近藤氏(以下、敬称略):高校3年生のときに描いた「女子校生活のしおり」(1998)は、今回初めて展示しました。マンガを見せるときは原画展、アニメーションは個展や美術館における展示というように、マンガと、アニメーションなどのほかの作品を展示する機会はこれまで別々で、同時に展示することはあまりありませんでした。森美術館の「ゴー・ビトゥイーンズ展」(2014)ではアニメーションとマンガをおそらく初めて展示したのですが、今回の展覧会は最大規模になります。

今回の展示はアニメーションがメインになっていますが、アニメーションの展示というのは方法が難しく、やり方がさまざまだと思うのですが、どのように考えられましたか。

近藤:アニメーションは展示の際にサイズを自由に決めやすいので、空間をつくりやすいともいえます。今回メインで見せたかったのが、4番目の暗い部屋にある『KiyaKiya』(2010〜2011)という作品だったのですが、エキシビジョンデザイナーの豊嶋秀樹さん(gm projects)と相談し、暗い部屋でプロジェクションを使って大きな画面で見せようと決定しました。この部屋のスクリーンは、壁から5cmほど浮いており、映像が浮き上がってくるように感じられます。まず、この作品の見せ方を決めて、そのためにほかの作品をどのように見せていくかを考え、『電車かもしれない』(2001〜2002)はモニターとヘッドホンで見せる、『てんとう虫のおとむらい』(2005〜2006)もモニターで提示し、さらに会場入口のところに映像を映すという案を出していただきました。

第4パート『KiyaKiya』の部屋

エッセイマンガのコーナー(第3パート)で、手描きの字が壁に書かれてあるところは、直に書かれたのでしょうか。

近藤:あれはエッセイを抜粋して手書きで直接書きました。展覧会が始まる2日前くらいに(笑)。あれはちょっとしたことですが効果的でしたね。あそこに本人がいたんだなという感じが出て。

アニメーションの制作方法と音楽

展示のなかでもアニメーションの制作について、1秒間に15枚の原画が使われているとありましたが、具体的な制作方法について教えてください。

近藤:『KiyaKiya』で言うと、スクリーンの前にテーブルのようなものがあって紙が並んでいたのですが、あれが最初の構想段階のスケッチです。このようなものをたくさん描いて構想を固めていくんですね。その後に絵コンテをつくります。絵コンテとは、このシーンに何秒使って、何が起こってという流れを具体的に書いた細かい設計図みたいなもので、それを描いてから実作業に移っていきます。動画を描いて、それを描き終わったら編集するという作業になります。動画はセル画ではなく紙に描いています。『KiyaKiya』は普通の画材屋で買った、薄い紙に描いています。あまり厚いと、透けないから描きづらいのです。下の紙と重ねて描くので。このときすでにアメリカに住んでいたので、アメリカで買った適度に安い紙ですね(笑)。それをスキャナーでスキャンして、ソフトで動画に編集するという流れです。

『KiyaKiya_sketch』(2009〜2010)

編集も近藤さんご自身がされていますか? また、そういったつくり方はどこで学ばれましたか。

近藤:編集も自分で行っています。初期のアニメーション作品『電車かもしれない』も同様の方法でつくりました。大学生の時はグラフィックデザイン学科にいたので、必修で2年生の時に全員がアニメーションをつくったんですね。その後に、3年生の選択科目でもアニメーションを選択して、『電車かもしれない』はその課題で制作しました。

どのアニメーションも音楽との相性がすごく絶妙で、動きと音楽が一体となっているように感じられます。アニメーションに使用されている音楽について教えてください。

近藤:『電車かもしれない』は、「自分の好きな音楽にアニメーションをつける」という大学の課題でつくり、完成した後に作者の知久寿焼さんに許可をいただきに行きました。最初の知久さんの反応はあまり喜んでおられなくて、やはりご自分の持っている曲に対するイメージがありそれが塗り替えられてしまうことに抵抗があったということをおっしゃっていました。しかし、今はとても応援してくださっています。『てんとう虫のおとむらい』の曲は、知久さんに「『電車かもしれない』のアニメーションのお礼につくります」とおっしゃっていただいたんです。絵コンテを書いて、こんな感じの音楽をこのくらいの尺で3曲つくってください、と頼んで制作してもらいました。

そうなんですね! 作品の展開と音楽の展開がすごくマッチしていますが、そのあたりも指定されたのですか?

近藤:音楽はイメージを伝えてつくってもらいましたが、そこまで詳しく指定はしていないんです。でもアニメーションをつくっていくとなぜか不思議なことにぴったりと合ったりするんですよ。知久さんも、今回福岡で展示するといったらすごく喜んでくださいました。私自身「たま」から受けた影響は非常に大きいですね。

展覧会入口では『電車かもしれない』の映像で迎えられる

マンガの制作方法

その他、影響を受けた作家さんはいらっしゃいますか。

近藤:「月刊漫画ガロ」(以下「ガロ」)で活躍された鈴木翁二さん。高野文子さんもすごく好きですね。それと今思えば、さくらももこさんの影響も強かったかなと。さくらさんはたまのファンでもありますね。自分の書くエッセイは彼女の影響があったかもしれません。中学ぐらいからエッセイは書いていました。

マンガはいつ頃から描き始めたのでしょうか。

近藤:高校3年生のときに「女子校生活のしおり」を急に描きました。初めて本格的に描いたマンガですね。それまでマンガをしっかり読んでいたというよりは、有名なマンガをいくつか読んでいたという感じで、そんなにマンガを読んで育ったという感じではないです。音楽もたま以外はほとんど聴いていませんでした(笑)。

「女子校生活のしおり」(1998)より。『いつものはなし』(青林工藝舎、2008年)所収
Courtesy of the artist and Mizuma Art Gallery

略歴に「「ガロ」に掲載されているようなマンガを自分でも描いてみたいと思い、「女子校生活のしおり」を描いた」とありますが、どうやって当時(1998年)の女子高生が「ガロ」と出会ったのかと不思議に感じます。

近藤:たまのメンバーがインタビューなどで「ガロ」について話していて、それで知りました。ですが私がマンガを描き始めた頃「ガロ」が廃刊して。すごく残念だったんですが、大学入学後に「アックス」という後継雑誌があるのを知り、「じゃあ「アックス」に作品を送ろう」となり、入賞してデビューすることになりました。

マンガとアニメーションでは当然制作方法が変わりますし、そして絵の印象も変わるように感じます。まず画材としてはそれぞれどのようなものを使われていますか。

近藤:初期の「女子校生活のしおり」はプロのマンガ家が使うようなGペンは使っておらず、細い線が描けるボールペンとマジックペンのような普通のペンで、コピー用紙に描きました。ベタ塗りは筆ペンで塗ったような記憶があります。Gペンなどは使い方が難しいので、とりあえず使い慣れた画材で描こうと。それ以降はGペンを使うようになって、最近は丸ペンも使っています。アニメーションの線の場合は、パソコンで編集する際に切り抜きしやすいように線と線のあいだが全部埋まるように描いています。マンガの場合は輪郭でも隙間があるのですが、アニメーションでそれをやってしまうと切り抜きのときに不都合があります。そのため、線の印象が異なるのかもしれません。

近藤さんの作品は線がすごく魅力的で、アニメーションも全部手描きなので線の質感が強調されており、一瞬一瞬変化しながら線が浮き立っていく印象を受けますが、線に対するこだわりはどのようなものがありますか。

近藤:実はあまり線を意識してつくったことはないのですが、線を引くのは好きですね。というのも、中学生くらいの時に年の離れたいとこに線がすごくきれいだとほめられたんですよ。いとこは美大に行っていたのですが、そこで初めて線のことを意識しましたね。そして大学生の時に先生に「君は線に色気がある。それは生まれつきの財産で本当にラッキーなこと」と言われたことがあります。線のきれいさというのは努力して出せるものではなく、生まれつきのものかもしれません。線を引くなどの、こつこつやる制作作業は好きですね。

『KiyaKiya_drawing15』(2013)

マンガ『A子さんの恋人』(2014〜)は余白の部分も多いように感じて、アニメーションの線とはまた質が違うように感じました。また背景に実際の日本やニューヨークの風景が取り入れられているのもおもしろいですね。

近藤:私のなかでは『A子さんの恋人』は線が多いマンガなんです。背景に書き込みがありますので。日本の場面の背景は、ラフの段階で、編集さんに細かな指示を出して写真を撮ってもらっています。その写真を送ってもらい、それをもとに起こしていきます。写真がイメージと違うときは、撮り直しもしてもらっています。ニューヨークの風景は自分で撮影しています。スクリーン・トーンは使いません。デジタル処理はあまりないのですが、『A子さんの恋人』では作中作が出てくるので、そこだけ、グレーのトーンを指定して入れてもらっています。

『A子さんの恋人』(2014〜)原画

最近の作品はデジタル処理されている場合が多く、週刊連載のものだと早く読める作品が多いのですが、近藤さんの作品は時間をかけて、何度も何度も繰り返し読んで心に残っていく作品だと感じます。

近藤:それはすごく嬉しいです。やはり描くのにとても時間がかかるので、なるべく何度も読んでもらいたい(笑)。アニメーションも、何回も見てもらえることを目指しているので。

『A子さんの恋人』は、それまでの短編作品と異なり長編連載にチャレンジされています。また、アート系というより一般的な青年マンガというジャンルですね。近藤さんの作品制作の幅の広さに驚かされました。

近藤:『A子さんの恋人』は、「ガロ」系ではなく、もうすこし幅広い人たちに読んでもらいたい、そういう作品を描いてみたいと思って描きました。文字も初めて手描きではなく活字にして読みやすくしています。

「つくる」ということ

『KiyaKiya』という作品の名前の由来について語られた文章のなかで、この展覧会のテーマにもなっている「何かの名前を知ることで、その存在が確かになることがあります。何かを作るという行為は、まだ呼ばれたことのない名前を呼ぶようなことかもしれません。」(三菱地所アルティアムホームページ「近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前」より)という言葉がありましたが、もとから作品制作に対してそういった考えをお持ちだったのでしょうか。

近藤:どちらかといえばつくりながら、あ、そういうことを描いているのかなと気づくことが多いです。今『A子さんの恋人』を描いていますが、主人公の英子さんの名前がアルファベットの「A」に彼女のなかで置き換わっていて、自分の名前を取り戻していくような話なんですよ。最終回に差し掛かって、そのくらいまで描くと、そういうことを描いていたんだな、と気がついたりしますね。

『A子さんの恋人』は非常にシナリオもつくり込まれている印象がありましたが、最初から結末を考えているわけではないんですね。

近藤:特に考えずにパッと始めたのに、よくこんなにつじつまが合うなと(笑)。『A子さんの恋人』というタイトルや、冒頭の部分を考えたときは、後半のストーリーは考えていませんでした。おそらく心のなかでは、言語化できないような、形にできないような気持ちがあったんでしょうね。作品にしていく過程でそれに気づいていくというような。

この展覧会を見ても、さまざまな表現方法がありますが、それぞれの媒体の特性についてどのようにお考えですか。

近藤:マンガは物語が重要だと思うので、物語がはっきりしているものはマンガが向いていると思います。アニメーションは、言葉で説明できるほどはっきりしていないものもイメージで伝えられるので、もう少し曖昧なものを表現するのに向いているかなと思います。イラストやドローイングについては、最近はアニメーションとセットでアニメーションのなかの一部を抜き出して描くことが多いです。アニメーションはどうしても、絵として抜き出してみると弱い時もあるんですが、それをもう少し強く描いたものがドローイングですね。立体作品も一部あり、最近は全然つくっていないですが、またちょっとつくってみたいなという気持ちもあります。作品制作では、アニメーションをつくったら次はドローイング、次はペインティング、マンガ、とローテーションするような形でつくっています。今はマンガばかり描いているので、これが終わったらほかのことをしたいと思っています。

会場にあったエッセイ「20年後の皺寄せ」からの文章にも、6分半の作品に対して1年半もかかるということが言われていましたが、タイムスケジュールの管理が難しそうですね。

近藤:アニメーション作品の締め切りは、個展の日程を締め切りにつくる場合が多いです。結構ぎりぎりに仕上がりますね。3日前とか(笑)。ニューヨークに行ってからは2週間前とかですね。どうしても時間がかかってしまいます。長期的な制作スケジュールでも、1日の作業量が感覚的につかめているので、今日はここまでやらないと終わらない、何秒という部分でここまでやっておかないとだめだ、というのがわかったりします。マンガだと、だいたいカレンダーにここからここまでラフをやって、トレース、ペン入れをしてと考えて、ペン入れは1日に3ページくらいやりたいなあとか考えます。大体その通りに仕上がりますが、最近遅れがちです。この個展の前は、マンガの連載の締め切りがあったのでそれを終わらせるのが大変でした。

最後に、これから挑戦してみたいジャンルや作品について教えてください。

近藤:最後の部屋の6枚のドローイングが、次のアニメーションの構想の絵になっています。『A子さんの恋人』の連載が終わったらあんな感じのアニメーションをつくりたいなと。でもその前に休んでほかのやったことがないことをやってみようかなという気もします。絵本とか、文章も書いてみようかなとか。英語の勉強ももっとしたいですね。

これからの活躍も期待しています。どうもありがとうございました。


(information)
近藤聡乃展 呼ばれたことのない名前
会期:2019年10月12日(土)~11月10日(日)10:00~20:00
   ※10月15日(火)は休館日
会場:三菱地所アルティアム(イムズ8F)
入場料:一般400円、学生300円、高校生以下無料
http://artium.jp/exhibition/2019/19-06-kondo/

近藤聡乃トークイベント「2019年も考え中」
日時:2019年10月13日(日)14:00〜15:30
会場:セミナールームA(イムズ10F)
参加費:500円

※URLは2019年11月8日にリンクを確認済み

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