4回目の開催となる「ここから」展。障害のある人の表現や、マンガ、アニメーション、ゲーム、メディアアートの作品を通して、「障害」「表現」「共生」を考える展覧会が、国立新美術館で開催された。障害の有無を超えて、多様な作品が「ごちゃまぜ」に共存する空間を通じ、創造的に生きることの原点を再考する展覧会だ。

「ここから4―障害・表現・共生を考える5日間」会場

さまざまな人に開かれた展覧会

共生社会や文化の多様性について関心を深めることを目標に、「表現の持つ根源的なよろこび」を感じ、共生社会や文化の多様性を考える展覧会「ここから」。本展は、2016年10月に「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」(註1)内で開催した文化庁主催の「ここから—アート・デザイン・障害を考える3日間—」を継承する、4度目の展覧会となる。

nui project《無題》。既製品のシャツにびっしりと刺繍がほどこされている。

今回の「ここから4」は、共生を考える「いきる−共に」、触れることで世界を把握し広げていく「ふれる−世界と」、さまざまな記憶からイメージを交錯させる「つながる−記憶と」、いろいろなあつまりかたから予想外のことを生み出す「あつまる−みんなが」、作品の魅力を別の形で味わうための取り組みを紹介する「ひろげる−可能性を」の5つのテーマで構成され、22組の作家による作品が展示された。近年、障害のある作者による作品展示の機会が増え、また「多様性」や「共生」といったテーマの展覧会も開催されているが、「ここから」の大きな特徴としては、マンガやアニメーション、ゲーム、メディアアート等も展示することで、より幅広い視野で「共生社会」にアプローチしている。「ここから4」の特徴としては、おもに3つの点が挙げられる。

ひとつは、より多くの人が楽しめる、ということ。特に、「触れる」「押す」といったシンプルな操作で参加ができる、インタラクティブな作品が多く見られた。アニメーション作家の和田淳による《マイ エクササイズ》は、ボタンを押すと少年が腹筋をするというゲーム。ボタンを押すごとに腹筋の回数表示が増え、少しずつアニメーションが変化していく。デバイスの制作・開発やワークショップなどを行うアーティスト、MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕の《いしのこえ Voice of the stone》は石に触れると音がする作品。茅ヶ崎市美術館のワークショップで子どもたちが海岸から拾ってきた石に触れると、それぞれ違った音が奏でられる。

和田淳《マイ エクササイズ》(2017-2019) © Atsushi Wada, New Deer
MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕《いしのこえ Voice of the stone》(2016)(左)は、石に触れると音を奏でる作品。作者の坂本茉里子さんと、久世祥三さん(右)

枠組みを越え、「生きる」を考える

次に、おもに「ひろげる−可能性を」のエリアの作品にみられるのが、作品を鑑賞する側へのアプローチだ。さまざまな人が作品を楽しむための研究や実践が紹介されていた。吉村和真・藤澤和子・都留泰作の《「LLマンガ」プロジェクト》は、障害のある人や外国人などに向けて読みやすさを重視したマンガの制作・普及活動をしている。情報量や表現などを変え、同じマンガでもより伝わりやすくなる方法論が提示された。それから、いがらしみきお+渡邊淳司+東京藝術大学芸術情報センターの《ふれる・感じる 4コママンガ『ぼのぼの』》は、触覚で楽しむマンガを研究するプロジェクト。盲学校の協力もあり、点字によるセリフの位置、背景画の厚みやテクスチャーなどを工夫し、いがらしみきおのマンガ『ぼのぼの』を立体で表現した。渡邊氏によると、「ゆくゆくはルールブックのようなものができたら」と、視覚から触覚への翻訳の普及を目指している。

吉村和真・藤澤和子・都留泰作《「LLマンガ」プロジェクト》(2018)。上段は、一般のマンガ表現を一部取り入れた描き方。下段はより読みやすさを重視した描き方。
いがらしみきお+渡邊淳司+東京藝術大学芸術情報センター《ふれる・感じる 4コママンガ『ぼのぼの』》(2019)(左)。本作研究チームであり、NTT コミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏(右)

そして3つ目は、「生きる」というテーマを多角的に捉えていること。特に最初のエリア「いきる−共に」では、訪れる人に食事と対話の場を提供する「森のイスキア」の佐藤初女を題材とした山城大督の映像作品《佐藤初女|2014年9月30日》(2014)や、萩尾望都の短編《半神》(1984)の原画など、「生」に焦点を当てている。また他のエリアでも、作者にとって日常生活の一部である表現が多く見られた。視力を失った作家・西野克が施設を歩きながら、繰り返し物に触れ、口や耳に入れる行為によって生まれたさまざまな破片を展示した《無題》(2015〜)。岡部亮佑による記憶を繰り返し描いたドローイング群。それらの表現は生きることそのものだ。
さらに関連企画として紹介された「アイヌ文化にふれる」では、アイヌの伝承をもとにしたアニメーション『サマヘクルのイム』『この砂赤い赤い』『オキクルミの妹』と、2020年4月に北海道白老町にオープン予定のアイヌ文化復興・創造の拠点「ウポポイ(民族共生象徴空間)」のコンセプトムービーが上映された。

山城大督《佐藤初女|2014年9月30日》(2014)
萩尾望都《半神》(1984) © HAGIO moto / shogakukan
岡部亮佑のボールペンによるドローイング
「いきる−共に」のエリア

一口に「障害」といっても、その枠組みはかなり広い。だが、あえて「障害」という言葉を使うことでその枠を越える可能性は広がるのだろう。みなが違い、生きることは多様であり、多様な視点を多角的に捉えること。それは「ここから」でも遅くない。そのことを、本展は改めて気づかせてくれる。展覧会ポスターに記載されたキャッチコピー「ごちゃまぜランドへようこそ!」にもあるとおり、ごちゃまぜランドの世界で、生きていくことはどういうことかと。

絵を描くケンジに、テキストを載せるカズヒサ、アシスタントのイシダイラによるユニット、マスカラ・コントラ・マスカラの《段ボール・シリーズ》(2010頃)

(脚注)
*1
文部科学省が主催した、ラグビーワールドカップ2019、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会、関西ワールドマスターズゲームズ2021等に向けたスポーツ、文化、ビジネスによる国際貢献や有形・無形のレガシー等について議論、情報発信した国際会議


(information)
ここから4―障害・表現・共生を考える5日間
会期:2019年12月4日(水)~12月8日(日)
会場:国立新美術館 1階展示室1A
入場料:無料
https://www.kokokara-ten.jp

※URLは20110年3月5日にリンクを確認済み