インドにある国際交流基金ニューデリー日本文化センターギャラリーでは「Shojo Manga -An Introduction-」というタイトルで日本の少女マンガを紹介する展覧会が開催された。インド初の少女マンガ関連イベントだとされる本展覧会は、2020年2月21日(金)から4月18日(土)まで開催される予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響により、会期途中で中止された。ここでは「Shojo Manga -An Introduction-」展の紹介とともに、パンデミックの最中の展示関係者たちの対応についてもレポートする。
展示会場となった日本文化センターがある国際交流基金ニューデリーの入口
インド初の少女マンガ展
近年、日本マンガの世界的な人気はメディアでもよく取り上げられ、注目されてきた。その人気は、マンガファンが多いと知られているヨーロッパと北米、東アジア諸国だけにとどまらず、一見マンガとあまり接点がなさそうなインドでも広がりつつある。2020年2月、国際交流基金ニューデリーの主催により同機関の日本文化センターのギャラリーで開催された「Shojo Manga -An Introduction-」展も、そのようなインドのマンガファンのために企画された展覧会である。「少女マンガのイントロダクション」というタイトル通り、本展は少女マンガを代表するマンガ家である上田としこ、わたなべまさこ、竹宮惠子の作品を通じて少女マンガを紹介する内容で構成されている。これまでも主に国際交流基金ニューデリーが中心となり開催されたマンガ関連のイベントはあったが、少女マンガというひとつのジャンルに注目したイベントを展覧会の形で企画したのは今回が初めてだという。
展示風景
インドの少女たちに夢を
インドで紹介されている日本マンガ作品の多くは男性向けのものであるという背景から、本展覧会では、比較的知られていない少女マンガというジャンルを紹介することに焦点を当てた。とはいえ、伝統的に女性の社会的地位が低いことがしばしば指摘されるインドの事情を考えると、本展の開催にはただ少女マンガの存在を知ってもらうこと以上の意味があると言える。特に本展の出展作家3人は、少女マンガの「開拓者」として評価されている人物でもあり、挑戦を恐れない精神と枠にとらわれない彼女たちの生き方は、日本でも多くの少女読者に夢と希望を与えた。例えば、上田としこは、まだマンガ家がひとつの職業として認識されておらず、女性がマンガを描くということは想像すらできなかった時代に女性マンガ家の道を切り開いた作家である。また、わたなべまさこは、ほとんどの作品が男性作家によって描かれていた草創期の少女マンガに、女性として作家独自の視点と表現を通して新風を巻き起こし、大人の女性向けの作品も数多く手掛けた。それから、竹宮惠子はSFや同性愛、差別など、それまで少女マンガであまり扱われてこなかったテーマで文学性の高い作品を描き、少女マンガに対する評価を上げた作家として有名である。
多角的な視点から見る「少女マンガ」
展示は少女マンガそのものの紹介から始まる。主に女性作家により描かれ、女性読者に読まれる、世界でも珍しい「女性のメディア」であることや、年間数十種類の少女マンガ雑誌が発行されており、作品によっては単行本累計発行部数1,000万部を超えるものも珍しくないほど人気の高いことなど、少女マンガの一般的な特徴も丁寧に説明されている。また、繊細な視覚表現と心理描写が少年マンガや青年マンガにも影響を与えたことを取り上げ、少女マンガ独自のスタイルや他ジャンルとの関係性についても触れている。
少女マンガの紹介が終わると、今度は出展作家の美しい作品がずらりと並ぶ。最初に展示されているのは戦前からマンガ家として活動した上田としこの作品。『ボクちゃん』(1951~1958年)や『フイチンさん』(1957~1962年)など、1950〜60年代に多くの少女読者に愛されたユーモアあふれる作品を中心に展示されている。次のわたなべまさこのコーナーでは、『白馬の少女』(1959~1962年)のような初期の作品から、わたなべの名前を世に知らしめた『ガラスの城』(1969~1970年)や『聖ロザリンド』(1973年)、そして『金瓶梅』(1993〜2011年)などのレディースコミック作品も見ることができる。90歳を超えた今も、現役のマンガ家として活躍しているわたなべの長年にわたる画業の変遷をたどる内容になっている。竹宮惠子のコーナーでは、少年愛をテーマとした人間ドラマの傑作『風と木の詩』(1976~1984年)、SF作品の『地球へ…』(1977~1980年)やモンゴルを舞台にしている『天馬の血族』(1991~2000年)など、幅広いテーマの代表作が紹介されている。すべての出展作品は原画’(ダッシュ)(註)で紹介されており、来場者は掲載誌や単行本では見ることのできない原画に込められた作家の想いを原画と限りなく近い形で鑑賞することができる。また、会場には少女マンガ雑誌とその豪華な付録も展示されているなど、創作・出版・ファン文化の多角的な視点から少女マンガ文化に注目している点も印象深い。
このように、ただマンガの絵を並べるだけではなく、マンガ文化が持つさまざまな側面を紹介する展示が開催できたことには、現代日本文化を構成する重要な要素としてマンガを評価し、マンガを通じた文化交流に力を入れてきた国際交流基金ニューデリー日本文化センターの役割が大きい。実際、同センターの図書館にはマンガカフェと呼ばれるコーナーがあり、所蔵されている1,500冊以上のマンガは自由に閲覧できる。マンガ単行本以外にも、アニメのDVDやコスプレができるコーナーもあり、日本のマンガとアニメに触れられる機会が限られているインドのファンたちを支える貴重な場所となっている。
国際交流基金ニューデリーの図書館にあるマンガコーナー(Manga Café)
このコーナーではマンガ雑誌も閲覧できる
図書館にはコスプレ衣装もある
インドならではのセレモニー、そして関連イベント
より多くのマンガファンにマンガのことを知ってもらうべく、共催の京都精華大学国際マンガ研究センター所属の研究員によるマンガ関連イベントも企画された。展覧会オープン日に開催されたマンガ制作ワークショップは、マンガ制作のために必要なスキルを学ぶ場となり、参加者はプロのマンガ家が使っているものと同じ道具を用いてマンガを描くことに挑戦した。翌日に行われたマンガ関連レクチャーでは、少女マンガの歴史解説に加え、魔法少女・エッセイマンガ・BLなど、少女マンガから派生したとされるジャンルの話や近年の少女マンガ界で見られる特徴などについても語られた。いずれのイベントにも多くの人が参加し、会場は大盛況となった。
イベント後は、主催の国際交流基金が用意したチャイがもてなされたほか、展覧会のオープニングではオイルランプに火を灯すインドの伝統的なセレモニーも行われ、ひとつの空間のなかにインドと日本の文化が共存する独特な光景が見られた。
マンガ制作ワークショップ
オープニングでは、火を灯すセレモニーも行われた
新型コロナウイルス感染症の影響
2月21日(金)にオープンした本展覧会は、本来なら2カ月後となる4月18日(土)まで開催される予定であった。しかし、3月からインド内の新型コロナウイルス感染者数が急増したことを受け、3月25日(水)からインド全域においてロックダウン措置が導入されたため、本展も一時中止となった。当初21日間実施される予定であった封鎖措置は、結局5月末まで続き、その後も段階的に解除が行われているが、全面解除には至っていないことから、9月末の現時点でも「Shojo Manga -An Introduction-」展は再開できていない。
パンデミックのなか、まだ会場に出展作品と展示物が残っているのにもかかわらず、特に問題もなく柔軟に対応できている理由のひとつに、原画’(ダッシュ)の存在がある。一般的にマンガ原画は展示を目的に描かれたものではないため、長期間展示すると退色などの劣化が起こるリスクが高いと言われている。原画’(ダッシュ)は、まさにそのリスクを避けるために開発されたものであり、見た目は原画と変わらないが、劣化のリスクは非常に低く、万が一の時はつくり直すこともできる。したがって、光や湿度などによる展示空間の制約も少なく、長期間の展示も可能である。意図したことではなかったものの、今回の出来事は原画’(ダッシュ)の真価を改めて確認できるひとつの機会になったと言っても過言ではないだろう。
オンライン展覧会の実施
新型コロナウイルス感染症の拡散で展覧会再開の見通しがつかないなか、主催の国際交流基金ニューデリーは展覧会の中止により会場に足を運べなかった人々のために、本展のオンライン展開を企画した。展示会場の風景や原画’(ダッシュ)の説明、出展作家の一人で、原画’(ダッシュ)プロジェクトの監修者でもある竹宮惠子のインタビューなどが動画で公開される。多言語国家で知られるインドでは英語が共通語として使われることも多く、今回の展覧会やオンライン向けのコンテンツもすべて英語で制作されている。そのため、オンライン展開はインドに限らず、インターネットを通じて世界中のマンガファンに本展を紹介できる機会だとも言える。
感染症の流行が原因となり、最初はオフライン展覧会の「代案」として企画された今回のオンライン展覧会。しかし、マンガが国を越えて愛され続けてきたことを考えると、国境のないインターネットの世界で行われ、止まることなく広がっていく点で、オンライン展覧会はマンガの本質と通じるところがあるのかもしれない。
(脚注)
コンピュータにマンガ原稿を取り込み、綿密に色調整を重ねたうえで印刷した、精巧な複製原画。描線の濃淡や色彩の階調など微妙な細部まで再現し、原画と並べても見分けがつかないほどの精度を持つ。マンガ家で、京都精華大学元学長の竹宮惠子が中心となり、退色等劣化しやすいデリケートなマンガ原稿の保存と公開を両立させるために開発された。現在は、京都精華大学国際マンガ研究センターを中心にプロジェクトを進めている。
(information)
Shojo Manga -An Introduction-
会期:2020年2月21日(金)~4月18日(土)
※新型コロナウイルス感染症の拡大によるロックダウンにより会期途中で中止
休館日:毎週月曜日、祝日
会場:国際交流基金ニューデリー日本文化センターギャラリー
開館時間:11:00~17:00
入場料:無料
主催:国際交流基金
共催:京都精華大学国際マンガ研究センター
https://www.jfindia.org.in/events/event/exhibition-shojo-manga/
【オンライン展覧会】
https://www.jfindia.org.in/events/event/exhibition-shojo-manga-an-introduction/
※URLは2020年10月18日にリンクを確認済み
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