アニメ・マンガ・ゲームを中心的な研究対象として取り扱うメカデミア(MECHADEMIA)国際学術会議が、2021年6月5日(土)~6日(日)に開催された。当初、2020年5月に京都国際マンガミュージアムと京都精華大学で開催される予定だった本会議は、グローバルな規模で拡大する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため1年延期され、今回のオンライン形式での開催に至った。2020年当初は100名の発表者予定者が内定していたが、スケジュールの変更やCOVID-19関連の事情によるキャンセルなどがあり、最終的には北アメリカ、南アメリカ、アジア、ヨーロッパなどのさまざまな国からの70名以上の発表者を迎えた。アメリカ、韓国、日本で行われたこれまでのメカデミア国際学術会議史上、最大規模の発表者が参加したイベントとなった。大会の2週間前から、研究発表がオンラインで公開され、会議当日はライブで質疑応答がなされた。

キーノートスピーカーのトーマス・ラマールによる講演の様子

「Ecologies」というテーマについて

今回の会議テーマは「Ecologies(エコロジー)」であった。一般的には「エコロジー」とは、生態学の意味や環境的なニュアンスを持つ言葉だが、この複数形の用語はメディア論に関わる意味も示す。そもそも、エコロジーという概念は、相互作用しているもののシステムとして捉えることもできる。いかにも、近年のメディア研究においては、さまざまなメディアの相互関係によるシステムを対象としている。例えば、ひとつの作品からアニメやマンガ、ゲームなど複数のメディアに展開されるメディアミックスは、ある意味では「メディア・エコロジー」と考えられる。環境的な意味合いとメディア論的な意味合い、この2つの軸を並置させ、アニメ、マンガ、ゲーム、ファン文化などに関する新たな研究観点を生み出す目的から、興味深い研究発表が集められた。

また、地球温暖化などの環境破壊が進行するなか、エコロジーに関する思考の意義は年々高まってきており、アニメーションやその周囲のメディアは長年にわたり、環境的なテーマを扱ってきたメディアだと指摘されている。その点から見てもこれらのメディアは豊富な研究対象になる。

多様性豊かな研究者たちの発表

オンラインプラットフォームでの研究発表では、それぞれのテーマごとに2~4人のパネルが組まれた。発表者は事前に英語で約25分程度の発表を録画し、参加者はアップロードされた動画を2週間のあいだ自由にいつでも視聴することができた。メカデミアの特設ウェブサイトにはプログラムが掲載された。今回はパネルや発表者の数が非常に多かったため、ここではその一つひとつの報告に触れるのではなく、質疑応答を含めて会議の全体像を簡単にまとめていく。

メカデミア国際学術会議2021「Ecologies」特設ウェブサイトのトップページ
イラスト:宮下一真

まず、「Ecologies」という言葉から最初に想起される生態学や自然保護論(いわゆる「エコ」)の軸から見た、アニメ・マンガ・ゲームと、そのメディアに関連するファン文化についての発表を整理する。特定の具体的なアニメ作品(特にジブリ作品やコミックス・ウェーブ・フィルム(註1)による作品)を「エコ」の視点から見た分析が多くみられた。エコ的なテーマを取り上げた作品の内容についての分析だけでなく、アニメの形式についての検討もあった。例えば、テレビアニメにおけるキャラクターの演技に関する表現を分析することで、人間と自然の境界があいまいになるというような「エコ的」な自己存在を表現しているという解釈を追求した発表もあった。このような発表では、「エコ」の軸と「メディア・エコロジー(メディアとメディアの相互関係)」とが絡み合っていたといえよう。

一方で、全体をみれば、メディア・エコロジーの軸への傾倒が過半数だった。この観点から、上記で触れたような、自己をどのような技法によって表現するかについての発表もいくつかなされた。特に現代のデジタルメディアや、SNSにおけるマンガの形式で自己を表現する流行について、そのマンガ表現を検討し、従来の少年/少女マンガなどのいわゆる「マンガプロパー」による表現との相違点について検討するものもあった。また、日本語で描かれたマンガに限らず、韓国語のSNSマンガと中国における女性向け歴史マンガについての発表もあった。

上述のような発表に関連して、質疑応答の時間では、アニメ・マンガ・ゲームの国家横断的なポテンシャルについても話題にのぼり、それらのメディアにおけるナショナリズムについての発表もまた熱いディスカッションを巻き起こした。例えば、「萌えミリタリー」などが流行している作品やジャンルについて、ナショナリズムへの傾倒として解釈可能な要素もあるが、それを額面通りに受け取るだけでなく、そうした要素の解釈について繊細なニュアンスを付加した見解を取った発表があった。それに対して、海外で製作された「萌えミリタリー」作品やイラストは、意外にもナショナリズムより国境を超える想像力として捉える解釈もあり得るのではないかという意見が交わされた。

その他の発表とディスカッションで取り上げられたのは、アニメ・マンガ・ゲームにおける「リアリズム」の問題であった。例えば、3DCGと2Dセルのアニメーションとの比較により、それぞれの表現方法が異なっているため、結果的に物語の構造や結末、それに関わる思想にも、相違がみられることが明らかになる。さらに、原作がアニメである「実写版」と呼ばれる映像作品は、実写や「リアル風」のCGの3D映像としてつくられたからこそ、より「リアル」になると考えるのは、現代では注意すべきであることが確認された。

また、アニメ・マンガ・ゲームの周辺にあるメディアである「特撮」についてのリアリズムや技法についての発表やディスカッションもあった。加えて、メディアミックスやメディア形式の研究の知識が不足しているファンたちが、マンガ原作とアニメ版の表現の相違点にどう反応するかについての分析も興味深かった。

会議全体を通して、メディア形式それ自体に関する議論は特によく取り上げられた。例えば、60年代のマンガ表現、いわゆるマンガの「映画的手法」に関して徹底的に検討された。時代劇映画と劇画の比較から現代のウェブマンガまで、今のメディア形式(電子書籍など)において、映画的手法がどのように使われ、変化しているか、そして映画との差異について細かく検討された。上記の発表やディスカッションによって、メディアとメディア、およびメディアと社会の相互関係、過去と現在のメディア・エコロジーの把握がより深められたといえる。

2名のキーノートスピーカーによる講演

2名のキーノートスピーカーの講演は、ほかの発表と異なりオンライン上でライブ配信され、その後質疑応答が行われた。6月5日(土)の夜に行われた最初の講演のキーノートスピーカーは、アニメ研究における著名な研究者であるトーマス・ラマールだった。

発表の出発点として、1997年に日本で発生した「ポケモンショック」(註2)という事件をメディア研究の観点から取り扱った。「ポケモンショック」事件の詳細や周囲の言説を分析し、事件の原因は、視聴者、テレビ媒体、アニメーションの技法などの要素が複雑に絡み合っており、分かちがたいものであることを指摘した。この具体例に基づいた「ユーザ・プラットフォーム・コンテンツ」という三者の相互作用について独自のメディア論を展開した。

2人目のキーノートスピーカーは、アニメ業界において長年にわたりイラストレーター、メカニックデザイナー、そして声優やアニメ制作に至るまでさまざまな役割を果たしている天神英貴であった。業界のなかでかなりユニークな観点を示し、70年代、80年代より発表されている「ガンダム」シリーズや「マクロス」シリーズから、2000年代に入って放送された『創聖のアクエリオン』(2005年)や『バック・アロウ』(2021年)などのロボットアニメ作品までを、自身の業績を踏まえて講演した。自分自身の体験についてだけではなく、ロボットやメカニックのデザインについての思考や、マーケティング戦略によってデザインの流行が変わっていくことなどについて述べた。2人のキーノートスピーカーの発表後にも、リアルタイムでの質疑応答が活発に行われた。

コロナ禍におけるアニメ・マンガ・ゲーム研究

今回は、メカデミア史上初めてオンラインで開催した国際学術会議であるため、事前に録画された研究発表を視聴したうえで、リアルタイムの質疑応答を行う形となり、白熱した議論が交わされた。各パネルの質疑応答の時間は45分だったが、オンライン上には「パネル室」以外にも自由に使用可能な「ティールーム」もあった。活発なディスカッションの続きをしたい人たちは、ティールームへ移動して議論を続けた。そのような光景は会議の2日間のあいだにいくつか見られ、そこで行われたディスカッションの内容は一言ではまとめられないほどの多様性があり、この分野における研究成果の豊かさを表していた。本会議を通じて、アニメ・マンガ・ゲーム研究は、国際的に幅広く知見が蓄積されてきた分野であることが明確になった。

コロナ禍において、世界中の研究者はこの実験的なオンライン会議システムの活用方法を模索した。会議以外でもテレワークやオンライン授業が普及し、コロナ禍が収まった後にもそれらのメディアテクノロジーへの依存が消滅することは想像し難い。一方でグローバルな規模でも、人と社会とメディアの相互関係はより強調されている。他方では、遠方の発表者も飛行機に乗らずに会議に参加できるため、環境問題の側面からは一時的であれ汚染を少しでも減らした。したがって「Ecologies」というテーマの2つの軸は会議の形式上としても実現されたといえる。

これからの新しい時代を把握するために、独創的な研究も必要であろう。アニメ・マンガ・ゲーム研究は、その重要な研究を生み出す分野のひとつであるということが明らかになったと言えるのではないか。


(脚注)
*1
日本のアニメ制作会社。『君の名は。』(2016年)、『天気の子』(2019年)などの制作会社として知られている

*2
1997年12月に放送されたテレビアニメ『ポケットモンスター』(ポケモン、1997~2002年)の視聴者が光過敏性発作などを起こした放送事故・事件。


(information)
メカデミア国際学術会議
Ecologies(エコロジー)
日時:2021年6月5日(土)~6日(日)
会場:オンライン
主催:メカデミア(MECHADEMIA)、京都国際マンガミュージアム、京都精華大学国際マンガ研究センター
参加費:発表者8,000円(専任教員)/3,000円(研究者・学生)、視聴者3,000円(専任教員)/1,000円(独立研究者・学生)
https://www.mechademia.net/conferences/asian-conference/registration/

※URLは2021年11月1日にリンクを確認済み