2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッション、ワークショップなどの関連イベントが行われた。公式サイトでは、『女の園の星』でマンガ部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した和山やま氏へのインタビュー音声をもとに、『女の園の星』担当編集者の神成明音氏(編集者/株式会社シュークリーム)、司会として横井周子氏(マンガライター/研究者/マンガ部門選考委員)を迎え、「マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッション」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

左から、横井氏、神成氏。和山氏は声のみでの出演

社会に影響を与える作品に成長

冒頭、横井周子氏による『女の園の星』の紹介から始まり、マンガ部門審査委員の島本和彦氏による贈賞理由全文が朗読された。本文中の「女子校の日常などわからない読者にも「リアル」「ああこうなんだ」「いいな女子校」と信じさせられる切り取り方。キャラクターの一つひとつの所作に「この人は生きている」と感じさせてくれる細部まで行き届いた描写力」や、「登場するすべてのキャラクターを「推し」たくなる独特に魅力的な描き方」といった表現の的確さに横井、神成明音両氏が深く共感、和山やま氏からも感謝の弁が述べられた。神成氏が「創設3年目の賞で、『闇金ウシジマくん』『ゴールデンカムイ』に続いての受賞であると知って、和山先生ともども改めて光栄に感じたと同時に、それほどまでに社会に影響を与える作品に成長したんだと、担当編集として嬉しく思いました」と補足した。

想像から生み出された女子校のリアリティ

和山氏は、第23回文化庁メディア芸術祭において『夢中さ、きみに。』でマンガ部門新人賞を受賞。同人誌で発表していた短編をまとめ単行本化したもので、和山氏にとって初の商業出版だった。これを読んだ神成氏がTwitterのダイレクトメールから和山氏に熱烈な感想を送ったことが、本作連載開始のきっかけとなったという。

本作第1話の主題となる、学級日誌の備考欄で続けられる絵しりとりのエピソードは、独特の空気とギャグがすでに高い完成度で展開し、読者に強烈なインパクトを残す。「連載は初めてということでしたが、最初の打ち合わせ時からほぼ作品世界を確立されている方だったので、編集として主導的な提言などもなく、楽しく描いていただけるものであれば何でもいいという方向で進めました」と神成氏が振り返った。

『女の園の星』第1話より

和山氏は絵しりとりについては自身の学生時代の実体験がもとであると語る一方で、学生時代は男女共学校で学び、女子校通学の経験はなく、打ち合わせ時の雑談中に神成氏が話した出身校(女子校)のエピソードから舞台を女子校と決め、イメージを膨らませていったという。

すべて想像で描かれたにもかかわらず、女子校出身の自身でも激しく頷く「あるある」にあふれていると横井氏が述べ、和山氏からは「単純に女の子を描くのが楽しいですし、私も一応女なので、会話やノリなど女子特有のあいだでしか生まれない空気感は理解しやすく膨らませやすいため、リラックスして描けて楽しい部分です」という所感が示された。

『女の園の星』第1話より

「人間のおもしろいところ」にフォーカスし、動画的な視点で描く

次に本作の特色のひとつである笑いのセンスに横井氏が触れ、その発想の手法について質問が向けられた。和山氏は「私は、キャラクターというか、人間のおもしろいところをフォーカスして描いているんですが」と切り出し、自身の制作の手法や着想の原点とする作家に、まず映画監督の矢口史靖氏と周防正行氏の名を挙げた。「彼らの作品の、日本人が見た日本人のおかしさみたいなもの、それを馬鹿にするわけでもなくフラットな目線で描くところ、いい奴も嫌な奴もみんな、そういうところあるよねと共感できる感じで演出されているところが私は大好きで。人間のちょっとずれてるところやおもしろい部分を描くという点で、大きな影響を受けていると思います」と述べた。続いて、表情の描き方や間の取り方、ギャグの手法などで影響を受けたマンガ家として、野中英次氏、古谷実氏、小林まこと氏の名が挙げられた。

このコメントを受けて横井氏は「以前拝読したインタビューで、ネームのつくり方について、まず会話やプロットを全部文章でつくってから絵に起こすとおっしゃっていて意外に思ったんですが、映画からの影響という今のお話を聞いて腑に落ちました」と語った。

映画の影響からのつながりで、話題は、本作の作画における人物の動きの表現へと移った。和山氏自身はキャラクターを描く際のこだわりについて「今まで見てきた人たちの記憶を参考にしています。作画をするときには、話のなかのキャラクターの動きを自分で実際に動いてみてそれを写真に撮り、自然な流れになるよう確認しながら描いています」と回答。そこに神成氏が「その見せ方はやはり映画から学ばれた面もあるのかもしれないと改めて思いました。作品のどこを見ても人の動きが自然ですよね」と補足。横井氏も「そこが島本先生も絶賛されたポイントでもあるリアルを読者に感じさせる秘訣なんでしょうね」と応えた。

横井氏

「誰も見ていない」ところまで――緻密な描写へのこだわり

次いで、「描いていて楽しいもの」を問われた和山氏は、「天井のブツブツだったり、講義室の防音仕様の壁の点々だったり、プリントの文字だったり、描いていて無心になれるものですね。トイレの壁のタイルなんかも、誰も見ていないだろうけど、描くと描かないのでは画面の締まり方が違うので、そういう場所を描くのも楽しいです」と語り、回答を聞きながら単行本で各ページを確認した横井氏から驚きの声が上がった。さらに神成氏から、和山氏の作画の手順が「仕上げはデジタルですが、線画まではアナログなので、トイレのタイルは自分で線を引いてらっしゃいます。場面が変わるごとに縮尺も変えて、すべて手描きです。駅舎の天井の桁なども1本1本描いています」と描き込みの実態が明かされた。

妥協なき「人間のおもしろさ」の出し方

次に話題は和山氏と編集者の神成氏とのあいだで行われる、制作工程の詳細へ。前項で述べたように、ネーム出しの過程に編集者として介入することは基本的にないという神成氏。「例えば和山先生に『次回もそろそろお願いします』と連絡すると、『次は小林先生がタペストリーをつくる回にしようと思います』とだけ返ってきて、内心『え? どういうこと?』と思いつつ『わかりました』とお伝えしてネームをお待ちします(笑)。結局、言葉だけ聞いてもどんな話かは予想もつかないし、あんなにおもしろくなることもわからないわけじゃないですか。そしてできてきたネームを読むと、その時点で内容がほぼ完成しているんですね。和山先生は登場人物のセリフも非常に大事につくられるので、ネームの時点でもう100%おもしろいんですが、そこからさらに推敲を重ねて、原稿が仕上がったときには完成度が150%になっている。人間のおもしろさの出し方に最後まで妥協がなくて、ふさわしい表現についてずっと考え続けている人だな、といつも感心しています」と述べた。

神成氏

2022年8月には本作のアニメ化が発表され、製作が進行中だ。アニメ化に際しての感想を求められた和山氏は「私の絵が動くということが初めてなので、それ自体楽しみなのですが、それぞれのキャラクターの声や歩き方、そして学校の音、部活の音、ガヤガヤした感じなどは、たぶんマンガよりも鮮明にリアルに聞こえてくる部分だと思うので、そこが特に楽しみです」と、演出や音響への期待を語った。神成氏が「和山先生としてはあまりオリジナル要素を入れず、原作をそのまま起こしてもらいたいという希望を製作会社にお伝えして、丁寧に対応していただいています。登場人物が生きているという感じが、アニメになることでより増幅して伝わることを楽しみにしています」と続けた。

冒険を恐れない新たな表現、展開への意気込み

トークセッションの結びに、横井氏から、連載中の本作の今後の展開や描いてみたいことについて問われた和山氏は「これまでに描いてみたいところは、もうだいたい描ききったと思います。今後は、各キャラクターの意外とこの人って……みたいな部分を、嫌な部分も良い部分もちょっとずつ見せながら、より人間味を帯びて描いていけたらと思っています」と回答。

最後に和山氏から「毎回、ネタを考えるのが大変ではありますが、読者の方からいただく、ここがよかったという感想を糧に描いています。ですのでその読者の人の顔を想像しながら、思いついた話を、これは反応が怖いけど思い切って描いてみようかなと思いながら描くのはスリリングでもあります。人によってはネガティブになってしまう表現でも、私が描いたらどういうふうに描けるのかなということに、これからも冒険していきたいなと思っていますので、引き続き読んでくれたら嬉しいです」との言葉が述べられた。


(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:和山やま(マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』)
    神成明音(編集者/株式会社シュークリーム)
    横井周子(マンガライター/研究者/マンガ部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み