2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはワークショップ、トークセッションなどの関連イベントが行われた。9月23日(金・祝)には、日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星にて、『四角が行く』でアート部門優秀賞を受賞した石川将也氏(映像作家/グラフィックデザイナー/視覚表現研究者)、杉原寛氏(エンジニア)、中路景暁氏(アーティスト/エンジニア)を講師に迎え、アート部門ワークショップ「アート作品の仕組みを理解して、表現の可能性を考えてみよう」が開催された。本稿ではその様子をレポートする。
iPadに搭載されたアニメーションソフトを利用して実験
以下、撮影:小野博史
光の三原色の原理で、立体的に投影する
3つの四角い箱がベルトコンベア上で関門(ゲート)をくぐり抜けていく作品『四角が行く』を制作したメンバーのうち、石川将也氏、杉原寛氏、中路景暁氏が講師となったワークショップ。映像作家でデザイナーの石川氏は『四角が行く』では企画を担当、また機械工学をバックグラウンドとし、アートやデザイン分野に携わるエンジニアリング行う杉原氏は、箱をどのように動かすかという仕組みを考え、機構として実装。そしてエンジニアであり作家の中路氏は、『四角が行く』では関門をベルトコンベアによって動かす機構を担当した。
ワークショップでは「新しいメディアで表現を探る」をテーマに、石川氏が以前制作した『Layers of Light(光のレイヤー)』(註)の仕組みを用いた。この作品は蛍光のスクリーンに、上から小さなプロジェクターで平面のグラフィックを投影することで、立体的なアニメーションを生み出せる。2次元でつくったグラフィックが光の三原色である赤(R)、緑(G)、青(B)の3色に分かれることで、立体的に見えるのが特徴だ。
左から、石川氏、中路氏、杉原氏
『Layers of Light(光のレイヤー)』の装置では、2枚の蛍光板に投影した光が反射/透過することで、立体的に映像が浮かび上がる
石川氏の作品を紹介。アニメーションと音を組み合わせてさまざまな作品をつくっている
石川氏はこの立体映像装置で2020年に特許も出願中(特願2020-206990)。実験をしていて偶然、蛍光のアクリル板に映像を投影したときに色が分離するのを発見したことから、この装置を開発した。初めて見たとき「こんなもの見たことがない」と驚いたという。そもそもこの不思議な現象はどのようにして生まれているのだろうか。ワークショプに入る前に、作品の仕組みを学んでいった。ポイントは「蛍光であること」と石川氏。緑色とオレンジ色の蛍光材料を使っていることが重要だという。
蛍光アクリル板に光が反射・透過する仕組みを説明する石川氏。プロジェクターの光のうち青色が最も波長が短く、赤色が最も波長が長い
蛍光材料について石川氏は、「蛍光材料自体の色よりも短い波長の光に反応して発光し、それよりも長い波長の光は透過させます。例えばRGBの集合である白い光をあてると、オレンジ色のアクリル板にはオレンジよりも波長の短い緑(G)と青(B)が反応し、赤(R)は透過するのです」と説明。光には波の性質があり、その波長の長さで人間は色を感じているが、蛍光の板を通すことで光の色が分かれるのだ。「この装置は、光が立体的に投影される点がおもしろいと思っています。制約が多いメディアですが、今日はこの仕組みを活用してさまざまな表現を探っていけたらと」とワークショップの主旨につなげた。石川氏は前職でクリエイティブグループのユーフラテスに在籍していたが、その際に手掛けた「サイアロン蛍光体」という物質の説明動画も再生。サイアロン蛍光体とは、物質・材料研究機構(NIMS)が開発した蛍光を出す物質のことだ。
未来の科学者たちへ #05 「サイアロン蛍光体」(A message to future scientists: SiAlON phosphors)
iPadや色紙などを用いた光の表現と実験
3つのテーブルにそれぞれひとつずつ立体映像装置を起き、自由に創作していく。ひとつはパソコンをつなぎ映像を自由に投影しながら、アクリル板を動かして実験するコーナー。真ん中の装置にはアニメーションのアプリが搭載されたiPadがつながれ、ペンで自由に描いた造形をアニメーションにして投影することができる。そしてもうひとつのコーナーには、色画用紙やセロファン、ペンなどが用意され、アナログでつくった造形物をカメラで投影し、光の立体を実験していく。グループ分けなどはなく、参加者は3つのテーブルを自由に行き来し、思い思いに創作や実験をした。
色紙やペンなどが置かれた手作業の造形コーナー
「赤い魚が泳ぐ水面に、葉っぱが流れるアニメーションをつくりたい」と、色紙で表現した女性。魚を赤い色紙で、落ち葉を黄色、青色、緑色で切り抜き、カメラで投影した。すると、魚は最下層に赤色の光で、葉はその上の層に緑色や黄色の光で投影された。一部、赤色で葉が投影されていたため「青色で葉っぱをつくったほうがよいのよね」とつくり直すことに。一方、なかには銀紙や金紙を投影する参加者も。銀や金は光を反射し、その反射した色がカメラを通して不思議な光の彫刻ができあがった。「銀や金の紙を投影したのは、おそらく今日が初めてのこと。大発見だと思います」と杉原氏。どのような色にするとはっきりと層が分かれるか、もっと濃淡をつけたほうがよいか、青色をはっきりと出したいなど、さまざまな試行錯誤が続いていった。iPadで手描きアニメーションを投影できる中央のテーブルでは、青、緑、赤と1色ずつレイヤーをつくり、ペンで好きなかたちや線を描いた。
赤い魚が泳ぐ水面に、落ち葉が流れる様子を表現
「この色で描くと、何層目に投影されて……」と考えながらアニメーションをつくっていく
60分ほど自由な創作や実験をし、ワークショップは終了した。石川氏は、最初この仕組みを発見したときに、特許取得のこともありオープンにしていくことに慎重になっていたそう。しかし今ではいろいろな人にこの仕組みを利用してもらいたいという。
最後に、撮影用の色温度を測る分光色彩照度計を例に、光のおもしろさを紹介した。「この照度計で太陽光をはかると、さまざまな色の波長がバランスよく入っているのがわかります。だから太陽光は物質を美しくみせられるんですよね。一方、プロジェクターの光をはかると単調な色しか入っていません。この光のもとで写真を撮ると、人の顔色は悪くなり、料理も美味しく写りません。こうして光の性質で物の色が変わっていくのがおもしろいんです」と石川氏。原初的な光の仕組みを利用したシンプルな装置から多様な表現が生まれ、身近な「光」への関心も高まった。
(脚注)
『Layers of Light(光のレイヤー)』は、文化庁による令和2年度メディア芸術クリエイター育成支援事業の採択企画である。また、第25回文化庁メディア芸術祭のアート部門で審査委員会推薦作品に選出された。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 アート部門 ワークショップ
アート作品の仕組みを理解して、表現の可能性を考えてみよう
日時:2022年9月23日(金・祝) 14:00~15:30
会場:日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星
講師:石川将也(映像作家/グラフィックデザイナー/視覚表現研究者/アート部門優秀賞『四角が行く』)
杉原寛(エンジニア/アート部門優秀賞『四角が行く』)
中路景暁(アーティスト/エンジニア/アート部門優秀賞『四角が行く』)
定員:15名
対象:中学生以上
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み