2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッション、ワークショップなどの関連イベントが行われた。公式サイトでは、『Bio Sculpture』でアート部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した青木竜太氏(コンセプトデザイナー/社会彫刻家)と田中浩也氏(慶應義塾大学教授)、岩崎秀雄氏(早稲田大学理工学術院教授/アート部門審査委員)、司会として指吸保子氏(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員/アート部門選考委員)を迎え、「アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』トークセッション」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

左から、指吸氏、青木氏、田中氏、岩崎氏

巨大デジタル・ファブリケーション技術で、生態系をプリントする

『Bio Sculpture』は、青木竜太氏が代表を務める、都市の在り方を探求するリサーチチームMETACITYと、デジタル・ファブリケーションの可能性を模索し続ける田中浩也氏の研究室とが協働し、自然に向けたテクノロジーの在り方を提示するアートプロジェクトだ。田中氏の研究室が開発した30m×30m級の世界最大の造形範囲を誇る3Dプリンターを用いて、生命の苗床である土を素材に造形した立体物『Bio Sculpture』を都市にインストールし、環境変化を長期的に観測することで、プロジェクトの可能性を探求している。

青木氏
田中氏

選考委員を務めた指吸保子氏が、協働して作品を制作することになったきっかけについて尋ねると、田中氏が青木氏企画のカンファレンスに登壇するなど、以前から繋がりがあったとのことだった。研究室とMETACITYとしての関わりが始まったのは2019年初頭で、「僕は社会彫刻家を名乗っていますが、田中さんの活動も、ある意味で社会彫刻的です。何か一緒にやりたいですねとディスカッションを重ねて。夏に3Dプリンターを使った研究発表会があって、そこからコンセプトが定まっていきました」と青木氏。田中氏は「本作に使用している3Dプリンターは、3〜4年前から開発していた、研究の最終形に近いものです。意味のある素材で、環境の一部になるようなものをつくりたいという思いから、生態系をプリントするというアイデアが出て、機運が高まりました。社会にちゃんとメッセージをもって発信したいという思いがあり、青木さんにお声かけして、コラボレーションが実現しました」と振り返った。

指吸氏

今日的な示唆に富む、説得力ある学際的なプロジェクト

審査委員を務めた岩崎秀雄氏は本作について、非常に学際的なプロジェクトであるとし、人の暮らしへの寄与を目的として技術を探求してきた田中氏が、同技術を生態系という異なる方向に向けたその展開や、作品内にミクロにマクロに存在する多様な要素とそれをセンシングし観察する科学的技術と理学的視線、それらの多様な要素を独自性の高い作品として束ね上げたことにメディア芸術のバックグラウンドを感じさせることなど、本作の魅力を語った。また、「SDGsと絡めて語ることももちろんできますが、そうしなくても、プロジェクト自体がよく練られた興味深いものです。人新世という言葉に表されるものを、自らの手で反芻して考えているかのような。また、マルチスピーシーズを考えるうえでもテクノロジーの位置付けは非常に重要なのですが、その点にもアプローチしている」と、今日的なさまざまなキーワードで語ることのできる説得力あるプロジェクトとして評価した。

岩崎氏

なお、本作が受賞した「ソーシャル・インパクト賞」は、過去には社会に影響を与えた作品や直接的に人と関係を持った(多くの人が利用したアプリケーションなど)作品に対して贈られることが多かったが、本作もまた異なる観点で本賞にふさわしく、決定の際には満場一致で決まったという。受賞を受け、社会彫刻家・青木氏は、「社会的行為というのは目には見えづらいもの。活動の概念を理解いただき、またアート作品として歴史ある芸術祭で評価していただけたのはとてもありがたい。同様に技術やメディアを用いて活動している作家への後押しにもなれば」とコメント。次いで、「ソーシャル」はその活動のキーワードのひとつとしてありつつも、このコロナ禍で見えないものに対する感度が上がり、捉え方が変わったという田中氏。「人間同士の交わりを超えて、より拡張された意味でのソーシャルを意識するようになった今、この賞を受賞することはとても嬉しい」と話した。

最もプリミティブで、最も未来を感じる素材

幼少期にも触れる原初的な素材でありながら、本作においては成熟したファブリケーション技術が行き着く先にもなった「土」。腐敗物や微生物も含むこの有機的な素材について田中氏は「最もプリミティブで、最も未来を感じる素材。人工物をつくるためのマテリアルの歴史において、土は最も根源的でありながら、まだまだわからないことも多くポテンシャルを持った素材です。扱っていると、そのなかに見えない何かが存在している感覚は常にあります」と話す。本作は土を素材に、壁面をまず積層成形し、そのなかにまた異なる自然素材(赤玉土、もみ殻など)を投入している。成形の過程では一層ごとに乾燥させる必要があり、乾燥時間は実施環境の天候や湿度、気温に左右されるが、どの程度かかるかは動かしてみないとわからない。それが土ならではのハードルだという。

『Bio Sculpture』の内部構造

また、独特の層状の構造を両氏は「ひだ構造」と呼び、それは3Dプリンターならではの形状で、3Dプリンターを使えば世の中にあるものの表面積を増やすことができると話す。ひだ構造や内部に投入された赤玉土などの素材、表面を覆う苔などはすべて、そこに森のような保水性と生態系が生じることを期待してのことで、適した形状や苔の種類などはコンピュータを用いたシミュレーションで導き出されている。特に苔はCO2の吸収能力が高く、実際に日中は作品周囲のCO2が減り、浄化された空気が吸えるという。

人間中心主義からできるだけ離れて

すでに国内で2度実施している本プロジェクト。トークではその実施の様子なども紹介された。各プロジェクトで展示した本作の一部は、展示会場付近に継続設置され、その遷移も見守られ続けており、受賞作品展にて展示されたのはその一部をさらに切り取ったものだという。「継続しているといろいろ見えてくるものがあり、意図を持ってコントロールしたくなるのですが、このプロジェクトは人間の理想を追い求めるものではないので、そういった意識からはできるだけ離れていたい。意図が生まれそうになったら適度に攪拌して、見たことがない方、わからない方に進めていくことが大事だと思っています」と田中氏。国外での展開について尋ねられた青木氏は、「プロジェクトのきっかけのひとつとして、オーストラリアの森林火災がありました。極度乾燥地域において一定期間保湿状態を保てるような構造が人工的に生み出せたら、そういった問題にもアプローチできる。ただ、現実的な実施にはかなりハードルがあります。今後もさまざまな人とコラボレーションしながら可能性を探って行きたい」と、それぞれの今後への展望を語った。

2021年夏、千葉県幕張の日本庭園にて開催された「生態系へのジャックイン展」での展示風景
「生態系へのジャックイン展」で展示した『Bio Sculpture』の約1年後の様子

(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:青木竜太(コンセプトデザイナー/社会彫刻家/アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』)
    田中浩也(慶應義塾大学教授/アート部門ソーシャル・インパクト賞『Bio Sculpture』)
    岩崎秀雄(早稲田大学理工学術院教授/アート部門審査委員)
    指吸保子(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員/アート部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2023年2月3日にリンクを確認済み