2013年は、2000年初頭から欧米を中心に実践/議論されてきたメディアアートの保存と記録に関するプロジェクトが一段落したかのように、同テーマを扱った書籍の出版が相次いだ。例えば、Preserving and Exhibiting Media Art: Challenges and Perspective(Amsterdam University Press、オランダ)、Media Art Installations: Preservation and Presentation(Reimer Verlag、ドイツ)、digital art conservation: Theory and Practice(Ambra |V、オーストリア)などがある。さらに、筆者が注目するのは、アナログ・ビデオ(カセットおよびテープ)の劣化およびエラーにフォーカスした『アナログ・ビデオのイメージ・エラー概論(Compendium of Image Errors in Analogue Video)』(Scheidegger & Spiess、スイス)である。
インスタレーションやネットアートの保存の場合、作品の「真正性」が問われ、保存あるいは再制作の手法が多様でケース・バイ・ケースにならざるを得ないという課題や経費の問題が大きい。一方で、シングルチャンネル・ビデオやマルチチャンネル・ビデオ作品の場合は、上記の懸案事項が割に限定的といえる。
『アナログ・ビデオのイメージ・エラー概論』は、1962年から2005年にかけて生産されたオープン・リールからDVCPRO HDまで、ヨーロッパで制作されたビデオ・アートに多く使われてきた39種類のフォーマットをカバーし、極めて実用的なビデオ・アート保存のための教科書である。これまでアナログ・ビデオのエラーに関する用語が標準化されていなかったことを踏まえ、4つの分類別(1.オペレーター・エラー/2.デバイス・エラー/3.テープ・エラー/4.プロダクション・エラー)に代表的な28つのイメージ・エラー症状の原因と対処方法についてDVDと共に簡潔に解説する。
同書によれば、多くのエラーは、テープや再生機器の劣化(分類2と3)によって起こるという。最終的には専門家に修復を依頼するにしても、症状別の対処法は多くの美術関係者にとってダメージを最小限に抑えるためにも有効であろう。その他、互換性のないテープ/再生機器/モニター等の間で起きるエラー(分類1)や、作家が意図的にエラーを生成して作品に取り入れた場合(分類4)についても解説する。同書に、The Artistic Use of Analogue Image Errorsと題した「エラーの美学」を切り口にしたビデオ・アート史の論考が掲載されている点が興味深い。さらに、ビデオ技術に関する基本原理の解説、技術用語集、目録用書式、ビデオの基本的な扱い方とメンテナンス手法も含まれる。
同書はスイスのSwiss Institute for Art Research(SIK-ISEA)やAktiveArchiveのリサーチ・プロジェクトに基づいてまとめられた。また、ベルン芸術大学(BUA)の大学院とMateriality in Art and Cultureプロジェクト・チームらも共同した。同大学院には、メディアアートのコンサベイター(作品保存の専門家)を養成するプログラムが設置されている。
ビデオ・カセットやテープの多くは日本製であるにもかかわらず、日本におけるビデオ・アートのコレクションは危機に直面していると言っても過言ではない。なぜなら、フィルムに比べて劣化のスピードが速いアナログ・ビデオ以降の映像フォーマットを使った作品をコレクションする美術館が少なくない一方で、そのような作品の技術背景を熟知した学芸員が希少であることやコンサベイターの不在が問題になっているからだ。学芸員資格の見直し、あるいはメディアアート保存のための新たな専門家を想定した養成プログラムの検討が求められる。本書が活用され(例えば、翻訳や勉強会等)、これらの問題に対応するきっかけになることを期待したい。
『アナログ・ビデオのイメージ・エラー概論(Compendium of Image Errors in Analogue Video)』
著者:Johannes Gfeller, Agathe Jarczyk, Joanna Phillips. With a contribution by Irene Schubiger
出版社:Scheidegger & Spiess
出版社サイト
http://www.scheidegger-spiess.ch/index.php?pd=ss&lang=en&page=books&book=487
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