2015年1月24日と25日に山口情報芸術センター(YCAM)にて「Dividual Plays ディヴィジュアル・プレイズ−身体の無意識とシステムとの対話」が上演された。これは、YCAM InterLabを中心にザ・フォーサイス・カンパニーのダンサー安藤洋子氏とメディアテクノロジーの専門家たちが2010年から行ってきた研究開発プロジェクト「Reactor for Awareness in Motion(RAM、ラム)」の成果発表として上演されたダンス公演である。

RAMについてはカレントニュースでも過去に取り上げているが、最初に技術的な背景を説明したい。RAMの仕組みは大きく2つからなっている。1つは、ダンサーの動きをリアルタイムに解析する低価格の慣性式モーション・キャプチャー・システム(MOTIONER、モーショナー)で、身体の動きを記録再生し、データを他のアプリケーションに送ることができる。ダンサーと共同開発した結果、軽量で使用者のストレスが少なく、レイテンシーの少ないシステムになっている点が特徴という。もう1つは、RAM Dance Toolkit(ラム・ダンス・ツールキット)で、MOTIONERから入力されたダンサーの動きのデータを、解析、利用し、シーンと呼ばれる様々な環境(コンピュータ内に構築された仮想現実の環境)を介して、視覚、聴覚、触覚刺激などの情報をダンサーにリアルタイムでフィードバックすることができる。

このようなシステムを使うことで、例えば、ダンサーの動きを取得し、それをコンピュータに入力することで、ダンサーの身体が上下逆さまになった仮想現実の世界を動くアニメーションとして表示することができる。ダンサーはそのアニメーションや他のダンサーの動きを見て、情報を選びとり、自らルールを設定して、次の動きを決めていく。RAMでは、ダンサーは振付家が予め決めたダンスを踊るのではなく、完全に即興で踊るのでもない。フィードバックループから生まれる生成的なダンスがRAMの大きな特徴である。

今回の公演では、それをさらに一歩すすめ、ダンサーの動きを、「箱庭」と呼ばれる物理現象を用いた10個の装置に入力し、その箱庭の挙動をコンピュータで解析し、映像、音、照明としてダンサーに戻すということをしていた。フィードバックループの間に物理現象が入り込むことで、システムに不可逆性や予測不可能性が加わった。

公演は2日間にわたって行われた。著者は2日目のプログラムを鑑賞した。フラットな舞台に、客席は(ポストトークによると「あえて」)通常の劇場のような階段状のセッティングで、観客は着席して作品を鑑賞するスタイル。舞台には多数の映像モニターが頭上や床上に置かれ、音響には立体音響が使われた。上手(かみて)には、前述の「箱庭」と呼ばれる装置が複数配置された。「箱庭」は、例えば、水槽の中にインクが落ちるものや、電磁石で動く振り子、多数の歯車とギアからなる装置など、それぞれ物理現象を含むテーブルに載るくらいの大きさの装置。箱庭はメンバーそれぞれが1つずつアイデアを出して制作した。全体の空間構成は建築家の田根剛氏が担当。

公演に先立ち、RAMの説明をYCAM InterLabの伊藤隆之氏が行った。ダンサーは3名(川口ゆい氏、小㞍健太氏、笹本龍史氏)、私の鑑賞した2日目の公演では男性2名がMOTIONERを装着していた。公演が始まると、舞台手前のモニターには幾何学的なコンピュータグラフィックスの映像が表示された。それは箱庭の挙動とダンサーの動きをコンピュータで解析し、法則性のある「スコア」(通常の楽譜とは異なるものだが)にしたもので、アーティストの大西義人氏が担当した。

ダンサーはモニターに映る映像や、他のダンサーの動きを見て、自らの動きを決定しており、その様子は(事前に説明があったこともあり)観客席からも理解することができた。また、 公演はいくつかのシーンに分かれていたのだが、その順番や長さもまた、予め決定されているのではなく、RAMのシステム(正確にはマスターとなる「箱庭」の挙動)によってリアルタイムに決定された。

このように超越的な主体による全体的なコントロールを避け、通常の意味での「振付」や「演出」を周到に避けたDividual Playsにおいて、ダンサーは「出力」すると同時に「入力」されるフィードバックのループの一要素となる。ダンサーの疲労やシステムの故障可能性さえ考慮しなければ、一見、そのループは無限に動き続けるようにも見えた。

複雑なシステムの中を流れるデータの流れは一部可視化されているとはいえ、その全体を観客が感じ取ることは不可能である。複雑な因果関係は、ともするとランダムに見える瞬間もある(読み取りの度合いは観客の能力、経験によって異なるため、どこからランダムに見えるかは個人差があると思われるが)。しかし、何かを読み取り、ルールを定め、動きを生み出そうとするダンサーの表情や目線を見ていると、それは確定的なルールに基づくものではないものの、かといって、ランダムでもないということが分かるのである。

確定的な因果関係とランダムの間に広がる領域は、複雑系の研究などにおいて対象とされてきたが、それを今回の作品では芸術の領域において実践的、実験的、創発的に取り扱っている。ここで作品という言葉を用いたが、この作品が通常の意味での「作品」とは異なるものであることは上述の通りである。

公演のタイトルに含まれる「dividual」は、哲学者の故ジル・ドゥルーズ氏(1925-1995)が考案した概念で、個人を意味する英語「individual」から接頭辞の「in」を取り除いたものである。通常、集団や集合は「collective」と呼ばれるが、dividualは、個と集団の両者に関わる。安藤氏はダンスについて「ダンスする主体は、個人のダンサーでありながら、同時に個人を超えてステージ上にいる他のダンサーやモノといった、環境の一部分でもあり得る」という考えを述べている。「dividual」という言葉はそのような背景から選ばれた言葉といえるだろう。

今後、RAMプロジェクトでは、スポーツや医療、エンターテインメントへの応用も視野に入れられており、関係者との実験も行われているという。安藤氏とYCAM InterLab、そして多数の協力者によって本プロジェクトは4年間の長期にわたって継続されてきた。このような例は世界でも稀であろう。今回は2公演のみの発表であったが、今後、多くの人々がそのプロセスや成果を目にすることになるだろう。

YCAM InterLab + 安藤裕子 共同研究開発プロジェクトRAM
http://ram.ycam.jp/