「外国人、コンピュータ、詩人の共通点は、まったく予想のつかない言語的連想をするところにあります」。ヤシャ・ライハート(Jasia Reichardt)氏は、編著書Cybernetics, Art and Ideas(Studio Vista Limited & New York Graphic Society Ltd., 1971)のなかでこのように述べている。同書には、自由に操作できない高価な巨大計算機だったコンピュータに対して、人間の優秀な補助者、対話可能な仲間、人間の挫折と希望を見直す背景、労働を省く装置、幸福と喜びの増幅器、芸術の民衆化手段、芸術のツール、学習道具などとしての潜在的可能性を見いだした人びとのエッセイが寄稿されていた。
メディアアートの原点のひとつとして記憶される「サイバネティック・セレンディピティ(Cybernetic Serendipity)展」は、ライハート氏のキュレーションによってロンドンのICA(Institute of Contemporary Arts、イギリス)で1968年8月2日から10月20日まで開催され、ロンドンだけで約60,000人の観客を動員した後、アメリカのワシントンとサンフランシスコを巡回した。325名の作曲家、エンジニア、アーティスト、数学者、詩人が参加したこの展覧会は(1)コンピュータを用いて生成されたグラフィックス、アニメーション、コンピュータによって作曲あるいは演奏された音楽、詩、テクスト(2)ラジコンで操作されるロボットや描画機械など、サイバネティックスを応用した作品(3)コンピュータの活用やサイバネティックス理論の歴史を扱う環境的作品、という3つのセクションで構成されていた。その内容は、まだ初歩的段階に留まっていた様々な実験を通して未知の可能性を探求することであり、決してコンピュータによる芸術の革新を謳歌するものではなかった。機械とテクノロジーが、同時代の感性の一部、あるいはそれ以上の総体として、社会的な意味を持つという事実を考えると、「サイバネティック・セレンディピティ展」は、世界初で開かれた大規模の総合的なコンピュータアート展としてだけでなく、1960年代末の時代精神を表した同時代芸術の展覧会として記憶されるべきだといえよう。
2014年10月14日から11月30日にわたって、サイバネティック・セレンディピティの記録資料展(Cybernetic Serendipity: A Documentation)がICAで開催される。約半世紀前の歴史的な展覧会の記録写真と報道資料などを通して、現在における意義を考察することが目的だという。本展開催に際して、若手アーティストのユリ・パッティソン氏による、タンブラー基盤のウェブアーカイブも公開された。長い間、なかなか入手できない資料だったカタログがダウンロード可能なこのアーカイブは、今後とも継続的に更新されていく予定である。
本展の開催を聞いて、筆者は研究者として無力感が残る。なぜなら、ちょうど3年前、ライハート氏と本展と同様の資料展を構想したことがあるが、諸事情のため実現することができなかったからである。
以前、本紙面で紹介された「<連続シンポジウム>マンガのアルケオロジー2:マンガアーカイブの現在」に参加した時、マンガとメディアアートが「アーカイブ」という問題項を共有しているという事実に気づかされたことがある。アーカイブとその公開、運営、活用をめぐる問題は、決して関係者個人の善意や一概研究者の努力では解決されない問題である。日本国内で眠っている貴重な資料のアーカイブ化と運用に対する、長期間にわたる制度的な支援が切実に要請される。
ICA ロンドン「Cybernetic Serendipity: A Documentation」展
https://www.ica.org.uk/whats-on/cybernetic-serendipity-documentation
アーティストYuri Pattison氏の「Cybernetic Serendipity」アーカイブ
http://cyberneticserendipity.net/