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 オーラルヒストリーとは、「歴史の口述記録」といいますが、今後の研究を支える貴重な原資料として様々な分野で実施されています。一方メディア芸術分野では特にゲームやアニメーション分野の蓄積が少ないという課題があり、平成23、24年度の本事業において、オーラルヒストリーの実施による記録の作成そのものに加え、実施プロセスから得られる今後の学術研究の知見蓄積や人材育成を目的に、アニメーション・ゲーム両分野でのオーラルヒストリーを実施しました。

 その後、今後の研究への活用・深化のため、得られた資料を利用可能な状態とすることも重要な使命であるとし、公開利用に向けた準備を行ってまいりました。この度以下の窓口で公開利用が可能となりましたのでお知らせいたします。

 この間も、とりわけアニメーション分野の関係者から、日本アニメの黎明期を支えた方々が高齢に差し掛かっているという点などから、オーラルヒストリーの必要性や緊急性に対する声が多く寄せられており、できるだけ多くの貴重な証言を軽やかに記録・保存、そして公開利用していく仕組みや取組みが求められています。その点においても、本プロジェクトが今後改めて様々な角度から検証され、新たな課題やその次の段階への足がかりとして活用されることを祈っております。

 アニメーション分野のインタビュアーをつとめた木村智哉氏が、複数年に渡ったプロジェクトの全体像をまとめた総括レポートはこちらとなります。

■オーラルヒストリーの概要と公開利用窓口について (敬称略、肩書は実施当時)

インタビュイー アニメーション分野 ゲーム分野
杉井ギサブロー
(アニメーション監督)
原徹
(アニメプロデューサー)
櫛田理子
(ゲームライター)
堀田哲也
(ゲーム開発者)
実施回数 11回 4回 3回 3回
インタビュイー選択基準 個人史や作品論に留まらず、そのインタビューによって業界史も浮かび上がるような人物で高齢の関係者を優先。その上で製作プロセスや業界の全体を見通しうる監督とプロデューサーを選定。 ゲームの文化性や社会性を捉える上でまずはファミコンを中心としたユーザーを対象とし、その上で現在もゲームに関わる職業に就く方を選定。
インタビューチーム ■インタビュアー

・原口正宏(リスト制作委員会代表)

・木村智哉(早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点研究助手)

■サポート

・桶原馨(東京大学大学院修士課程)

■インタビュアー

・川口洋司(日本オンラインゲーム協会事務局長)

・遠藤栄昭(フリー編集・ライター)

■記録(映像・音声・写真)

・布山タルト(アニメーション作家、東京藝術大学大学院映像研究科 アニメーション専攻 准教授)

・岡本彰生(フリー映像編集、スライヘッド_プロダクション代表)

公開利用対象 ・記録資料(各回の音声文字起こし原稿※1、各回の映像※2)

・実施プロセス報告書(平成23,24年度)※3

公開利用窓口

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公開利用の方法は、各館の運用規定に準じるものとする。

公開利用の窓口や時期などは確定次第随時更新

所蔵館名 URL 住所 閲覧対象資料 公開利用時期
新潟市マンガの家 http://house.
nmam.jp
新潟市中央区古町通6番町971-7 新古町版画通 GEO古町通6番町 1・2階 ・文字起こし原稿

・実施プロセス報告書

平成27年
5月〜
杉並アニメーションミュージアム http://sam.or.jp 東京都杉並区上荻3-29-5 杉並会館3階 ・実施プロセス報告書

(以下はアニメーション分野のみ)
・文字起こし原稿
・映像

平成27年
11月〜
京都国際マンガミュージアム内 研究閲覧室 http://www.
kyotomm.jp
/collection/
京都市中京区烏丸通御池上ル (元龍池小学校) ・文字起こし原稿

・実施プロセス報告書

平成27年
5月〜
北九州市漫画ミュージアム http://www.
ktqmm.jp
福岡県北九州市小倉北区浅野2丁目14-5 あるあるCity 6階 ・文字起こし原稿

・実施プロセス報告書

平成27年
5月〜

※1 可能な限り逐語録に近い形で、各インタビュアーにて基礎的な校正を加えた。またインタビュイー本人や本事業事務局による校正も一部行っている。

※2 文字起こし原稿の校正のうち、主に削除修正を可能な範囲で反映した。なお、各所蔵館に映像の視聴機器がある場合のみ利用可。

※3インタビュイーの選定、事前準備、作成した資料、各回のインタビュー進捗やインタビューチーム各人の所感をまとめたものなど、詳細な実施プロセスがまとめられている。


  総括レポート

木村 智哉(日本学術振興会特別研究員)

はじめに

 本プロジェクトは、「メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業」実施過程で、関係者からメディア芸術アーカイブの1つのあり方として、オーラルヒストリーへの期待・要望が寄せられたことを受け、平成23年度から実施されたものであった。平成23年度から24年度にかけては、インタビューの実施と基礎的な校正作業が、また平成25年度から26年度にかけては、インタビューを文字化した記録資料の公開へ向けての手続きがとられてきた。

 本稿はこの記録資料の公開に伴い、改めてその事業報告を行うものである。なお、オーラルヒストリーはアニメーション分野とゲーム分野とで行われたが、本稿での報告内容は、アニメーション分野に限定している。

実施の目的

 このオーラルヒストリー事業は、ひとつのテストケースとして位置づけられるものであり、以下のような目的を持っていた。

① オーラルヒストリーの試行的実施によって、今後の参考になる実施のプロセスや知見を蓄積する。

② 同実施によって得られた知見を元に、今後のアーキビストや研究者育成に通じる人材育成検討の際の材料とする。

③ 同実施において産学連携を図り将来の人材交流の機会とすると共に、得られた内容を各分野会議にて情報共有・議論することにより、今後の分野を横断した連携体制推進のきっかけとする。

 上記3つの目的に見られるように、本事業はオーラルヒストリーの実施とそれによる資料の作成そのものに加え、今後の学術研究の方法論の蓄積、人材育成や交流といった、実施プロセスから生じる無形の成果も視野に含めたものであった。

インタビュイーの選択

 オーラルヒストリーを実施するにあたって、もっとも重要なのは対象者の選択であった。本事業では分野会議の結果、まず商業アニメーション分野を対象とすることが前提とされた。また既存の映画史研究には、監督や俳優など幅広く個人の職業人生を追った成果があることから、それらを参照しつつ、2名の対象者を選択することになった。

 選択基準としては、個人史や作品論に留まらず、そのインタビューによって業界史も浮かび上がるような人物であること、また高齢の関係者を優先すること、そして最初のケースにふさわしい象徴性を持っていることなどが挙げられた。この基準に従い、また戦後の商業アニメーション史の展開を踏まえて、東映動画株式会社と株式会社虫プロダクションの二つの潮流を意識し、劇場用長編アニメーション映画の継続的製作の嚆矢となった『白蛇伝』(1958年)、毎週30分枠で放映される国産テレビアニメとして最初の番組となった『鉄腕アトム』(1963〜66年)のいずれかに関わった人物であることが望ましいとされた。

 これら諸要素を満たす人物として、最終的に、東映動画や虫プロダクションを経て、独立プロダクション「アートフレッシュ」や「グループ・タック」の設立に深く関わったアニメーション映画監督の杉井ギサブロー氏、東映動画の企画・制作を経て、海外との合作アニメーションの制作を行う「トップクラフト」を設立し、さらにその後、スタジオジブリのプロデューサーとなった原徹氏の2名が選出された。

 このほかにも「TCJ」や「竜の子プロダクション」などの同業他社やテレビ局のスタッフ、また美術・特殊効果・音響・撮影など各セクションへのアプローチの必要性も訴えられたが、今回は最初のテストケースであることから、製作プロセスや業界の全体を見通しうる、監督とプロデューサーを優先することになった。

インタビューチーム

 インタビュイーの選定を経て、インタビューチームが結成された。

 アニメーション分野のインタビューは、リスト制作委員会代表であり、日本の商業アニメーション史研究の第一人者である原口正宏氏と、本稿を執筆している木村智哉が担当した。また補助者として桶原馨氏(当時・東京大学大学院修士課程)が参加し、基礎資料の収集やインタビュー用資料の作成協力、インタビュー時の情報検索やタイムキーパーなどを務めた。

 映像および音声・写真の記録は、布山タルト氏(当時・東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻准教授)と、岡本彰生氏(当時・スライヘッド_プロダクション代表)が担当した。

 ほか、プロジェクトのコーディネーターとして弁護士の桶田大介氏が、スケジュール調整や各種の交渉等の実務を本事業事務局(以下事務局)のスタッフが担当した。こうした分業が成立したことは、後述するように効率的なオーラルヒストリーの実施を可能にした。

インタビュー実施の準備

 インタビューの実施に向けては、事務局で対象者への依頼・交渉を行うのと並行して、インタビューチームにより関連資料の調査・収集と、インタビュー用資料の作成が行われた。インタビュー用資料は主として、調査により収集した諸資料を参考に作成した各対象者の年譜と、原口氏によって作成されたフィルモグラフィである。これをチーム内で共有した上で、次に質問事項の抽出が行われた。

 この質問事項の一覧は、原徹氏からは事前の提示を求められたため、それに従った。一方、杉井ギサブロー氏は、大学での教鞭をとっており、またインタビューを受ける経験も豊富であろうことから、むしろこちらで内容を確定することを避けて、事前の質問の提示は行わなかった。

 なお、インタビューが進行し始めた後は、前回の短い要約を作成して、各回の話題のきっかけとして対象者へ渡していた。

インタビューの実施

 インタビューは、いずれも2年間にわたって行われた。杉井氏は11回、原氏も4回と複数回にまたがる長大なものになった。各回ともに予定していた2時間という枠組みを大幅に超過することも多々あり、タイムキープ上の問題を残しつつも、そのいずれもが濃密な内容となった。

 杉井氏へのインタビューは当初、同氏の事務所で行っていたが、後に本プロジェクト事務局の施設を使うようになった。原氏へのインタビューは、一貫してご自宅で行った。このためそこで、多くの資料が提示されるという成果もあった。

 インタビュー実施時には、動画の撮影と音声の録音を同時に行い、また適宜、対象者や提示された資料の撮影などが行われた。

 各回のインタビュー終了後には、事務局より音声ファイルの文字起こしが外部の専門業者へ委託され、順繰りに草稿が到着するようになっていた。これをインタビューチーム側で校正し、さらに対象者によるチェックを経て構成したのが、今回公開される資料である。

 このインタビューの実施は、これまで述べてきたように、多くの人々の連携のもとに成立したものであった。ベテランと若手からなる2名のインタビュアーと1名のアシスタントによる実施は、質問の視点を多角化し、インタビューそのものを円滑にすると同時に、若手研究者の育成上も非常に有益であったと思われる。またアシスタントには、インタビュー実施中に疑問に思った事項を、その場で簡単にウェブ検索してもらい、質問に反映できるという、一種の機動性も確保する事ができた。

 さらに、交渉や法律的側面への配慮、撮影・録音、そして文字起こしなどが、それぞれ分業されたことで、インタビューそのものがスムーズに進行するという利点もあった。従来、個人研究としてオーラルヒストリーを行う際、インタビューの全てを個人で記録し、文字化することは大きな負担であったから、これは実施プロセス上の大きな成果でもあろう。

本事業の特色

 先述のように本事業は、個人史を通して業界全体の変遷を見通せるような口述資料をアーカイブすることを目的の一つとしていた。従って、特定のトピックについてインタビューを行うのではなく、事前の想定と異なる話題に至った部分も含め、すべてを逐一記録することで、事実関係だけでなく、視点や考え方そのものを残す方針をとった。

 さらに、複数回にまたがる長大なインタビューの成果が、可能な限りそのままの形で文字化され公開されることも特色であろう。このような、特定のトピックに話題を限定しないロングスパンでのインタビューの実施と成果の公開は、商業出版を前提としない個人研究や取材では、従来非常に困難であり、公的事業としての性格が大いに利したものと考えられる。

今後の課題

 以上のようなプロセスを経て作成された、杉井・原両氏へのインタビューの文字資料が公開されるにあたり、最後に今後の課題について触れておきたい。

 今回公開される資料は、個人の職業人生を通して、商業アニメーション業界を俯瞰しうる記録になっている。しかし、それはあくまで個人を通して記録されたものであるから、そこには豊富な論点とともに、視点の偏りや事実誤認も点在しているであろう。

しかしそれは、本記録資料やインタビュイーの価値を些かも減じるものではない。オーラルヒストリーの成果は、やはり真摯な史料批判を経て、初めてその真価を発揮するものである。その意味では、調査の成果が公開され、さらに活用されなければ、むしろ価値性が減じてしまうだろう。それは大きな損失である。記録内容の中にはデリケートな部分も含まれていようが、それを含めて公開し、議論のきっかけとする必要がある。

 今回、インタビューが行われてから5年以内という比較的短い期間で、その全貌が公開されることになったからには、これを元に再度、様々な角度から論点が抽出され、他の関係者を含む多くの人々への取材や資料調査により、その成果が常に再検証されていく、学術的なプロセスの深化が期待される。現時点であれば、まだ高齢化の進む他の関係者にも存命の方は少なくないため、事実関係のクロスチェックや、異なる立場・価値観からの多角的な検証も可能になろう。

 現時点で、学術領域におけるアニメーションの専門的な若手研究者は、まだまだ不足しており、歴史分野におけるそれも全く例外ではない。本資料の公開が、学術的なアニメーション史研究の活発化に少しでも資することができれば、拙いながらも本事業に関わった研究者として幸いである。