「『描(か)く!』マンガ展〜名作を生む画技に迫る――描線・コマ・キャラ〜」が2015年11月21日(土)から2016年1月24日(日)まで、福岡県の北九州市漫画ミュージアムで開催された。本展覧会は、マンガ評論家の伊藤剛氏が監修を行い、マンガ研究者の三輪健太朗氏をはじめ各地のマンガ関連ミュージアムの関係者らが企画・実行に携わっている。すでに大分県立美術館で2015年8月から公開がスタートした本展覧会は、戦後日本マンガを、「描く」という行為の視点から捉えなおす、新しい試みの展示である。
監修者の伊藤氏が「どんな時代の人も、ずっと手で描いてきた。紙とペンが、タブレットに変わったとしても、人間が『手で描く』ことには変わらない」(伊藤、展覧会図録、p. 6)と述べるように、この展覧会で強調されるのは、マンガを基礎づける描線や、コマ割りなどの表現自体に加え、戦後、マンガを描くという行為がどのように受け継がれてきたか、ということである。新旧異なるジャンルの13人の作家による300点を超える原画に加え、雑誌や付録、映像資料などをも取り上げながら、戦後マンガ史を概観するという役割も果たしている。そのため、マンガ好きだけではなく、一般の幅広い鑑賞者に向けて開かれており、「マンガ研究」の蓄積をアピールする展示ともいえる。
それでは、展覧会の構成を概観してみよう。まず、「第一章 すべての夢はペンと紙からはじまる」では、戦後マンガの黎明期を支えたマンガ史上の巨匠とされる作家たちにスポットを当てる。手塚治虫と、彼に影響を受けた藤子不二雄Ⓐ、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、水野英子がここでは取り上げられることになるが、それぞれのコーナーでは、代表作よりも、デビュー作やデビュー前の習作が強調される。例えば、手塚が小学三年生頃にノートに書き残した「ピンピン生チャン」(1937年)や、赤塚が小学六年生時に描き赤本出版社へ持ち込んだ「ダイヤモンド島」(1950年ごろ)などが紹介されている。取り扱われる原画は、偉大な巨匠の作品を「鑑賞」するためというより、どんな大作家でもはじめは紙とペン(時に鉛筆)による落書きのようなものからはじまった、と親近感を持たせることに成功している。また、手塚「鉄腕アトム」の原稿を石ノ森がアシスタントとして手伝った部分や、U・マイア(石ノ森、赤塚、水野)の共同作業にも触れ、当時の作家たちのネットワークにも焦点を当てている。
続く「第二章 名作の生まれるところ――マイスターたちの画技を読み解く」では、時代やスタイルの異なる8人のマンガ家(さいとう・たかを、竹宮惠子、陸奥A子、諸星大二郎、島本和彦、平野耕太、あずまきよひこ、PEACH-PIT)を取り上げ、各作家の画技と、それを載せるメディアや読者のコミュニティの変遷を紹介する。「画技」とは、ここでは作家の作画技法を指す言葉として使われているが、単に「絵」だけに限らず、構図やコマ展開なども含まれている。ここでは、原画や雑誌に加え、作者自身が実際に「描く」映像も展示の一部として使用されている。さらに、「田中圭一の着眼点!」と題された、模写によって別のマンガ家のタッチを再現することを得意とするマンガ家・田中圭一による、描線の特徴を伝えるパネルもそれぞれの作家ごとに設置されており、表現への理解を深めることができる。展示の中心に据えられた作家のほかにも、マンガファンたちのつながりにも目が向けられている。ファンのコミュニティ形成やコミュニケーションの場として重要であったマニア誌、アニメ・アニパロ誌や同人誌即売会の紹介もそれぞれの時代背景を紹介するものとして展示されている。
「第三章 『描く』ちからは未来へつづく」では、「描く」ことでつながるコミュニケーションや、その教育に焦点が当てられている。マンガ家だけではなく、アマチュアとしてマンガを「描く」人たちに注目したパートである。マンガの技法書や、デジタル技術での作画、SNSを通した絵でつながるコミュニケーション、そして大学におけるマンガ教育を紹介する。会場にはパソコンやペンタブレットが設置されており、「コミPo!」や「CLIP STUDIO PAINT」などのデジタルソフトを実際に体験できるようになっている。
本展覧会では、マンガ史を概観することのみならず、特にマンガについて以下の点を可視化することに成功しているといえるだろう。
●マンガ表現の多様性と変遷
通常のマンガ展が、一人の作家や同時代の作家群に焦点を当てることが多いのに対し、本展覧会では、戦後マンガの異なる時代、異なるジャンルの作家を一堂に集めて見せることにより、マンガ表現の多様性を提示することに挑戦している。たとえば、さいとうの物質的な描線、竹宮の画面構成、平野のデザイン的な構図、あずまのキャラクター造形など、ひとことにマンガ表現と言っても多様な見方がある。それは、それぞれの表現の魅力や画技の「うまさ」が多様であるということでもある。それに加えて、多くの作家が、先人の作品を模倣したり、同世代の作家の作風を意識したりしながら、それをどう乗り越え、どうやって自分のスタイルを確立していったのか、ということも考えさせられるのである。
●「描く読者」の存在
本展覧会を通して、戦後、これほどたくさんの人々が、職業人としてプロになるためだけではなく、マンガを描くことに対して情熱を燃やしてきたという事実を確認することができる。それは、伊藤氏のいう、「描く読者」(伊藤、同上、p.6)という存在の可視化へとつながる。赤塚の処女作、竹宮の執筆ノート、島本和彦の自由帳に書かれたネームを見れば、偉大なマンガ家も、「描く読者」である、ということを実感せずにいられない。それは、マンガ家を志望するものだけではなく、一般の鑑賞者にとって、「描く」という行為自体を振り返る契機を与えうる。また、絵を描くという行為だけではなく、本や雑誌というメディアを作ることへの情熱、作品を世に出したい、そしてそれをもって人とコミュニケーションをしたいという熱意と行動を振り返ることもできる。それにより、過去のマンガ文化(貸本マンガ等)と現在のネット上を含む同人活動とのつながりをも意識させる。本展覧会を通して、改めてコミュニケーションツールとしてのマンガという側面が浮かび上がるのである。
関連イベントとして2015年11月21日(土)に開催された、マンガ研究者の宮本大人氏と北九州市漫画ミュージアム学芸員の表智之氏による「『描く!』マンガ展 みどころガイド」では、マンガ展自体の社会的な位置づけも変わってきたのではないか、ということに言及していた。本展覧会が開催できた背景には、作家自身の意識も変わってきた、ということも関係しているという。以前は、こうした複数の作家の作品の原画を同時に見せる展示に対して、他の作家と比較されることや、原画という舞台裏を見られることへの拒否感から、参加したがらない作家も多くいたらしいが、近年では展示に協力的な作家が増えてきているとのことであった。こうしたエピソードからは、マンガ展を開催することの意義が、マンガ家自身や社会的にも認められてきたことが感じられる。
本展覧会は、2016年2月11日(木・祝)から群馬県の高崎市美術館に巡回し、その後も各地で巡回される予定とされている。さらに、2016年1月16日(土)から東京の世田谷文学館で開催されている「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」においても、本展覧会と同様に「描く」ことがコンセプトに据えられている。マンガを「描く」ことをどのように展示に落とし込んでいるのかという視点から、本展覧会と比較してみるのも面白いだろう。本展覧会をきっかけに、マンガ展示や研究に対する興味や関心がさらに広がっていくことに期待したい。
(竹内美帆)
■開催情報
「『描(か)く!』マンガ展〜名作を生む画技に迫る-描線・コマ・キャラ〜」
Exhibition: Drawing Manga! -- Lines, Panels, Kyara
会期:2015年11月21日(土)〜2016年1月24日(日)
会場:北九州市漫画ミュージアム 企画展示室
(北九州市小倉北区浅野2-14-5 あるあるCity5階)
次回巡回先:
会期:2016年2月11日(木・祝)〜2016年4月10日(日)
会場:高崎市美術館
(群馬県高崎市高松町35番地1)