はじめに

国によってマンガが文化行政の重要なトピックとはっきり意識されるようになった2000年代以降、いかにマンガ文化を公的に位置付け、活用していくかということに高い関心が寄せられている。そして、近年、そうした関心は、「マンガを活用した地域振興」という形に集約される傾向にある。

このコラムでは、マンガによる地域振興がどのように展開しているか、2012年の動向を振り返りながら、概観したい。

マンガ立県:鳥取県VS高知県!?

2012年は、地方自治体による、マンガを活用した地域振興の数々の実践が社会的な話題となった年だった。

鳥取県による「まんが王国建国」宣言はその象徴的な事例だろう。「ゲゲゲの鬼太郎」や「名探偵コナン」といった作品を旗印に、「国際マンガサミット」(11/7〜11/11)の誘致、「国際まんが博」(8/4〜11/25)の開催などによって、全国各地様々な場面でその「建国」をアピールしていた。舵取りをしているのは、県文化観光局内に新設された「まんが王国官房」だ。

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マンガ家や作品を紹介する展示などが展開する「とっとりマンガドリームワールド」中部会場。

手元に、そのことを夕刊のトップで大きく扱った興味深い新聞記事がある。高知新聞8/17付け夕刊の「『まんが王国高知』危機?」という記事だ。高知県は、20年前から「まんが甲子園」を主催し、「横山隆一まんが記念館」を拠点に様々なマンガイベントを開催してきた"元祖まんが王国"。記事は、高知県の約20倍となる予算9億円をもって「建国の年」を盛り上げる鳥取県の「大攻勢」を危惧する、というものである。

こうした記事が有力地方紙のトップ記事になって、県民の大きな関心であることを示していること自体、高知県の20年にわたる"マンガ行政"のたまものだと思うのだが、今後発表されるはずの鳥取県の結果次第では、地方自治体が、マンガに対する大胆な投資によって地域振興を期待するという例は増えていくかもしれない。


マンガミュージアム:北九州市漫画ミュージアム、石ノ森萬画館

8月3日、北九州市が「北九州市漫画ミュージアム」をオープンさせた。既存のキャラクターや作家をテーマにしない総合マンガ文化施設で、学芸員や司書といった専門家が常駐する全国でも数少ないマンガミュージアムである。マンガというのは、現在進行形のポピュラーカルチャーであり、巨大産業の核となるコンテンツという側面も持っているため、関連イベントや関連施設の多くは、いま・ここにいるファンのための娯楽を用意することに意識を集中しがちだ。しかしながら、今後は、マンガ文化それ自体に貢献することを意識した持続可能なマンガミュージアムというものが必要となってくるだろう。北九州市漫画ミュージアムにはそうした役割を期待したい。

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北九州市漫画ミュージアムの閲覧ゾーン。くつろぎながらマンガを読むことができる。

東北地方太平洋沖地震により甚大な被害を受けた宮城県石巻市の「石ノ森萬画館」は、辺り一帯が津波に流されてしまった中、ひとりその建物をかろうじて残したことによって、復興に対する希望のシンボルのひとつとなった施設である。もともと萬画館を中心としたマンガによる地域振興を試みていた地域であるが、いまは、そのネットワークに復興の言説が重ねられている。この萬画館再開の資金作りのために、多くのマンガ家や出版社がチャリティイベントや出版活動を行ったが、その努力の結果、11月17日、石ノ森萬画館は、約1年8カ月ぶりに奇跡の再オープンを果たした。

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再開前の「石ノ森萬画館」(2012年2月撮影)。

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再開前の「石ノ森萬画館」の入り口をふさぐベニヤ板に書かれた被災者への応援メッセージ(2012年2月撮影)。

マンガ展覧会:ONE PIECE展、大友克洋GENGA展、荒木飛呂彦原画展

2012年は、「ONE PIECE展」(3/20〜6/17、東京・森アーツセンターギャラリー/11/24〜2013/2/17、大阪・天保山特設ギャラリー)、「大友克洋GENGA展」(4/9〜5/30、東京・3331アート千代田)、「荒木飛呂彦原画展 JOJO展」(7/28〜8/14、仙台市・せんだいメディアテーク/10/6〜11/4、東京・森アーツセンターギャラリー)という、社会的な話題となった大型マンガ展が立て続けに開催された年として記憶されるであろう。

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仙台で開催された「荒木飛呂彦原画展 JOJO展」は、仙台をモデルにした作中の街に登場するコンビニエンスストアを、市中に現出させた。

いずれも「原画展」であるという意味では伝統的なマンガ展示とも言えるが、これまでの原画展において無視されがちだったストーリーが追体験できるように努力されていたり(ONE PIECE展)、「AKIRA」の原画約2,300枚をすべて展示することで物量的な迫力を演出したり(大友克洋GENGA展)といった展示上の挑戦がなされていた点でも興味深い企画だった。

ここで特筆すべきは、特に後者2つの展覧会が、東日本大震災の復興支援と強く結び付けられていたということ。大友克洋と荒木飛呂彦が宮城県出身の作家であることと、これら展覧会の実現は無関係ではない。

おわりに

「マンガと地域振興」と一言で言っても、振興の活動主体によって、その意義は変わってくる。地方自治体なのか、広告代理店のような企業なのか、あるいはファン共同体なのか。そもそも「地域振興」の内実はどのように想定されているのか、という問題もあるだろう。観光客数を増加させ"外貨"を獲得することなのか、そこに住む人たちへの直接的なサービスを充実させることなのか。あるいは......

いずれにせよ、いま、様々な場面で、マンガを活用した地域振興が実験されているのである。それが単なるブームなのか、マンガ文化の拡がり、あるいは地域振興の新しいあり方を生み出すものなのか。そのことを見極めるためにも、各地の動きから目が離せない。

イトウ ユウ