「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」が2016年12月3日(土)から2017年1月22日(日)まで、福岡市の三菱地所アルティアムで開催されている。本展覧会は、東京・世田谷文学館で2015年1月から3月までの期間開催された同名の展覧会(以下、東京展)の巡回展であり、福岡以外では兵庫・伊丹市立美術館でも2016年7月から9月まで巡回されていた。

 本展覧会は、岡崎京子のこれまでの仕事を取り上げる初めての大規模展であり、東京展では全国各地から2万4千人を超える多くの来場者を記録したという。東京から兵庫を経て福岡に至るまでの期間を経て、各方面へ多大なるインパクトを残しているこの展覧会は、岡崎京子について何を提示したのか。本コラムにおいては、特に来館者からの反応を通して、展覧会という場で岡崎京子作品に出会うことの意義と岡崎作品の現在におけるアクチュアリティについて考えてみたい。

「岡崎京子展」会場入口

まず、本展覧会の簡単な概要について述べておく必要があるだろう。1980年代から1990年代にかけて、マンガ誌だけではなく、サブカル誌やファッション誌などにも多くの作品を発表した岡崎京子。作品のほとんどは10代後半から20代の東京に住む女の子を主人公に、当時の流行のブランドやミュージシャンの名前、実在する店舗などを作中に盛り込んだ作風が特徴的である。

 本展覧会は、岡崎の代表的な作品である『東京ガールズブラボー』や『pink』、『リバーズ・エッジ』、『ヘルタースケルター』などのマンガ原稿やカラー原画を中心に、マンガ家デビュー以前のイラストや投稿雑誌、さらにテレビ出演時の映像や、80年代〜90年代の雑誌や書籍、年譜などをも交えながら構成されている。岡崎のマンガ作品を総括的に提示するだけでなく、彼女が主に活動した80年代〜90年代の東京を中心とする日本の消費文化との関連をも見渡せる内容となっている。

 原画展という形をとっているが、その展示方法はストーリーを読ませるような連続的な並べ方というよりも、印象的な場面の原画に焦点を当てており、原画を一枚絵として鑑賞する見方もできるものだった。福岡展担当ディレクターの鈴田ふくみ氏によれば、東京展と比較して福岡展では原画数を厳選しながらも、主要な作品は網羅した展示内容であるという。さらに、東京展において最後に提示された「ありがとう、みんな。」という岡崎自身によるメッセージは、福岡の来館者に合わせたメッセージに差し変わっていたところがファンにとっては嬉しいポイントだったといえる。鈴田氏によれば、本展覧会のターゲットは岡崎京子のファンである30代〜50代前半を中心とする女性であるということであったが、多くの若年層の来館者が訪れたという。「戦場のガールズ・ライフ」というタイトルが示すように、「女の子」を描いた岡崎は、リアルタイムで作品を読んでいた世代の女性たちだけではなく、それ以降の世代の読者にとっても魅力的なものとして映ったということが伺える。

福岡展のオープニングイベントとして、2016年12月3日(土)には、マンガ家の今日マチ子氏と本展覧会の企画者である世田谷文学館の庭山貴裕学芸員によるトークイベント「今日マチ子が語る『岡崎京子マンガ』の魅力」が開催された。そのトークにおいて庭山氏は、来場者の声から伺える本展覧会の反響について語っていた。

 東京展において、会場内に来場者が岡崎に宛てたメッセージを書くコーナーを設置し、それを会期終了後に岡崎自身に届けたそうだが、イベントでは2000通近く集まったそのメッセージの一部を紹介していただいた。その中には「自分は岡崎京子で出来ている」や「分かってくれてありがとう」など、自分自身を岡崎京子作品のキャラクターと重ね合わせる読者の声が多く寄せられたという。さらに、「『pink』を理解できないような男とは付き合えない」という声もあり、岡崎作品が読者の人生観に多大な影響を与えたであろうことが伺える。女性だけではなく、男性の声も多かったという。こうした東京展の反響の多さ、メッセージカードに綴られた来館者の熱意が、巡回展を後押ししたという。今回の福岡展でも、来場者の声を綴る感想帳を設定しており、終了後は岡崎本人に届けられるそうである。

 単行本出版当時からのファンや、リアルタイムの読者以外の若年層の来場者も多くみられたということであるが、岡崎京子作品と美術館やギャラリーで出会うということは、個人的にマンガを読むことと比べ、どのような体験を来館者にもたらすのだろうか。もちろん、もともとの岡崎ファンにとっては、自分の読んできたマンガを再確認し、その時代を振り返るという側面があるだろう。もう一つの可能性としては、普段の読書行為では気づきにくい岡崎作品の「表現」に注目することが挙げられる。

 岡崎作品についてはこれまで数多くの評論やレビューなどが存在しているが、主にそのストーリーや、キャラクターの性格、登場人物同士の関係性などに言及する場合が多い。岡崎のマンガは、発表当時あまりにも新鮮な主題を提示していたため、主題や物語のみが注目され、「マンガとしての面白さ」があまり検討されてこなかったとも指摘されている(ジャクリーヌ・ベルント「『平坦な戦場』の多面性―岡崎京子のマンガが示唆するもの」p.25)。しかし、本展覧会を通して、岡崎のマンガは、このマンガ表現であったからこそ多くの読者にインパクトを与えたという点が確認できたのではないか。

 例えば、今日マチ子氏は、トークイベントにおいて、岡崎の「抜け感」をもった「書き込みすぎない表現」に言及し、もし『ヘルタースケルター』が、描き込みの多い線によって描かれていたらレディコミ調になっていたかもしれない、と評していた。あの絵、線だからこそ、読者に大きなインパクトを与えることができたということである。例えば『リバーズ・エッジ』にしても、死体が話の中心になるにもかかわらず、グロテスクさに気を取られないのは、そのマンガ表現によるところも大きいといえる。

 もちろん、80年代の初期作品と90年代以後の作品における絵柄や線描は変化しているが、岡崎マンガ全体の表現の特徴として、ラフに見える描線やスクリーン・トーンをずらして貼る特徴的な演出が挙げられる。これは一見「雑」にも感じられるのだが、展覧会における原画を見れば、ずれたスクリーントーンの位置が丁寧に指定してあることが見て取れることから、こうした表現が計算された「演出」であるということも推測できる。特に『pink』に代表されるように、岡崎作品は、すべてのものが記号化する消費社会を表象していると評されることが多い。しかし、実際のマンガ表現を見てみれば、記号性だけではなく、線自体の質にもかなりこだわりを持っていたのではないかということが考えられる。そして、読者は、その記号性と触覚性を同時に楽しめるものとして岡崎作品を受容していたといえる。

「岡崎京子展」展示風景

 通常一般的なストーリーマンガを読む場合、線や表現の物質性をあまり意識せずに読み、表現は透明化し、物語に没入することになる。しかし、岡崎のマンガは、ラフな線やトーン、ベタの塗り方によってマンガ表現に意識を向けさせる。このような演出は、マンガ表現を記号として読み、意味を読み取るだけの読書行為を相対化している。東京展のメッセージカードにおいて、「岡崎京子の描く女の子が好き」や「岡崎さんの描くおっぱいの描き方が好き」という声が多く寄せられていたが、その感覚は、ストーリー内容において提示されている女性像や価値観を読み取ることから生じる可能性もあるが、その線の動き自体や、「絵」を楽しむ、という見方から生まれているとも考えられる。

 庭山氏がこの「展覧会は一つの視点を提示しているが、自分なりの視点を見つけて楽しんでほしい」と述べたように、展覧会は普段読んでいる作品を別の視点から見るための入り口となる。作品を、これまで読んでいた視点とは別の角度から見ることができるのも、展覧会でマンガと出会うことの利点である。

 残念ながら岡崎の新しい作品は長らく発表されていないが、本展覧会の開催により、改めて多くの人によって岡崎京子が今もなお支持されていることが確認され、さらに新しい読者の開拓に貢献したということができるだろう。そして多くの来館者の声からは、岡崎作品を「過去」のものとして懐かしむというよりも、むしろ自分を形成してきた一部とみなし、今もなお読み返し続けているという態度が伺える。その意味で、現代においても、岡崎作品が決して「過去」の作品ではなく、現代の作品でありつづけているといえる。

 本展覧会はそのことを再確認させ、さらに今、現在岡崎マンガをどう読むことができるのかを問いかけるのである。

参考文献:ジャクリーヌ・ベルント「『平坦な戦場』の多面性―岡崎京子のマンガが示唆するもの」『ライフ展カタログ』、水戸芸術館現代美術センター、2006年、pp. 24-30.

■開催情報

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」福岡会場
http://artium.jp/exhibition/2017/16-08-okazaki/
会期:2016年12月3日(土) − 2017年1月22日(日)
場所:三菱地所アルティアム
〒810-0001 福岡市中央区天神1-7-11 イムズ8F
電話 092-733-2050