東京都千代田区の日比谷図書文化館特別展示室で、2014年12月12日から25日にかけて、「ながやす巧の世界」展が開催されている。『愛と誠』(原作:梶原一騎)『Dr.クマひげ』(原作:史村翔)『沙流羅』(原作:大友克洋)『鉄道員 ぽっぽや』などの作者として知られるながやす氏は、間違いなく日本屈指の「絵の上手い」マンガ家のひとりに挙げられるだろう。

だがマンガにおいて絵が上手いというのはどういうことだろう。この問いに対する最終的な意見の一致など望むべくもないが、絵の上手いマンガが必ずしも面白くはないことだけは確かだ。

ながやす氏のマンガは面白い。それは、骨のしっかりとした原作を絵の上手い作者が描いたからだけではないはずだ。会場に飾られた『鉄道員 ぽっぽや』や『壬生義士伝』の設定資料を見れば、そのことがよくわかる。登場人物を様々な角度から描いたイメージだけでなく、たとえば駅舎にある小物のひとつひとつにいたるまでがあらかじめ準備され、そのまま映画やアニメーションを製作できるような緻密さにはただただ驚愕するほかない。原作者から提供された物語を、文字に描かれていないところを含めてどのように視覚化するのか、そしてそれをどのようにマンガのコマによって分節=連節してゆくのか、そこにこそマンガ家ながやす巧氏の上手さがある。

もちろん、飾られている数々の原画は眺めているだけで恍惚となれるレベルのものだ。しかも作品別に並べられたその作風の変遷を見れば、年々凄みを増しているようにさえ感じられる。氏の絵を描く真摯な態度が、マンガ家たちからの尊敬を集めるのも当然のことだろう。会場にはマンガ家たちからのメッセージ色紙も多数飾られているが、浦沢直樹氏、井上雄彦氏、大暮維人氏、村田蓮爾氏といった超一級の絵描きたちがこぞって賛辞を贈っていた。しかしながら、そのように求道者のごとく絵の完成度を上げておきながら、その絵に効果線を描き足し、ホワイトで汚し、吹き出しや擬音(オノマトペ)などで一部を隠してしまうことも恐れていない。ながやす氏の絵は、やはりマンガとして上手いのだ。

現在連載中の『壬生義士伝』は、雑誌だけでなく出版社も変えて描きつづけられ、今は「画楽.mag」に掲載されている。残念ながらまだあまり一般に知られている作品とは言い難く、今回の展示はその新作を世間に知らしめるまたとない機会ともなっている。開催期間が短いが、ぜひ会場に足を運んで、ながやす氏の上手さを堪能してほしい。入場料は300円。会場では図録も販売されている。

「ながやす巧の世界」展
http://garakunomori.com/nagayasu50th/