本書は、「ボタンを押すと反応する」ものをゲームの定義としたことと、さらにゲームにおいて「物語をどのように扱うか」の2点にフォーカスしたうえで、著者ならではの視点でゲーム史をまとめたものである。

「インタラクティブ」ではなく「ボタンを押すと反応する」と表現するなど、ゲーム関連の技術書でよく使われる言葉をほとんど用いず、最初から最後まで平易な文章で書かれている。よって、まだ専門教育を受けていない高校生であってもゲーム(ビデオゲーム)の入門書、あるいは評論として楽しく読めるものと思われる。

「ボタンを押すと反応する」の定義をするにあたり、著者はビデオゲーム史上空前の大ヒット作であるファミリーコンピュータ用ソフト『スーパーマリオブラザーズ』に着目する。本作のようなゲームがなぜ今は生まれなくなったのかという疑問を提示したうえで、本作のような古いゲームと、それ以降の時代に登場したゲームとの共通点を探せれば、「ゲームとは何か?」という定義を見出せるとして、独自の視点および評論としてまとめられている。

さらに著者が特にポイントとして挙げたのが、本書の帯に「スーパーマリオはアクションゲームではなかった!」と大きな文字で強調するとともに、『スーパーマリオブラザーズ』は元々アドベンチャーゲームとして世に出たことである。その理由は、『スーパーマリオブラザーズ』が企画書の段階からアスレチックゲームと題してして開発されたからであり、ソフトのマニュアルにも「ファンタスティックアドベンチャーゲームです。」と明記してあるからだと述べている。

つまり、メーカーは『スーパーマリオブラザーズ』をアドベンチャーゲームとして売り出すことによって、本作には豊かな物語性が存在することを示す意図があったと指摘しているのである。ファミコン時代を知る長年のゲームファンであっても、おそらくほとんどの人が本作は当初アドベンチャーゲームと銘打たれていた事実を知らない、あるいは忘れていると思われるので、かつて本作を飽きるほど遊んだ人でも本書の指摘はなるほどと思わせるのではないだろうか。

また、ゲームにおける物語の考察については、1970年代の海外PCゲームやテーブルトークRPGに始まり、近年の同人・インディーズゲームも含め多方面から述べているのも本書の特徴である。特に、シミュレーションゲームにおいて「フィクションを追体験」するのか、あるいは「面白ければいい」と考えて遊ぶのか、物語の体験方法において相違点が存在するとした指摘は面白い。

また、アーケードゲームにおける大型体感ゲームでは、プレイヤーが「フィクションを体感できる」という点で海外製のアドベンチャーゲームに近く、対戦格闘ゲームでは「プレイヤーこそがゲームの主人公になった」などと説明している。とりわけ当時のゲームセンター事情を知らない人にとっては、なぜ一大ブームになったのかを知るうえでも大いに参考になることだろう。

ゲームタイトルの表記、あるいは客観的事実の誤りが散見されたのが少々気にはなったが、過去のゲーム雑誌の記事や開発者インタビューなどを豊富に引用しつつ、著者独自の視点でまとめたゲーム史が楽しく読める本である。

■収録テーマ

【カルチャー】ゲーム史、ゲーム論、ゲームメディア、同人ゲーム、インディーズゲーム

(鴫原 盛之)

『僕たちのゲーム史』

著:さやわか、出版社:星海社

出版社サイト:http://seikaisha.co.jp/information/2012/08/29-post-123.html